第69話「神殿の蓋を開ける」
雪の街の北。
教会が見えてきた。白い石造りの建物。屋根に雪が積もってる。鐘楼があって、十字架みたいな印が立ってる。
でも——
ガウルが立ち止まった。
「ガウ。タカラ。匂いの濃さが、ここからとんでもなく強い。教会の地下から、噴き出してる」
〝地下〟
「うん。教会の中じゃない。下だ。だいぶ深い」
教会の地下。
表向きは普通の宗教施設。でも、地下に別の何かがある。
俺は仲間を見回した。
〝チョンとリーリアは、教会の表で待機〟
「えっ、僕も?」
チョンが不満そうな顔をした。
〝地下に何があるか分からない 危険すぎる〟
「うー、わかった……。表で見張ってる」
「私もアイと一緒に、外の偵察役を引き受けます」
リーリアが頷いた。アイがリーリアの肩でぷるんと震えた。
〝俺とガルドとレグナとガウルで地下に入る〟
「了解」
「うむ」
「ガウ」
チョンが俺の蓋に手を置いた。
「タカラ、絶対戻ってきてね」
〝戻る 約束だ〟
パカッ。
その手紙、まだ収納に大事にしまってあるから、俺は絶対に戻る。
◇
教会の正面扉に近づいた。
扉は閉まってる。鍵もかかってる。深夜だから、当然か。
俺は——〝空間収納〟で扉の鍵を抜いた。
ぱきっ。扉が開く。
中に入る。
教会の中——本堂は、誰もいなかった。
白い柱が並んでる。奥に祭壇がある。ろうそくが何本か燃えてる。誰かが直近まで、ここを管理してた感じ。
でも、信者はいない。神父もいない。
……表向きは活動してるはずなのに、人がいないな。
「ガウ。地下への入口、祭壇の後ろだ」
ガウルが匂いを嗅いだ。
祭壇の裏に回る。床に——金属の蓋がある。
地下への入口。
俺はまた〝空間収納〟で蓋の鍵を抜いた。
蓋が浮いた。
下に——階段が伸びてる。深い。
ガルドが息を吐いた。
「いかにも何かありそうな入口だな」
〝行くぞ〟
俺は蓋を開けたまま、階段の上に立った。
ズズズで階段を下りる。階段、ズズズで下りるの、地味に難しい。一段ずつがたんがたん。
「タカラ、後ろから持ち上げて運ぼうか?」
ガルドが声をかけてきた。
〝それはやめて〟
「なんで」
〝箱を持って歩く絵面、嫌だ〟
「自尊心の問題か」
〝そうだ〟
パカッ。
俺は宝箱だ。自分で動く。持ち運ばれる宝箱には、なりたくない。
◇
階段を下りきった。
地下——広い。
石造りの広間。天井が高い。壁には魔法のランプが等間隔に並んでて、青白い光で照らしてる。
そして——
部屋の中央に、巨大な魔法陣。
黒い石の床に、白い光で描かれた幾何学模様。十メートル四方くらい。
魔法陣の中央に——透明な水晶柱。人間の身長くらいの高さの、長方形の水晶。
水晶の中に、何かが封じられてる。
黒い影。
影が、ぼんやりと人型をしてる。
ガウルが目を細めた。
「ガウ。魔法の匂いの源、あれだ」
〝査定〟を水晶に向ける。
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〝査定〟
対象:知の王の意識体・断片
状態:抽出された意識の一部
起源:氷壁の頂
* 知の王本体ではない
* 本体から意識の一部を引き抜いた
〝断片〟である
* マリウス派が抽出に成功した模様
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…………。
知の王。
あの山の塔に封じられてる魔王の——意識の一部。
マリウス派が、抽出してた。
〝マジか〟
ガルドが水晶を見上げた。
「タカラ、これ何だよ」
〝知の王の意識の欠片〟
「ふた、マジで?」
〝マジだ マリウス派が、塔に封じられた魔王の意識の一部を、抜き出して、ここに保管してる〟
「なんでだよ」
〝知識のためだろ 知の王は知識の塊だ その知識を盗もうとしてる〟
……これは、第二の塔の戦の王の時とは、別の戦いになる。
マリウス派は、塔の魔王を「浄化する」のではなく「利用する」つもりだ。
知の王から知識を盗み、その知識で王国の力を増す。あるいは、自分たちの政敵を倒す。
知識の私有化。それも、魔王の魂を切り刻んで。
◇
奥から、声が聞こえてきた。
「あれ、誰だ? ここに入ってきた——」
地下の奥、別の部屋から、人影が出てきた。
ローブの男。フードを下ろしてる。三十代くらい。冷たい目つき。
〝査定〟を当てた。
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〝査定〟
対象:銀環
総合戦力:A+
種族:人間(魔導士)
* マリウス派・実働部隊
* 「銀環の魔導士」と呼ばれる
* 知の王の意識抽出の主担当
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マリウス派の実働部隊。Aランク上位の魔導士。
〝銀環〟、と呼ばれてる。
銀環の魔導士が、俺たちを見た。
目つきが——表情を全く変えなかった。怒りも、驚きも、警戒すらない。ただ、機械みたいに、現状を分析してる目。
「侵入者か。……ふむ。宝箱、ホブゴブリン、骸骨、ウォーウルフ」
銀環が腕を組んだ。
「全員、見たことのない構成だ。誰の差し金で来た?」
〝差し金もクソもない 子供を攫った犯人を追ってきただけだ〟
「ああ、あの倉庫の件か。あれは下調べに過ぎん。気にするな」
あっさり認めた。
〝気にするなって、誘拐を?〟
「誘拐ではない。あの子供たちは——選別だ。〝知の王の塔〟に入るための、適性検査の被験者だった」
被験者。
〝塔に子供を使う気か〟
「使う、ではない。〝選ぶ〟だ。子供たちの中から、特に高い適性を持つ者を選別する。選ばれた子供は、知の王の塔に入る鍵となる」
〝何の鍵だ〟
「塔の最深部に至るには、〝純粋で柔らかい知性〟が必要だ。大人の魔導士では届かない。子供の知性が必要なのだ」
……知の王の塔は、子供の知性を必要とする。
マリウス派は、塔に入るために、街の子供を集めて、適性のある子供を選別してた。
俺の中で、怒りが沸いた。
〝で、選ばれた子供はどうなる〟
「塔の最深部で、知の王の意識と融合する。完了すれば、子供は知の王の知識を引き継ぎ、我らに教える」
〝子供はどうなるんだ〟
「……ふむ。生きてはいないだろうな」
…………。
パカッ。
パカッ、パカッ、パカッ。
怒りで蓋が震えた。
子供を犠牲にして、魔王の知識を盗む。
マリウス派——いや、銀環の魔導士、こいつは。
ガルドの声が低くなった。
「タカラ、こいつ、もういいか?」
ガルドが拳を握った。
俺は——〝武装擬態〟を発動した。
外蓋、剣。左蓋、槍。右蓋、斧。背面蓋、鎖鎌。上面内蓋、盾。
五枚の蓋が、五つの武器に。
〝こいつ、潰す〟
◇
銀環の魔導士が、軽くため息をついた。
「武力で来るか。賢明ではないな」
銀環が両手を広げた。
地下の広間に——光の魔法陣が、いくつも浮かんだ。
壁、床、天井、四方八方。八つの魔法陣。
「氷の地下迷宮よ、応えよ。〝凍刻紋〟」
八つの魔法陣から、それぞれ——氷の刃が射出された。
四方八方から、俺たち四人に向かって。
速い。
ガルドが両腕で受けた。
「〝覇受〟!」
ガルドの腕が、闘気で氷の刃を受ける。砕いた。
レグナが——蒼い炎で受ける——
が、湿度で炎が弱くなってる。氷の刃が、レグナの蒼炎を貫いてしまった。
「ぐっ——」
レグナの胸の鎧に氷の刃が刺さった。鎧で止まったけど、深く食い込んでる。
……雪山の地下で蒼炎が弱体化してる。レグナ、ハンデがある。
ガウルは——銀牙疾走で氷の刃を全部かわした。
「ガウ。雪山なら、俺の独壇場だ!」
ガウル、得意げ。
俺は——五枚の蓋で、それぞれの氷の刃を受け止めた。武装擬態の武器が、氷の刃を弾く。
銀環が次の魔法を詠唱した。
「〝凍解結界〟」
地下広間の温度が——一気に下がった。
息が白い。床が凍り始める。
寒さを感じない俺はいいけど——ガルドとガウルとレグナは寒さで動きが鈍る。リーリアたちが外にいて良かった。中だったらもっとやばかった。
〝あいつの本命は、距離を取って魔法で攻める戦法か〟
銀環の戦闘スタイルが見えた。
距離を取って、複数の魔法で範囲攻撃。接近されたら困るタイプ。
ならば——
俺はズズズで一気に銀環に突っ込んだ。
超高速ズズズ。
銀環が眉を上げた。
「速い——!」
外蓋(剣)が銀環の胸に振り下ろされる。
銀環が魔法障壁を張った。透明な壁。
俺の剣が——障壁にぶつかった。
ガンッ!
障壁が震えた。でも、突き抜けない。Aランク上位の魔導士の障壁、固い。
でも——剣が囮。
俺の左蓋(槍)が、銀環の足元の地面を突いた。
石の床にひびが入った。
銀環の足元が崩れた。バランスが乱れる。
その瞬間に——右蓋(斧)を、銀環の脇腹に。
障壁の集中が乱れてる隙に、斧が障壁を破った。
銀環の脇腹に斧が掠めた。深く入らない。でも、血が出た。
「ぐっ——」
銀環が後ろに飛んだ。距離を取ろうとする。
でも——
背面蓋(鎖鎌)の鎖が、銀環の足首に絡んだ。
銀環が動けない。
「くそ——!」
ガルドが正面から走り込んだ。
「〝真覇拳〟!」
ガルドの全力の一撃が、銀環の腹に。
ドゴォォォォンッッ!
銀環が壁まで吹き飛んだ。背中から壁にぶつかって、ずるずると床に落ちた。
動かなくなった。気絶。
◇
銀環をロープで縛った。生かしてある。情報を吐かせるためだ。
ガルドが息を吐いた。
「あいつ、Aランク上位だったろ。あっさり倒したな」
〝五人で囲んだからな でも一人で挑んでたら、たぶん負けてた〟
俺は水晶柱を見上げた。
知の王の意識の欠片が、まだ封じられてる。
……これ、どうすべきだ。
壊すか? マリウス派が利用してる魔王の意識を、ここで消すか?
でも——意識の欠片を消したら、知の王の本体がどうなる? 影響があるかもしれない。
俺は蓋裏で〝査定〟を続けた。
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〝知の王の意識・断片〟
状態:抽出後、ここに保管
知の王の本体との繋がり:弱い
(抽出時に切り離された)
* 断片を解放しても本体への影響なし
* ただし放置すれば
マリウス派に再び利用される
* 〝収納〟で保護することが可能
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〝収納〟で保護できる。
俺は——上面の蓋を、水晶柱に向けた。
〝空間収納〟。
水晶柱ごと、断片を収納した。
地下広間の中央が、空っぽになった。マリウス派の魔法陣だけが、無意味に床に残ってる。
俺の収納に——知の王の意識の欠片が、入った。
ガルドが目を見開いた。
「水晶ごと収納したのかよ」
〝そうだ〟
「タカラ、おまえの収納、デカすぎだろ」
〝パンドラボックスの収納だぞ〟
パカッ。
パンドラの本領発揮だ。
知の王の意識の欠片を、マリウス派から取り戻した。
……でも、これからどうする?
いずれ、本物の知の王に会いに行く。その時、この欠片を——返してやるべきなのかもしれない。本体に。
本体と欠片が再会したら、知の王はもっと自分を取り戻せるかもしれない。
でも、それは塔に行ってから考えよう。
今は、ここを終わらせる。
◇
銀環の魔導士は、ギルドに引き渡した。支部長が驚いた顔をしたけど、預かってくれる。
「マリウス派の実働部隊か……。これは、王国の問題になるな」
支部長が眉を寄せた。
「セルディス団長に報告する。マリウス本人にも追及が及ぶ可能性がある」
〝それでいい〟
「タカラさん、礼を言う。街の子供を救ってくれた」
〝礼はいい 俺はやることをやっただけだ〟
外に出ると、リーリアとチョンとアイが、教会の外で待ってた。
「タカラ! 無事だった!」
チョンが駆け寄ってきた。
〝無事だ〟
「中、どうだったの?」
〝マリウス派の本拠地だった 倒してきた〟
「すげえ!」
チョンが俺の蓋をぺたぺた触った。
冷たくないか、宝箱の表面。雪降ってるから霜降りてるはずなのに——あ、霜は払ってある。チョンが直接触れるように。
「タカラ、これ何?」
チョンが俺の蓋裏を指差した。
新しい表示が出てた。
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* 知の王の意識・断片を収納
取得可能な知識:
・氷壁の頂・周辺地形
・氷山の魔物の生態
・知の王本体の所在
・知の王との対話のヒント
* 収納内で意識と対話することで
知識を取得できます
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……これ、便利だな。
知の王の意識の欠片を収納に入れてるから、その欠片と対話することで、知の王の知識の一部を得られる。
マリウス派が欲しがってた知識を、こっちが先に手に入れる形だ。
パカッ。
……これも、いい蓋の開け方だな。
パカパカ。
◇
【次回】収納の中で、知の王の意識の欠片と対話する。氷山の真実が、明らかになっていく。




