第三話 顔合わせ
約束の時間ぴったりに、カインはヴァンス家を訪れた。
応接間に通されたその姿を見て、リディアは思わず身構えた。
騎士服ではなく、簡素な平服姿。長身の体躯に纏う空気は、思っていたより硬い。
(愛想笑いの一つもできないタイプか。まあ、そのほうが分かりやすくていいけど)
「──カイン・レイヴンズウッドだ。此度は、よろしく頼む」
「リディア・ヴァンスです」
向かい合って座る間、沈黙が流れた。気まずさに耐えかねたのか、父ヴィクターが咳払いをして席を外す。
(お父様、逃げるの早すぎでは)
二人きりになった部屋で、カインはしばらく視線を彷徨わせていた。何か言おうとしては、口を噤む。その繰り返しだった。
「……その」
「はい」
「茶が、冷めている……済まない。長く黙り込んでいた」
ぎこちなく謝る彼を見て、控えていたマリエルが察したように、新しい茶を淹れ直しに下がっていった。
(別に謝ることでもないでしょ。何、この空気)
リディアは拍子抜けした。もっと何か──言い訳めいた言葉や、優越感に満ちた態度を想定していた。だが返ってきたのは、あまりにぶっきらぼうな気遣いだった。
ほどなくして、マリエルが淹れ直した茶を運んでくる。カインは落ち着かない様子で一口だけ口をつけると、リディアの分の茶器を、不器用な手つきでそっと彼女の手元へ押しやった。
「……お前は」
「はい?」
「兄君のことを、恨んでいるだろう」
不意打ちの言葉に、リディアは息を呑んだ。
「当然です。目の前で連れて行かれたんですから」
声が震えないよう、必死に抑えた。
カインは、しばらく黙り込んでから、静かに言葉を継いだ。
「……あの日のことは、いずれ、話す。今は、まだ言えることが少ない」
「意味が分かりません」
「分かるように、いずれする」
歯切れの悪い言葉だった。誠実なのか、はぐらかしているだけなのか、判断がつかない。
(何なのよ、その中途半端な言い方は)
苛立ちを覚えながらも、リディアはふと、彼の手元に視線を落とした。
指先に、古い傷跡がいくつも刻まれている。剣を握り続けた者の手だった。
「……ヴァンス家への支援は、あなたが?」
思い切って尋ねると、カインの肩がわずかに強張った。
「……知っていたのか」
「帳簿を見ました」
沈黙が落ちる。
やがて彼は、視線を逸らしたまま、ぼそりと呟いた。
「せめてもの、償いだと思ってくれればいい」
その一言に、リディアの胸の奥が、妙にざわついた。
(償い、って──)
問い返そうとした瞬間、扉が開き、父が戻ってきた。話はそこで途切れてしまう。
帰り際、玄関先でカインはふと足を止め、振り返った。
「次に来る時までに、同居の日取りを決めておいてほしい」
「同居する、ということですか」
「儀の成立後、半年以内が慣例だ。……嫌か」
「──」
嫌だと即答できなかった自分に、リディアは戸惑った。
馬車に乗り込む彼の背中を見送りながら、リディアは小さく息を吐く。
(償い、って何。あの人、本当に兄を売ったの? それとも──)
考えるほどに、分からなくなっていく。
ただ一つ確かなのは、あの不器用な手が、想像していたよりずっと──優しいということだった。








