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俺を殺した宝箱に俺が転生してどうすんだよ! ~中に入れたものが全部強くなる収納チート~  作者: ぶらっくそーど
第六部 潮騒の岬編

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第93話「海の王の、涙」


 海の王が、水盤の縁に座った。


 下半身がまだ水の中にある。脚が——ヒレだった。人間の脚じゃなく、魚のような長い尾ヒレ。


 人魚、って言うのか。上半身が人間で、下半身が魚。


 チョンがじっと見てる。


「タカラ、海の王って、人魚さんなの?」


〝そうみたいだな〟


「きれいだね」


「ありがとう、チョン」


 海の王がくすっと笑った。


 声が——本当に澄んでる。笑い声ですらメロディに聞こえる。


 全員が水盤の周りに集まった。ガルドも入り口から戻ってきた。


「入り口にガウルを残してきた。見張り。何かあったら吠えるって」


〝了解〟


 海の王が俺たちを見回した。


「宝箱、ホブゴブリン、骸骨、巫女、スライム、ホブゴブリンの子供。……面白い組み合わせね」


〝よく言われる〟


「あなたが、蓋を開ける者(オープナー)


〝タカラだ〟


「タカラ。いい名前」


〝海の王は、名前は〟


「……ない」


〝ない?〟


「封印された時に、奪われた。名前も、記憶の一部も。大賢者が——私の名前を封印の鍵に使った」


 名前を封印の鍵に使った。


 灰守(はいもり)は自分で名前を棄てた。海の王は——奪われた。


「だから、私には名前がない。八百年間、ずっと〝海の王〟としか呼ばれない」


〝……悲しいな〟


「悲しいわ。名前って、その人そのものだから。名前がないと——自分が誰か、わからなくなる」


 俺も——名前を差し出したら、たぶんそうなるんだろうな。


 いや、俺は記憶を差し出した。カイルとしての記憶を。何を差し出したかも覚えてないけど。


「タカラ。一つ聞いていい?」


〝なんだ〟


「あなたも、何かを失ったことがある?」


〝……〟


〝あるらしい 何を失ったか覚えてないけど〟


 海の王が——目を伏せた。


「そう。あなたも——奪われた側なのね」



 ◇



「私の話を聞いてくれる?」


〝聞く〟


「長い話になるけど」


〝いい〟


 海の王が、水盤の水面に指先を触れた。水面に波紋が広がった。


「八百年前——私は、海に住んでいた。この岬の近くの海底に。魚人族と一緒に」


 魚人族。昨日、俺たちを案内してくれたあの種族。


「海の民は、平和な種族だった。人間を襲うこともなく、人間と交易をしていた。魚を売り、貝を売り、人間からは穀物や道具を買っていた」


「私は——海の民の長だった。王、と呼ばれるのは大袈裟だけど。実際には村長みたいなものだった」


 村長。


「人間の街とも交流があった。この岬の近くに、潮見という街があった。漁師の街。そこの人間たちと、私は友好関係を築いていた」


 潮見。構成案で出てた街の名前だ。


「特に、一人の人間と——親しくしていた。潮見の街の長老の息子。リヒトという名前だった」


 リヒト。


「リヒトは、海が好きだった。毎日海に来て、私と話をしてくれた。海の歌を聴いて、人間の歌を教えてくれた。私の歌と、リヒトの歌が——一緒に響くのが、好きだった」


 海の王の声が——少し震えた。


「リヒトは、友達だった。人間と魔物の垣根を越えた、本当の友達だった」


 ガルドが横で静かに聞いてる。レグナが蒼い炎をゆっくり揺らしてる。


「大戦が始まった。大陸中の魔王が封印されていった。対話の王が、(いくさ)(おう)が、知の王が——次々に封じられた」


「私は——何もしなかった。戦いに参加しなかった。海の民を守ることだけを考えた。人間と戦う理由がなかったから」


「大賢者が来た。〝おまえも封印する〟と言った」


「私は聞いた。〝なぜ? 私は何もしていない〟と」


「大賢者は答えた。〝今は何もしていないかもしれない。だが、将来暴走する可能性がある。七人の魔王は全員封印する。例外はない〟と」


 …………。


 全員を封印する。例外はない。


 可能性だけで。


「私は抵抗した。〝私は暴走しない。人間と共存している。友達がいる〟と」


「大賢者は——リヒトに聞いた。〝おまえは、この魔王を信じるか〟と」


 海の王の声が——震えた。


「リヒトは——」


 長い沈黙。


「——〝封印してください〟と、言った」


 …………。


「リヒトが——私を裏切った」


 チョンが目を見開いた。


「友達は——封印に協力した。〝将来暴走するかもしれない魔王を、野放しにはできない〟と」


「〝ごめん〟と言ったわ、リヒトは。泣きながら。でも——〝封印してください〟と言った」


「私は——なぜ、と聞いた。なぜ、と」


「答えはなかった。泣きながら背を向けた。それが、最後に見た顔」


 海の王が——涙を流した。


 水盤の水と涙が混ざった。でも、涙だとわかった。声で。


「八百年——ずっと考えてた。なぜリヒトは裏切ったのか。友達だったのに。一緒に歌ったのに。なぜ」


「答えは見つからなかった。八百年、見つからなかった」


 …………。


 ホールが静かだ。


 チョンが海の王の手を、ぎゅっと握り直した。


「それは……つらいね」


「つらかった。ずっと」



 ◇



 俺は——しばらく黙って聞いてた。


 他の魔王は、自分の意志で封印を受け入れた。


 対話の王は暴走した罪悪感で。(いくさ)(おう)は悟りを得て。知の王は自ら書斎に閉じこもって。灰守(はいもり)は後悔で自分を罰して。


 海の王だけが——何も悪いことをしてないのに、封印された。


 友達に裏切られて。


〝リヒトは悪い人だったのか〟


「……わからない。わからないの。悪い人だったなら、簡単だった。〝裏切り者〟って恨めば済んだ。でも——リヒトは泣いてた。本気で泣いてた。裏切りたくなかったのに、裏切った」


〝なら——リヒトにはリヒトの理由があったのかもしれない〟


「理由?」


〝大賢者に逆らえなかったのかもしれない おまえを守りたかったけど、大賢者の権力に勝てなかったのかもしれない〟


「…………」


〝リヒトが泣いてたのは、本当に辛かったからだろう 友達を封印することが〟


「でも——結局、封印したじゃない」


〝ああ でも、裏切りたくて裏切ったんじゃない 守れなかっただけだ〟


 海の王が——長い沈黙の後、顔を上げた。


「……守れなかった、だけ?」


〝おまえを守る力がなかっただけだと思う 大賢者に逆らう力が〟


「…………」


 博士が静かに言った。


『大賢者の記録に、海の王の封印に関する補足がある。〝海の王の友人であるリヒトは、封印に反対した。だが、大賢者団の決定は覆せなかった。リヒトは、封印の条件として、〝海の王の歌を残すこと〟を要求した。大賢者団はこれを受け入れた〟と』


「歌を、残す……?」


『海の王の歌の力を完全に封じずに、塔の中で歌い続けられるようにすること。それがリヒトの条件だった。リヒトは——海の王が歌を失うことだけは、防ごうとした』


 海の王が——目を見開いた。


「リヒトが……私の歌を、守ってくれていた……?」


『封印の構造を見れば、確かにそうなっている。海の王の塔だけ、音響の結界が内部に施されている。歌が塔の中で響くように。他の塔にはない構造だ』


 リヒトは——裏切ったんじゃなく、守れなかった。


 でも、守れる範囲で——歌だけは守った。


 海の王の——一番大切なものを。


「……そう、だったの」


 海の王が、両手で顔を覆った。


「八百年……恨んでた。リヒトを。裏切り者だと思ってた。でも——リヒトは、最後まで私の味方だった」


 涙が、指の隙間からこぼれてる。


「ごめんね、リヒト。私、ずっと恨んでた。あなたが、私のために戦ってくれてたのに」


 ホールに、海の王の泣き声が響いた。


 歌じゃない。ただの泣き声。


 でも——八百年分の誤解が解けた泣き声だ。


 チョンが、海の王の手を両手で包んだ。


「泣いていいよ。いっぱい泣いていいよ」


「……ありがとう、チョン」


「うん」


 パカッ。


 俺は——黙って見てた。


 宝箱にできることは、蓋を開けることだ。


 海の王の「恨み」という蓋を開けたのは——チョンの手だった。


 俺が開けたんじゃない。仲間が開けた。


 それでいい。全部俺が開けなくたっていい。



 ◇



 海の王が——しばらく泣いて、落ち着いた。


 目が赤い。


「ごめんなさい。八百年泣いてなかったから、つい」


〝気にするな〟


「タカラ。あなたは——私を浄化しに来たの?」


〝そうだ 封印を解いて、おまえを自由にする〟


「自由に、か」


 海の王が水面を見つめた。


「自由になったら——海に帰れる?」


〝帰れる〟


「魚人族と、一緒に暮らせる?」


〝暮らせる〟


「歌を——自由に歌える?」


〝歌えるよ〟


 海の王が——笑った。泣いた後の笑顔。


「じゃあ——お願い。封印を解いて。私、海に帰りたい」


 パカッ。


〝解く〟


〝でもその前に——おまえに名前をつけたい〟


「名前?」


〝封印で奪われた名前の代わりに 俺がつける〟


 灰守(はいもり)にもそうした。名前のない存在に、名前を入れる。


 宝箱の仕事だ。


 海の王が——目を瞬いた。


「あなたが名前をくれるの?」


〝くれるんじゃなくて、入れるんだ〟


〝俺は宝箱だから 空っぽのところに、大事なものを入れる〟


 海の王が——また笑った。今度はくすっと。


「変わった宝箱ね」


〝よく言われる〟


「じゃあ——つけて。私に、名前を」



 ◇



 名前。


 海の王。歌を愛する人魚の王。人間の友達に歌を守ってもらった王。


 歌——潮の音——波の声——


潮音(しおね)


「しおね……?」


(しお)() 海の音 波の声〟


〝おまえの歌は海の声だ 海そのものの歌だ だから——潮音(しおね)


 海の王が——名前を、口の中で転がすように、何度も呟いた。


潮音(しおね)潮音(しおね)……。潮音(しおね)


 涙が——また流れた。でも、今度は笑いながら。


「いい名前。ありがとう、タカラ」


〝どういたしまして〟


 パカッ。


 名付け完了。


 あとは——封印を解く。


 でも、その前に——マリウス派の問題がある。鎖を外したことに、あいつらが気づいたら、動いてくる。


 ガウルが入り口から吠えた。


「ガウッ! タカラ! 海上に船が来てる! マリウスの匂い!」


 ……来た。


 パカッ。



 ◇



 【次回】マリウス派が海上から介入してくる。海の王の封印解除を阻止しようとするカシス。海上での戦闘が始まる。

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