第67話「雪の街、騒がしい」
フロストの街の門。
雪が降ってる。屋根に積もってる。壁に積もってる。看板にも積もってる。
チョンが両手を広げて雪を浴びてる。
「うわー! うわー! 冷たい! でもきれい!」
ホブゴブリンの子供が雪山で大はしゃぎだ。鼻が赤くなってる。
ガルドが頭をかいた。
「タカラ、入るのに俺はどうする? ホブゴブリンが街にいたら大騒ぎだろ」
〝擬態は他人にかけられない〟
「うー、また箱の中か」
〝今度はチョンも一緒に入れる〟
「狭くなるじゃねえか」
〝でも遊び相手になるだろ〟
ガルドが渋々頷いた。
「まあ、いいか。タカラ、頼んだ」
ガルドを収納に。すぽん。チョンを収納に。すぽん。
収納の中から声が聞こえる。
『うわー、広い! 暖かい! ガルド、こっちこっち!』
『おい、暴れんな』
子供がはしゃいでる。中で。
ガウルは——雪山では普通の犬として通用しそうだ。毛皮があるから、街中でも違和感が少ない。リーリアが紐をつけずに、横を歩かせることにした。
レグナはマントで全身を覆って、フード深く。「火傷で顔を見せられない」設定で通す。
俺は擬態でカイルの姿。冒険者風の旅装。
門番が俺たちを止めた。
「止まれ。冒険者か?」
「ああ、氷壁の頂に向かう途中だ」
「氷壁の頂……? なんで?」
門番が眉をひそめた。
「あの山、最近やばいぞ。冒険者でも近寄らない」
〝やばい〟って、具体的にどういうことだ?
「魔物が出すぎてる。普段の三倍は出てる。それと——」
門番が声を低くした。
「街の人間が、消えてる」
……人が、消えてる?
ガウルの耳が立った。リーリアが俺の隣で身をこわばらせた。
「詳しい話は街中で聞いてくれ。とにかく入る前に注意しておく。氷山には、今は近づくな」
門番が顔をしかめた。
「ま、おまえらが行くって言うなら止めないけどな。死ぬなよ」
通された。
……人が、消えてる、か。
◇
街の中を歩く。
雪が積もった石畳。家の屋根にも雪。煙突から白い煙。
人通りは——少ない。
冬の北の街にしては、少なすぎる気がする。
ガウルが小声で言った。
「ガウ。匂いが少ない。人の匂いはあるけど、薄い。みんな家にこもってる感じ」
通りを歩く人の表情も、明るくない。下を向いて、急ぎ足で行き来してる。
チョンが収納の中から尋ねてきた。
『タカラ、外、どんな感じ?』
〝雪が降ってる でも、街の人が少ない〟
『なんで?』
〝あとで説明する 今は外に出ないでくれ〟
『はーい』
ガルドの声も聞こえた。
『タカラ、これチョン用の遊び道具とかないのか? 暇だぞ』
〝俺の中で、おまえらは何ができるんだよ〟
『そりゃそうだけど』
仲間内のおしゃべりで、収納がにぎやかだ。
……シェルター付きの宝箱だな、俺。
◇
ギルド支部に向かう。
北の街のギルドは、ベイルの街のそれより小さい。木造の二階建て。看板に「フロスト冒険者ギルド」と書かれてる。文字が雪で半分隠れてる。
中に入った。
暖炉が焚かれてて、暖かい。冒険者が三人、テーブルで酒を飲んでる。受付に女性が一人立ってる。
受付の女性が顔を上げた。
「いらっしゃい。冒険者証は?」
俺は冒険者証を出した。
元カイルの冒険者証だ。冒険者を辞めた後も、死亡届を出してないから、まだ有効になってる。Bランクの冒険者カイル。
受付の女性が証を確認した。
「カイル……。聞いたことない名前だね」
〝南の街のギルドに登録してたんだ 最近こっちに移ってきた〟
「そうかい。依頼の閲覧かい?」
〝それと、街の情報を聞きたい 氷壁の頂周辺の状況〟
受付の女性が、一瞬、目を曇らせた。
「あの山、行くつもりかい?」
〝行くつもりだ〟
「やめときな、若いの。あんな所、行ったら帰ってこれないよ」
〝行く理由がある〟
受付の女性がため息をついた。
「冒険者ってのは、頑固だね。……まあいい。少し待ってな」
女性が奥に下がって、別の人を呼んできた。
ギルドの支部長らしき、髭の男性。ドルトンと同じくらいの年齢。でもドルトンより目つきが鋭い。
「カイルさん。氷壁の頂に行きたいのかね?」
〝そうだ 目的は——〟
「目的は聞かない。冒険者の自由だ」
支部長が手を上げた。
「だが、今の状況を伝えておく」
支部長がテーブルに地図を広げた。氷壁の頂周辺の地図。
「最近、氷山から下りてくる魔物が増えてる。氷狼、氷牙熊、雪の魔人——どれも、以前は山の上にしかいなかった種類だ。それが、麓まで下りてきてる」
〝封印が弱まってる〟
「ああ。さらに——」
支部長が地図の街周辺を指差した。
「街の周辺で、人が消える事件が起きてる。月に三人。子供と、若い女性が多い」
〝魔物の仕業か?〟
「最初はそう思った。だが、痕跡がない」
支部長が眉を寄せた。
「魔物に襲われたなら、血や争いの跡が残る。だが——消えた者たちは、どこにも痕跡を残してない。まるで、忽然と消えてる」
……忽然と。
魔物の襲撃なら痕跡が残る。痕跡がないなら——
人の仕業か、それとも特殊な能力を持つ魔物の仕業か。
〝心当たりは〟
「ない。だが——」
支部長が顎を撫でた。
「先月、街に変な男が来た。宮廷魔導士を名乗る男だ」
……宮廷魔導士。
俺の中で警鐘が鳴った。
〝名前は〟
「マリウス殿の使者、と名乗った。本人ではない。代理の若い魔導士だ」
マリウスの代理。
「街の状況を視察したいと言って、二週間ほど滞在した。その間に——人が消える事件が始まった」
時期が一致してる。
〝偶然か?〟
「分からない。だが、その使者が街を出た後も、事件は続いてる。あの男が直接の犯人なら、出た後に事件が止まるはずだ」
〝じゃあ、無関係か〟
「無関係とは言い切れない。あの男が街にいた間、何かを残していった——という可能性もある」
支部長が腕を組んだ。
「街の人間は、宮廷の使者を疑うのを怖がってる。だから誰も口にしない。だが——俺は、あの男を信用してない」
パカッ。
……マリウスの周辺。やっぱり、何かが動いてる。
◇
ギルドを出た。
雪がさらに激しくなってる。
ガウルが匂いを嗅いだ。
「ガウ。タカラ、街の匂いに……変なのが混ざってる」
〝変なの?〟
「人の匂いでも、魔物の匂いでもない。なんていうか……魔法の匂いだ。微かだけど、街全体に広がってる」
魔法の匂い。
〝なんの魔法だ〟
「分からん。でも、嗅いだことがある気がする」
ガウルが首を傾げた。
「……あ。マリウスの匂いに似てる」
マリウスの匂い。
あの男、何かの魔法を街に仕込んでいったのか。
俺は収納の中のガルドに話しかけた。
〝ガルド 聞こえるか〟
『聞こえる』
〝マリウスの代理がこの街に来てた 二週間滞在して、それから人が消える事件が始まった〟
『マジか』
〝ガウルが街全体にマリウスの匂いに似た魔法を感じてる〟
『何かしてやがるな、あの宮廷魔導士』
〝対策を考えたい でもまず、もう少し情報を集める〟
『了解』
ガルド、収納の中から冷静だ。中にいても役に立ってる。
……つくづく便利な宝箱だな、俺。
◇
宿を取った。
ギルド支部に紹介された、街の中心部の宿。「白熊亭」という。
冒険者向けの宿で、部屋が広い。武器や装備を置けるスペースもある。
部屋に入って、扉を閉めて——
ガルドとチョンを出した。すぽん、すぽん。
ガルドが伸びをした。
「あー、やっと出れた。ホブゴブリンの体が緑色なのが恨めしいわ」
チョンが部屋の窓に走った。
「タカラ、雪が見える! 雪、こんな近くで見るの初めて!」
〝外に出るな 窓の外から見るだけだぞ〟
「はーい」
チョンが窓に張り付いて、雪を見てる。
俺は擬態を解いた。ぐにゃり。黒と金の宝箱に戻る。
パカパカパカパカ。
ベイルの宿の時と同じ。人間の姿のストレスを発散。
ガルドが笑った。
「お、パカパカが復活した」
〝当然だ 俺の生命線〟
「生命線って」
チョンが振り返った。
「タカラ、お腹空かない?」
〝俺は宝箱だから空かない でもおまえは空くか〟
「空く! すごい空いた!」
〝じゃあ食べに行くか 階下に食堂がある〟
「やった!」
チョンが俺の隣でぱたぱた跳ねた。
雪山に来てから、チョンのテンションがずっと高い。初めての雪、初めての街、初めての宿。新鮮さで満たされてる。
パカッ。
◇
食堂で夕食を取った。
ガルドはまた収納の中。リーリアとチョンと俺(擬態で人間の姿)で、テーブルにつく。レグナはマントを羽織ったまま、フードを深くかぶって、隣の席で食べないけど座ってる。
食堂は、宿の客だけが利用してて、他に冒険者風の男が二人いるだけ。
俺たちは雪山仕様のシチューを注文した。具がでかい。肉の塊と根菜がごろごろ入ってる。
チョンが目を輝かせた。
「うわー、うまそう!」
チョンが食べ始めた。スプーンで肉を口に運んで——
動きが止まった。
チョンの視線が、店の外に向いた。
窓の向こうの、雪の通りの方を。
「タカラ……あれ」
〝どうした〟
「あの女の人、見たことある気がする」
女の人?
俺もチョンの視線を追った。
窓の外、雪の通りを、フードを深くかぶった女性が歩いてる。
顔は見えない。普通の旅人風の姿。
……チョンの見覚えって、何だ? チョンは村の外を旅するの初めてだろう。
〝知ってる人か?〟
「ううん、知らない人。でも、見たことある」
チョンが眉を寄せた。
「あの人……パカラ村に来た使者の人と、雰囲気が似てる」
……マリウスの使者。
パカラ村に来た時、グラドルが追い払ったやつ。
チョンはその時、サガと一緒にその使者を見てたんだろう。
〝顔は見たか?〟
「ううん、フードかぶってて見えない。でも歩き方とか、雰囲気が……」
窓の外の女性が、雪の中を歩いていく。
俺は決断した。
〝追うぞ〟
ガウルがテーブルの下から首を上げた。
「ガウ、了解」
ガウルが先に出て、俺たちは食堂から急いで出た。
女性の後を、距離を取ってつける。
夜の雪の街。雪が降り続けてる。
女性は、街の外れの方に向かって歩いてる。
夜の街は人通りがほとんどない。家の灯りがぽつぽつ。雪明かりが街を白く照らしてる。
〝査定〟を女性に使ってみた。
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〝査定〟
対象:人間(女性)
総合戦力:A(魔導士系)
状態:擬装中
* 何らかの隠蔽魔法を使用中
* 正体の特定は困難です
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Aランクの魔導士。それと、擬装してる。
ただの旅人じゃない。
俺たちは静かに後をつけ続けた。
女性が、街の外れの古い倉庫に入った。
俺たちは倉庫の影に隠れた。
ガウルが匂いを嗅いだ。
「ガウ。タカラ。倉庫の中、人がいる。何人もいる。それと——」
ガウルが眉をひそめた。
「子供の匂い。怖がってる匂いだ」
…………。
子供の匂い。怖がってる。
パカッ。
〝査定〟を倉庫に向けてみる。距離がある。完全には分からない。でも——
倉庫の中に、複数の人間の反応。そのうち何人かは、子供の反応。
街から消えた子供たち。
〝……ここだ〟
俺は仲間に目配せした。
夜の雪の街で、人さらい事件の現場を、見つけてしまった。
◇
【次回】倉庫の中で何が起きてるのか。なぜ子供たちは攫われたのか。マリウスとの繋がりは。




