表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/30

第28話 繋いだ想い

「シキっ! てめえっ、――ぐっ」


 抜けきらない痛みが邪魔をするのか、クロヤの踏み込みは上手く形にならない。

 わずかに姿勢を崩す。


 刹那、私はすでに動いていた。


 クロヤの腕からするりと抜ける。

 振り上げた刀を、ヤクモが振り下ろそうかという瞬間。


『シキさんっ!!』


 言葉にしても、届かないのはわかってる。

 それでも気持ちをぶつけるしかなかった。


『死んじゃダメぇぇぇっ!!』


 瞬間。

 クロヤも、シキも――届かないはずの私の声で、同時に振り向いた。

 叫びながら。

 私は全力で、シキの額へ頭からぶつかった。


 頭突きの勢いのまま、シキの身体が横へと崩れた。

 白刃が鈍く煌めく。

 私のドレスの裾だけを、斬り裂いた。


 避けられた。でも、まだ終わりじゃない。

 ぎぎっと、ヤクモの首が、不自然な音を立てて向きを変えた。

 ヤクモの白目がシキを捉えた。


『よくわからないけどっ、私の声っ、聞こえてるんでしょ!』

「⋯⋯」

『早く、立って!』


 シキは立たない。動こうとしない。

 引きずってでも離れないと、次は当たる。

 ぐぐっと念をシキの身体へ向ける。

 けれど、砂利の上を少し引きずるだけ。

 ダメ⋯⋯重すぎる。


 ヤクモが刀を腰元へ構えた。

 それと同時。

 影が飛び込んできた。


「ふっ!」


 クロヤの蹴りが鋭く伸びる。

 ヤクモの胸元を容赦なく蹴り抜いた。


 背後にあった植木へ、ヤクモが突っ込む。

 枝の折れる音が、鈍く響いた。


 わずかな距離。

 わずかな時間稼ぎ。


 植木の中でヤクモが立ち上がろうと、もがく。

 その傍らで、クロヤはシキの胸倉を掴んだ。


「てめえ、死ぬつもりかっ!」

「オヤジは⋯⋯、ヤクモは⋯⋯私を恨んでいるのでしょう。私が死ねば、きっと⋯⋯」


 その言葉に、私の内で何かが弾けた。

 それはクロヤも同じだったようで。


「ふざ――」

『ふざ――』


 私は勢い良く飛び込む。

 クロヤが頭を大きく振りかぶる。


「けんなっ!」

『けないでっ!』


 シキの眉間。

 二人揃って、頭突きを叩き込んだ。


 クロヤは胸倉から手を離さない。

 シキが倒れることを許さない。

 瞳は怒りで燃えていた。


「ぐっ⋯⋯なにを⋯⋯」

「見たんだろ、てめえも」


 クロヤは強く問いかける。

 返答はない。

 だが、シキが視線をそらす。

 それで十分だった。


『あなたがいなくなって⋯⋯』

「弟に、家族を殺させて――」


 私とクロヤの声が、重なった。


『ヤクモが救われると思ってるの!?』

「ヤクモが救われると思ってんのか!?」


 シキの瞳が大きく見開かれた。


「⋯⋯ヤクモは私を許さないでしょう。故意でないとしても、オヤジを殺したも同然と⋯⋯」

『あなたは、ヤクモさんの記憶を見て、どう思ったの』


 私はシキの目の前で身体を浮かせる。


『何か、伝えたいって思った。⋯⋯そうじゃないの?』

「⋯⋯」


 シキは黙ってしまう。

 けれど、私から目を逸らさなかった。

 

『だったら、シキさんが簡単に諦めないでよ』

「しかし、私に出来ることなど⋯⋯」

『一緒に居たいからって、ヤクモさんはずっと頑張ってきたんだから!』


 シキの喉が、小さく震えた。


「血がどうとか、役に立つとか、そんなもんどうでもいいだろ」


 クロヤがシキの胸倉を掴み直す。


「互いが、一緒に居たいって思えばよ⋯⋯それで十分だろ」


 クロヤの低い声。

 いつものような圧はない。

 感情を押し付けるわけでもない。


 けれど、静かに染み渡る。

 深い深いところまで。


 言葉を並べ立てるよりも。

 同じことで迷い、苦しみ、

 心から溢れ出た一言には。


 本当の強さが、あった。


 唇を震わせながらも、シキが何かを言おうとした――。

 

 その刹那。

 ぱきり、と。

 枝を踏みつぶしながら動く気配がした。


 全員が振り向く。

 ヤクモが、立っていた。


 でも、同じじゃない。

 右手に握る刀。

 切っ先は、真っ直ぐとシキへ。

 その動きは、あまりにも自然だった。

 糸で吊るされたようなぎこちなさは、もうない。


 左手までも添えて、斬るための構えをとる。

 白目を剥いたまま、涙が溢れ出る。

 あまりにも、歪な姿だった。


「オマエガ――」


 ヤクモの両膝がわずかに沈み込み、


「コロシタァァァ!」


 跳躍。

 一息で、シキとの距離が消える。

 その勢いのままに。

 白刃が容赦なく振り下ろされた。


『シキさんっ』


 予想外のヤクモの動き。

 私もクロヤも反応しきれなかった。

 凶刃が届いてしまう。

 私は、そう思っていた。


 けれど。

 シキは身を捩った。

 前髪が数本だけ舞う。

 右肩に浅い傷を負い、血が舞った。

 それでも――避けた。


 ヤクモがもう一歩踏み込もうとする。返す刀で、斬り裂こうとしていた。


 クロヤがヤクモへと飛び込んだ。

 右腕を両手で抑え込もうとしていた。

 けれどヤクモの力は、凄まじい。

 クロヤごと振り回そうとする。


 咄嗟だった。

 クロヤの身体に、私は念を送る。

 

 痛めないように。

 壊れないように。


 支えながら、クロヤごと少しでも重みが増すように。


 それでもヤクモが、強引に刀を振るう。

 抑えるクロヤの両手を抜けた。

 刃が解き放たれる。


 だが先ほどより、明らかに勢いがない。

 シキが後ろへ飛び退くようにして躱した。

 数歩の余力がかろうじて生まれる。


 刃と殺意は途切れない。

 シキだけに向けられる。

 クロヤも、私のことも、いないかのように扱われる。


 クロヤがヤクモの背後から飛びかかる。

 羽交い締めにして、少しでも一歩を遅らせようとする。


 けれど、ほとんど効果はない。

 クロヤを引きずるように、ヤクモはなおも踏み込んだ。

 私はクロヤを支え続けようとしたが、


「シロっ!」


 クロヤの声が飛ぶ。


「シキを支えろ。立て直せっ!」

『でも、そしたらクロヤがっ!』

「狙いは明らかだろっ!」


 息を切らしながら、なおも叫ぶ。


「俺が眼中にねえ間は、まだいけるっ!」

『⋯⋯クロヤ。⋯⋯わかった』


 ふらつきながら立ち上がろうとしていたシキへ、向き直る。

 力を込める。

 シキの自重を軽くするために。


「あなたの力ですか⋯⋯。助かります」


 シキはどうにか自分の足で地面に立った。


 ただ、代わりにクロヤを支えられない。

 半人前の私では、二人へ同時に力を伸ばせない。


 クロヤの踏ん張りなど、意味を成さない。 そう言わんばかりに、ヤクモは見向きもしない。


 一歩、また一歩。

 着実に進んでくる。


『シキさん! 決めてっ!』

「な、なにをですか」

『ヤクモさんに、どうしてあげたいのっ!』


 決める、そして突き進む。

 それはシキさんが決断するしかない。


 シキの喉がひゅっと鳴った。


 迫りくるヤクモ。

 白目を剥いたその姿は、人とは懸け離れている。

 けれども。

 私には、泣いているヤクモしか見えなかった。


『ヤクモさんは、あなたにとってどういう存在なのっ!』


 その言葉が。

 シキの奥深くへ、突き刺さった気がした。

 

「私は⋯⋯」


 地面を踏みしめるシキの両足に力がこもった。


「話したい⋯⋯」


 一歩。

 シキが、自分から踏み出した。


 あと一歩で再び刃の間合いに入る距離で。


「ヤクモと、話したい⋯⋯」


 シキが、初めて見せる――何かを強く求める瞳。


 私が知っていたシキさんは、

 眼鏡の奥でどこか冷めきっていて、

 どんなことにも熱を持たない氷だった。


 今だけは違う。


 このまま終わりたくない。

 届けたいと。

 強い想いが心を燃やしている。


 そんな風に見えた。


 ヤクモの白目が、ぴくりと揺れた。

 右手に握る刀。その腕に添えられた左手が、震える。


 止めたいのに、止まれないみたいに。

 ――その刹那。


「ヤクモっ!!」

 横合いからリクドウがタックルを叩き込み、ヤクモの胴へ食らいつく。


「このっ⋯⋯止まりなさいよっ!!」


 ミクは刀を握る右腕へ、両腕ごとしがみついた。


 背後ではクロヤがなおも身体ごと押さえ込み、三方向から動きを止める。

 

 ヤクモの足が鈍る。

 だが、三人掛かりで、ようやくわずかにだ。


「やれやれ、どいつもこいつも無茶ばかり⋯⋯」


 ナナシの声が闇夜から降ってくる。


「特に半端者⋯⋯。繋ぎ損ねた余波で周囲まで巻き込みおったな」


 言葉は厳しいが、声質はどこか柔らかい。


「さて、怨霊とヤクモ⋯⋯。どちらも壊さぬなら、ワシに出来るのは⋯⋯、おぬしらまとめて重しにするぐらいよ」


 ぞわり、と。空気が震える。


「気張れよ、小僧共」


 三人が抑え込んだヤクモへ、さらに上から圧が落ちる。

 瞬間、ヤクモの足元が沈み、砂利が強く鳴った。

 クロヤも、リクドウも。

 苦悶の表情で、それでもヤクモから離れない。


 刀を持つヤクモの右腕が、しがみついたミクと共に下がってくる。

 ミクに加わった圧が、抗する怨霊を上回っていた。


 潰すためじゃない。

 三人を介して、ヤクモをこの場に縫い留めるためだけの重さだった。


「皆の身体はそう持たん。何をするにしても、手早くな」

『うん』

 

 私はシキへと向き直る。

 前へ進もうとしているシキの足は、おぼつかない。


 その一歩を止めさせない。

 そのためだけに、私は力の全てを注ぎ込む。


「オマエガ、コロシタァァァ!」

「オヤジ⋯⋯。本当に申し訳ありませんでした⋯⋯」


 叫ぶヤクモに向かい、苦しそうにシキは顔をあげた。


 視線はヤクモへ向いている。

 だが、見つめているのは、ヤクモの奥にいる何か。

 そう思えた。


「あの日、オヤジへ手を伸ばさなかった罪⋯⋯。それは、死ぬまで背負っていきます」


 刀がある。

 許さないと叫ぶ怨霊がいる。

 縛りを跳ね除ければ、容易く死に触れる距離。

 

「ですが――」

 

 それでもシキは、もう怯まなかった。


「この子に、罪はありません」


 ヤクモの白目が、ぴくりと揺れた。


「誰よりも⋯⋯私たちのことを想ってくれた。

 ずっと、繋ごうとしてくれていたんです」


 シキの腕が、ゆっくりと開く。


「だから――」


 次の瞬間。

 シキは、怨嗟ごと。

 ヤクモへ、真正面から抱きついた。


「ヤクモを⋯⋯元に戻してください」

「ガァァァァァァァッ!!」


 絶叫。

 黒い怨気が、ヤクモの身体から噴き出す。


 怒り。

 憎しみ。

 悲しみ。

 それらが、ヤクモを中心に溢れ出る。

 

 怨嗟に呑まれないように。

 その腕が、ほどけてしまわないように。

 私は、シキさんへ力を注ぎ続けた。

 

 暴風のように周囲を荒らす。

 けれど――誰一人、ヤクモを手放さなかった。


「ヤクモを、返してくださいっ!!」

「アアァァァ!」


 ヤクモが仰け反った。

 口元から、絶叫と共に黒が噴き上がった。


「ァァァ⋯⋯」


 緩やかに声から勢いが抜け落ちていく。

 しがみついていた怒りが、ほどけて離れていくみたいだった。

 それを見て、クロヤとミクが一歩下がる。


 最後の一塊が離れると、糸が切れたようにヤクモの身体が崩れた。

 リクドウとシキが支える。


「ヤクモ⋯⋯。おい、ヤクモっ!」

「⋯⋯息は、あるようです」


 シキの一言に、リクドウは肩の力を抜いた。

 

 触れ合う三人の側に、黒い影が音もなく近づいた。

 

『オヤジさん?』

「そばにいんのか?」


 クロヤがぽつりと尋ねてくる。


『うん。三人の隣に⋯⋯』


 シキとリクドウが周囲を見回す。

 だが、見えるわけもなかった。


「確かに近くにいるっぽいけど⋯⋯」


 ミクの鼻が小さく動いていた。


「でも、なんだろ。さっきより、嫌な臭いがしないというか⋯⋯」

「忘れていた大事なものを、少しだけ思い出したんじゃろうな」


 黒い影は、三兄弟の側から動かない。

 見つめているような。

 何かを伝えたいような。

 そんな感じがした。


 私はふわりと浮かんで、黒い影にそっと近づいた。

 ぽそりと、何かを呟いていた。

 

『オヤジさん⋯⋯、何を伝えたいの?』


 私の言葉が届いたかはわからない。

 黒い影は掠れた声で呟いた。

 今度は、ちゃんと聞こえた。


 私はシキへと、ゆっくり向き直った。


「⋯⋯なんと、言ってましたか?」


 シキの声は、少しだけ震えていた。

 受け取ったその言葉を、そっと伝える。


『三人で⋯⋯仲良くやれよ』


 シキは目を見開いた。

 ヤクモを抱きしめる腕に、力がこもっていた。

 そして――目尻から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「⋯⋯はい」


 黒い影が、ふわりと三人から離れた。


 はらはらと黒が剥がれ始めた。

 淡く白い輝きが、内からこぼれ出る。


「心残りは晴れたかの⋯⋯」


 白い影が、ほどけながら夜空へ静かに昇っていく。

 輪郭は、もう曖昧だった。

 けれど。


 小さく笑っていた。

 そんな風に思えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ