第97話「帰りの船は、少し穏やか」
帰路の航海。三日間。
行きの船は嵐と海蛇竜とカシスで大変だったけど、帰りは穏やかだ。
海が歌ってる。潮音の歌が海流を安定させてくれてるおかげで、波が小さい。風も順調。
ガルドの船酔いが——治ってた。
「おう、揺れないと楽だな」
〝慣れたのか〟
「慣れたっていうか、海が穏やかになったから。潮音のおかげだな」
帰りの船は、退屈なくらい平和だ。
チョンが甲板の上で棒の素振りをしてる。レグナが指導してる。船の上でも稽古は欠かさない。
「チョン、足の位置が広すぎる。船の上では、もう少し狭くしろ。重心を低く」
「こう?」
「うむ。揺れに合わせて体を動かせ。波のリズムに逆らうな」
船の上での棒術。陸とは違うバランス感覚が必要だ。チョンが一生懸命足を調整してる。
バルトが舵を握りながら、チョンを見てた。
「あの子、筋がいいな」
〝そうか?〟
「ああ。船の上で体のバランスを取れる子供は珍しい。海の適性がある」
〝チョンは何にでも適性がある気がするな〟
「才能じゃなくて、素直さだ。教わったことを素直にやる。それが一番伸びる」
バルトが水筒の水を飲んだ。
「宝箱よ。あの子、大事にしろよ」
〝大事にしてるよ〟
「分かってるなら、いい」
バルトが海を見た。
「俺も昔、弟子がいた。海賊時代にな。あいつも素直なやつだった。教えたことを何でも吸収して——」
〝今はどうしてる〟
「死んだ。嵐で」
〝……悪い、聞いて〟
「いいさ。昔の話だ。だからこそ——あの子を見てると、あの頃を思い出す」
バルトが少しだけ笑った。目尻に皺が寄ってる。
「おまえ、いい旅をしてるよ。宝箱」
〝……ありがとう〟
パカッ。
◇
夜。
甲板で星を見てる。海の上の星は、陸の星と全然違う。遮るものがないから、空いっぱいに広がってる。
レグナが横に立ってた。蒼い炎をちろちろ。
「タカラ」
〝なんだ〟
「我の魂のことだが」
〝残り2パーセント〟
「ああ、この塔にはなかった。残りは——おそらく、第六か第七の塔にある」
〝次の塔で回収できるかもな〟
「うむ。だが、98パーセントの今でも——戦力としては十分だ。完全体との差は、正直、体感では分からない」
〝じゃあ気にしなくていいんじゃないか〟
「……いや、気にする」
レグナの蒼い炎が、少し揺れた。
「2パーセントが足りないのは——力の問題ではない。〝完全な自分〟に戻りたい、という願いだ」
〝……分かる〟
「おまえも——何かを失ったのだったな」
〝何を失ったか覚えてないけど〟
「我は覚えている。おまえが黒い塔の扉の前で、人間だった記憶を差し出したことを」
〝…………〟
「おまえは、それを覚えていない。だが、我は覚えている。仲間が覚えている。だから——おまえは、失ったものを完全に失ってはいない」
レグナの蒼い炎が、静かに燃えてる。
「我もそうだ。残りの2パーセントがなくても、我は我だ。だが——取り戻せるなら、取り戻したい。完全な自分として、おまえの隣に立ちたい」
〝……レグナ〟
「うむ」
〝次の塔で、絶対取り戻そう〟
「ああ」
パカッ。
骸骨の将軍と宝箱が、星空の下で並んでる。
海が穏やかに揺れてる。潮音の歌が遠くから聞こえる。
◇
翌日。
港が見えてきた。ベイルの街の港。
バルトが帆を畳む指示を出した。
「着くぞ。無事に帰ってきたな」
〝ああ、世話になった〟
「世話ってほどのことじゃねえ。ドルトンの借金を減らせたしな」
〝借金で動く船長って〟
「はは、借金がなくなったらどうするかって? そうだな——次はタダで乗せてやるよ」
〝マジか〟
「マジだ。おまえらは面白い客だった。宝箱が甲板をすいすい滑ったり、ホブゴブリンが船酔いしたり、ウォーウルフが海中で暴れたり」
面白がられてたのか。
「次に船が必要になったら、呼べ。ドルトン経由で連絡がつく」
〝頼むよ、バルト〟
「おう」
バルトが手を差し出した。
俺は——蓋でぽんと叩いた。宝箱式握手。
バルトが笑った。
「灰港の長老が言ってたやつだな。宝箱に叩かれたら信頼の証」
〝広まりすぎだろ、あの話〟
「いい文化だ。広まればいい」
チョンがバルトに手を振った。
「バルトさん、ありがとう! また乗せてね!」
「おう、いつでも来い。坊主」
ガルドがバルトに頭を下げた。
「船酔いで迷惑かけた」
「迷惑じゃねえ。船酔いするやつは、陸じゃ強いんだ。そういうもんだ」
「本当か?」
「嘘だ」
「嘘かよ!」
バルトが豪快に笑った。いい船長だったな。
パカッ。
◇
ベイルの港に降りた。
バルトが持ち上げてくれて——四回目。
「次は自分で降りる方法を考えろよ、宝箱」
〝考える〟
たぶん考えない。持ち上げてもらった方が楽だし。
風切り号が港を離れていく。バルトが手を振ってる。
いい出会いだった。
チョンが手を振り返してる。
「バルトさーん! またねー!」
ガウルが一声吠えた。犬式お別れ。
さて——ベイルの街でドルトンに報告だ。
◇
ギルド支部。
ドルトンが書類を広げて待ってた。
「帰ったか。速報だ」
〝速報?〟
「マリウスが、筆頭に復帰した」
…………。
〝復帰?〟
「つい三日前だ。王の許可で。〝弟子の独断〟という弁明が通って、管理責任の一時停止が解除された」
マリウスが——筆頭に戻った。
「さらに——〝魔物共存政策推進室〟の室長も兼任したまま。筆頭+室長。以前よりも権限が増えてる」
〝増えてるのか〟
「増えてる。〝反省して改善した〟というポーズで、王の信頼を回復した。セルディス団長が反対したが——宮廷の多数派がマリウスを支持した」
……マリウス、やるな。一時停止を食らっても、ちゃんと復帰してくる。
「タカラ。おまえが塔を解放するたびに、マリウスの力も増してる。おまえの功績を利用して、自分の立場を強化してるんだ」
〝俺の功績を利用?〟
「そうだ。〝共存政策推進室〟は、おまえの塔の解放を〝政策の成果〟として報告してる。つまり——おまえが塔を解放するのは、マリウスの手柄になってる」
……なるほど。
俺が頑張れば頑張るほど、マリウスの手柄が増える構造。
博士が言った。
『政治的に巧みだな。タカラの実績を自分の成果にすり替えている。タカラが塔を解放し続ける限り、マリウスの権力は増す。止めることもできない——止めたら塔が解放されず、世界が救われない』
〝詰んでるじゃないか〟
『詰んではいない。マリウスの構造的な弱点は——〝タカラが協力しなくなったら終わり〟だ。つまり、タカラがマリウスとの関係を公に断てば、マリウスの〝成果〟の根拠が消える』
〝公に断つ?〟
『今はまだ時期尚早だ。あと二基の塔を解放してからの方がいい。七基全て解放した後なら——タカラの立場はマリウスより上になる。そこで初めて、正面から切れる』
七基全部解放してから。
〝なら——今は、泳がせておくか〟
『そうだ。今は実績を積め。マリウスに利用されてるように見えても、実績はタカラのものだ。最後に勝つのは——実績を持っている者だ』
パカッ。
〝了解〟
……マリウスとの政治戦は、まだ続く。
でも——今は塔を解放することに集中する。残り二基。
◇
【次回】パカラ村に帰還。村が成長してる。各地の仲間からの手紙。チョンの手紙、四通目。




