表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/30

第13話 脱出


 ――動くな。

 クロヤはそう言ってた。

 けれど、ミクは止まりそうになかった。

 

 ゴミ捨て場にあったビニール一枚。

 監視カメラに貼り付けてと頼まれた。


 家の鍵を開けて欲しいとミクは言った。

 ためらうほどに時間がなくなる。

 確かにその通りだった。


 ――カチャ。

 

 音が響かないよう、慎重に解錠した。

 わずかに開けた扉。

 家の中は、闇が待ち構えている。


 うっすらと差し込む月明かりだけが、頼りだ。


 ミクは玄関の鍵をしばらく見つめ、手を伸ばして鍵をかけた。

 出られなくなる。

 私のそんな思いが、届くはずもない。

 

 やれることといえば、否定を示す合図。

 左手を撫でるくらい。


「いいの。別のとこ、開けるから」


 ミクはぽつりと呟いてから、脱いだ靴を手に持った。足音を立てないよう踏み出す。


 すぐ側にある階段。

 見向きもしないで、人の気配をうかがいながら、廊下を進んでいく。


 その時、天井の方からかすかに音がした。ミクがハッとして、足を止める。

 

 物を落としたような、小さな音。

 何かが動く気配はないが。


 ――やっぱり誰かいる。

 そんな気がした。


 やがてミクは、一歩、また一歩と静かに歩いた。


 一階に、人の気配はなさそうだった。


 たどり着いたのは、リビングだ。

 ミクが手を伸ばして、窓をそっと開けた。一人が通れるくらいの幅だった。

 風は吹き込んでこない。じっと見ても、窓の異常は分かりにくい。

 

 外は芝生の植えられた庭だ。


 ミクは靴下のまま外へ出て、周囲を見回していた。私も目を向けた。

 コンクリートの壁で覆われている庭は、思ったよりも圧迫感があった。


 壁の突き当たりを、左へ。

 玄関前に繋がっていた。


 ミクは小さくうなずいて、窓から中へ戻っていく。

 少し考える素振りをしてから、靴は窓の外に置いていた。


 玄関まで戻り、階段を登り始める。

 壁に手を伝わせながら、慎重に。


 階段の折り返しにある踊り場。

 足がついた瞬間。

 ――ぎし。


 かすかに軋む音。

 けれど、この時だけはうるさく聞こえる。


 ⋯⋯二階で、何かが動き始める気配はない。

 ミクの肩から、力がわずかに抜けた。


 二階にたどり着くと、扉の下隙間から明かりが漏れ出ている部屋があった。


 そっと近づいて、耳をすます。


「ふぁ~あ」


 男の声だった。


「⋯⋯ったく、まだ戻ってこねえのかよ」


 静かな廊下に声が滲んでくる。


「こんなぐったりしてりゃ⋯⋯逃げやしねえだろ」


 ぶつぶつと文句を言いながら、あくびをもう一つ。


 少なくともこの部屋には二人、居るようだ。

 ミクがわずかにうつむき、口元に手を当てた。

 秒針と胸の鼓動だけが、私に伝わってくる。


 ミクはその扉から離れた。

 他の扉へ近づいて、そっと中を確認し始めた。

 そして三つ目の扉を、廊下側へ開けた瞬間、


「トイレ⋯⋯、窓はないね」


 換気扇の回る音が天井から降ってくる。

 ミクは廊下に戻って、足元を見つめる。

 次いでトイレと向かい側の壁を見比べた。


「シロ。ちょっとお願いしたいことあんだけど⋯⋯」



 トイレに一番近い部屋に身を潜め、ミクは四つ足椅子に手を添えた。

 ミクが私を見下ろしてきた。

 ミクがうなずき、私は右手を撫でた。


 ――集中して、念を込めていく。


 ペタン、ペタン。

 廊下に響く足音。

 トイレへと進ませて、中に入らせる。


「⋯⋯おい、クシダ。帰ってきたのか?」


 開く扉。男の声。

 瞬間、トイレの明かりを灯らせる。


 男の足音が、トイレ前へ吸い寄せられていく。

 

 水の流れる音。

 男がノックをするが、当然返事はない。


「おい、ふざけてんじゃ――」


 男が乱暴に扉を開ける。


 ――今だ。


 背中に思い切り念を飛ばして、押し込む。


「な、なんだ!?」


 体勢を崩した男がトイレに倒れ込む。


 ミクが勢いよく扉を閉め、椅子をトイレ前に横倒しに置く。

 廊下幅と、椅子はほとんど同じ大きさだ。


「おいっ! ふざけんじゃねえっ!」


 力任せに扉を押している。だが、開かない。

 自力で出るには、扉を突き破るしかない。


「くそっ! スマホはっ!」


 男の低い声を無視して、ミクは明かりの漏れた部屋へ飛び込んだ。


「サナっち!」


 椅子に縛られていたのは、憔悴したサナだった。

 

「⋯⋯ミク? どうして、ここに⋯⋯」

「話はあとっ! ちゃっと逃げるよっ!」


 椅子の背後に回り込み、きつく縛られた縄にミクの手が伸びる。

 私も頑張って、念を送った。


「立てる?」


 ミクの問いかけにサナは小さくうなずいた。でも、足腰が弱って、崩れそうになる。

 ミクは肩を貸した。

 よろめきながらも、廊下に出る。


「おい、クシダ! てめえ、家に他のやつがいるなんて聞いてねえぞ! ⋯⋯はあっ!? ふざけたこと抜かしてると、指詰めるぞ、てめえっ!」


 物騒な物言いに、ミクが一瞬だけ振り返る。

 けれど、すぐに階段を降り始めた。


 リビングへ向かい、窓から外へ。

 門を通り抜ける。


 人を支えながらの一歩は、思い通りに進まない。

 それでもミクは歯を食いしばって、最初の電信柱へと向かった。

 

 クロヤがいてくれれば。

 そんな思いがあったのだろう。

 

 だが、バイクの音はどこにもない。


 ――次の瞬間。


 ヘッドライトに照らされた。

 左右二つの目から。


 暗闇で急に明かりを向けられ、ミクは咄嗟に顔を覆う。

 足音が迫る。


「っ!?」


 ミクは手首を掴まれ、悲鳴にならない声をあげた。サナがよろめいて、地面に投げ出される。


「おやおや、ミクちゃん。こんなところで⋯⋯悪い子だね」


 息を切らせたクシダ社長が、にちゃあと笑った。


「さっさと、車に乗せろ」


 派手なシャツの男が運転席から降りてくる。

 サナの身体を担いだ。


「さあ、車に乗ろうか」


 ミクの腕が、クシダ社長に強く引かれた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ