第68話「雪夜の倉庫」
倉庫の影に身を潜める。
雪が降ってる。足音が雪に吸われて消える。これは助かる。
ガウルが匂いを嗅ぎ直した。
「ガウ。中の構成、分かってきた。大人の人間が三人、子供が四人。それと——魔物が一匹」
〝魔物?〟
「人間じゃないやつだ。種類は分からないけど、人間と一緒にいる。雇われてるか、操られてるか」
使役獣的な魔物が一匹。
俺はリーリアと、収納の中のガルドに話しかけた。
〝作戦だ 倉庫の入口に俺と擬態のリーリアが行く ガウルとレグナは裏口に〟
「ガウ。了解」
「うむ」
〝中の魔物の正体を確認しつつ、子供を救出する〟
『俺はどうする』
ガルドが収納の中から尋ねた。
〝中に飛び込む時に出す 奇襲要員だ〟
『了解』
チョンも収納にいる。
『俺は?』
〝中で待機 戦闘になったら危ないから〟
『はーい』
チョン、素直だ。「俺も戦う!」って言わなかった。レグナの稽古で、自分の実力をちゃんと理解できるようになったらしい。
偉いな、十歳のホブゴブリン。
◇
倉庫の正面扉。
俺は擬態を解いて、宝箱の姿に戻った。閉鎖空間で戦うなら、人間の姿より宝箱の方が便利だ。
リーリアが扉に手を伸ばす。鍵がかかってる。
「タカラ、鍵が」
〝こうしよう〟
俺は上面の蓋を、扉の取っ手に近づけた。
〝空間収納〟。
扉の鍵の部分だけを、収納で抜き取った。
ぱきっ、と扉が軽く開いた。
「すごい、鍵を抜けるんだ」
〝部分的に物を収納できる〟
俺たちは静かに扉を開けた。
中は——薄暗い。
ろうそくの灯りが一つ、倉庫の中央にある。その周りに、三人の人影。フードをかぶった男たち。
奥の壁際に、四人の子供。鎖で繋がれてる。
子供たちが、こっちを見た。
怖がってる顔。でも、声を上げない。声が出ないように——
ガウルの匂い嗅ぎが当たってた。「魔物が一匹」。
子供たちの後ろの暗がりに、それがいた。
六本足の獣。背中の毛が灰色で、目が黒い。狼の体に、何かを混ぜたような獣。サイズは大型犬くらい。
〝査定〟を使った。
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〝査定〟
対象:静寂獣
総合戦力:B+
種族:人工魔物
* 周囲の音と声を吸収する魔物
* 元は別種の魔物を改造したもの
* 改造者:宮廷魔導士派
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静寂獣。
周囲の音を吸収する。だから子供たちが声を上げられない。叫び声が外に届かない。
そして——「改造者:宮廷魔導士派」。
マリウスの派閥が、魔物を改造して使ってる。
……これは、もう確定だ。
マリウスの周辺が、街で人さらいをしてる。
◇
俺は蓋文字をリーリアに見せた。
〝あの獣を最初に潰す 音が戻れば、子供を解放できる〟
リーリアが頷いた。
俺は——ズズズで一気に倉庫の中に滑り込んだ。
倉庫の中の三人のフード男が、こっちを向いた。
「!?」
声は出てない。静寂獣の効果で、男たちの叫び声も吸収されてる。皮肉な仕様だな。
俺は静寂獣に向かってズズズ。
左の蓋——〝フロストエッジ〟!
……あ、雪山だから氷属性は効きにくいか? いや、今は屋内だ。普通に効くだろう。
氷の刃が静寂獣の前足に直撃。
静寂獣が体を捻って、避けた——けど、避けきれずに前足の毛が凍った。
動きが鈍る。
俺の右の蓋——蔦射出。静寂獣の首に絡ませる。
獣が首を振って蔦を弾こうとする。でも、絡んだ蔦は離れない。
その隙に——上面の蓋から〝アローレイン〟!
今は屋内、静寂獣一匹を狙うだけだから、規模を絞った。光の矢が二十本くらい、静寂獣の頭上から降る。
静寂獣が両前足で頭を守った。でも、二十本の矢が体の他の部分に着弾する。
ドドドッ!
獣がよろめいた。倒れた。
戦闘不能。
獣が消えた瞬間——倉庫の中に、音が戻った。
「!? 何が起きた!?」
「敵だ!」
「子供を捕まえてる現場を見られた——殺せ!」
フード男たちが懐から短剣を抜いた。
遅い。
俺は背面の蓋から——ガルドを射出した。
ばこんっ!
収納からホブゴブリンが飛び出してきた。
「ヒャッハー! 久々の戦闘だぁ!」
ガルドが拳に闘気を込めた。
「〝覇拳〟!」
一人目のフード男の腹に、ガルドの拳。
ドゴッ!
男が倉庫の壁まで飛んだ。気絶。
残り二人。
二人目が短剣を構えた。俺の方に走ってきた。
俺は——〝武装擬態〟。
外蓋を、剣の形に変える。
二人目のフード男の短剣を、俺の剣(蓋)で受け止めた。
ガキィッ!
俺の剣に火花が散る。男が驚いた顔をした。
「箱が剣を……!?」
〝箱だけどな〟
俺は剣の蓋を強く払った。男の短剣が宙を舞った。
武器を失った男に、リーリアが小さい声で唱えた。
「〝巫女の祈り〟——浄化版」
リーリアの手から、淡い光が出た。
光が男に触れて——男が、ふらりと膝をついた。
「あ……あれ……? 俺、何を……?」
男の目が、急に正気に戻った。
……今までの目つきと違う。混乱してる。
〝リーリア、どうした〟
「この人、何かに操られてた。微弱な精神魔法。私の浄化で解いたの」
精神魔法で操られてた。マリウス派の手駒として。
じゃあ、こいつら本人は——犯人じゃない。
三人目のフード男も、ガルドが拳で気絶させた後、リーリアが浄化した。男たちが正気に戻って、頭を抱えてる。
「俺たち……何を……」
「子供を……攫ってた……?」
「なんでこんなこと……」
◇
ガウルとレグナが裏口から入ってきた。
「ガウ。終わったか」
〝終わった 子供たちを助ける〟
奥の子供たちのところに行った。鎖が四本。それぞれの子供の足首に。
俺は——
〝査定〟で鎖を見た。普通の鉄の鎖。封印魔法とかは付いてない。
じゃあ、普通に外せる。
〝空間収納〟。
鎖の繋ぎ目を、部分的に収納で抜き取った。
鎖が外れた。
四人の子供たち——男の子二人、女の子二人。年齢はチョンと同じくらい。
全員、怯えてる。声が出ない。静寂獣の効果が抜けきってないのか、それとも長期間声を出せなかった反動か。
リーリアがしゃがんで、一人の女の子に手を伸ばした。
「もう大丈夫だよ。怖いことは終わったから」
女の子の目から、涙がこぼれた。
声を出さずに、声を上げずに、ただ涙だけ。
四人とも、無事だ。怪我はしてない。でも、心がだいぶ削られてる。
……マリウス派、何のためにこんなことを?
チョンを収納から出した。すぽん。
「タカラ、終わった?」
〝終わった でも、この子たちが怖がってる〟
チョンが四人の子供を見た。同じくらいの年齢。
チョンが、女の子の前にしゃがんだ。
「俺、チョン。よろしく」
女の子がチョンを見た。
「タカラが助けてくれたんだよ。タカラ、宝箱だけど、強いんだ。だからもう大丈夫」
チョンが笑った。
女の子が、ちょっとだけ、笑った。
……チョン、子供同士の方が話しやすいか。
子供の言葉は、子供にしか通じない時もある。
パカッ。
◇
操られてた男たちを、ロープで縛った。リーリアの浄化で正気に戻ってるけど、念のためだ。
男のリーダー格に話しかけた。
〝おまえら、誰の指示で動いてた〟
「分からない……。気がついたら、〝子供を集めろ〟って指示が頭に響いて、街で子供を攫って、ここに運んで……」
「俺たち、本来は街の住人だ。仕事は——」
男たちが顔を見合わせた。
「俺、街の鍛冶屋だ」
「俺、雑貨屋の店主」
「俺、ギルドの受付の親父」
……街の人間か。
マリウス派が、街の住人を精神魔法で操って、子供を攫ってた。
犯人探しをしても、辿り着くのは「操られた住人」だ。本当の犯人——マリウス派は、別の場所にいる。
〝指示は誰から来てた?〟
「分からん……。声だけが頭に響いて、そのまま体が動いてた」
精神魔法の指示。誰からかは分からない。
でも——魔法の発信源を辿れば、犯人にたどり着けるかもしれない。
俺はガウルを見た。
〝ガウル この男たちから、マリウス系の魔法の匂いがするか〟
「ガウ。する。さっきの静寂獣と同じ匂いだ。それと、街に漂ってる微弱な匂いとも同じ」
匂いで魔法を辿れる。
〝じゃあ、街全体の魔法の発信源を探そう 犯人の居場所が分かるはずだ〟
「ガウ。任せろ。雪山の犬の鼻、なめんなよ」
ガウル、頼もしくなったな。
砂漠で鼻が効かなかった鬱憤を晴らすチャンスだ。
◇
倉庫の外に出た。
操られてた男たちは、リーリアの浄化と治療を受けながら、子供たちと一緒に街のギルドに連れて行くことにした。
ギルド支部長に事情を説明する。
「マリウス派が、街の住人を操って、子供を攫ってた」
支部長が眉を寄せた。
「子供を、攫って——何の目的だ?」
〝それがまだ分からない 調べる必要がある〟
支部長が、子供たちを見た。
四人の子供たちは、ギルドの受付の女性に毛布を巻かれて、暖炉のそばに座ってる。
「とにかく、助けてくれてありがとう。両親に連絡を取る。家族が泣いて喜ぶだろう」
〝俺たちは犯人を探す 街の中に潜伏してる〟
「分かった。俺もできる限り協力する」
ギルドが味方になった。
支部長は、最初から街の住人をマリウス派から守りたかったんだろう。ようやく動ける機会が来た。
〝あと、操られてた住人三人の保護も頼む 被害者でもある〟
「分かった。預かる」
ギルドを出た。
◇
雪の街の通り。
チョンが俺の隣を歩いてる。
「タカラ、あの女の子、最初すごく怖そうだったけど、笑ってくれた」
〝おまえが頑張ったからだ〟
「俺、ちょっとだけ役に立った?」
〝役に立った〟
「やった!」
チョンが嬉しそうにする。
……この子、ちゃんと旅で成長してる。
パカラ村の中だけじゃ得られない経験を、今、積んでる。
ガウルが鼻をひくひくさせてる。
「ガウ。タカラ、街の魔法の匂い、辿れそうだ」
〝場所は〟
「街の北の外れ。教会の方角だ」
教会。
……宗教施設に、マリウス派が潜伏してる?
それとも、教会そのものが何かの工作の対象になってる?
〝行くか〟
ガルドが拳を握った。
「いいぜ」
レグナが蒼い炎をちろっと灯した。
「決着をつけよう」
雪の街の北へ。
マリウス派の本拠地が、待ってる。
パカッ。
◇
【次回】教会の中に隠された、マリウス派の本当の目的。雪山の知の王に繋がる、ある計画。




