第96話「海の仲間たち」
潮音の封印を解いた翌日。
俺たちは船の上で、潮音と魚人族のリーダーと話をしてる。
潮音は海面から頭だけ出してる。銀色の髪が海水に広がってきれいだ。
「タカラ。これからのことを相談したいの」
〝聞く〟
「この海域の魔物たち——封印が解けて、本来の力を取り戻し始めてる。でも、八百年の間に海の生態系がだいぶ変わってしまった。海の民の数も減った」
魚人族のリーダーが頷いた。
「八百年前は……魚人族だけで千はいた。今は……五十もいない」
五十匹以下。
「だから——拠点が必要なの。海の民が集まれる場所。安全に暮らせる場所」
〝パカラ村や砂漠の集落みたいな、自治集落か〟
「そう。海の中の自治集落」
海中の拠点。陸地の集落とは違って、海の中に作る。
「場所は、この岬の近くのサンゴ礁がいい。塔の周辺は魔力が豊富で、サンゴが育ちやすい。海の民が暮らすのに最適」
〝リーダーは〟
「私がやるわ」
潮音が言った。
「八百年前も、私が海の民の長だった。封印が解けた今、また長を務める。今度は——ちゃんと守る」
〝守る?〟
「八百年前は、守れなかった。大賢者に封印されて、海の民を置いて閉じ込められた。今度は——誰にも封じさせない」
潮音の目が——真剣だ。
〝マリウス派が来たら〟
「歌で追い払う。私の歌は、海の中では最強よ。水を操れる。海流を変えられる。この海域に入ってくる船は——私の歌で察知できる」
海域全体の監視システム。潮音の歌が、海のレーダーになる。
「それに——」
潮音がにこっと笑った。
「魚人族がいるから。あの子たちが海流を操ってカシスの船を追い払ったでしょう? あれが、海の民の力よ」
魚人族のリーダーが胸を張った。
「潮音様が帰ってきた。我らは……もう、独りではない」
……いい関係だ。
パカッ。
〝じゃあ決まりだ 潮音がリーダーで、この海域に海の自治集落を作る〟
「名前は?」
名前。
海の集落。潮音がリーダー。
〝潮音の海 でどうだ〟
「え、私の名前がそのまま?」
〝芽吹の里もメブキの名前だ リーダーの名前が集落の名前になるのが、うちの流儀〟
「うちの流儀って……パカラ村はそうなの?」
〝パカラ村は……まあ、あれは別の由来だけど〟
「じゃあ流儀じゃないじゃない」
〝細かいこと気にするな〟
潮音がくすっと笑った。
「いいわ。潮音の海。気に入った」
◇
潮音の海、設立。
俺の勢力圏が——五方面になった。
西にパカラ村。東に砂漠の集落。北に知の王の塔。南に芽吹の里。そして——海に潮音の海。
陸に四つ、海に一つ。大陸の全方位をカバーしてる。
「タカラ、おまえの勢力圏、国の領土みたいになってきたぞ」
ガルドが苦笑した。
〝国じゃない 集落の連合だ〟
「連合って、それを普通〝国〟って呼ぶんだが」
〝呼ばない パカラ村を「国」とは呼ばない それはパカラ村の方針だ〟
「はいはい」
◇
次に、潮騒の岬の近くにある街——潮見に寄った。
バルトの船で港に入った。
潮見の街は、灰港よりも大きい。人口三百くらいの漁師町。
街の人たちが、海の変化に気づいてた。
「海が……穏やかになった」
「魚が増えてる。今朝の漁、大漁だった」
「何が起きたんだ?」
俺たちが港に降りると——灰港と同じ反応。
宝箱が歩いてる→驚く→蓋を開ける者だと気づく→大歓迎。
潮見の街の長——若い女性。三十代。名前はミナト。漁師の娘で、父親から街の長を引き継いだばかり。
「蓋を開ける者殿! 海が……海が歌い始めました!」
〝知ってる 海の王の封印を解いたから〟
「海の王の封印を!?」
ミナトが目を見開いた。
「じいちゃんが言ってた……。〝海が歌わなくなった日から、この街は寂れた〟って。あれが……八百年前の封印のせいだったなんて」
〝封印が解けたから、海が元に戻り始めてる 魚も増えるし、海流も安定する〟
「本当ですか!? それは……この街にとって、大変な朗報です!」
ミナトが深々と頭を下げた。
「何かお礼を——」
〝礼はいらない ただ、一つ頼みたいことがある〟
「何でしょう」
〝この海域に、海の民の自治集落ができた 潮音の海って名前だ 潮見の街と、交易関係を結んでほしい〟
「海の民と交易?」
〝魚人族は貝や海藻や真珠を持ってる 潮見の街は穀物や道具を持ってる 八百年前にやってた交易を、復活させたい〟
ミナトが——目を輝かせた。
「それは……ぜひ! じいちゃんの夢だった。海の民との交易を復活させるのが」
〝じゃあ決まりだ〟
宝箱式握手。蓋でぽんとミナトの手を叩いた。
「あ、これが……噂の宝箱式握手」
〝噂になってるのか〟
「灰港の長老から手紙をもらいました。〝宝箱に蓋で手を叩かれたら、信頼の証だ〟って」
……灰港の長老、そんな話を広めてるのか。
パカッ。
◇
潮見の街でもう一つ、大事な情報を得た。
ミナトが言った。
「蓋を開ける者殿。マリウスの使者が、ここにも来ていました」
〝カシスか〟
「ええ。にこにこした若い男。〝海の管理権を宮廷が取る〟と言っていました」
灰港と同じパターン。
「私は断りました。この街は漁師の街です。宮廷に管理されたくありません」
ミナト、頼もしいな。
「それと——カシスが去り際に、奇妙なことを言っていました」
〝何を〟
「〝第六の塔に近づくのは危険だ。あそこには、大賢者の遺産がある〟と」
大賢者の遺産。
第六の塔に。
〝博士〟
『聞いた。大賢者の遺産——知の王の知識にも、断片的な記録がある。大賢者が最後に残した魔法装置の一つ。詳細は不明だが、七つの塔の封印を管理するための中核装置、という説がある』
七つの塔の封印を管理する中核装置。
それが第六の塔にある。
マリウスが欲しがるはずだ。中核装置を手に入れれば、残りの封印を自在に操れるかもしれない。
〝カシスがわざわざ教えてくる理由は〟
『牽制だろう。〝知ってるぞ〟と見せることで、タカラの行動を警戒させる。あるいは——タカラを焦らせて、準備不足のまま第六の塔に向かわせる罠かもしれない』
罠か警告か。
どちらにせよ——第六の塔には行かないといけない。
パカッ。
〝ミナト、情報ありがとう〟
「お役に立てたなら。蓋を開ける者殿、どうかお気をつけて」
◇
潮見の街を出た。船に乗って、北へ。
パカラ村に帰る。
甲板でチョンが海を見てる。
「タカラ、海の旅、楽しかったね」
〝楽しかったか?〟
「うん。潮音さんの歌、きれいだった。一緒に歌えて嬉しかった」
〝おまえの歌も良かったぞ〟
「えへへ。子守唄しか歌えないけど」
〝子守唄で魔王を救ったんだ 十分だろ〟
「そっか。そうだね」
チョンが笑った。
ガルドが横に来た。
「タカラ、帰ったらまた忙しいな。サインの嵐だ」
〝サインは蓋文字だから手は疲れないけどな〟
「管理職だな」
〝管理職って言うな〟
「事実だろ」
〝……否定できない〟
パカッ。
パカパカ。
シロ(仮)が蓋の上で耳をぱたぱた。海風に揺れてる。
海の旅が終わる。
次は——第六の塔。
大賢者の遺産。マリウスの最終目的。そして——|魔王の王の封印。
残り二基。
あと少しで——全部の蓋が開く。
◇
【次回】パカラ村に帰還。レイスからの緊急報告。マリウスが——動いた。




