第四話 同居開始
レイヴンズウッド邸に、リディアの荷物が運び込まれたのは、それから半月後のことだった。
「本当に、これだけの荷物で足りるのか」
玄関先で、カインが箱の数を数えながら怪訝そうに呟く。
「これ以上増やしても、置く場所に困るでしょう」
「……足りない物があれば、遠慮なく言え」
そっけない口調だが、視線はきちんとこちらを向いていた。
(意外と、細かいところ気にするタイプなのね)
案内された部屋は、思っていたよりずっと広く、日当たりも良かった。マリエルが荷解きをしながら、感心したように部屋を見回す。
「お嬢様、これは……なかなか居心地が良さそうですね」
「そう、ね」
素直に頷けない自分に、リディアは少し呆れた。
夕食の席では、早速すれ違いが起きた。
「──辛いのは、無理だ」
カインが、出された料理の中から、香辛料の効いた一皿だけを、あまりに手慣れた様子でそっと避けているのに気づいたのは、給仕が下がった後のことだった。
その動きの自然さに、リディアは逆に引っかかりを覚えた。
(何年もここに住んでるはずでしょう。それなのに、なんで避け方だけが上達してるのよ)
「……もしかして、ずっとそうやって残してきたんですか。何年もこの家にお住まいなのに」
「……好き嫌いを口にするのは、みっともない」
「みっともなくはないと思います。むしろ黙って残される方が、行儀が悪いのではないでしょうか」
思わず口をついて出た言葉に、カインが僅かに目を見開いた。
「……そうか」
短い返事だったが、その後、彼が黙って残していた皿を、少しだけ口に運んだのを見て、リディアは内心で拍子抜けした。
(素直っていうか、単純っていうか……)
翌朝は、もっと分かりやすい衝突が起きた。
「なぜ、朝食の席に来ない」
「まだ六時ですわ。普通は、まだ眠っている時間です」
「騎士団では、これが普通だった」
「ここは騎士団ではありませんわ」
言い合いながらも、どこか噛み合わない掛け合いに、マリエルが横で忍び笑いを堪えているのが分かった。
(前世で言う"生活リズムが違いすぎるカップル"ってやつじゃない、これ)
その夜、リディアはなかなか寝付けずにいた。
慣れない部屋、慣れない匂い、慣れない静けさ。
(眠れない。ああ、これも前世でよくあったやつだ。環境変わると眠れないタイプなんだった、私……)
寝返りを繰り返すうちに、喉の渇きを覚え、リディアはそっと部屋を出た。
廊下は静まり返っていて、月明かりだけが床を淡く照らしていた。
その途中、庭に面した回廊で、椅子に腰掛けたまま眠っているカインの姿を見つけた。
書類を膝に乗せたまま、規則正しい寝息を立てている。
(こんなところで寝るなんて、風邪引くわよ。子どもじゃあるまいし)
近づいて顔を覗き込むと、昼間の硬い表情が嘘のように緩んでいた。
思いのほか、幼く見える寝顔だった。
しばらく見つめていたことに気づき、リディアは慌てて視線を逸らす。
(何、じっと見てたの、私。気持ち悪……)
踵を返しかけたその時、背後で衣擦れの音がした。
振り返ると、カインが薄目を開けて、こちらを見ていた。
「……すまない、起こしたか」
「いいえ。こちらこそ、勝手に覗き込んでしまって」
気まずさに、リディアは足早にその場を離れようとした。
だが数歩も行かないうちに、肩に何かがふわりとかけられる。
振り返ると、カインが上着を脱いで、それをリディアの肩にかけたところだった。
「廊下は冷える。風邪をひく」
「……あなたの方が、寒いのではありませんか」
「俺は、慣れている」
短くそう言うと、彼はまた椅子に座り直し、目を閉じてしまった。
肩にかけられた上着から、微かに彼の匂いがする。
(──なんで、こんなことするのよ)
心臓が、また勝手に音を立て始めていた。
自室に戻ってからも、リディアはしばらく上着を抱えたまま、ベッドの端に座り込んでいた。
(仇の家に嫁いだはずなのに。なんで、こんなに──あったかいの)
ぬくもりの余韻を感じながら、リディアはようやく、深い眠りに落ちた。








