第70話「知の王はおしゃべりだった」
教会から宿に戻ってきた。
深夜だ。雪は止んでない。窓の外で、ちらちら降り続けてる。
ガルドが伸びをした。
「やー、疲れた。久々の戦闘だった」
〝ガルドは収納に入ってる時間が長いだけで、戦闘自体は短かったぞ〟
「箱の中、暇なんだよ。動いてないから疲れる」
〝矛盾してないか〟
「してねえよ。動かないと体力使うんだよ」
言い分のあるホブゴブリンだ。
チョンがベッドにぼふんと座った。
「タカラ、あの女の子たち、家に帰れるって!」
〝そうか よかったな〟
「うん! 俺、もしまた攫われたら、また助けに行く!」
チョンの目がきらきらしてる。
……この子、正義感が育ってるな。レグナの稽古は、技術だけじゃなくて心も育ててるのかもしれない。
リーリアがアイをぷるんと撫でた。
「タカラ。収納の中の意識体、これからどうします?」
〝そこなんだよな〟
俺の中に、知の王の意識の断片が入ってる。
マリウス派から取り戻したけど、これをどうするか。
破壊する? いや、本体に返したい。
でも、塔に到達するまでは、この欠片はどう扱う?
「タカラ、収納の中で、その意識と話せるって書いてあったよね」
〝書いてた〟
「話してみる?」
……話す。
知の王と。
いや、その断片と。
パカッ。
〝試してみるか〟
◇
ベッドに置かれた俺の蓋裏に集中する。
収納の中の意識の断片に、こっちから語りかける。
〝聞こえるか?〟
しばらく、無音。
返事がないか——
『……返事は、できる』
声がした。頭の中に直接、響いた。
冷静な男の声。深い。年齢を感じさせる落ち着き。
『私は、知の王の意識の一部だ。あの男たちに切り離されて、この水晶——いや、今は宝箱の中、か。状況は把握している』
〝……話せるんだな〟
『話すことしかできない、この姿では。体はないからな』
知の王の意識の断片。
声に、不思議な余裕がある。マリウス派に切り離されて閉じ込められてたはずなのに——いや、こいつにとってはどこにいようと変わらないのかもしれない。
〝俺はタカラ 蓋を開ける者って呼ばれてる〟
『ああ、知っている。私もすぐに気づいた。あなたは、世界の塔を一基ずつ解いている宝箱だ』
〝知ってたのか〟
『マリウス派の会話を、ずっと聞いていたからな。あの男たちは、あなたのことをよく話していた。〝厄介な宝箱〟、〝計画の障害〟、と』
知の王、もう俺たちの情報を持ってる。
『なお、私は知の王の意識の一部だが、本体ではない。本体は、まだ氷壁の頂にいる』
〝本体と繋がってるのか〟
『繋がりは——薄い。マリウス派が私を引き抜く際に、ほぼ切断した。だが完全には切れていない。本体は、私が引き抜かれたことを認識していると思う』
〝じゃあ本体は怒ってるかもな〟
『私が引き抜かれた状況によるな。私が苦しんでいるなら、本体は怒るだろう』
〝苦しんでるのか〟
『今は、苦しんでいない。あなたの収納は……静かで、暖かい』
…………。
なんか、こいつ素直だな。
戦の王みたいな武人の雰囲気じゃなく、もっと——学者みたいな、穏やかな感じ。
◇
『質問があれば、答えよう』
知の王の断片が言った。
『私は知の王の意識の一部だ。知の王が知り得たことの——三割程度は、私にもある』
〝三割か〟
『七割は本体にある。だが、三割でも、人間の賢者数十人分の知識量だ』
……バケモノみたいな知性体だな、そっち。
俺は質問することにした。
〝氷山の塔について教えてくれ〟
『塔の構造は、第一、第二の塔と異なる。第二の塔は闘技場型——〝武〟の試練を七階層に並べた構造だった』
〝そうだったな〟
『第三の塔——氷壁の塔は、〝迷路型〟だ。建物そのものが迷路になっている。塔の中に、無数の通路が張り巡らされ、複数の選択肢が用意されている』
迷路。
『そして、各分岐点で、〝問い〟が出される。問いに正しく答えれば、正しい通路に進める。間違えば、行き止まりか、罠の道へ』
〝知の試練か〟
『そう。塔そのものが、巨大な試験会場と思えばいい』
……それは厄介だ。
頭脳戦の連続。戦闘で突破はできない。
〝マリウス派が子供を欲しがってた理由は〟
『子供の方が、私の問いに答える適性が高いからだ』
〝なんで〟
『〝純粋な知性〟。先入観や固定観念がない。私の問いは、論理だけでなく、想像力や柔軟性も問う。大人の魔導士は、知識はあっても、柔らかさを失っている』
〝なるほど〟
『マリウス派は、適性の高い子供を選別して、塔の試練を解かせ、知の王の本体に到達させる計画だった』
〝そして本体と融合させて、知識を盗む〟
『そうだ』
子供の犠牲を前提とした計画。
〝なんでこんな話を、おまえは普通に教えてくれるんだ〟
『私はマリウス派ではない。数週間前に、塔の封印の隙を突かれて引き抜かれた被害者だ。あなたが救出してくれた以上、あなたに敵意を持つ理由はない』
〝敵意を持たないだけか〟
『……それと』
断片が、少し声を緩めた。
『あなたは、私を破壊することもできたはずだ。だが、収納で保護した。それは——本体に返すつもりだと推測する』
〝そのつもりだ〟
『ならば、私はあなたに協力する。本体に再会したい、と私が望むなら』
〝望むのか〟
『……望む』
断片の声に、初めて感情らしきものが混じった。
『私は知の王の一部だ。本体に戻ることが、私の本来の姿だ』
◇
『さて。氷壁の塔への道について、より詳しく話そう』
断片が、講義モードに入った。
『塔の入り口は、氷壁の頂の、ちょうど中腹にある』
〝山の頂上じゃないのか〟
『〝頂〟というのは山の名前だ。塔そのものは、山の中腹に建っている。麓から登れば、三日で到達できる』
〝魔物は〟
『山の麓から塔までの間に、複数の魔物が棲息している。氷狼、氷牙熊、雪の魔人——どれも、本来は山の上部にしかいない。だが封印が弱まり、麓まで下りてきている』
ギルド支部長が言ってた通りだ。
〝対策は〟
『氷狼は群れで動く。リーダーを倒せば散る。氷牙熊は単独行動だが、雪の中での隠密能力が高い。雪の魔人は——』
断片が、少し言葉を選んだ。
『雪の魔人は、注意が必要だ。元は人間の魂が、雪山で凍り付いて魔物化したものだ。知性は失っているが、生前の戦闘技術は残っている。Aランク以上の冒険者の魂が魔人化したものは——強い』
……雪山の魔物、けっこう厄介だな。
〝塔そのものの守りは〟
『塔は、知の王本体の意志で動いている。だが、知の王本体は……すでに、ある程度、達観している』
〝達観?〟
『八百年の眠りの中で、私の本体は——〝もう、外に出る必要はない〟と結論づけた』
…………。
〝出る必要がない、ってどういうことだ〟
『八百年前、知の王は知識を蓄積するために動いた。様々な国を訪れ、書物を読み、賢者と語り、知識を集めた。だが封印された後——書物も賢者も国もない、知の王の脳内だけで、知識は無限に展開した』
『閉じた空間で、知の王の知性は、自己内で完結した。もう、外界の情報を必要としていない』
……それは。
知の王にとって、塔は牢獄じゃなくなった。むしろ、最高の書斎になった。
〝じゃあ、塔から出たがってないのか〟
『出たがってはいない。だが、〝挑戦者と語り合うこと〟には興味がある』
〝挑戦者〟
『塔の試練を突破した者と、対話したいと思っている。知の王にとって、対話は最高の楽しみだ。八百年で、対等に語り合える相手は——一人もいなかった』
……。
戦の王と、ある意味、似てる。
戦の王は「強き者と語り合いたい」と願って、誰も理解しなかった。
知の王は「知性ある者と語り合いたい」と思っているが、対等な相手がいない。
みんな、孤独な魔王だな。
〝じゃあ、俺たちが行ったら、知の王は喜ぶのか〟
『喜ぶだろう。マリウス派のような〝盗む〟者ではなく、純粋に〝語り合う〟ために来た者なら』
『ただし——』
断片が、声を低くした。
『知の王本体は、私が引き抜かれたことに、不快感を持っているはずだ。あなたが私を本体に返せば、知の王の機嫌は良くなる。逆に、私の解放が失敗すれば、知の王は塔の試練を厳しくするかもしれない』
〝持ち帰ろうとは思ってるよ〟
『助かる』
断片が、少し笑った気がした。声しかないけど、温度で分かった。
◇
外がだいぶ明るくなってきた。夜明けだ。
俺は——一晩中、知の王の断片と話してた。
ガルドが目を覚ました。
「あー、もう朝か。タカラ、起きてた?」
〝寝てない〟
「は?」
〝知の王の断片と話してた〟
「マジか」
ガルドが起き上がった。
「で、どんな奴だった、その断片」
〝おしゃべりだった〟
「……えっ」
〝めちゃくちゃ博識で、めちゃくちゃおしゃべりだった 質問したら全部答えてくれた〟
「魔王の意識の断片が? おしゃべり?」
〝そう〟
ガルドが頭をかいた。
「魔王のイメージが崩れていく……」
……まあ、戦の王の時から、魔王のイメージは崩れてた気もする。あいつも、最後は笑顔だった。
チョンが起き上がった。寝ぼけ眼。
「タカラ……話、終わった?」
〝終わった〟
「知の王、どんな人だった?」
〝学者みたいな人だった〟
「学者? 大学の先生みたいな?」
〝俺たちに大学はないけど、たぶんそういう感じだ〟
「タカラ、博士って呼んでもいい?」
〝俺じゃなくて、収納の中の人だぞ〟
「あ、そっか」
チョンが目を擦った。
「博士、よろしくお願いします」
収納の中で、断片が小さく笑った気がした。
『……博士、か。悪くない呼び名だな』
……知の王の断片、博士って呼ばれて嬉しそうにしてる。
マジで学者気質だな、こいつ。
◇
その日の昼。
ギルド支部長に、報告に行った。
マリウス派の本拠地を制圧したこと、銀環の魔導士を捕えたこと、知の王の意識の断片を保護したこと——一部だけ伝えた。
「タカラさん、見事だな」
支部長が、目を見開いた。
「マリウス派の実働部隊を捕えるなど、王国の聖騎士団でもできなかった偉業だ」
〝聖騎士団は、マリウス派と内部対立してるから動けないだけだ〟
「……それもそうだな。セルディス団長の名で報告書を上げよう。マリウス本人への追及材料になる」
そして、子供たちは——
「皆、家に帰った。両親と再会した時、泣いて喜んでいた」
〝それは何より〟
「タカラさん、あんたは——本当に、街を救った」
〝礼はいい〟
パカッ。
俺がやることをやっただけだ。
でも——子供たちが家に帰れて、両親が泣いて喜んだ。それは、いいことだ。
◇
夜。
明日、ついに氷壁の山に出発する。
装備の最終確認をしながら、知の王の断片と、また話してた。
『あなたの仲間について、一つ気になっていることがある』
〝なんだ〟
『骸骨——蒼炎の将軍と呼んでいたな。彼の魂は、いくつかの欠片に分かれている』
〝ああ〟
『私の認識では、彼の魂の欠片の一つが、氷壁の頂にもある』
〝マジか〟
『マジだ。塔の中の、ある階層に封じられている』
……マジだったか。
第二の塔と同じだ。レグナの魂の欠片が、第三の塔にも分散してる。
〝なら、塔に入る時に、回収する〟
『そうした方がいい。彼が完全な蒼炎将軍に戻れば、雪山でのハンデも軽減できる』
知の王の断片、レグナの蒼炎が雪山で弱体化するのも、把握してるな。
博学なやつだ。本当に。
〝助かるよ、博士〟
『…………』
断片が、しばらく沈黙した。
『私を、博士と呼ぶか』
〝チョンが言ってたろ〟
『あの子供の言葉だが、悪くない呼び方だ。……気に入った』
知の王の断片、博士になった。
パカッ。
◇
明日、雪山に向かう。
収納の中の博士と、麓の魔物と、塔の迷路と、知の王本体と。
いろんな知性が待ち受けてる。
武の戦いの後は、知の戦いだ。
……俺、頭よかったかな。冒険者時代、戦術眼はあったけど、純粋な頭脳戦って、得意分野じゃない。
『心配するな』
博士が言った。
『私が、収納の中からヒントを出せる。完全には介入できないが、ヒントなら』
〝助かる〟
『協力する。あなたが私を本体に返してくれるなら——私もあなたを助ける』
パカッ。
知の王の断片を、味方につけた。
知性体の魔王と、対話で渡り合う旅。
……第二の塔とは、まるで違う旅になるな。
◇
【次回】出発の朝、フロストの街を出る。氷壁の頂、山の麓へ。雪山の魔物が、迎えに来る。




