第82話「灰の下に、緑がある」
村の跡地に戻ってきた。
石壁だけが残る、焼けた村。
でも——空気が変わってた。さっき通ったときは地面が熱くて、焦げた匂いが充満してた。今は——熱が引いてる。まだ暖かいけど、靴底が溶けるほどじゃない。
「ガウ。匂いが全然違う。焦げの匂いが半分くらいに減ってる」
灰守の浄化で、魔力の残滓が沈静化してるんだ。八百年分の焼け跡が、ようやく冷め始めてる。
地下室に降りた。
手紙を出してあった木箱は、まだそこにある。空になった木箱。
俺は、収納からエルナの手紙を出した。
変色した紙。ぐにゃっとした文字。
灰守に頼まれた。この手紙を埋めてくれ、と。
チョンが小さなスコップ——というか、平たい石を拾ってきた。
「タカラ、ここに埋めよう」
地下室の奥、壁際の一角。ここなら雨風に当たらない。
チョンが地面を掘った。ガルドも手伝った。レグナが骨の指で、丁寧に穴を整えた。
穴が掘れた。
俺は手紙を——穴の中に、置いた。収納から出して、蓋裏の光で照らしながら。
パカッ。
〝エルナ、ロド、タル〟
〝おまえたちが、ここにいたこと〟
〝灰守が覚えてた 八百年、ずっと覚えてた〟
〝だから、安心して眠ってくれ〟
蓋文字が金色に光って、手紙を照らした。
チョンが土をかぶせた。丁寧に。ぽんぽんと押さえて。
ガルドが焼け残った石を持ってきて、埋めた場所の上に置いた。墓標の代わり。
レグナが蒼い炎を小さく灯して、墓標の上に一瞬だけ燃やした。骸骨の将軍なりの弔い。
ガウルが、無言で頭を下げた。犬の礼。
リーリアが手を合わせて、巫女の祈りを捧げた。
アイがぷるんと震えた。スライムの弔い方は分からないけど、何かを感じてるんだろう。
チョンが最後に、自分の蓋文字——ぐにゃぐにゃの字で、石の横に書いた。
〝ここにいたよ〟
…………。
パカッ。
埋葬、完了。
◇
地下室から出ると——
ガウルが耳を立てた。
「ガウ。タカラ、何か来る」
〝何が〟
「たくさん。地面の下から。匂いは——灰。でも、昨日の灰の人型とは違う。もっと……生きてる感じ」
生きてる灰?
地面が——ぼこぼこと盛り上がった。
村の跡地の四方から、地面を割って——何かが出てきた。
灰色の——小動物。
うさぎくらいの大きさの、灰色の生き物。四本足。耳が長い。でも、全身が灰の色をしてる。
一匹じゃない。
五匹、十匹、二十匹——次々に地面から出てきてる。
「なんだこいつら」
ガルドが構えた。
〝待て 攻撃するな〟
俺は〝査定〟を使った。
——反応なし。まだ査定が効かない。
じゃあ〝蓋裏辞典〟は——
蓋裏を見た。
……お。出た。反応した。
灰守の浄化が終わったことで、辞典の情報封鎖が部分的に解けたのか。
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〝蓋裏辞典〟
対象:灰兎
八百年前の大戦以前に、この地域に
棲息していた兎族の末裔。
大戦の魔力で灰に変質したが、
生命力は維持している。
封印状態:進化封印(重)
本来の姿:不明(封印が深すぎる)
* 解封可能です
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灰兎。
兎族の末裔。大戦の魔力で灰に変質してるけど、生きてる。封印されてるだけ。
砂漠の砂蛇族と同じだ。本来の姿が封印で退化してる。
小さな灰兎たちが、俺の周りに集まってきてる。三十匹くらい。
怯えてるけど、近づいてきてる。
一匹が——俺の蓋に、鼻先を近づけた。
すんすん。
……嗅いでる。宝箱の匂いを。
「タカラ、こいつら、おまえに興味があるみたいだぞ」
ガルドが笑った。
〝そうみたいだな〟
灰兎が俺の蓋の上に飛び乗った。ぴょんと。
軽い。灰だから。
「ガウ。こいつら、さっきの灰の人型と匂いが似てるけど、全然違う。生きてる。心臓が動いてる」
生きてる灰の兎が、俺の蓋の上に乗ってる。
もう一匹も飛び乗った。もう一匹。もう一匹。
四匹乗ってる。俺の蓋の上に。
〝おい、降りろ〟
降りない。むしろ増えた。五匹。
「ぷっ……タカラ、兎に乗られてるぞ」
チョンが笑ってる。
「かわいいー! タカラの上に兎がいっぱい!」
〝かわいくない 重い 降りてくれ〟
降りない。
パカッ。蓋を動かしたら全員ぴょんと跳んだけど、すぐに戻ってきた。
〝……懐かれた〟
「こいつら、タカラを安全な場所だと思ってるんだよ。宝箱だから、入り心地がいいんだろ」
入り心地って。俺はベッドじゃないぞ。
でも——灰兎たちが俺の蓋の上でくつろいでる。安心した顔で耳を伏せてる。
……まあ、解封してやるか。
◇
灰兎の群れを集めた。全部で四十匹くらいいた。
こいつらは、八百年前からこの焦土帯で、灰の姿のまま生き延びてきた。地面の下に潜って、魔力の残滓に耐えながら。
灰守の浄化で残滓が沈静化して、地面の下から出てこられるようになったんだ。
解封してやろう。
〝解封〟——範囲展開。
金色の光が広がった。
蓋裏が反応する。
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〝解封〟──▶ 範囲解除
対象:範囲内の全封印
検出数:43件(進化封印42件
スキル封印1件)
解封を実行しますか?
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四十三件。実行。
光が灰兎たちに染み込んでいく。
灰兎の体が——変わり始めた。
灰色の毛が、白くなっていく。透き通るような白。そして——体が大きくなる。うさぎサイズから、中型犬くらいまで。
耳が長くなる。足が太くなる。目が金色に輝く。
そして——背中に、緑色の模様が浮かび上がった。
緑。
焦土帯で初めて見る、緑色。
「すごい……緑色だ」
チョンが息を呑んだ。
白い毛に緑色の模様を持った、美しい兎たち。
蓋裏に新しい情報が出た。
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〝蓋裏辞典〟
灰兎 → 翠兎
大戦以前の本来の姿。
背中の緑色の模様は、
大地の魔力を吸収して植物を
育てる能力に由来する。
* 翠兎が棲息する場所には、
緑が生まれます
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翠兎。
大地の魔力を吸収して、植物を育てる兎。
こいつらが——焦土帯に、緑を取り戻す鍵だ。
解封された翠兎たちが、あちこちに飛び跳ね始めた。
足が焦土に触れるたびに——
地面に、ぽつっと、緑色の点が現れた。
芽だ。草の芽。
翠兎が跳ねるたびに、焦土帯に芽が生える。
「うわぁ……!」
チョンが目を見開いた。
「緑だ! 草が生えてる! 焦土帯に草が!」
ガルドが口を開けた。
「おい……あいつら、走るだけで草が生えるのか」
翠兎が焦土帯を走り回ってる。走った後に、緑の線ができてる。
八百年ぶりの緑が、焦土帯に戻り始めた。
「ガウ。匂いが変わった。土の匂いがする。草の匂いがする。生きてる匂いだ」
ガウルが尻尾を振った。
レグナが蒼い炎をちろちろさせた。
「……灰守は、これを望んでいたのだろうな。焼いた大地に、再び緑が」
〝ああ〟
翠兎の一匹が俺の蓋の上に飛び乗った。進化してでかくなったから、重い。
〝おい、降りろって〟
降りない。蓋の上で耳を寝かせて、くつろいでる。
パカッ。蓋を動かした。兎が跳んだ。でも戻ってきた。
「タカラ、もう諦めな」
ナギ——いや、ナギはいないか。ガルドが笑ってる。
「おまえ、動物に好かれるタイプだな」
〝宝箱に好かれても嬉しくないだろ〟
「宝箱に乗ったら安全だからな。兎にとっちゃ、最高の居場所だろ」
……宝箱が兎の巣になってる。
俺、本来ミミックだぞ。噛みつくやつだぞ。
でも——兎の温もりが蓋の上から伝わってきて、悪くない感触だ。
パカッ。
◇
翠兎たちだけじゃなかった。
焦土帯のあちこちから、魔物が出てき始めた。
灰守の浄化で魔力の残滓が沈静化したことで、地面の下に隠れていた生き物が——八百年ぶりに、地上に出てきてる。
灰色のトカゲ。灰色の蛇。灰色の虫。全部、灰に変質した状態で生き延びてた。
ガウルが匂いを嗅ぎまわった。
「ガウ。ここ一帯だけで、三十種類以上の魔物がいる。全部、灰色だ。全部、封印されてる」
三十種類以上。
こいつら全部、解封したら——焦土帯が生態系を取り戻す。
翠兎が植物を育てる。トカゲが虫を食べる。蛇がトカゲを食べる。
食物連鎖が復活する。
「タカラ。これ、全員解封するのか?」
ガルドが聞いた。
〝するべきだろうな〟
「何匹いるんだ」
〝査定が使えないから正確には分からないけど——百匹以上はいそうだ〟
百匹以上の範囲解封。パカラ村の三百匹に次ぐ規模。
でも、今すぐはやらない。
〝まず、拠点が要る〟
「拠点?」
〝砂漠でナギが自治集落を作ったみたいに、焦土帯にも拠点を作るべきだ 解封した魔物を管理して、焦土帯の回復を進める拠点〟
「なるほど。で、リーダーは誰がやる? ここにはナギもドレイクもいないぞ」
〝……それが問題だ〟
◇
【次回】焦土帯の自治集落を作るために、リーダーを探す。そして——焦土帯の奥から、一人の魔物が歩いてきた。




