第95話「歌が、海に還る」
塔の中に戻った。
ホールの水盤。潮音が待ってた。
「おかえり。海の上、大変だったみたいね」
〝見えてたのか〟
「歌で感じてた。海の水が騒いでたから」
歌で海の状態がわかるのか。
「あの男たち——鎖をつけた連中の仲間?」
〝そうだ マリウス派〟
「追い払ってくれたのね」
〝ガウルが蹴っ飛ばした〟
「ふふ。犬って強いのね」
入り口のところでガウルが尻尾を振った。褒められて嬉しそうだ。
リーリアが水盤の横で座ってる。アイの回復で、少しだけ魔力が戻ったらしい。チョンが隣にいる。レグナが蒼い炎をちろちろさせて立ってる。
「タカラ。封印を解いてくれるって、言ったわね」
〝言った〟
「お願い。解いて。私——海に帰りたい」
〝その前に〟
「何?」
〝一つだけ確認したい おまえは、封印が解けたらどうする〟
「海に帰る。魚人族と一緒に暮らす。歌を歌う。自由に」
〝消えるのか〟
「消えない。私はまだ生きてる。八百年、水の中で生きてた。封印が解けても、体は残る。私は——海で生きる」
消えない。
知の王と同じだ。消えずに残る。
でも、知の王は塔に残った。潮音は海に帰る。
五人の魔王、五通りの結末。全員違う。
◇
封印を解く。
俺は水盤の縁に立った。蓋を潮音に向けた。
〝解封〟。
金色の光が——水盤に広がった。
蓋裏が反応する。
──────────────────
〝解封〟──▶ 封印解除
対象:第五の塔の封印
状態:封印弱体化中(マリウス派の介入
により構造が不安定)
* 通常の解封では不安定な封印が
崩壊する可能性があります
* 安全に解除するには、
封印の安定化が必要です
* 安定化の方法:
歌の魔力で封印構造を
整えてから解除する
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……歌の魔力で安定化させてから解除する。
マリウス派が鎖で封印をいじったせいで、封印の構造が不安定になってる。このまま解封すると、封印が崩壊して、塔ごと壊れるかもしれない。
〝潮音 封印が不安定だ 安定化するのに、歌の魔力が要る〟
「私の歌で安定化すればいいの?」
〝それだけじゃ足りないかもしれない おまえの歌だけだと、鎖の跡が残ってて、共鳴が乱れる〟
博士が補足した。
『封印の安定化には、海の王の歌と、別の歌を合わせる必要がある。二つの歌が共鳴して、封印の構造を整える。鎖を外した時のチョンの歌と同じ原理だ』
チョンの歌。
〝チョン〟
「うん」
〝また歌ってくれるか〟
「うん。歌う」
チョンが水盤の縁に座った。足をぶらぶらさせて。
「潮音さん。一緒に歌おう」
「一緒に?」
「うん。俺が子守唄歌って、潮音さんが海の歌を歌えば——一緒に響くでしょ?」
潮音が——くすっと笑った。
「チョン、あなた——歌の才能があるのかもしれないわね」
「才能? 俺が?」
「歌の本質は、一人で歌うことじゃない。誰かと一緒に歌うこと。あなたはそれを、最初から理解してる」
チョンが照れた。
「えへへ……じゃあ、歌おう!」
◇
チョンが歌い始めた。
パカラ村の子守唄。三番まである。
潮音が——それに合わせて、海の歌を歌い始めた。
二つの歌が重なった。
子守唄のメロディに、海の歌のメロディが重なる。調性が違う。テンポも違う。
でも——共鳴してる。
二つの歌が、水盤の水を揺らす。波紋が広がる。波紋が壁に触れて、サンゴが光る。
塔全体が歌ってるみたいだ。
「おい、タカラ」
ガルドが横で俺を見た。
「俺も歌った方がいいか?」
〝おまえ、歌えるのか〟
「音痴だけど、声はでかい」
〝……声がでかいのは、たぶん役に立つ〟
ガルドが——歌い始めた。
……うん、音痴だ。めちゃくちゃ音痴。
でも、声はでかい。ホール全体に響くくらい。
チョンが笑った。歌いながら。
潮音も笑った。歌いながら。
「ガウ! 俺もやる!」
ガウルが——遠吠えした。
「アオーーーーン!」
歌じゃない。遠吠え。でも、遠吠えにもメロディがある。犬のメロディ。
レグナが蒼い炎を揺らした。
「我は声がないが——蒼炎に音をつけることはできる」
蒼い炎が——歌い始めた。炎が揺れるたびに、低い音が出る。ぶうん、ぶうん、って。
リーリアが手を合わせた。
「〝巫女の祈り〟——祈りの歌」
リーリアの声が——澄んだ祈りの歌になった。巫女の祈りは、歌にもなるのか。
アイがぷるんぷるん震えた。スライムの振動音。リズムを刻んでる。
スミが——墨で床に音符を書き始めた。歌えないから、音符を書いて参加してる。
シロ(仮)が蓋の上で耳をぱたぱたさせてる。リズムに合わせて。
俺は——
声がない。
蓋文字しか出せない。歌えない。
でも——
パカッ。
パカッ。パカッ。パカッ。
蓋を、リズムに合わせて鳴らした。
パカパカパカパカ。
打楽器だ。
俺の蓋がドラムになった。
パカパカパカパカパカパカパカパカ。
テンポを刻む。チョンの子守唄に合わせて。潮音の海の歌に合わせて。ガルドの音痴に合わせて。ガウルの遠吠えに合わせて。レグナの蒼炎に合わせて。リーリアの祈りに合わせて。アイの振動に合わせて。
全員の歌が一つになった。
ホール全体が震えてる。水盤の水が波打ってる。サンゴが光ってる。貝殻の照明が明滅してる。
塔が——歌ってる。
◇
蓋裏に表示が出た。
──────────────────
封印構造——安定化完了
歌の共鳴により、封印構造が
修復されました。
解封を実行しますか?
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実行。
〝解封——実行!〟
金色の光が——爆発的に広がった。
水盤の水が光に包まれた。潮音の体が光に包まれた。
封印が——解けていく。
八百年の封印が、ゆっくりと、ほどけていく。
潮音の体が——変わった。
半透明だった体が、実体を取り戻していく。色が戻る。肌の色。銀色の髪の輝き。尾ヒレの青い鱗。
完全な体。八百年ぶりの。
「あ……」
潮音が自分の手を見た。
「体が……戻ってる。私の体が」
潮音が——水盤から飛び出した。
ホールの床に着地。尾ヒレがぴちぴち跳ねる。
「あ、地上だと歩けない……」
人魚だから脚がない。ホールの床でぱたぱたしてる。
「ぷっ……」
チョンが吹き出した。
「潮音さん、ぱたぱたしてる」
「笑わないで! 八百年ぶりに地上に出たの! 加減がわからないの!」
魔王がぱたぱたしてる。
ガルドが笑った。
「はは、魚だな」
「魚じゃないわ! 人魚よ!」
「あ、すんません」
パカッ。
……シリアスな場面だったのに、一気にコミカルになったぞ。
◇
塔の結界が——解けた。
海水が、ゆっくりと、塔の中に入ってきた。足元からひたひたと。
「塔の結界が消えたか。海水が戻ってくるな」
レグナが足元を見た。
「急ごう。塔が海に沈む前に出ないと」
〝潮音 外に出よう〟
「うん。私も海に帰りたい」
魚人族が塔の入り口に待ってた。泡を作ってくれた。
全員が泡に入って——塔の外へ。
海中に出た。
潮音が——泡に入らず、そのまま海に飛び出した。
海の中で——人魚が泳いでる。
銀色の髪がなびいてる。尾ヒレが光ってる。青い鱗がきらきらしてる。
潮音が——歌った。
海の中で。
自由に。
歌が——海に響いた。
サンゴが光った。魚が集まってきた。海流が穏やかになった。海全体が——潮音の歌に包まれた。
魚人族が、泣いてた。
「……海の王の歌が……戻った……」
「八百年……待ってた……」
「海が……歌ってる……」
魚人族全員が、泣いてる。
潮音が泳ぎながら、俺の泡の前に来た。
泡の外から、にこっと笑った。
口が動いた。水の中だから声は聞こえない——けど、読み取れた。
「ありがとう」。
パカッ。
泡の中でパカパカした。泡がびりびり震えた。
潮音が笑った。
蓋裏に通知が来た。
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第五の塔の封印——解除
潮音(海の王)、解放完了
* 潮音は海に帰りました
* 海の魔物の本来の力、解放
* 海域の生態系が回復を開始します
* 第六の塔の位置情報が
解放されました
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五基目の塔。解放完了。
残り二基。
◇
海面に浮上した。
泡が弾けて、船の甲板に上がった。バルトが持ち上げてくれた。三回目。もう慣れた。
「おう、終わったか。海がえらく穏やかになったな」
〝海の王が歌ってる〟
「海の王が——歌?」
「ガウ。聞こえる。海の底から。きれいな歌だ」
バルトが海に耳を傾けた。
「……ああ。聞こえるな。昔、じいさんが言ってた。〝海が歌う日は、大漁の日だ〟って」
〝大漁か〟
「ああ。今日は——いい日だ」
バルトが笑った。
チョンが甲板に座って、海を見てる。
「潮音さん、嬉しそうだったね」
〝ああ〟
「ぱたぱたしてた時は面白かったけど」
〝あれは言うな 魔王の尊厳に関わる〟
「えへへ」
ガルドが伸びをした。
「五基目かー。あと二基。もう少しだな」
〝もう少しだ〟
「でも——カシスが言ってたな。七つ全部解放したら何かが起きるって」
〝|魔王の王の封印が解ける、って博士が言ってた〟
「|魔王の王……。七人の上に立つ存在か」
〝伝承に過ぎないらしいけど〟
「マリウスがそれを知ってるなら、伝承じゃすまないかもな」
ガルドの勘が当たる時は、だいたい嫌な予感が的中する。
パカッ。
……まあ、それは後で考えよう。
今は——五基目を解放した。
五人の魔王を——それぞれ違う形で、救った。
対話して。武で語って。知で語って。名前を入れて。歌を返して。
残り二基。
六番目と七番目の蓋を開ければ——全部終わる。
……全部終わった先に、何が待ってるかは、まだわからないけど。
◇
【次回】海の自治集落の設立。潮見の街との連携。そして——パカラ村へ帰る。




