表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/30

第14話 好きだから

 どうしよう⋯⋯。

 どうしたらいいの。

 私が何かして、男たちを怒らせたらマズい。

 でも、このままじゃ大変なことになる気がする。

 どちらも選べないまま、状況だけが悪くなっていく。


「まったく、ふざけたことをしてくれるね⋯⋯」

「離してっ!」


 クシダがミクを無理やり引きずっていく。

 ミクの抵抗は、ないも同然に扱われていた。


「どうやって、僕の家を調べたのやら⋯⋯」

「⋯⋯」

「⋯⋯後ろにいたよな。あの気味の悪いバイク。あれか?」


 白い車の後部座席。

 私の身体越しにミクを押し込み、続くようにクシダ社長が乗り込んでくる。

 私は逆側のドアを見つめる。そこにミクの手が届くことはない。


 わずかな距離。

 けれど、そこには黒いスーツの男がいる。

 

 目元にある深い傷跡が印象的な男が、タバコをふかしながら、気だるそうに背を預けていた。

 興味のない瞳が、ミクへと向けられている。


 ぐったりしたサナは、運転役の男に、助手席に押し込まれていた。 


 クシダ社長がドアを強く閉め、ミクは身体をビクリと震わせた。


 運転役の男が後部座席へ手を差し出すと、クシダ社長は胸ポケットから取り出した鍵を渡す。

 運転役の男は家へと向かっていった。


「さて、ミクちゃん⋯⋯。どういうつもりだったのかな?」


 どろり。

 重たいものが、胸の奥に満ちていく。


 クシダ社長の声音には、怒りがにじみ出ている。

 笑みを浮かべているが、わずかに頬を引きつらせていた。


「どういうって⋯⋯、むしろ、あたしの方が聞きたいわよ⋯⋯」


 声が、わずかにかすれる。

 ミクは助手席のサナへ、一度視線を向ける。


「サナっちを⋯⋯、こんなにして⋯⋯」

「ははっ」


 ミクの思いを踏みにじるように、クシダ社長は笑った。


「なにが、おかしいの⋯⋯」

「いや、だってさ⋯⋯。こうなったのは、サナちゃんの自業自得なのにさ」


 クシダ社長は、もはや取り繕おうともしない。


「読者モデルで一番になって、もっとその先に行きたい。そんな夢があるらしいね」


 嘲りの視線でサナを見つめる。


「擦り寄ってきたのは、サナちゃんだよ」

「そんなの⋯⋯、あたしの時みたいに、そそのかしたんでしょ」

「だとしても、選んだのは彼女だから」


 クシダ社長が笑う。

 ミクの指先が、わずかに震えた。


「ま、読者モデルレベルで、ミクちゃんに負けてるようじゃ、はなから上にいけるわけないけどね」

「なにそれ⋯⋯酷い」

「それでも、スタイルはいいからさ。少しは、相手してあげようと思ってたのにね」

「少しって⋯⋯」

「ずっとは無理だね。少し遊んだら、おしまいだよ」

「⋯⋯酷い」


 ミクに視線を向けてくる。


「まあ、それでもさ、余計なことをしなければ、遊ばれるだけで済んだのにね」


 ひゅっと、ミクが小さく息を吸った。


「あたしたちを、どうするつもりなの」

「さあ⋯⋯。僕は怖いオトモダチに頼んだだけだから⋯⋯」


 クシダ社長が口元を歪める。


「首を突っ込まなければ、ミクちゃんもこんなことに巻き込まれなかったのにね」


 そう言いながら、クシダ社長は車のドアロックを掛けた。

 私に触れるミクの指に力がこもる。


 全部が、気持ち悪い。

 今すぐにでも念で突き飛ばしてやりたい。

 だけど、後ろに傷跡のある男がいる。家に向かった運転役の男も、すぐに戻ってくるだろう。

 

 上手くいかなくて、男たちの怒りがミクに向けられたら。

 私だけの力じゃ、どうにもならない。


「本当に馬鹿だね。サナちゃんを助けに来たんだろうけど⋯⋯」

「⋯⋯」

「嫌いだって言ってたよ。サナちゃんは、君のこと⋯⋯」

「あたしのこと⋯⋯」


 助手席のサナがわずかに身じろいだ。

 でも、言葉は出てこない。


「もっと相手を見る目を養わないと」


 車内が、しんと静まる。


「嫌われてる。そう分かってれば、助けに来て、こんなことに巻き込まれなかった」


 クシダ社長の笑みが、さらに深まる。


「⋯⋯そうだろう?」


 視線が、ミクを逃がさない。

 

 クシダ社長はニヤニヤとしていた。

 ミクが悲しそうにするのを期待している。

 そんな顔だった。


 でも――。

 

 私に添えられてるミクの指に、ぐっと力が入った。


「嫌われてても、関係ないから」

「⋯⋯は?」

「私はサナっちが困ってるなら、助けたい。そんだけ」


 強く言い切った。

 ミクの視線は真っ直ぐに、クシダ社長を射抜いている。

 

 頑張れ。

 そんな思いを胸に念を込め、ミクの指を包み込む。

 

「嫌われてる相手を助ける? ⋯⋯怖くなって頭がおかしくなったのかい?」

「なにもおかしくない」


 そんな言葉に、クシダ社長はわずかにたじろぐ。


「あたしは、サナっちのことが好きだから」


 かすれてなどいない。

 真っ直ぐな声だった。


「そ、そんな強がったって⋯⋯。サナちゃんのせいで、君は酷い目にあうんだ。それでもそんなことが言えるのかい」

「それはサナっちのせいじゃない」

「は、はあっ? なにを言って――」


 言葉を遮るように、ミクは胸に手を当てた。


「道を選んだのはあたし」


 ミクの言葉が車内に落ちる。

 クシダ社長は理解できないものを前にしたように、呆然としていた。


「くはっ!」


 初めて聞く声。押さえ切れなかったような笑いが、一瞬漏れた。そんな感じだった。


 目に傷跡のある男が、かすかな光を帯びた瞳でミクを捉えていた。


「おい、クシダ。すぐに誰かのせいにするてめえとは、大違いだなぁ」


 男はくっくっと笑いながら、クシダへ眼光をぶつける。

 クシダの肩がわずかに揺れた。


「⋯⋯」


 なにも言い返せない。

 けれど、その視線がゆっくりとミクへ向く。


「⋯⋯っ、調子に乗るなよ」


 押し殺した声。

 次の瞬間、ミクの胸倉を掴んだ。


「なんだその目は⋯⋯馬鹿にするなっ!」


 乱暴に引き寄せ、振り上げられる腕。

 

 そんなことはさせない。

 私は念を溜める。

 クシダに向かって解き放とうとして――


 低く、唸るような音が近づいてくる。


 次の瞬間、強烈な光が車内を貫いた。


 白いヘッドライト。

 ――今度こそ、一つ目。


 目の前が、焼き付くように白くなる。


「っ――!?」


 クシダが思わず顔を背けた。

 振り上げられていた腕が、止まる。


 ――今だ!


 カチッ。

 ロックが外れる音。

 次の瞬間、ドアを解き放った。


 ミクが息を呑む。

 だが、迷いはない。

 クシダを車外へ蹴り飛ばす。

 肩をぶつけるように、自らも外へ飛び出した。


「兄貴っ! もうっ、遅いよっ!」

「悪い。撒かれた」


 悪態をつきながらも、ミクがクロヤへと駆け寄る。

 まだ危険は去ってないが、ミクの声にわずかな安堵の色がにじむ。


「サナっちは車の助手席にいる」

「おう」


 そんなやりとりをしていると、目元に傷跡の残る男が、車から悠然と降りてきた。

 空気が、かすかに張り詰める。


 社長の家の方からも、荒々しい足音が迫ってくる。

 運転役の男と、トイレに閉じ込めたはずの強面の男のものだ。


「おい、クシダぁ! てめえ、なに逃がしてんだ!」


 夜の住宅街に、すごい剣幕をした強面の男の声が響く。


「ひっ! ぼ、僕は悪くないっ! その小娘が暴力を振るって、逃げ出したんだ」


 表情を引きつらせながら、クシダは指を向けてくる。

 あまりにも情けない姿に、さっきまでミクを脅していた人と同じなのか、疑いたくなる。


「どいつか知らねえが、ふざけた閉じ込め方しやがって!」


 強面の男が目を血走らせ、地面を踏み鳴らしながら躊躇いなく距離を潰してくる。


 クロヤの視線がゆらりと相手を捉えた。

 瞬間、運転役の男は足を止めた。


「おい。待て」

「殺す」

 

 短い制止は、頭に血が上ってる男へは届かない。

 

「とりあえず一発殴ら――」

「邪魔だ」


 吐き捨てるようなクロヤの一言。

 風を切る拳が容赦なく顔面へ。

 男の身体が、宙に跳ねた。


 地面に転がると、横たわったまま動かなくなる。


「油断しやがって、馬鹿が⋯⋯」


 運転役の男は、派手なシャツをめくりあげ、右腰に手を伸ばした。

 抜き放ったのは、鈍い輝きを宿した短刀。

 右手に構えて、じりじりと詰め寄ってくる。


 クロヤは一歩も引かず、運転役の男から目を外さない。

 やがて男が足を止めた。

 視線が真っ向からぶつかりあう。


 圧力も、距離も。

 刃物の分だけ、男が有利。


 私は男の足だけを見つめた。

 踏み出す一歩。その一瞬だけを捉えるために。


 踏み出す。

 その瞬間。


 私は念を解き放った。

 男の身体が、後ろへ引かれる。


「っ――!?」


 体勢が崩れる。


 クロヤの踏み込み。

 その音に迷いはない。


 拳が顎を打ち抜いた。


 男の身体がぐるんと半回転し、倒れ込んだ。


「シロ、なんかやったっしょ」


 ミクの小声が落ちてきた。

 右手のひらをなぞっておく。


「やるじゃん」


 ミクは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 私の頭に、軽く手を当ててくれる。


「ひ⋯⋯、ひぃぃぃ! こ、こっちに来るなっ!」


 クロヤが距離を詰めると、クシダの情けない声が漏れ出た。


「り、リクドウさん! 見てないで、助けてくださいよっ!」


 目に傷跡のある男――リクドウにクシダはすがりついた。


「うるせえなあ⋯⋯」

 

 それだけで、クシダの身体がびくりと止まる。


 リクドウは気だるそうにタバコを咥え、火をつけた。

 紫煙をゆっくり吐き出しながら、冷えきった目をクシダへ向ける。


「聞いた話じゃ、ガキ相手に裸の写真だなんだで脅しかけて、楽しんでたんだろ。それが都合悪くなったからって、俺らまで巻き込みやがって⋯⋯」

「ひっ⋯⋯、そ、それは⋯⋯」


 クシダの喉が、ひゅっと鳴った。


「ぼ、僕はただ⋯⋯、少し遊ぶつもりだっただけで⋯⋯。でも、サナが急に警察に言うとか騒ぎ出して――」

「だから、面倒になる前にどうにかしてくれって、ヤクモに泣きついたのは誰だ?」


 言葉を失う。

 クシダの顔が、目に見えて青ざめていく。


「ヤクモの頼みじゃなきゃ、こんなクソみてえな尻拭い、誰がやるかよ」


 タバコの煙を、クシダへと吹きかけた。


「あー、そろそろ限界だぜ」


 リクドウの手は速い。

 あっと思った時には、すでにクシダの喉元を掴んでいた。


「一回、死んどくか?」


 リクドウの腕が、ゆっくりと持ち上がっていく。

 身体が宙釣りになって、クシダの足は地面を求めて暴れまわっていた。


 私に触れるミクの手が小さく震えていた。

 無理もない。私だって、同じような気持ちだ。


 リクドウは獣だった。

 下手に近づけば喉元を食いちぎられる。

 そんな空気が漂っていた。


 こういう時は、息を潜めるしかない。


 そのはずなのに。

 クロヤの足は、なぜか止まらない。


「おい」

 

 クロヤの言葉は、低く短い。配慮の気配など微塵もない。


「あん?」


 リクドウの眼光が圧をそのままに、クロヤへ流れていく。

 

 クロヤが殺されちゃうっ。

 それでも、なけなしの気持ちを振り絞る。

 すぐに突き飛ばせるよう、念を溜める。


「勝手に殺すな」

「んだと? てめえ⋯⋯、さっきの一発は見どころあったのによ。結局は命が大事だの言う甘ちゃんか? だったら、興醒めだぜ、おい⋯⋯」


 獣の視線が鋭さを増す。返答を間違えれば、喰らいついてきそうだ。

 けれど、クロヤの瞳は揺るがない。


「ケリ、つけてねえ」

「⋯⋯は? なんのことだ?」


 リクドウが眉根を寄せている。


「うちの妹がな」


 クロヤの一言が、夜の静寂に染み渡っていく。


「⋯⋯くはっ!」

 

 口元を歪め、リクドウが笑った。


「やっぱ最高じゃねえか、てめえ。⋯⋯ほれ」


 リクドウが無造作に力を抜くと、クシダは地べたに転がった。

 酸素を求めて、何度も呼吸を繰り返す。


「ミク」


 クロヤに名前を呼ばれ、ようやくミクの時間が動き始めた。


 はっとしたように顔を上げ、私を揺らしながら車へと走る。

 助手席のドアを開けると、サナの身体がぐらりと傾いた。慌てて肩を支える。


「サナっち⋯⋯大丈夫。帰ろ」


 力は入らないけれど、意識はある。

 ミクは歯を食いしばりながら、ゆっくりとサナを車から引き出した。

 そのまま支えながら、数歩。


 ――止まる。


 振り返った。

 クシダは地面に転がったまま、まだ息を荒げている。その傍らに、リクドウが立っていた。

 夜の空気が、ひどく静かだった。


「⋯⋯サナのこと、連れて帰るから」


 はっきりとした声。


「あんたたちも⋯⋯もう関わらないで」


 視線は逸らさない。でも、手は少し震えていた。

 それでも、引かない。

 リクドウの口元が、わずかに歪む。


「それは約束できねえなあ。嬢ちゃんたちが、今回のこと話すかもしれねえからな」


 低い声の圧が、そのまま落ちてくる。


「私たちはこのことを誰にも言わない。約束する。だから、そっちも守って」


 芯のある声が、真っ直ぐに投げられる。


「⋯⋯くはっ。可愛いお願いじゃねえの」


 口元に手を添えたリクドウは、肩を揺らしていた。


「貸し一つだ。今回は引いてやる。手は出さねえ。クシダにも守らせる。うちの組の看板に誓うぜ」

「看板に誓う? なにそれ?」

「うちの組のしきたりでよ。――看板に誓ったことは、絶対に嘘にしねえ」

「ふーん⋯⋯、変なの」


 リクドウはしゃがみ込み、クシダの肩に腕を回した。


「わかったな、クシダ」


 低く囁く声。

 クシダの身体がびくりと震えた。


「ミク、帰るぞ」

「うん」


 クロヤの言葉に小さくうなずき、ミクは一度も振り返ることなく、その場を後にした。



 夜道に影が二つ伸びている。


「代わるか?」

「ありがと。でも、あたしがやる」


 サナは安心したのか、すやすや寝息をたてていた。

 そんな彼女が居る場所は、ミクの背中だった。

 ミクだって心も身体も疲れているだろうに。

 右によろり、左にふらり。

 抱っこ紐で一緒に揺られながら、ひやりとする足取りを見つめる。


「そうか」


 クロヤは短く言った。路肩に置こうとしたバイクを、再び手で押していく。

 暗いからはっきりしないけど。

 口元がわずかに緩んでいる。

 そんな風に見えた。


 やりきりたいというミクの思い。

 私にミクの代わりはできない。

 それでも手伝うくらいなら、きっといいよね。


 サナの身体が浮かぶように念を込める。

 もちろん一人を支えるなんて、まだ無理だけど。

 少しぐらいは軽くなるはず。


「シロ、ありがとね」


 ぽつりと。

 上から柔らかい声が落ちてきた。


 夜風だけが、静かに通り過ぎていった。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ