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俺を殺した宝箱に俺が転生してどうすんだよ! ~中に入れたものが全部強くなる収納チート~  作者: ぶらっくそーど
第五部 焦土の果て編

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第81話「名前を、入れてやる」


 黒い塔の中に入った。


 中は——何もなかった。


 壁もない。床もない。天井もない。


 闇。


 完全な闇。


 レグナの蒼い炎が灯ってるけど、光が吸い込まれてる。蒼い光が、二メートル先で消えてる。


「何も見えぬ。我の炎ですら、照らせない」


 ガウルが鼻をひくひくさせた。


「ガウ。匂いもない。音もない。足音が消えてる」


 自分の足音すら聞こえない。


 チョンが俺の蓋を握った。ぎゅっと。


「タカラ……何も見えない……」


〝大丈夫だ 離れるな〟


 ガルドが声を出した。


「おーい、俺の声、聞こえてるかー」


「聞こえる。だが、反響がない。壁がないのか、壁が音を吸っているのか」


 レグナが言った。


 知の王の塔は図書館だった。知識で満ちた空間。


 この塔は——空っぽだ。


 名を棄てた魔王の塔。全てを捨てた魔王の空間。だから——何もない。



 ◇



 歩く。暗闇の中を。方向感覚がない。


 五分くらい歩いた。たぶん。時間の感覚も曖昧だ。


 博士が収納の中から言った。


『タカラ、距離感がおかしい。歩いた距離と、進んだ距離が一致していない。この空間は——歪んでいる』


〝歪み?〟


『空間が折り畳まれている。百メートル歩いても、実際には十メートルしか進んでいない、というような』


 迷路でもない。試練でもない。ただ、空間が歪んでて、たどり着けない。


 どうする。


〝……止まろう〟


「止まる?」


〝進んでもたどり着けないなら、止まるしかない〟


 第二の塔の知略の試練を思い出した。「動かないという判断が、最も難しい武」。


 止まった。


 全員が足を止めた。


 闇の中で、静かに、待つ。


 十秒。二十秒。三十秒。


 一分。


 ——声がした。


『……止まったか』


 頭の中に直接響く声。


 低い。かすれてる。長いこと喋ってなかった人の声。


『歩き続ける者は、永遠にたどり着かない。止まった者だけが、我のところに来れる』


 暗闇の中に——薄い光が灯った。


 白い光じゃない。灰色の光。ほのかな、消えそうな光。


 光の中に——影がある。


 人の形をした影。輪郭がぼんやりしてる。顔が見えない。体の形すら曖昧。


 名を棄てた魔王。


 姿すら、捨ててる。



 ◇



 魔王の影が、俺たちの前に浮かんでる。


『おまえが、蓋を開ける者(オープナー)か』


〝そうだ〟


『記憶を差し出して、ここまで来たか』


〝ああ 何を差し出したか、もう覚えてないけど〟


 魔王の影が——微かに震えた。


『覚えていない、か。……そうか。そうなるか』


〝おまえは、何を棄てたんだ〟


 俺は蓋文字で聞いた。


 魔王の影が——長い沈黙の後に、話し始めた。


『我は——かつて、七人の魔王の一人だった』


〝ああ〟


『我の名は——もう、ない。棄てた。八百年前に、全てを棄てた』


〝何を棄てた〟


『名を。姿を。力を。記録を。記憶を。全てを』


 全部か。


『大戦の時——我は、暴走した。我の炎が、この地を焼いた。森を、村を、人を、魔物を——全てを焼いた』


 焦土帯は、この魔王が作った。


『我は……制御を失った。力が暴走して、止められなかった。止めようとしたが、止まらなかった。気がついた時には——全てが、灰になっていた』


『村の人間。畑の作物。森の動物。魔物の子供たち。全部、我が焼いた』


 ……エルナの手紙。ロドとタル。三歳の子供。


 この魔王の炎が焼いた。


『大賢者が来た。我を封じに。我は——抵抗しなかった。封じてくれと頼んだ。自分を封じてくれと』


 知の王と同じだ。自分から封印を望んだ。


『だが——封印だけでは足りなかった。我は、我自身を消したかった。名も、姿も、記録も、全て消して——焼いた者たちに詫びたかった』


『だから棄てた。全部。何もかも。名前を棄て、姿を棄て、力を棄てた。この塔に、かつて罪を犯したことだけを覚えている、空っぽの自分だけを残した』


 空っぽの塔。空っぽの魔王。


 後悔で全てを捨てた王。


『八百年。ここで——何もせずに、いた』


〝何もせず?〟


『何もせず。考えることも棄てた。感じることも棄てた。ただ——灰として、ここにいた』


 灰として。


 ……それは、もう「死んでる」のと同じじゃないか。


『死んでいない。死ぬことすら棄てた。死ねば楽になる。楽になることは——罰ではない』


『我は、永遠に苦しむために、ここにいる。それが、我の罰だ』


 …………。


 八百年間。永遠の苦しみ。自分で自分に課した罰。



 ◇



 チョンが声を上げた。


「それ、おかしいよ」


 全員がチョンを見た。


 チョンが、灰色の影を見上げてる。


「八百年も苦しんで、まだ足りないの?」


 魔王の影が——わずかに揺れた。


『足りぬ。我が焼いた命の数を考えれば、八百年の苦しみなど——』


「でも、苦しんでる間に、誰かを助けた?」


『……何?』


「苦しんでるだけじゃ、焼いた人たちは喜ばないよ。あの手紙の人——エルナさんだっけ。あの人は〝覚えていてほしい〟って書いてた。苦しんでほしいなんて書いてなかった」


 …………。


 チョンの言葉が、暗闇に響いた。


「苦しむのは罰かもしれないけど、苦しんだだけじゃ何も変わらない。エルナさんは、覚えてもらうことを望んだ。苦しむことじゃなくて」


 魔王の影が震えた。大きく。


『子供よ……。おまえは——何を知っている』


「俺は何も知らない。でも、タカラが教えてくれた。〝知らないことを知ろうとするのが旅だ〟って。あなたは八百年も苦しんでるのに、苦しむこと以外を〝知ろうと〟してないよ」


 魔王の影が初めて、形を変えた。


 輪郭が少しだけ、くっきりした。


 人の形が、少しだけ見えた。


『……そうか。我は——苦しむことに逃げていたのか』


 逃げていた。


 後悔に逃げていた。苦しみに逃げていた。何もしないことで、責任を果たしている気になっていた。


 でも——エルナは「覚えていてほしい」と書いた。苦しんでほしいなんて書かなかった。


 焼かれた人たちが望んだのは、犯人の苦しみじゃない。自分たちが「いた」ことを覚えてもらうこと。


〝おまえの罰は終わりだ〟


 俺は蓋文字を出した。


 魔王の影が、俺を見た。


〝八百年も苦しんだなら、十分すぎる もう許されていいだろ〟


『だが——我には名がない。姿もない。何もない。今さら、何ができる』


〝名前がないなら——つけてやる〟


 魔王の影が——静まった。


『……何?』


〝おまえは名前を棄てた じゃあ俺が新しい名前をつけてやる〟


 俺は——収納の中の手紙を思い出した。


 エルナの手紙。ロドとタル。


 焼かれた三人家族。


〝おまえが焼いた村に、エルナって人がいた 夫がロドで、息子がタルだった〟


〝おまえの名前は——灰守(はいもり)だ〟


〝灰を守る者 焼いた灰を、忘れずに守る者〟


〝エルナと、ロドと、タルと、おまえが焼いた全ての人の灰を、守る名前だ〟


 魔王の影が——大きく揺れた。


灰守(はいもり)……。灰を、守る者……』


 魔王の輪郭が——はっきりしてきた。


 人の形が見えてきた。顔が見えてきた。


 年老いた男の顔。白い髪。深い皺。泣いてるような、笑ってるような顔。


『名前を……もらうのか。我に……名を……』


〝もらうんじゃない 入れてやるんだ〟


〝俺は宝箱だ 空っぽの箱に、中身を入れるのが仕事だ〟


〝おまえは空っぽになった 名前も姿も捨てて空っぽになった〟


〝だから俺が、中身を入れてやる〟


 パカッ。


 蓋を、全開にした。


 五枚の蓋が開く。金色の光が闇の中に広がった。


 宝箱の中から——光が溢れた。


 魔王の影——灰守(はいもり)の体が、金色の光に包まれた。


『……温かい』


 灰守(はいもり)が——笑った。


 八百年ぶりの笑顔。


『温かいな……。宝箱の中は、温かいのか』


〝温かいぞ チョンも中で寝てるくらいだ〟


「えへへ。あったかいよ」


 チョンが笑った。


 灰守(はいもり)の体が——少しずつ、色を取り戻していく。灰色から、人間の肌の色に。白い髪に。白いローブに。


 年老いた、穏やかな男の姿。


 ……こういう顔をしてたのか、この魔王。


灰守(はいもり)。……良い名だ』


 灰守(はいもり)が、目を閉じた。


蓋を開ける者(オープナー)よ。おまえは——蓋を開けるだけではないのだな。空っぽの箱に、名前を入れてくれる者でもある』


〝宝箱だからな〟


『ふふ。おまえは、いつもそう言うのか。宝箱だから、と』


〝言う〟


『良い口癖だ』


 灰守(はいもり)の体が——光り始めた。


 金色の光。


 対話の王の時と同じ色。戦の王の時と同じ色。


 消えようとしてる。


『……我は、もう行く。だが——』


 灰守(はいもり)が、目を開いた。


『一つ、頼みがある。エルナと、ロドと、タルの灰を……我の代わりに、守ってくれるか』


〝守る 約束する〟


『おまえの収納に……あの手紙がある。それを——この焦土帯のどこかに、埋めてやってくれ。墓の代わりに』


〝わかった〟


 灰守(はいもり)が、深く頭を下げた。


『八百年の罰を、終わらせてくれてありがとう。そして——名前をくれてありがとう。我は灰守(はいもり)として、逝く』


 光が——強くなった。


 灰守(はいもり)の体が、光の粒になっていく。


 最後に——年老いた男の穏やかな笑顔が見えた。


 消えた。



 ◇



 暗闇が晴れた。


 黒い塔の中に光が差し込んだ。天井の割れ目から、焦土帯の空が見えた。


 赤黒い空じゃない。青い空。


 蓋裏に通知が来た。



 ──────────────────

  第四の塔の封印——解除

  灰守(はいもり)(第四の魔王)、浄化完了


  南の焦土帯の魔力残滓、沈静化開始

  * 焦土帯の回復には時間がかかりますが

    いずれ緑が戻ります


  * 第五の塔の位置情報が

    解放されました

 ──────────────────



 焦土帯が——回復する。


 八百年焼き続けた魔力の残滓が、沈静化する。いつかは、緑が戻る。


 エルナの村も。ロドの畑も。タルが走り回ったであろう野原も。


 いつか——緑に戻る。


 ガルドが隣に立った。


「……終わったか」


〝終わった〟


「今回の魔王は……今までで一番、つらかったな」


〝ああ〟


「でも——名前をつけてやったのは、良かった」


〝宝箱だから〟


「ま、そうだな」


 チョンが俺の蓋をぽんぽん叩いた。


「タカラ。灰守(はいもり)さん、最後に笑ってたよ」


〝見えた〟


「いい笑顔だった」


〝ああ〟


 パカッ。


 パカパカパカパカ。


 四基目の塔。浄化完了。


 残り三基。



 ◇



 塔を出た。


 外の空が——変わってた。


 赤黒い空が、少しだけ明るくなってる。まだ焦土のままだけど、空の色が違う。青みがかってる。


 ガウルが鼻を嗅いだ。


「ガウ。風の匂いが変わった。焦げの匂いが薄くなってる」


 焦土帯が、癒え始めてる。


 俺は、収納からエルナの手紙を出した。


 村の跡地に戻ろう。あの地下室があった場所に。


 手紙を埋めてやる。墓の代わりに。灰守(はいもり)が頼んだ通りに。


〝帰り道に、村の跡地に寄ろう〟


「おう」


 パカッ。


 今回の浄化は——今までと全然違った。


 対話でもない。武でもない。知でもない。


 名前をつけた。空っぽの魔王に、中身を入れた。


 宝箱の仕事だ。


 蓋を開けて、大事なものを入れる。



 ◇



 【次回】村の跡地に手紙を埋める。そして——そこで見たものとは。

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