第63話「武で、開けた蓋」
戦の王が、ホールの中央で膝をついた。
両手を膝に置いて、静かに座ってる。鎧は焦げ、頬には傷、息は荒い。それでも背筋がぴんと伸びてる。武人の座り方だ。
俺は、武装擬態を解除した蓋のまま、戦の王の前に進んだ。
ズズズズ。
……うん、こういう時の効果音、もうちょっとカッコよくしたいけど、宝箱の移動音はズズズしかない。仕方ない。
戦の王が顔を上げた。
「で——どうする」
〝何を〟
「我を、消すのだろう? 約束だ」
約束。武で語ってから、浄化する。
俺は蓋文字を出した。
〝消す前に、伝えたいことがある〟
戦の王が、ふっと笑った。
「ほう。武人の語らいの後で、まだ言葉があるか」
〝武人にも、言葉は必要だろ〟
「そうだな。我もそう思っていた」
戦の王が、軽く頭を下げた。聞く姿勢だ。
◇
俺は、最初に砂鬼将の話をした。
〝おまえの部下に、砂鬼将って奴がいた〟
〝鬼人族の戦士だ。戦王軍の首領をやってた〟
〝塔の前で、俺たちと戦った〟
戦の王が、目を見開いた。
「砂鬼将……。あいつ、生きておるのか」
〝生きてる 俺たちが倒したけど、殺してない〟
〝今は聖騎士団に拘束されてる〟
「……あいつめ。八百年生き残ったか」
戦の王の声に、笑みが混じった。
「あいつは我の三将軍の筆頭だった。武で言えば、我に次ぐ力を持っていた」
〝そうか〟
「我が封じられた後、おまえたちに敗れたか。年月は人を作るのだな……我の知る奴より、強くなっていたのだろう」
〝けっこう手強かった〟
〝で、あいつが俺たちに伝言を残した〟
戦の王が、わずかに身を乗り出した。
〝〝あの方を、力で負かしてやれ〟だってさ〟
戦の王が、息を止めた。
長い沈黙だった。
ゆっくりと、戦の王が手を顎に当てた。
「……あいつ、そんなことを」
戦の王の声が、震えた。
「我の願いを、知っておったのか。八百年前から、知っておったのか」
〝知ってたみたいだな〟
「我は、あいつにすら、はっきり言ったことはなかった。戦をやめたいなどと——口にした記憶もない。だが、あいつは……察していたのか」
戦の王が顔を上げた。目が潤んでる。
武人の魔王が、八百年前の部下の伝言で、泣きそうになってる。
次に、亡霊公の話をした。
〝亡霊公って奴もいた〟
〝もう死んでたけど、死霊術で動き続けてた〟
「……亡霊公。あいつも、まだ動いていたか。死んだ後も、術が解けるまで」
〝あいつとは、戦わなかった〟
〝俺の中——禁忌の宝箱の中で、対話して、消えた〟
「対話して、消えた、か」
〝最後にあいつが伝言を残した〟
〝〝我らは十分に戦った。もう眠っていい〟だってさ〟
戦の王が、目を閉じた。
「……そうか」
長い吐息。
「あいつもまた、知っておったのか。我が——もう、戦に辟易していたことを」
戦の王が、口元だけで笑った。
「我は、伝えなかった。配下に、戦をやめたいなどと言えるわけがなかった。武人の王が、武をやめると——許されるはずがないと思っていた」
〝でも、配下は察してた〟
「察してくれていた。八百年前、我が誰にも言えなかった願いを」
戦の王が、両手を膝に戻した。
「許せ。我は……愚か者だな。配下を信じきれなかった愚か者だ」
〝愚か者じゃない〟
〝武人の王として、誇り高すぎただけだ〟
戦の王が、少しだけ、唇を曲げた。笑顔のような、苦笑のような。
「優しいことを言うではないか、宝箱」
〝宝箱は優しい〟
〝中身を大事にするからな〟
「ふっ……。これは、新たな格言だな」
戦の王が、ようやく心から笑った。
◇
戦の王が、立ち上がった。
もう、闘気は出してない。鎧の擦り傷を払って、姿勢を正した。
「では、最後の話をしよう。我の——本当の話を」
ガルド、レグナ、ガウル、ナギ、リーリア、アイ、全員が聞く姿勢になった。
戦の王が、ホールの天井を見上げた。
「我は、生まれた時から戦士だった。鬼人族の里で、剣を握って育った。最初に殺したのは……五歳の時だ。我の里を襲った、人間の盗賊だった」
五歳で人を殺してる……。
「以来、戦に明け暮れた。強き者と戦い、勝ち、また強き者を求めた。十代で戦士団を率い、二十代で軍を率い、三十代で——魔王と呼ばれるようになった」
戦の王が、自分の手のひらを見た。
「強くなれば、対等な相手が消えていく。我に勝てる者がいなくなった。武で語り合いたかったのに、語る相手がいなくなった」
〝孤独だったのか〟
「孤独……ではない。もっと、虚しい感覚だった。武の頂点に立った時、その先には何もなかった」
戦の王が、目を閉じた。
「ある日、悟ったのだ。我が求めていたのは戦そのものではない。〝対等な存在と語り合う場〟だった。それが、たまたま戦という形になっただけだった」
戦の王は、目を開いた。
「だから、戦をやめると言った。これからは、戦以外の形で語り合いたい——と。だが、それを聞いた者たちは——驚き、混乱し、そして恐れた」
〝大賢者たちか〟
「大賢者たちは、我の言葉を信じきれなかった。あるいは、信じたが恐れた。〝戦をやめた魔王〟が、何を始めるのか分からなかったのだ」
戦の王が、苦笑した。
「分からぬから、封じる。それが彼らの結論だった。我は——戦をやめると宣言したまま、封じられた」
…………。
俺は黙って聞いてた。
戦の王が、ふと、俺を見た。
「だが、八百年経って。おまえが来た」
〝俺が〟
「宝箱が、武で語りかけてきた。我の願いを、八百年越しに叶えてくれた」
戦の王が、深く頭を下げた。
「礼を言う、蓋を開ける者。我の蓋を、ようやく開けてくれた」
パカッ。
…………。
なんか、こう、ぐっと来るやつだ。
俺の役目はただの「蓋を開ける者」だ。封印の蓋を開けて、心の蓋を開けて、それで皆が前に進めるなら、それでいい。
でも、八百年眠ってた魔王から「ようやく蓋を開けてくれた」って言われると——うん、悪くない気持ちだ。
パカッ。
〝礼はいらない〟
〝俺は、俺の仕事をしただけだ〟
戦の王が、頷いた。
◇
戦の王が、両手を広げた。
「では——もう、行こう」
〝行く?〟
「眠る、ということだ。八百年、足りなかった。最後にもう少しだけ、眠らせてくれ」
戦の王の体が、淡く光り始めた。
赤い光じゃない。淡い金色。対話の王が消えた時と同じ色だ。
〝待ってくれ〟
俺は蓋文字を出した。
〝普通なら、俺の収納に入れて浄化するんだ〟
〝それが、俺の浄化のやり方だ〟
「うむ」
〝でも、おまえは——〟
「我は、おまえの中に入りたくはない。……武人の最後だ。我は我の力で、消えたい。おまえの中に納まって浄化されるのは、武人らしくないのでな」
〝……いいのか〟
「良い。我は満たされた。武で語った。配下の言葉を聞いた。蓋を開けてもらった。十分すぎる」
戦の王の体が、半分透けてきた。
「魂は、自然に消えていく。八百年保ってきた我の体は、もう限界だ。最後の一押しを、おまえの——」
戦の王が、自分の胸を指差した。
「——一撃で、終わらせてくれ」
…………。
最後の一撃を、俺に頼んでる。
武人の作法か。武人として、最後を任せられる相手と認めた、ってことか。
俺は、外蓋を開けた。
〝ファイアランス〟。
いや、違う。これは普通の魔法だ。武人の最後にふさわしくない。
〝尾撃砲〟。
これも違う。砲撃は遠距離戦の技だ。
なら——
〝武装擬態〟。
俺は外蓋を、剣の形に変えた。
ただの剣じゃない。蓋の魔力を最大限注いだ、〝俺自身の刃〟。
戦の王が、頷いた。
「それで良い。武人らしい一撃だ」
戦の王が、両手を広げて、構えた。受ける構えじゃない。受け入れる構えだ。
俺はズズズで戦の王の前に進んだ。剣の形になった蓋を、戦の王の胸に。
戦の王が、目を閉じた。
〝……お疲れさん〟
俺は、剣を振り下ろした。
戦の王の胸に、蓋の刃が触れた。
ふっ——と。
戦の王の体が、光の粒になった。
爆発じゃない。崩壊じゃない。
ただ、解けるように。
粒が舞い上がっていく。ホールの中を漂って、天井の窓から、外の砂漠の空に。
最後に、戦の王の声が、ホールに響いた。
『……宝箱よ』
〝なんだ〟
『おまえの仲間に、伝えてくれ。武の語らい、楽しかった、と』
〝伝えるよ〟
『そして……我の力の一部を、おまえに残す』
戦の王の体から、最後の光が——俺の蓋に流れ込んできた。
ぐわっ、と熱が、俺の収納の奥に染み込む。
戦の王の闘気の一部。
『闘気を、贈る。おまえの蓋は、これからもっと頑丈になるだろう』
〝……ありがとう〟
『ふふ……。最後まで、武人らしくない言葉だな、宝箱は』
〝宝箱だからな〟
戦の王の声が、最後に笑って——
消えた。
◇
ホールが、静かになった。
ガルドが、ぽつりと言った。
「……行ったか」
〝行った〟
「あんな魔王、八百年もよく我慢してたな」
〝そうだな〟
戦の王の最後の言葉を思い出してる。「武の語らい、楽しかった」。
……あの王、楽しかったって最後に言ったんだ。
ガルドが拳を握って開いた。
「タカラ。あいつ、いいやつだったな」
〝魔王だぞ〟
「魔王だけど、いいやつだった」
〝そうだな〟
俺の蓋裏に、新しい表示が出てた。
──────────────────
戦の王の魂、浄化完了
第二の塔の封印——解除
砂漠地帯の魔物の本来の力、解放
* 戦の王から闘気の一部を継承
新規スキル:〝闘気纏〟
* パンドラボックスの外殻強度
── 大幅上昇
──────────────────
〝闘気纏〟。
戦の王の闘気の一部を、俺が受け継いだ。
外殻が頑丈になった。これからの戦いで、Sランク以上の攻撃にも耐えやすくなる。
◇
レグナが、自分の手を見ていた。
骸骨の手のひらが——以前より、はっきりしてる。
「タカラ……。我の魂が、ほぼ全て戻ってきた」
〝戦の王の塔から〟
「うむ。各階層の試練の中に、我の魂の欠片が分散していた。それが、戦の王の浄化と同時に解放された」
レグナの蒼い炎が、ぐっと大きく燃えた。
今までの蒼い炎とは、明らかに密度が違う。
「八割。……いや、九割は戻ったな」
〝完全体に近いってことか〟
「Sランク上位、になった感覚だ」
ナギが目を見開いた。
「Sランク上位の骸骨か……。やべえな」
ガウルが尻尾を振った。
「ガウ。レグナ強くなった、感じるな」
強くなった——
全員が強くなった。
戦の王との戦いを通じて、ガルドは覇受を覚え、レグナは魂を取り戻し、ガウルは九割の戦の王を傷つけ、ナギは砂槍突という新技を発現させた。
そして俺は——武装擬態と〝闘気纏〟を得た。
パカッ。
〝降りるか〟
螺旋階段の方を見た。下りるのも一苦労だな、これ。
ガルドが立ち上がった。両腕にまだ亀裂が入ってるけど、歩ける。
「下りて、ドレイクに報告だ。聖騎士団に戦王軍の首領も預けてる」
ナギが頷いた。
「砂蛇族にも報告しないとな。封印が解けたなら、砂漠が変わるかもしれない」
砂漠が変わる。
戦の王が暴れて、森が砂漠になった。八百年経って、ようやく封印が解けた。
砂漠が森に戻るかは——分からない。
でも、可能性は、生まれた。
◇
階段を下りる前に、俺は、戦の王が消えた場所を見た。
もう何もない。ただの赤い岩の床。
でも、そこに——闘気の名残みたいな、温かい感触がまだあった。
パカッ。
〝ありがとな、戦の王〟
〝武で、語ってくれて〟
返事は、ない。
でも——どこかで、戦の王が笑ってる気がした。あの豪快な笑い方で。
武人の魔王。最後まで武人だった魔王。
悪くない人生だったろう、八百年。
……いや、八百年は、ちょっと長すぎたかもな。
ズズズ。
俺は階段を下り始めた。
仲間たちが続く。
第二の塔の蓋が、開いた。
◇
【次回】塔を出ると、ドレイクが待っていた。報告と、これからの話。砂漠に新しい拠点を作る相談が始まる。




