第94話「海上決戦」
塔の中から海上に出た。
魚人族が再び泡を作ってくれて、俺とガルドとガウルが海面まで浮上した。レグナ、リーリア、チョンは塔の中に残した。リーリアは魔力切れだし、チョンは海上戦闘に出すわけにはいかない。
海面に出ると——
二百メートル先に、船がいた。
バルトの風切り号じゃない。もう一隻、別の船。黒い帆。
黒い帆の船の甲板に、五人の人影。
ガウルが匂いを嗅いだ。
「ガウ。カシスの匂い。それと——知らない匂いが四人。全員、魔法使い系の匂い」
カシスと弟子四人。五人の魔導士部隊。
カシスが船の舳先に立ってた。
にこにこしてる。
海風に白い服がなびいてる。二百メートル先でも、あのにこにこが見える。
「やあ! 蓋を開ける者殿! お久しぶりです!」
声が海上に響いた。
「鎖、外してくれたんですね。ありがとうございます。おかげで、海の王に直接接触できるようになりました」
……おかげでって。
俺が鎖を外した後に来やがった。外す苦労は全部こっち持ちで、利益だけ持っていこうとしてる。
〝何しに来た〟
「何って。海の王の歌の力を回収しに来ました。マリウス様のご命令で」
歌の力を回収。知の王の断片を引き抜いたのと同じだ。
〝させない〟
「そう言うと思いました。だから——」
カシスが手を上げた。
黒い帆の船の甲板で、四人の弟子が同時に魔法陣を展開した。
「力ずくで来ることにしました」
◇
四つの魔法陣から——海水が盛り上がった。
水の柱。四本。それぞれ五メートルくらいの高さ。
水の柱が形を変えていく。人型。水でできた巨人。
水人形。
四体の水の巨人が、海面の上に立った。
「行きなさい」
カシスが命じた。水人形がこっちに歩いてくる。海面の上を。水だから沈まない。
俺は——海面に飛び降りた。
〝フロストエッジ——足場!〟
氷の足場が広がる。海面に白い道ができる。
ズズズで走り出した。
水人形の一体目が拳を振り下ろしてきた。水の拳。でかい。
俺は——〝武装擬態〟!
外蓋を剣に。
水人形の拳を斬った。
——斬れない。水だから。剣が通り抜ける。
水の体を斬っても意味がない。
水人形の拳が俺に当たった。
ドゴッ!
吹き飛ばされた。氷の足場が砕けた。海に落ちかける——
〝フロストエッジ!〟
足元を凍らせて復帰。
水の敵に物理攻撃が効かない。斬っても突いても意味がない。
〝博士、水人形の倒し方は〟
『水の魔法で動いてる。操者を倒すか、水の核を壊すか——あるいは、水を凍らせれば動きが止まる』
凍らせる。
〝フロストエッジ——全力!〟
俺は外蓋を剣から元に戻して、五枚の蓋全部からフロストエッジを放った。
冷気が爆発的に広がった。
水人形の一体に——冷気が当たった。
水が——凍り始めた。
ゴゴゴッ、と音を立てて、水人形が氷に変わっていく。足元から上へ。
三秒で——完全に凍った。動かなくなった。氷の彫像。
「一体!」
残り三体。
でも魔力消費が重い。海水を凍らせるのは塩分のせいで魔力が多く要る。
三体同時に凍らせるのは——きつい。
二体目と三体目が左右から挟み込んできた。
〝ガルド!〟
「おう!」
ガルドが泡の中から飛び出した。泡が割れて——ガルドが海面に落ちた。
……沈んだ。
「うぼっ!」
ガルド、泳げないんだった。
魚人族がすかさずガルドの下に潜り込んで、持ち上げてくれた。
「あ、ありがてえ!」
魚人族の背中に乗ったガルドが、二体目の水人形に向かって拳を構えた。
「〝覇拳〟!」
拳が水人形を叩いた。
——すり抜けた。
「意味ねえ! 水だ! 拳が通り抜ける!」
〝覇拳〟も水には効かない。物理攻撃が全部無効か。
「タカラ、凍らせてくれ!」
〝魔力が足りない! 一体が限界だ!〟
「マジか!」
三体目が俺の背後に回り込んだ。
——そのとき。
海中から、銀色の光が走った。
「〝銀牙疾走〟——水中全力!」
ガウルが海中から、銀の牙の衝撃波を発射した。
衝撃波が——水人形の体を貫通した。
水の体が震えた。
衝撃波は水の中を伝播する。水人形の体は——水。衝撃波が内部で共鳴して、水人形の体がビリビリ振動した。
核が——露出した。
水人形の胸の辺りに、小さな青い石。魔力の核。水の体の中に隠れてたのが、衝撃波の振動で表面に浮かんできた。
「見えた! 核だ!」
ガルドが、魚人族の背中から飛んだ。
「〝覇拳〟!」
今度は核だけを狙って。拳が青い石を砕いた。
パリィンッ!
核が割れた。水人形が——崩れた。水に戻って、海に落ちた。
「よし! 二体目!」
ガウルの衝撃波で核を露出させて、ガルドが砕く。海と陸の連携。
残り二体。
同じ要領で——ガウルが水中から衝撃波、ガルドが核を砕く。
ドゴン、パリィン。ドゴン、パリィン。
四体全滅。
海面に水人形の残骸(ただの海水)が散った。
◇
カシスが——まだにこにこしてる。
「やりますね。水人形を全部倒すとは」
にこにこのまま、カシスが両手を掲げた。
「では——私が直接やりましょう」
カシスの体から——魔力が膨れ上がった。
〝査定〟。
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〝査定〟
対象:カシス
総合戦力:A+
種族:人間(魔導士)
スキル:水属性魔法(上級)
* マリウス直属の弟子
* マリウスの魔法体系を受け継いでいる
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Aランク上位。銀環と同格。
カシスが——海面に降り立った。水の上に立ってる。水の魔法で、自分の足元を固めてる。
「蓋を開ける者殿。一対一で、やりませんか?」
〝提案してくるな、おっとうしい〟
「ふふ。だって、あなたの仲間たち——ホブゴブリンは泳げない、骸骨は塔の中、巫女は魔力切れ。実質、海の上で戦えるのはあなただけです」
……よく分析してるな。
ガウルは水中にいるけど、カシスの足元の水は魔法で固まってる。衝撃波が効きにくい。
ガルドは魚人族の背中で浮いてるけど、足場が不安定で全力が出せない。
実質——俺一人。
〝受けて立つ〟
パカッ。
氷の足場を広げた。十メートル四方。
カシスが水の上を滑るように近づいてきた。
「では——」
カシスが手をかざした。
「〝水刃陣〟」
海水が刃になった。十本の水の刃が、俺に向かって飛んできた。
〝武装擬態〟——盾!〟
内蓋を盾に。水の刃を受けた。
ガギギギッ!
水の刃が盾にぶつかって砕けた。でも衝撃が重い。一本一本が重い。
十本のうち、七本は防いだ。三本が盾の横を抜けた。
俺の側面に水の刃が当たった。
ガリッ!
外殻に傷が入った。
……〝闘気纏〟!
戦の王から継承した闘気を、外殻に纏った。金色の闘気が、傷を覆った。
防御力が上がった。次の水の刃なら——耐えられる。
「おや、闘気を纏うんですか。宝箱が闘気って、珍しいですね」
〝珍しいだろ〟
反撃。
〝五連星〟!
五枚の蓋から、五種類のスキルを同時発射。
ファイアランス。フロストエッジ。光弾。蔦。尾撃砲。
五方向から同時に。
カシスが——水の壁を作った。
「〝水盾壁〟」
水の壁が、五発のうち四発を防いだ。
でも——フロストエッジだけが、水の壁を凍らせた。
壁が凍って、カシスの視界を遮った。
その瞬間——俺はズズズで突っ込んだ。
氷の壁を突き破って、カシスの懐に。
外蓋の剣を——カシスの胸に。
カシスが——にこにこのまま、横に飛んだ。
剣が空を切った。
「速いですね。でも——」
カシスの手が、俺の蓋に触れた。
「〝水牢拘束〟」
俺の体が水に包まれた。
水の球体。俺を閉じ込めてる。
息は——宝箱だから関係ない。でも、ズズズが使えない。水の中で推進力が出ない。
閉じ込められた。
「これで動けませんね。あとは、海の王の歌の力を回収するだけ——」
その瞬間、海面が爆発した。
カシスの足元から、銀色の光が炸裂。
「〝銀牙疾走〟ーーー!」
ガウルが——海中から真上に飛び出した。銀色の体が海面を突き破って、カシスの真下から突き上げた。
「なっ——!」
カシスのにこにこが消えた。
ガウルの銀牙がカシスの腹に直撃。
ドゴォンッ!
カシスが空中に吹き飛んだ。五メートルくらい。
水牢の魔法が途切れた。術者がダメージを受けたから。
俺が自由になった。
〝ガウル、ナイス〟
「ガウ! 水中からの奇襲、犬の得意技だ!」
犬の得意技なのか。
カシスが海面に落ちた。水の魔法で着水を和らげたけど、腹を押さえてる。ガウルの一撃は効いた。
「ぐっ……ウォーウルフめ……水中からとは……」
そのとき——
海が動いた。
海流が変わった。カシスの船の周囲の海水が、渦を巻き始めた。
魚人族だ。
魚人族が——数十匹、海中から現れた。全員で海流を操ってる。カシスの船を囲むように。
「な、何だ!?」
カシスの弟子たちが船の上で慌ててる。
魚人族のリーダーが海面に頭を出した。
「蓋を開ける者の味方。海の民は——海の王を傷つける者を、許さない」
海流がカシスの船を押し流し始めた。岬から遠ざかる方向に。
「止めろ! 船を戻せ!」
弟子たちが魔法で抵抗してるけど、数十匹の魚人族が操る海流には勝てない。
カシスが海面の上で、こっちを見た。
にこにこは、もう消えてる。
「……今回は、退きます」
カシスが水の魔法で船に戻った。
「ですが——マリウス様の計画は、止まりませんよ。第六、第七の塔。あなたが全てを解放する前に——マリウス様が、先に手を打ちます」
第六、第七の塔。
「マリウス様が何を目指しているか——あなたはまだ、知らない。七つの塔が全て解放されたとき、何が起きるか。それを知ったら——あなたは後悔するかもしれませんよ」
カシスが——背を向けた。
黒い帆の船が、海流に押されて遠ざかっていく。
「さようなら、蓋を開ける者殿。また会いましょう」
にこにこが最後に、一瞬だけ戻った。
そして、消えた。
黒い船が、水平線に消えていく。
◇
海面の上で、氷の足場にぽつんと立ってる宝箱。
ガルドが魚人族の背中から叫んだ。
「タカラ! 終わったか!?」
〝終わった カシスは撤退した〟
「よし! ……俺、何もしてねえけど」
〝おまえは核を砕いただろ〟
「二個だけな」
〝二個で十分だ〟
ガウルが海面にぷかぷか浮いてる。犬かきで。
「ガウ。カシス、蹴りたかったな。もう一発」
〝十分だ 腹にいいの入れただろ〟
「ガウ。気持ちよかった」
……犬が気持ちよかったって言ってるぞ。
パカッ。
マリウス派を撃退した。
でも——カシスの最後の言葉が気になる。
「七つの塔が全て解放されたとき、何が起きるか」。
マリウスが何を目指しているのか。
博士に聞いた。
〝博士、七つの塔が全部解放されたら、何が起きる〟
『……正直、知の王の知識の中にも、確実な情報はない。だが——一つだけ、伝承がある』
〝伝承?〟
『七つの封印が全て解かれたとき、大陸の魔力が完全に元に戻る。そのとき——大賢者が残した「最後の封印」が解放される』
〝最後の封印?〟
『七人の魔王の上に立つ者——〝|魔王の王〟の封印だ。だが、これが実在するかどうかは、確かめられていない。伝承に過ぎない』
|魔王の王。
七人の魔王のさらに上。
マリウスは——それを狙ってるのか。
…………。
その話は、後だ。今は——潮音の封印を解くのが先。
パカッ。
〝戻るぞ 塔の中へ〟
◇
【次回】潮音の封印を解く。海の王が選ぶ結末。歌が——海に響く。




