第75話「宝箱、政治をする」
王都に着いた。二度目の訪問。
前回は擬態でこっそり潜入した。今回は——正式に招待された形だ。
門番が俺たちを見て、すぐに通してくれた。
「蓋を開ける者殿ですね。セルディス団長からお話を伺っております。お通りください」
殿って。
前回は怪しまれたのに、今回は「殿」呼びだ。三基の塔を解放した功績が、王都にも伝わってるんだろう。
でも油断はできない。マリウスの罠がある。
俺は擬態でカイルの姿。ガルドとチョンは収納の中。レグナはマントで全身を覆ってる。リーリアはそのまま。ガウルは犬のふり。
「ガウ。この街の匂い、前と変わってる。ピリピリしてる」
〝ピリピリ?〟
「人間の緊張の匂いだ。街全体がなんか……そわそわしてる」
褒賞の式典が近いから、街全体が浮き足立ってるのかもしれない。
それとも——何か別の理由か。
◇
レイスとの合流場所は、王都の東区にある安宿。冒険者向けの目立たない宿だ。
二階の一室に入った。扉を閉めて、鍵をかけた。
扉をノックする音。二回、間を空けて三回。事前に決めてた合図。
扉を開けると——レイスがいた。
塔守の白い外套じゃなく、茶色い旅装を着てる。目の下にくまがある。
「タカラ……来たか」
〝来た〟
「座ってくれ。話すことが山ほどある」
全員を収納から出した。ガルドがすぽんと出てきて、チョンがすぽんと出てきた。
レイスがチョンを見て、目を瞬いた。
「チョン? なんで子供がここに?」
「証人なんだよ、俺!」
チョンが胸を叩いた。
レイスが俺を見た。
「……証人?」
〝あとで説明する まず、状況を聞かせてくれ〟
◇
レイスが王都の状況を説明してくれた。
手紙に書いてあったことの補足と、最新の動き。
「マリウスが、褒賞の式典を仕切ることになった」
〝仕切る? セルディスじゃなく?〟
「セルディス団長は軍の人間だ。褒賞の式典は宮廷行事。宮廷行事を仕切るのは、宮廷魔導士の管轄になる。つまり——マリウスの領域だ」
……なるほど。軍と宮廷は管轄が違う。セルディスが軍のトップでも、宮廷行事には口を出しにくい。
「式典は明後日。王城の大広間で行われる。王も出席する。貴族も集まる。つまり——王都の権力者が全員集まる場だ」
〝その場でマリウスが仕切って、俺たちを管理下に置こうとしてる〟
「そういうことだ。褒賞の内容も、マリウスが決めてる。褒賞の中に〝王国顧問〟の肩書きがあるらしい」
王国顧問。
「表向きは名誉職だが、実際は——王国の命令に従う義務が生じる。顧問になれば、王国の許可なしに塔の解放ができなくなる」
〝首輪だな〟
「その通りだ。金の首輪。名誉で包んだ鎖だ」
ガルドが歯を食いしばった。
「むかつくな……。正面から殴りたいけど、殴ったら終わるんだろ」
「終わる。宮廷で暴力を振るえば、どんな功績も台無しだ」
チョンが聞いてた。
「ねえ、レイス。タカラは褒賞を受けないって選択はできないの?」
「できる。だが、その場合は〝王の恩を拒んだ不敬者〟として、パカラ村の立場が危うくなる」
「じゃあ……受けても受けなくてもダメなの?」
「だから——別の手を打つ。タカラ、手紙に書いてあった〝告発〟の話、聞かせてくれ」
◇
俺は、フロストの街で起きたことを全部説明した。
マリウス派の教会地下の施設。静寂獣。精神魔法で操られた住民。子供たちの誘拐と選別。知の王の意識の断片の引き抜き。銀環の魔導士。
レイスが顔色を変えた。
「子供を……犠牲にする計画だと?」
〝そうだ 知の王の塔に入るために、適性のある子供を使って、その子供は犠牲になる計画だった〟
「証拠は?」
〝銀環の自白 静寂獣の査定記録 知の王の断片——博士の証言〟
「博士?」
〝知の王の意識の断片が、俺の収納にいる〟
レイスがしばらく黙った。
「……おまえの収納、何でも入ってるな」
〝便利な箱だからな〟
「まあいい。その証拠を、褒賞の式典で出す、ということか」
〝そうだ 王と貴族と軍人が全員いる場で、マリウスの弟子筋の犯罪を告発する〟
レイスが考え込んだ。
「リスクが大きい。失敗すれば、おまえたちが冤罪をかけた者として処罰される」
〝だから、セルディスの支援が要る〟
「セルディス団長は……おそらく協力する。だが、団長にも限界がある。宮廷での政治力は、マリウスが上だ」
〝知ってる だから——証拠の説得力が全てだ〟
ガルドが言った。
「タカラ、博士に聞いてみろよ。宮廷での立ち回り方」
俺は収納の中の博士に聞いた。
〝博士、宮廷での告発って、どう進めるのが効果的だ〟
『ふむ。宮廷での政治闘争は、知の王の得意分野でもある。いくつか助言しよう』
博士が「講義モード」に入った。
『第一に、最初に告発するな。褒賞の受け取りを進めろ。マリウスが油断した瞬間に、証拠を出せ。先に告発すると〝褒賞を拒否するための口実〟に見える。褒賞を受ける姿勢を見せてから告発すれば〝犯罪を見過ごせなかった〟という立場になる』
〝なるほど〟
『第二に、証拠を段階的に出せ。いきなり全部出すと、相手は混乱して一括否定する。一つずつ出せば、言い逃れが積み上がるたびに苦しくなる』
〝一つずつ〟
『第三に、子供の証言を最後にしろ。理屈で追い詰めた後に、感情で仕留める。チョンの証言が最後の一押しになる』
チョンが目を丸くした。
「俺が最後なの?」
『最後に子供が訴える。これは効く。大人は理屈で反論できるが、子供の感情は否定しにくい』
……博士、宮廷政治にも詳しいな。知の王の知識は本当に幅広い。
◇
夜。
セルディスに会いに行った。
聖騎士団本部。前回来た時と同じ、三階の応接室。
セルディスが窓際に立ってた。銀髪。白い軍服。
俺たちが入ると、振り返った。
「来たか」
〝来た〟
俺は擬態を解いた。宝箱に戻る。
セルディスが俺を見た。
「……前より大きくなっていないか、おまえ」
〝大きくはなってない 中身が増えただけだ〟
「中身?」
〝博士と、知識と、闘気と、色々〟
「……よく分からんが、まあいい」
セルディスが椅子に座った。
「手紙は読んだ。レイスからの報告も受けた」
〝協力してくれるか〟
「俺に何ができるか、先に聞け」
セルディスが指を立てた。
「一つ。式典の場で、俺はマリウスを直接追及はできない。管轄が違う。だが、告発された内容が〝軍事的な安全保障の問題〟に関わるなら、俺が介入する口実になる」
〝子供の誘拐は、安全保障の問題か?〟
「それだけでは弱い。だが——知の王の意識を引き抜いて兵器利用を企てた、となれば話が変わる。魔王の力の軍事利用は、王国の安全保障に直結する。俺の管轄だ」
〝じゃあ、子供の誘拐じゃなくて、魔王の意識の引き抜きを主軸にして告発するか〟
「その方がいい。子供の件は補強材料として使え」
博士の助言と、セルディスの判断。両方を組み合わせる。
告発の構成が見えてきた。
①褒賞を受ける姿勢を見せる
②マリウスが油断した瞬間に、魔王の意識引き抜きの証拠を出す
③セルディスが「安全保障の問題」として介入する
④段階的に証拠を出して、マリウスの言い逃れを潰す
⑤最後にチョンの証言で感情的に仕留める
パカッ。
〝やれそうだ〟
セルディスが口元を引き締めた。
「失敗すれば、おまえたちの立場は終わる。覚悟はいいか」
〝覚悟はある〟
「ならば——明後日の式典で、やるか」
〝やる〟
セルディスがほんの一瞬、口角を上げた。
「面白い戦いになるな」
〝戦闘より緊張するけどな〟
◇
式典の前夜。
宿の部屋で、全員が最終確認してる。
ガルドが正装——っていっても、一番きれいな服を着るだけだけど——を整えてる。
「おい、ホブゴブリンに正装って概念あるのか」
〝ないだろうけど、明日は宮廷に入るんだぞ 少しは見た目を気にしろ〟
「えー」
チョンが自分の服を見下ろした。
「俺、これしかないよ?」
〝あー……リーリア、チョンの服、何とかならないか〟
「少し縫い直せば、きれいに見えるかも。やってみるね」
リーリアがチョンの上着の破れを繕ってる。アイが糸を渡してる。
レグナが——マントをきれいに整えてる。
「我は、このマントで通す。フードを取れば骸骨が見えるが……いっそ、見せるか」
〝骸骨の将軍が宮廷に?〟
「蒼炎の将軍だ。名乗れば、少しは格が出る」
格が出るっていうか、宮廷の貴族がびびるだろ。
ガウルが部屋の隅で丸くなってる。
「ガウ。俺は何をすればいいんだ、明日」
〝おまえは……まあ、犬のフリで横にいてくれ〟
「犬のフリはもう嫌だぞ」
〝わかった ウォーウルフとして堂々としてろ〟
「ガウ。了解」
博士が言った。
『タカラ、明日の段取りをもう一度確認しよう』
〝ああ〟
頭の中で、明日の流れを整理する。
褒賞の式典に出席する。マリウスが仕切ってる。王が見てる。貴族が見てる。聖騎士が見てる。
褒賞を受ける姿勢を見せる。マリウスが「顧問」の肩書きを渡そうとする。
そのタイミングで——蓋を開ける。
マリウスの蓋を。
パカッ。
明日だ。
◇
深夜。
みんなが寝た後、チョンが起きてた。
「タカラ……起きてる?」
〝起きてる〟
「明日……怖い」
〝怖いか〟
「うん。王様の前で喋るんでしょ? 俺、王様なんて見たことないし、大人のお偉いさんの前で喋ったこともないし」
〝俺も怖いよ〟
「タカラでも?」
〝こういう場面は、いつだって怖い 知らないことだから〟
チョンがくすっと笑った。
「知らないことは怖い。でも、知ろうとするのが旅だって、タカラが言ってた」
〝そうだ〟
「じゃあ……明日は、旅の続きだね」
〝そうだな 旅の続きだ〟
チョンが俺の蓋に額をくっつけた。
「タカラ、明日も一緒だよね」
〝当たり前だ〟
「じゃあ、大丈夫」
チョンが目を閉じた。
すぐに寝息を立て始めた。
……明日。
俺は蓋を開ける。
今までで一番、難しい蓋を。
◇
【次回】褒賞の式典。王城の大広間。王と、貴族と、聖騎士と、宮廷魔導士。その中央に——黒と金の宝箱が立つ。マリウスがにこにこしながら褒賞を差し出す。そして——タカラが蓋を開ける。




