第83話「芽吹き」
焦土帯の奥から——誰かが歩いてきた。
ガウルが最初に気づいた。
「ガウ。来る。一体だけ。匂いは……木。焦げた木の匂い。でも、中に湿った匂いがある。生きてる木だ」
生きてる木。
焦土帯に、生きてる木がいるのか。
姿が見えてきた。
小さい。百二十センチくらい。人型だけど——体が木でできてる。
幹みたいな胴体。枝みたいな腕。根みたいな足。頭のてっぺんに、葉っぱが三枚だけ残ってる。
全身が灰色。焦げてる。ところどころ黒い焦げ跡がある。
でも——三枚の葉っぱだけが、緑色。
八百年焼かれた焦土帯で、緑を保ってる葉っぱ。
木の魔物が——俺たちの前で止まった。
小さな黒い目で、俺を見てる。
「…………」
喋らない。
じっと見てる。
〝査定〟——効かない。まだこの辺りでは使えないか。
〝蓋裏辞典〟は——
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〝蓋裏辞典〟
対象:灰樹人
大戦以前の森林に棲息していた
樹人族の生き残り。
八百年間、地下に根を張り続けて
生存していた。
地下根ネットワークにより、
焦土帯全域の地中の状態を
感知できる。
封印状態:進化封印(極重)
本来の姿:翠樹人
* 解封可能です
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灰樹人。
八百年間、地下で根を張って生き延びた木の魔物。焦土帯全域の地中を感知できる。
これは——グラドルみたいな存在か。
パカラ村にはグラドル(三十メートルの大樹海)がいる。こいつは、焦土帯版のグラドル、ってことか。
スケールは全然違うけど。グラドルは三十メートルの巨木。こいつは百二十センチの焦げた木。
灰樹人が——口を開いた。
かすれた声。何百年も喋ってない声。
「……あ、なた……が」
片言だ。砂蛇族のナギみたいな。封印で知性が抑えられてるのか。
「あなた、が……ふたを、あける、もの?」
〝そうだ〟
「しってる……。ねっこが……ゆれた。とうが、あいた、とき……。ちめんが、やさしく、なった」
根が揺れた。塔が開いた時。地面が優しくなった。
灰守の浄化で、焦土帯の魔力残滓が沈静化した。地面が優しくなった——こいつは根っこでそれを感じたんだ。
「でてきた……。じめんの、うえに。はじめて」
〝初めて?〟
「はっぴゃくねん。ずっと、ちかに、いた。じめんが……あつくて……うえに、でられなかった」
八百年間、地下にいた。地面が熱すぎて地上に出られなかった。
「いま……やっと……でられた」
灰樹人が、小さな手を伸ばした。俺の蓋に。
「さわって、いい?」
〝いいよ〟
灰樹人の手が、俺の蓋に触れた。
木の手。ざらざらしてる。でも——温かい。生きてる温もり。
「……あたたかい」
こいつも、チョンと同じことを言うな。
チョンが灰樹人に近づいた。同じくらいの背丈だ。
「こんにちは。俺、チョン」
灰樹人が、チョンを見た。
「……ちょん」
「うん、チョン。あなたは?」
「なまえ……ない」
名前がない。
この焦土帯では——名前のない存在が多い。灰守も名前を棄てていた。この灰樹人も、名前を持っていない。
「じゃあ、タカラにつけてもらおうよ。タカラ、名前つけるの得意だから」
〝得意ではないけど〟
「灰守さんにも名前つけたでしょ?」
〝あれは、まあ、流れで〟
「タカラ、名前つけてあげて」
チョンに押されるな……。
俺は灰樹人を見た。
小さな体。焦げた木。でも、三枚の葉っぱだけが緑色。
八百年、地下で耐えて、ようやく地上に出てきた。
焦土帯に——最初に芽を出した存在。
〝おまえの名前は——メブキだ〟
「めぶき……?」
〝芽吹き 焦土帯に最初に芽を出した者 そういう意味だ〟
「芽吹き……。めぶき」
灰樹人——メブキが、何度か自分の名前を繰り返した。
「めぶき。めぶき……いい、なまえ」
メブキの目が——潤んだ。木の目から樹液が出てる。泣いてるのか。
「なまえ、もらった……。はじめて……」
〝泣くなよ〟
「なかない……これ、じゅえき……」
泣いてんじゃん。
◇
メブキを解封する。
〝解封〟。メブキの体にこつん。
金色の光がメブキを包んだ。
蓋裏が反応する。
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〝解封〟──▶ 封印解除
対象:灰樹人〈メブキ〉
封印状態:進化封印(極重)
検出された本来の姿:
灰樹人
→ 翠樹人
解封を実行しますか?
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実行。
メブキの体が——変わり始めた。
灰色の樹皮が、緑色に変わっていく。焦げた跡が消えていく。
体が大きくなる。百二十センチから、百五十センチくらいまで。
頭の葉っぱが三枚から——二十枚以上に増えた。緑の葉が、頭からわさわさ茂ってる。
腕の枝から、小さな花が咲いた。白い花。
足の根が——地面に伸びた。メブキの足元から根が四方に広がって、焦土帯の地面に潜り込んでいく。
根が伸びた場所から——草が生え始めた。
翠兎と同じ効果。でもこっちの方が——規模がでかい。
メブキの根が通った場所が、一気に緑になっていく。十メートル、二十メートル、三十メートル——
「うわぁ……!」
チョンが声を上げた。
メブキの周囲三十メートルが、一瞬で緑に覆われた。草が茂り、花が咲き、小さな蔓が岩に絡んでる。
焦土帯の真ん中に——オアシスみたいな緑地ができた。
「すごい……メブキ、すごいよ!」
チョンが飛び跳ねてる。
メブキが——自分の手を見た。
緑色の樹皮。白い花。
「わたし……こんな、すがただったんだ」
声も変わった。片言じゃなくなってる。澄んだ声。
「緑が……私の中に、ある。ずっと、根の奥に隠してた緑が」
〝それがおまえの本来の姿だ〟
メブキが——両手を広げた。
根がさらに伸びた。五十メートル。百メートル。地面の下を走って、遠くまで。
根が通った場所から、次々に草が生えていく。
「私の根は……焦土帯全体に、張ってる。八百年かけて、地下に根を伸ばし続けた」
〝焦土帯全体?〟
「全体。この焦土帯のどこにでも、私の根がある」
…………。
焦土帯全体に根のネットワークを持つ翠樹人。
こいつが本気で根を動かしたら——焦土帯全体に緑が戻るんじゃないか。
「でも……すぐには無理。根はあるけど、力が足りない。少しずつ、緑を広げていく」
〝時間はかかるか〟
「何年も。でも——八百年待ったんだから、あと何年か、待てる」
八百年待てるなら、数年は誤差だな。
◇
ガルドが俺の横に来た。
「タカラ。こいつ——リーダーにならないか」
〝同じこと考えてた〟
「焦土帯全体に根を持ってる。地中の状態を感知できる。翠兎と連携すれば、焦土帯の緑化を進められる。適任だろ」
〝メブキ〟
「はい」
〝おまえに頼みがある〟
「なんですか」
〝この焦土帯に、自治集落を作りたい パカラ村や砂漠の集落と同じように、魔物たちが共存する場所を〟
〝おまえに、リーダーになってほしい〟
メブキが——目を瞬いた。
「リーダー……私が?」
〝おまえの根は焦土帯全体に繋がってる この土地を一番知ってるのは、おまえだ〟
「でも……私、八百年ずっと一人で地下にいただけで。誰かを率いた経験なんて」
「大丈夫だよ」
チョンが言った。
「俺の知り合いで、砂漠のリーダーになった人もいるんだけど、その人も最初は〝俺がリーダー?〟って言ってた。でもやったらちゃんとできてた」
ナギのことだな。
「それに、タカラが助けてくれるし。俺も手伝うし」
メブキがチョンを見た。
「……あなた、優しいね」
「えへへ」
メブキが、根を軽く動かした。周囲の地面に、もう少し草が生えた。
「……やってみる。リーダー。やったことないけど」
〝やったことないから、やるんだ〟
「それ、知の王が言いそうな言葉ですね」
〝俺の言葉だよ〟
パカッ。
◇
メブキがリーダーになった。
焦土帯の自治集落——名前はまだない。
まずは、メブキの周囲に集まってきた魔物たちを、範囲解封する。
〝解封〟——範囲展開。
金色の光が、メブキの緑地を中心に広がった。
百匹以上の灰色の魔物が——解封されていく。
灰兎→翠兎。灰蜥蜴→翠蜥蜴。灰蛇→翠蛇。灰虫→翠虫。
全部「翠」の名前がつく。緑を宿す焦土帯の魔物たち。
それぞれが本来の姿に戻って、メブキの緑地の中を走り回ってる。
翠兎が跳ねるたびに草が生える。翠蜥蜴が這うと苔が育つ。翠蛇が通ると花が咲く。
焦土帯の一角に——小さな森ができ始めてる。
蓋裏に通知が来た。
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〝解封〟──▶ 範囲解除
対象:範囲内の全封印
検出数:128件
解封完了
* 焦土帯の生態系が
回復を開始しました
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百二十八匹の魔物が解封された。
焦土帯の生態系が、動き始めた。
「すげえ……」
ガルドが息を呑んだ。
焦土帯の真ん中に、直径百メートルくらいの緑地ができてる。草が茂り、花が咲き、小さな木の芽が地面から顔を出してる。
八百年の焦土が——生き返り始めてる。
「ガウ。匂いが……森だ。小さな森の匂いがする」
ガウルが尻尾を振った。
レグナが蒼い炎をちろちろさせた。
「……灰守が見たら、何と言うだろうな」
〝喜ぶだろうな〟
「うむ。きっと」
メブキが緑地の中央に立ってる。根を四方に伸ばして、新しい領土を広げてる。
「蓋を開ける者」
〝タカラでいいよ〟
「タカラさん。この集落の名前、つけてくれますか」
〝名前か〟
焦土帯の中に生まれた緑地。灰の中から芽吹いた場所。
〝〝芽吹の里〟でどうだ〟
「芽吹の里……。私の名前と同じ」
〝おまえがここのリーダーだから、おまえの名前が里の名前でいいだろ〟
メブキが——また樹液を流した。
「また……ないてない……じゅえきです……」
〝泣いてるじゃん〟
チョンがメブキの手を握った。
「メブキ、頑張って。また来るからね」
「うん……待ってる」
パカパカ。
西にパカラ村。東に砂漠の集落。北に知の王の塔。南に芽吹の里。
四つの拠点。四つの方角。
俺の蓋が開けた場所に——それぞれの仲間がいる。
◇
翠兎が一匹、俺の蓋の上にまだ乗ってる。
〝おまえ、いい加減に降りろ〟
降りない。耳を寝かせて、くつろいでる。
「タカラ、その子、ついてくる気じゃない?」
チョンが笑った。
〝……ついてくんのか、こいつ〟
翠兎がぴくっと耳を立てた。降りない。
「ガウ。その兎、タカラの匂いに染まってるぞ。もうおまえの中身だ」
〝中身って〟
「宝箱の中身。おまえに懐いたんだ」
……宝箱に懐いた兎。
仕方ない。連れていくか。
〝名前、どうする〟
「タカラがつけなよ」
〝……シロ〟
「安直!」
〝じゃあおまえがつけろ〟
「えーっと……ミドリ!」
〝それも安直だ〟
チョンと俺の命名センス、五十歩百歩だな。
パカッ。
翠兎のシロ(仮)を蓋の上に乗せたまま、出発の準備を始めた。
◇
【次回】芽吹の里を出発。パカラ村への帰路。道中でマリウスの使者と遭遇する。




