第74話「レイスからの手紙」
雪山を下りる。
行きは二日かかった山道が、帰りは一日で済んだ。
理由は二つ。下りだから。あと、俺がスキーになったから。
底面にフロストエッジの氷板を展開して、雪の斜面をズズズズズズッ!と滑走する。
宝箱がスキーで滑る。
チョンを収納に入れて、ガルドも収納に入れて、リーリアもアイも収納に入れて——
要するに俺が全員を収納に入れて、一人で斜面を滑り降りた。
「ガウ。タカラ、速い。俺も乗せてくれ」
〝乗せる場所がないだろ 俺の上に乗ったら蓋が開かなくなる〟
「ガウ。じゃあ俺は走る」
ガウルが〝銀牙疾走〟で横を並走してる。
レグナが大股で走ってる。骸骨の脚は雪を掴むのか沈むのかよく分からないけど、とにかく速い。
三人——いや、二匹と一箱で山を駆け下りた。
収納の中から声が聞こえる。
『タカラ、揺れる! もうちょっとゆっくり!』
ガルドが文句言ってる。
『きゃー! ジェットコースターみたい!』
チョンは楽しんでる。
『ぷるるん!』
アイも楽しそうだ。
『……静かにしてほしい……』
博士が一番迷惑してる。
◇
フロストの街に戻った。
ギルド支部長が出迎えてくれた。
「タカラさん、早いな。もう戻ったのか」
〝塔は解いた〟
「はやっ!」
支部長が目を見開いた。
「第二の塔も数日で解いたって聞いたが、第三の塔もか。おまえら、どれだけ……」
〝知の王が協力的だったから〟
「知の王が……協力的……?」
〝塔に残ったけどな〟
「残った? 消えなかったのか?」
〝消えなかった 本人が残りたいって言った〟
支部長が困惑した顔をした。まあ、魔王が「残りたい」なんて聞いたことないだろうな。
「それと——」
支部長が顔を引き締めた。
「おまえたち宛ての手紙が来ている。王都から。レイスという者からだ」
レイス。
塔守。パカラ村の外交担当。今は王都に潜伏してるはずだ。
俺は手紙を受け取った。封蝋が塔守の印。間違いなくレイスだ。
ガルドを収納から出して、読んでもらった。
◇
『タカラへ
急ぎの報告がある。
マリウスの動きが本格化した。
以下、王都で起きていることをまとめる。
①銀環の魔導士の件
フロストの街で捕縛した銀環の魔導士について、セルディス団長が調査を開始した。
銀環の背後にマリウスの弟子筋の魔導士がいたことが判明した。
セルディス団長がマリウスに直接問いただしたところ、
マリウスは「弟子が独断で動いた。私は関知していない」と回答した。
②セルディス団長の判断
セルディス団長はマリウスの弁明を完全には信じていない。
だが、マリウスの宮廷での立場が強すぎて、現時点では処罰できない。
マリウスは宮廷魔導士の筆頭であり、王への影響力が大きい。
セルディス団長ですら、正面からは潰せない。
③マリウスの反撃
マリウスが先手を打った。
王に対して「パカラ村の功績報告」を上奏した。
内容は——タカラたちが三基の塔を解放した功績を称え、
タカラを王都に招いて「正式な褒賞」を与えるべきだ、という提案だ。
表向きは友好的だ。だが、裏の意図がある。
マリウスはタカラを王都に呼んで、自分の管理下に置こうとしている。
「褒賞」と言いながら、実際にはタカラの行動を監視・制御する体制を作りたいのだろう。
④王の反応
王はマリウスの提案に前向きだ。
「三基の塔を解放した英雄を、褒めないわけにはいかない」という理屈で。
セルディス団長が反対意見を出したが、宮廷の多数派はマリウス寄りだ。
⑤俺の判断
タカラ、王都に来ないほうがいい。
マリウスの罠だ。
王都に入ったら、マリウスの支配圏に入ることになる。
宮廷魔導士の筆頭に、「招待」という形で呼ばれたら、断りにくい。
行けば、自由を失う可能性がある。
だが——断れば、王国との関係が悪化する。
「褒賞を断った」となれば、王への不敬と受け取られる。
どちらを選んでも、マリウスの思惑通りだ。
セルディス団長は、こっそり俺に伝言を寄こした。
「タカラに選ばせろ。俺は、どちらの選択でも支える」と。
以上、判断を待つ。
レイス』
◇
手紙を読み終えた。
ガルドが眉を寄せた。
「マリウスのやつ、回り込んできやがったな」
〝表向きは褒賞、裏は監視か〟
「行っても行かなくてもマリウスの思い通り……嫌な策を練るやつだな」
レグナが腕を組んだ。
「知略の敵は厄介だな。武人の我には、対処が難しい」
ガウルが鼻を鳴らした。
「ガウ。マリウスの匂い、思い出す。にこにこしてるけど、冷たい匂いだった」
博士が収納の中から言った。
『マリウスという男について、知の王の知識では——宮廷魔導士としての能力はAランク以上。政治的手腕はそれ以上。魔導士としてよりも政治家としての方が危険な人物だ。正面から潰すのは難しいが、弱点がないわけではない』
〝弱点?〟
『この手の知略型の人間は、自分の計画が崩されることを最も嫌う。想定外の行動を取られると、立て直しに時間がかかる。計画通りに動く相手は御しやすいが、計画外の動きをする相手には弱い』
想定外の行動。
マリウスの想定は二つだ。
①タカラが王都に来る→監視体制に組み込む
②タカラが来ない→王国との関係を悪化させる
このどちらかしか、マリウスは想定していない。
なら——第三の選択肢を作ればいい。
パカッ。
〝ガルド、一つ思いついた〟
「お、なんだ」
〝王都に行く ただし褒賞を受けに行くんじゃなくて、マリウスを直接問いただしに行く〟
「直接?」
〝セルディスの前で、マリウスに〝おまえの弟子が子供を攫ってたぞ〟って言う 証拠付きで〟
ガルドが目を見開いた。
「……公開弾劾か」
〝褒賞の場で、英雄が宮廷魔導士の犯罪を告発する マリウスが予想してない第三の選択肢だ〟
ガルドがにやっと笑った。
「おまえ、戦闘じゃなくて政治で戦うのか」
〝知の王に教わったんだ 〝知とは蓋を開けること〟 マリウスの蓋も開けてやる〟
『見事な応用だ。知の王も喜ぶだろう』
博士が感心してる。
レグナが言った。
「証拠は?」
〝ある 銀環の魔導士の自白がある 静寂獣の査定結果に「改造者:宮廷魔導士派」と出てた 知の王の意識の断片を引き抜いた手口も、博士が証言できる〟
『私が証言するのか。知の王の断片として、証言の信頼性は——まあ、あるだろう』
博士の証言。知の王の意識体が、マリウス派の犯罪を証言する。
宮廷魔導士の筆頭 vs 魔王の知性体。
どっちが信用されるか——賭けだけど、セルディスが味方につくなら、いけるかもしれない。
「タカラ」
チョンが横で聞いてた。
「マリウスって、悪い人なの?」
〝……悪い人かどうかは、わからない でも、子供を犠牲にしようとした人だ〟
「じゃあ、やっぱり悪い人だよ」
チョン、ストレートだな。
〝そうだな チョンの言う通りかもしれない〟
「タカラ、俺も一緒に行く。王都に」
〝王都?〟
「だって、子供を攫ってた人を告発するんでしょ? 俺、攫われた子を助けた側だよ? 俺も証人になれる」
……こいつ、時々すごいことを言うな。
チョンが証人として王都に行く。攫われた子供たちを助けた当事者の一人として。
子供の証言は感情に訴える。宮廷の人間たちが、子供の訴えを無視できるか?
〝チョン、ついてくるか〟
「うん!」
パカッ。
◇
レイスに返書を書いた。ガルドの代筆で。
『レイスへ
王都に行く。
ただし、褒賞を受けに行くのではない。
マリウスを告発しに行く。
証拠は揃っている。
銀環の自白、静寂獣の改造記録、知の王の断片の証言。
セルディス団長の前で、全てを開示する。
王都に着いたら連絡する。
それまで、身を隠しておいてくれ。
タカラ(ガルド代筆)』
手紙を、ドルトンに託す。ギルドの急使で王都まで届けてもらう。
「了解。三日で届くだろう」
〝頼む〟
◇
フロストの街を出発した。
王都に向かう。
メンバーは——俺、ガルド、レグナ、リーリア、アイ、チョン。ガウルも。
ナギは砂漠にいる。ドレイクも砂漠にいる。
砂蛇族、砂帝蠍、砂鬼将、蠍道士も砂漠。
パカラ村にはサガ、グリン、グラドル、レイスの留守番組。
俺たちの陣営は——でかくなった。
各地に拠点がある。各地に仲間がいる。各地の情報が俺の蓋裏に集まる。
でも、王都の政治は別の戦場だ。
剣も拳も蒼炎も銀牙も、宮廷では使えない。
使えるのは——言葉と、証拠と、信頼。
それでいい。俺は宝箱だから、中身で勝負する。
パカッ。
王都へ向かう。
マリウスの蓋を——開けに。
◇
道中。
ガルドが隣を歩きながら言った。
「タカラ、おまえさ」
〝なんだ〟
「この旅始めてから、ずっと蓋を開け続けてるな」
〝まあな〟
「塔の蓋、魔王の心の蓋、仲間の封印の蓋、砂帝蠍の残響の蓋、街の事件の蓋、知の王の図書館の蓋——で、今度はマリウスの蓋か」
〝蓋ばっかだな〟
「おまえの人生、蓋だらけだな」
〝宝箱だからな〟
ガルドが笑った。
「まあ、そうだけどさ。蓋を開けるのが仕事の宝箱って、なかなかいないぞ」
〝いないだろうな〟
パカパカ。
「それと——」
ガルドが急に真面目な顔をした。
「王都でマリウスと戦うなら、俺たちは全力で支えるからな。政治の戦いは慣れないけど、おまえの後ろにはいつもいる」
〝ああ〟
パカッ。
〝ありがとな〟
「なに照れてんだ、宝箱が」
〝照れてない〟
「パカパカの速度が上がったぞ。照れてるだろ」
〝……うるさい〟
◇
【次回】王都に到着する。セルディスとの再会。そして——マリウスとの対決。




