第85話「灰港の街」
焦土帯を北に抜ける途中。
ガウルが耳を立てた。
「ガウ。西の方角から、人間の匂いがまとまって来る。街がある」
街?
博士が補足した。
『焦土帯の西端に、灰港という小さな港町があったはずだ。大戦以前は南方交易の中継地だった。焦土帯に阻まれて、八百年ほど交易が途絶えているが——街自体は残っている可能性がある』
八百年前の交易港。焦土帯のせいで機能停止してるけど、街は残ってるかもしれない。
〝寄ってみるか〟
「寄ろう。水の補給もしたいし」
ガルドが賛成した。収納の水備蓄がだいぶ減ってる。
方角を変えて、西へ。
◇
二時間ほど歩くと——焦土帯が途切れた。
焦げた地面が、普通の土に変わった。草が生えてる。木が立ってる。
焦土帯の端っこだ。ここから先は、大戦の被害が及ばなかった地域。
そして——海が見えた。
遠くに、青い海。
「うわぁ! 海だ!」
チョンが走り出した。
「海って本当に青いんだ! すごい! でっかい!」
チョン、初めての海か。
海岸線に沿って、小さな街が見えた。木造の建物が並んでる。港がある。船が三隻、停泊してる。
灰港。
小さな港町。人口は百人くらいか。漁師の街っぽい。
街の入り口で、門番に止められた。
「止まれ。何者だ」
俺は擬態で人間の姿に変えた。
「旅の者だ。焦土帯を抜けてきた」
「焦土帯を? あそこを通れる人間がいるのか」
「通れた。最近、焦土帯の熱が下がってる」
門番の目が変わった。
「……マジか。おまえ、ちょっと待ってろ。長老に伝える」
門番が慌てて走っていった。
ガルドが収納の中から聞いた。
『焦土帯の熱が下がってるって言ったら、門番が興奮してるぞ。なんでだ?』
〝交易路だ 焦土帯が通れるようになれば、南方との交易が復活する この街にとってはでかい話だ〟
◇
街の長老がやってきた。白髪の老人。背が曲がってるけど、目つきが鋭い。
「本当に、焦土帯を通ってきたのか」
「通ってきた。焦土帯の魔力残滓が沈静化し始めてる。地面の熱が下がってる」
長老の目が見開かれた。
「それが本当なら——八百年ぶりに、交易路が復活するかもしれぬ」
「その可能性はある」
長老が俺を見た。
「おまえ——何者だ。ただの旅人じゃないな」
擬態を解いた。人間の姿が消えて、黒と金の宝箱に戻る。
〝俺はタカラ 蓋を開ける者〟
長老が——目を見開いた。
「宝箱……!?」
周囲の住人たちが驚いてる。
「あ、あれ! 宝箱が蓋文字を出してる!」
「蓋を開ける者って、噂の!?」
噂が、こんな小さな港町まで届いてるのか。
長老が腰を折った。
「蓋を開ける者殿。あなたが焦土帯を通れるようにしてくださったのか」
〝第四の塔を解放した それで焦土帯の魔力が沈静化した〟
「塔を……。なるほど。あの忌まわしい焦土帯が回復を始めた理由は、あなただったのか」
長老が深々と頭を下げた。
「この街は、八百年、交易を失って衰退し続けてきた。もし焦土帯が通れるようになるなら——この街は、生き返る」
俺が塔を解放したことが、こんな遠くの街にまで影響してる。
〝まだ完全に通れるわけじゃない 回復には時間がかかる〟
「それでも——希望だ。八百年ぶりの希望だ」
◇
街の宿で休憩を取った。水を補給。食料も少し仕入れた。
魚がうまい。焦土帯をずっと歩いてたから、新鮮な食べ物が体に染みる。
チョンが焼き魚を三匹食べた。
「うまーい! タカラ、魚おいしいね!」
〝おまえ、食べ過ぎだ〟
「もう一匹!」
〝三匹で十分だ〟
「ケチー」
ケチとか言うな。収納の食料に限りがあるんだ。
食事をしながら、長老から街の情報を聞いた。
「この街に、最近、宮廷からの使者が来た」
〝使者?〟
「マリウスという方の代理を名乗る、若い男だ。にこにこしていた」
カシス。
こっちにも来てたのか。
「何をしていった?」
「焦土帯の回復について調査したい、と言っていた。街の周辺を二日ほど歩き回って、地面の温度を測っていた」
焦土帯の回復状況を調査。
「それと——南方の交易路の再開について、宮廷として〝管理〟したいと言っていた」
〝管理〟
「交易路が復活するなら、宮廷が管理するのが当然だ——と。この街を、宮廷の交易管理拠点にしたい、と」
……マリウスの手。
焦土帯が回復したのは俺が塔を解放したからだ。でもマリウスは、その恩恵の「管理権」を取ろうとしてる。
『典型的な成果の横取りだな。タカラが焦土帯を回復させ、マリウスが交易路の管理権を取る。政治の世界ではよくある手法だ』
博士が冷静に分析してくれた。
〝長老 その話、受けたのか〟
「まだ返事はしていない。宮廷の管理を受ければ、税が増える。この小さな街には負担が大きい」
〝受けなくていい〟
長老が顔を上げた。
〝交易路が復活するなら、管理は——芽吹の里と、この街と、パカラ村の三者で連携して行うのがいい 宮廷の管理下に入る必要はない〟
「芽吹の里?」
〝焦土帯の中に、新しい自治集落がある そこのリーダーは、焦土帯全体の地中に根を持ってる 交易路の安全管理なら、メブキの根が一番確実だ〟
長老が目を見開いた。
「焦土帯の中に……集落が」
〝できたばかりだが、成長してる〟
「……マリウスの使者の話より、よほど現実的だな」
〝現実的だろ 宮廷の役人に焦土帯の管理は無理だ あの地面を歩けないんだから〟
長老が、ふっと笑った。
「ごもっとも。あの使者も、焦土帯の中には入れなかった。街の周辺をうろうろしただけだ」
「蓋を開ける者殿。あなたの提案を受ける。パカラ村と芽吹の里と、この灰港で——三者連携を組もう」
〝ありがたい〟
握手——できないので、蓋でぽんと長老の手を叩いた。宝箱式握手。
長老がちょっとびっくりした顔をしたけど、すぐに笑った。
「これは……独特な挨拶だな」
〝宝箱には手がないんでな〟
「ははは。いい。これからよろしく頼む」
◇
灰港を出る前に、長老がもう一つ教えてくれた。
「カシスという使者が、もう一つ気になることを言っていた」
〝何だ〟
「潮騒の岬のことだ。海の向こうに塔があるらしい、と。〝あそこには近づくな〟と、この街の住人に忠告していた」
〝近づくな?〟
「理由は言わなかった。だが——あの使者は、潮騒の岬のことを、やけに詳しく知っている様子だった」
マリウス派が、第五の塔の情報を持ってる。
しかも「近づくな」と牽制してる。
フロストの街で知の王の断片を引き抜いたように——潮騒の岬でも、マリウス派が何かをしようとしてるのか。
〝ありがとう いい情報だ〟
「気をつけてくれ。あの笑顔の男は、信用しない方がいい」
〝同感だ〟
パカッ。
◇
灰港を後にした。
海を背にして、北東へ。ベイルの街を目指す。
チョンが振り返った。
「海、きれいだったなー。次は海に行くんだよね、タカラ」
〝行く〟
「楽しみ! でもタカラ沈むんだよね」
〝沈む話はやめてくれ〟
「ふふ」
ガウルが横で匂いを嗅いだ。
「ガウ。海の匂い、覚えた。次に来るとき、この匂いが道しるべになる」
〝頼むぞ〟
焦土帯との境目を越えて、緑の草原に入った。
後ろを振り返ると——焦土帯の空が、少しだけ青く見えた。
回復は、ゆっくりだけど、確実に進んでる。
パカッ。
◇
【次回】カシスの動きの裏を読む。マリウスは何を狙っているのか。博士の分析と、対策。




