第89話「宝箱は、沈む」
パカラ村での休みは五日で終わった。
五日の間にやったこと。灰港への手紙(スミが書いた)。ナギへの手紙。メブキへの手紙。レイスへの伝令。ドルトンへの船の手配依頼。
船の手配が一番大変だった。
ドルトンに相談したら、こう言われた。
「船か。商船を一隻チャーターできる。ただし——乗組員が、おまえたちを見て逃げ出さないか心配だ」
〝なんでだ〟
「ホブゴブリン、骸骨、ウォーウルフ、宝箱——この面子が船に乗ってきたら、海賊より怖いだろ」
〝……確かに〟
結局、ドルトンが「信頼できる船長」を紹介してくれた。
名前はバルト。五十代の元海賊。今は真っ当な商船を運営してる。
「元海賊なら、魔物を見ても動じないだろう」
〝元海賊って大丈夫なのか〟
「大丈夫だ。俺がドルトンの名前を出せば、逆らわない。借金がある」
……借金で人を縛るのか、ドルトン。商人の交渉術だな。
◇
出発の朝。
ベイルの街の南にある港——小さな港だけど、商船が三隻停泊してる。
そのうちの一隻。「風切り号」。全長二十メートルくらいの帆船。古いけど手入れされてる。
船長のバルトが、タラップの上に立ってた。日焼けした顔。白い髭。左目に眼帯。いかにも元海賊。
「おう。あんたがドルトンの紹介の蓋を開ける者か」
〝そうだ〟
「宝箱か。……まあ、海の底にはよくいるが、自分で動く宝箱は初めてだ」
〝よく言われる〟
「乗組員は俺含めて五人。あんたの仲間は何人だ」
〝六人と一箱と二匹のスライムと一羽の兎〟
「……」
バルトが三秒黙った。
「一箱?」
〝俺だ〟
「ああ、そうか。……まあ、乗れるだけ乗せろ。船賃はドルトンの借金から引いとく」
借金払いの一環として俺たちを運ぶ船。なんか複雑な気分だ。
◇
乗船。
ガルドが恐る恐るタラップを登った。
「おい、揺れるぞ。なんで地面が揺れるんだ」
〝船だからだ〟
「船って怖くないか?」
〝ホブゴブリンが怖がるな〟
「水が苦手なんだよ、ホブゴブリンは。緑色だから沈んだら目立つし」
意味不明な理由だ。
レグナがマントの裾を押さえながら乗船。
「……船は初めてだ。八百年前は、陸路しか使わなかった」
〝八百年前に船はなかったのか〟
「あった。だが骸骨が船に乗ると、船員が怖がって逃げたのでな」
そりゃそうだ。
ガウルが一番に飛び乗った。
「ガウ! 船! 木の匂い! 潮の匂い! すごい!」
犬は船が好きなのか。尻尾がぶんぶん回ってる。
リーリアがアイを抱えて乗った。
「わあ、揺れますね!」
「ぷるん」(揺れるー)
チョンがタラップの前で止まった。
「……高い。海が見える。落ちたら死ぬ?」
〝死なない 落ちても助ける〟
「ほんと?」
〝約束する〟
チョンが深呼吸して、タラップを登った。一段一段、慎重に。
全員乗船。
俺は——ズズズでタラップを登ろうとした。
ズズズ……ずるっ。
タラップが斜めだから、ズズズで登れない。滑る。
バルトが俺を見た。
「おい宝箱、持ち上げてやろうか」
〝自分で登る〟
「登れてないが」
〝……持ち上げてくれ〟
バルトが俺を両手で持ち上げて、甲板に置いた。
……宝箱として運搬された。屈辱的だけど仕方ない。
◇
出港した。
帆が風を受けて膨らんだ。船がゆっくり港を離れる。
海が広い。
チョンが船の舳先に走った。
「うわぁぁぁ! 海! でっかい! どこまであるの!?」
「あの辺まで」
バルトが水平線を指差した。
「嘘です、もっと向こうまであるんだよね?」
「ああ。でも船乗りは、見える範囲で航海する。見えない先は——行ってみないとわからない」
「行ってみないとわからない……。タカラが言ってたのと同じだ!」
〝何をだ?〟
「知らないことを知ろうとするのが旅だって!」
バルトが俺を見た。
「いいこと言うな、宝箱」
〝前に言ったのをこいつが覚えてるだけだ〟
「覚えてる弟子がいるのは、いい師匠の証だ」
〝師匠じゃない〟
「じゃあ何だ」
〝……宝箱〟
「ははははははっ!」
バルトが豪快に笑った。元海賊っぽい笑い方だな……まあいい。
風が気持ちいい。潮の匂いがする。ガウルが甲板の上でぐるぐる走り回ってる。
海の旅が始まった。
◇
出港して三時間。
問題が発生した。
俺が——甲板の上で滑る。
船が揺れるたびに、俺のズズズが制御できない。甲板が濡れてて、底面が滑る。
ズズズ——ずるるっ。
右に滑った。船の縁にぶつかった。
「おい宝箱、大丈夫か」
〝大丈夫〟
ズズズ——ずるるっ。
今度は左に。マストにぶつかった。
「タカラ、固定した方がいいんじゃないか」
ガルドが苦笑しながら言った。
〝固定って何だよ〟
「ロープで結ぶとか」
〝宝箱をロープで縛るのか〟
「安全のためだろ」
〝……嫌だ〟
ずるるっ。
船の揺れで、俺が甲板をすいすい滑っていく。
チョンが追いかけてきた。
「タカラ、大丈夫!?」
〝大丈夫じゃない 止まれない〟
「足——あ、足ないか」
〝ないんだよ〟
バルトが笑いながら、甲板にロープを張ってくれた。
「ここに引っかかれば滑らないだろ」
ロープの輪に俺をはめ込んだ。宝箱がロープで甲板に固定された。
……絵面が最悪だ。
荷物扱いじゃないか。
「タカラ、荷物みたい」
〝チョン、言うな〟
「えへへ」
パカッ。
海の旅、初日から苦戦してる。
雪山ではスキーで滑走した。砂漠ではサソリに乗った。海では——ロープで固定。
進化してないぞ、俺の移動手段。
◇
午後。
船が外海に出た。
波が大きくなった。船の揺れも大きくなった。
ガルドが——顔色を悪くした。
「うっ……」
〝大丈夫か〟
「だ、大丈夫じゃない……。おぇ……」
船酔いだ。ホブゴブリンが船酔いしてる。
リーリアも顔が青い。
「タカラ……私も……ちょっと……」
リーリアがアイにしがみついてる。アイがぷるんと揺れて——リーリアがさらに気持ち悪そうにした。
「アイ、揺れないで……」
「ぷるん」(ごめん)
チョンは——元気だ。
「俺、全然平気! 船楽しい!」
子供は船酔いしにくいのか。
ガウルも元気。犬は平気みたいだ。
レグナも平気。骸骨には内臓がないから。
俺は——宝箱だから船酔いはしない。固定されてるだけで。
「おい兄ちゃん、船酔いにはこれだ」
バルトがガルドに干し魚を渡した。
「食えるかよ……おぇ……」
「食え。胃に何か入れた方がいい」
ガルドが干し魚を口に入れて——すぐに船の縁に走った。
……南無。
博士が収納の中から言った。
『海の旅は、陸の旅と根本的に異なる。移動手段、戦闘方法、生活環境——全てを適応させる必要がある』
〝わかってる でも想像以上に大変だ〟
『潮騒の岬まで、船で五日ほどかかる。その間に、海上での戦闘方法を模索すべきだ』
〝海上で戦闘になるのか〟
『海の魔物がいる。それと——マリウス派が海上で動いている可能性がある。カシスが潮騒の岬の情報を持っていたのは、既に海上ルートを確保しているからかもしれない』
海上でマリウス派と遭遇する可能性。
船の上で戦闘。
……俺、ロープで固定されてるんだけど。
〝博士、海上での俺の戦闘方法、何かないか〟
『フロストエッジで海面を凍らせて足場を作る、という手がある。雪山でスキーにしたのと同じ原理だ』
〝海を凍らせる?〟
『広範囲は無理だが、自分の足元だけなら。氷の足場を作って、その上をズズズで移動する』
氷の足場。
雪山ではフロストエッジで底面にスキー板を作った。海では、海面に氷の板を作って、その上に乗る。
〝試してみるか〟
『穏やかな海域で試すのがいい。外海に出る前に』
パカッ。
新しい移動手段を開発する必要がある。海上での宝箱の戦闘スタイル。
……また進化しないとな。
◇
夕方。
船が停泊ポイントに入った。小さな島の風下。波が穏やか。
バルトが言った。
「今夜はここで停泊する。明日の朝、また出発だ」
ガルドが甲板に倒れ込んだ。
「も、もう動けない……。船、嫌い……」
〝早くも脱落か〟
「脱落じゃない、休憩だ……」
リーリアも船室で横になってる。アイが看病してる。
チョンが甲板から海を覗き込んだ。
「タカラ、海の中、何かいる! 光ってる!」
海面の下で、ぼんやり光るものが見える。
青い光。
〝なんだ〟
ガウルが匂いを嗅いだ。
「ガウ。魔物の匂い。でも敵意はない。こっちを見てる感じ」
海の魔物が、船の下にいる。
光が——近づいてきた。
海面がぽこっと盛り上がって——頭が出てきた。
魚の顔。でも、目が知性的。人間の目に近い。体は魚だけど、手足が——ある。半魚人?
魚人族。
一匹が、船の縁に手をかけた。
「……蓋を開ける者……ここに……いる?」
俺の名前を知ってる。
〝ここにいる〟
「……海の、王が……呼んで、いる」
〝海の王が?〟
「助け、て……。海の、王が……苦しん、でいる」
魚人族が——涙を流した。海の水と涙の区別がつかないけど、表情で分かった。
「封印が……壊れ、かけてる。外の、者が……何か、した」
外の者。マリウス派か。
海の王が苦しんでる。封印が壊れかけてる。
……急がないとまずいかもしれない。
パカッ。
〝案内してくれ 海の王のところへ〟
「……ありが、とう」
魚人族が海に潜った。
バルトが俺を見た。
「おい宝箱、海の中に行く気か」
〝行かないといけない〟
「おまえ、沈むぞ」
〝……それは明日考える〟
「明日かよ」
パカッ。
海の王が呼んでる。
急がないと。
◇
【次回】海上での移動手段を開発する。氷の足場で海を走る宝箱。そして——潮騒の岬が見えてきた。




