第90話「海を走る宝箱」
翌朝。
島の風下。波が穏やか。
海上での移動手段を試す。
俺は甲板のロープから外してもらって、船の縁に立った。眼下に海面が広がってる。青い。深い。
「タカラ、マジで海に出る気か」
ガルドが心配そうに見てる。船酔いは少し治まったらしい。顔色がまだ悪いけど。
〝試すだけだ〟
博士の提案。フロストエッジで海面を凍らせて、氷の足場を作る。
雪山では底面にスキー板を展開した。海では、海面そのものを凍らせる。
蓋を海面に向けた。
〝フロストエッジ——足場生成〟
冷気が蓋から放出されて、海面に触れた。
じわっ——と、海面が白くなった。
凍り始めた。
俺の直下、半径二メートルくらいの円形の氷の板ができた。厚さは五センチくらいか。
……乗れるか?
船の縁から——飛び降りた。
どすんっ。
氷の上に着地。
……割れない。
氷が、俺の重さに耐えてる。宝箱は重いけど、底面積が広いから、圧力が分散してる。
「おお、乗れてる!」
チョンが船の縁から覗き込んでる。
「タカラ、海の上に立ってる!」
〝立ってるぞ〟
試しにズズズで動いてみる。
ズズズ……。
氷の上を滑る。滑る——けど、足場が小さい。二メートルしかない。ズズズで前に進むと、氷の端まですぐ到達する。
端を踏み越えたら——海に落ちる。
俺は前方にフロストエッジを追加発射した。進行方向の海面を凍らせる。
新しい氷ができた。古い氷と繋がった。
足場が前に伸びた。
ズズズ!
前に進む。同時に前方を凍らせ続ける。
氷の道が、海の上に伸びていく。
ズズズズズ——!
速い。氷の上は摩擦が少ないから、雪山のスキーと同じ感覚。しかも波がない穏やかな海面だと、氷が安定してる。
「うおー! タカラ、走ってる! 海の上走ってる!」
チョンが叫んでる。
「ガウ! すげえ!」
ガウルも船の上で吠えてる。
バルトが目を見開いた。
「……海を凍らせて走るのか。見たことねえよ、こんな宝箱」
俺は百メートルくらい走って、Uターンして、船に戻ってきた。氷の道がカーブを描いて海面に残ってる。
船の縁に——ジャンプ。
ぼすんっ。
甲板に着地。
〝いける〟
パカッ。
海上移動手段、完成。
「ただし——」
博士が言った。
『魔力消費が大きい。海水を凍らせるのは真水より魔力が要る。塩分があるからだ。連続使用は三十分が限度だろう』
〝三十分か〟
『戦闘の際は、もっと短い。フロストエッジを足場と攻撃の両方に使うなら、魔力配分を考える必要がある』
制限つき。でもゼロよりはずっといい。
「タカラ、かっこよかった! 海の上走るの!」
チョンが興奮してる。
〝ありがとう〟
「俺もやりたい!」
〝おまえは氷の上に乗ったら割れるだろ〟
「あ、そっか。体重あるもんね」
〝俺の方が重いけどな 底面積でなんとかなってるだけで〟
「ていめんせき?」
〝理科の話だ 今度博士に教われ〟
『喜んで教えよう。浮力と圧力の関係は——』
「今じゃないぞ博士」
『失礼。解説する癖が』
◇
出港した。
二日目の航海。ガルドの船酔いは——まだ治ってない。
「うぇ……」
船の縁にしがみついてるガルドを、チョンが背中をさすってる。
「ガルド、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない……。陸に帰りたい……」
Aランク上位のホブゴブリンが、船酔いでダウンしてる……。
「ガウ。ガルド、情けないな」
「うるせえ……犬は平気でいいよな……」
「犬じゃない、ウォーウルフだ」
レグナが甲板で座禅してる。骸骨の座禅。蒼い炎を小さく灯して、瞑想してる。
「海上では蒼炎の制御が難しい。潮風に水分が含まれているからな。練習しておく」
レグナ、海上でも蒼炎が弱体化するのか。雪山と同じ問題。水分に弱い。
リーリアは船室で横になってる。アイがぷるぷるして体温を調節してくれてる。
スミは俺の蓋裏で待機。墨液種スライムは乾燥に弱いから、甲板の風に当たりたくないらしい。
シロ(仮)は——俺の蓋の上で、海風に耳をぱたぱたさせてる。兎は船が好きみたいだ。
◇
午後。
ガウルが急に耳を立てた。
「ガウ。前方から——でかい匂い。海の魔物。三匹。こっちに向かってくる」
バルトが舵を握り直した。
「海獣か。この海域にはたまに出る。普通は船を避けるが——」
「ガウ。避けてない。こっちにまっすぐ来てる」
海面が——盛り上がった。
三つの影が、水面下を高速で近づいてくる。
でかい。一匹十メートルくらいの影。
海面を割って——頭が出た。
蛇だ。海蛇。青い鱗。赤い目。牙が長い。
三匹の海蛇が、船を囲むように浮上した。
「海蛇竜だ。Bランク。群れで来ると厄介だぞ」
バルトが剣を抜いた。元海賊だけあって、海の魔物には慣れてる。
ガルドが——立ち上がろうとして、ふらついた。
「ぐっ……船酔いで力が……」
〝ガルドは休んでろ 俺が出る〟
「タカラ、海の上で戦えるのか」
〝さっき練習した〟
俺は船の縁に立った。
海蛇竜の一匹が、船に向かって突進してくる。
俺は——飛んだ。
船から海面へ。
〝フロストエッジ——足場!〟
着水の瞬間に、足元の海面を凍らせた。氷の足場が広がる。
着地。
海の上に、宝箱が立ってる。
海蛇竜が俺を見た。赤い目が光ってる。
突進してくる。口を開けて。でかい牙。
俺は——〝武装擬態〟!
外蓋を剣に。
海蛇竜の突進に合わせて、横に——ズズズ!
氷の足場を横に広げながら、海蛇竜の側面に回り込む。
剣の蓋を——海蛇竜の体に振り下ろした。
ガキィッ!
鱗が硬い。剣が弾かれた。
Bランクの海蛇竜。鱗の防御力が高い。
じゃあ——内蓋の盾で受ける。
海蛇竜が尾を振ってきた。十メートルの尾が横薙ぎ。
盾で受けた。
ドゴンッ!
俺が氷の足場ごと三メートル吹き飛んだ。足場が砕けた。
海に落ちる——
落ちる前に〝フロストエッジ〟!
足元に新しい氷。復帰。
海上戦闘、忙しい。足場を維持しながら戦わないといけない。陸上の三倍は疲れる。
二匹目の海蛇竜が、船に向かってる。
「ガウ! 俺がやる!」
ガウルが船から飛び降りた。
海に——落ちた。
ばしゃん!
「ガウッ!? 冷たっ!」
犬かきで泳ぎ始めた。犬かき。
海蛇竜が、泳いでるガウルを見た。
ガウルが——水中で〝銀牙疾走〟を発動した。
海の中で銀色の光が爆発した。衝撃波が水中を伝播して、海蛇竜の腹にぶち当たった。
「ギュアァァッ!」
海蛇竜が水面を跳ねた。腹に銀色の傷。
水中の方が衝撃波の伝達効率がいいのか。陸上より威力が出てる。
「ガウ! 水の中の方が、牙が効く!」
ガウル、海の中で本領発揮してる。犬かきしながら。
三匹目は——レグナが船の上から対処した。
「〝蒼き炎の剣〟!」
蒼い炎の剣を投げた。投擲。
海蛇竜の頭上から、蒼い炎が落ちてきた。水面に触れた瞬間、蒸気が上がった。蒼炎が弱まる。
でも——直撃した瞬間の威力は十分。海蛇竜の頭に蒼い炎が当たって、鱗が焦げた。
「ギュアッ!」
三匹目が後退した。
俺は一匹目に集中する。
剣が弾かれたなら——別の方法。
右蓋の斧で、鱗の隙間を狙う。
海蛇竜が再び突進してきた。口を開けて。
俺は——口の中に、左蓋の槍を突っ込んだ。
海蛇竜の口の中は鱗がない。柔らかい。
槍が口内に突き刺さった。
「ギュゥゥッ!」
痛がって後退した。口から血が出てる。
追撃。背面蓋の鎖鎌を、海蛇竜の首に巻きつけた。鎖が首に絡む。
そして——引っ張った。
海蛇竜の頭を海面に叩きつけた。
ドォンッ!
水柱が上がった。
海蛇竜が——動かなくなった。気絶。
殺してない。パカラ村のルールだからな。
ガウルが二匹目を追い詰めてる。水中で銀牙を連発して、海蛇竜が逃げ回ってる。
「ガウ! 逃がさないぞ!」
ガウルが海蛇竜の尾を噛んだ。引っ張った。海蛇竜が悲鳴を上げて、海面に飛び出した。
そこに——俺の〝尾撃砲〟!
砂の弾丸が海蛇竜の腹に直撃。
ドゴッ!
二匹目も気絶。
三匹目は——レグナの蒼い炎にびびって、既に逃げ始めてた。
「逃げたか。追わないでおこう」
レグナが蒼炎を消した。
戦闘終了。
◇
俺は氷の足場から船に戻った。バルトに持ち上げてもらって。
「おい宝箱、やるな。海の上で戦えるんだな」
〝なんとか〟
「ただ、魔力の消費が見える。足場を維持しながら戦うのは、相当きついだろ」
〝きつい 三十分が限度って博士に言われた〟
「なら、長期戦は避けろ。短期決戦で片づけるのが海上戦闘のコツだ」
バルト、元海賊の経験が活きてる。
ガウルが海から上がってきた。ぶるぶるっと体を振って水を飛ばした。
「ガウ。海の中、いいな。銀牙が水中だと衝撃波がでかくなる」
〝水中の方が強いのか〟
「水が衝撃を伝えるからな。空気中より、水中の方が衝撃波の威力が上がる」
ガウル、海の中で戦える。砂漠では弱かったのに、海では強い。犬かきで。
ガルドが船の縁からふらふらと顔を出した。
「お、終わった……?」
〝終わった〟
「ごめん、俺、何もできなかった……」
〝船酔いが治ったら頼む〟
「治るかな……」
〝治る バルトが言ってた〟
「バルトさん、いつ治る?」
「三日目くらいで慣れる」
「あと一日か……。長い……」
ガルドが再び船の縁にしがみついた。
チョンがガルドの背中をさすってる。
「ガルド、頑張って」
「おまえは元気だな……子供は強いな……」
◇
三日目の朝。
バルトが叫んだ。
「見えたぞ! 潮騒の岬だ!」
全員が甲板に出た。
前方に——岬が見えた。
青い海の中に突き出た、白い岩の岬。断崖絶壁。
岬の先端に——灯台のような塔が立ってる。白い塔。
でも——塔は半分、海に沈んでる。
「あの塔、半分水没してないか」
ガルドが目を凝らした。船酔いがだいぶ治まってきたらしい。
「元はもっと高い場所にあったんだろうが、八百年の間に地盤が沈下して、海に沈んだんだ」
バルトが言った。
「あの塔に入るには——潜らないといけない」
海中の塔。
……やっぱりか。
ガルドが顔をしかめた。
「俺、泳げないんだけど」
〝俺は沈むし〟
「レグナは?」
「骨は沈む」
「全滅じゃねえか」
ガウルが尻尾を振った。
「ガウ。俺は泳げるぞ」
「おまえだけじゃ足りないだろ」
チョンが海を見つめてる。
「タカラ。昨日の魚の人たち、助けてくれるって言ってたよね」
〝ああ 魚人族が案内するって言ってた〟
「じゃあ、あの人たちに聞こう。海の中に入る方法」
海面を見た。
昨日の魚人族が——船の横を泳いでる。ずっとついてきてたのか。
「蓋を開ける者。岬に、着いたか」
〝着いた 塔が海中にあるんだが、入る方法は〟
「私たちが、連れていく。空気の泡を、作れる」
空気の泡?
「魚人族は、水中に空気の膜を作る魔法がある。あなたたちを、泡で包めば——水中でも息ができる」
〝マジか〟
「マジだ」
魚人族が空気の泡で包んでくれる。
ガルドが目を輝かせた。
「泳がなくていいのか!?」
「泳がなくていい。泡の中にいれば、沈まない。浮く」
「最高だ! 泳がなくていい!」
ガルド、船酔いより泳ぐ方が嫌だったのか。
パカッ。
潮騒の岬。白い塔が、半分海に沈んでる。
海の王が、あの中で苦しんでる。
急ごう。
◇
【次回】魚人族の泡に包まれて海中へ。海中の塔の入り口。サンゴと貝殻の世界。そして——海の王の声が、聞こえてくる。




