第62話「宝箱、五つ手に持たれる」
戦の王の闘気が、九割。
ホールの空気が、もう空気じゃない。圧で固まってる。
リーリアが後ろで「ぐっ……」って息を漏らした。アイがリーリアにくっついて、必死に魔力を回復させてる。
ガウルが横で身を低くした。
「ガウ……。これ、息するだけで疲れるな……」
ガルドが両腕の闘気を再構築。亀裂が入った腕を、闘気の鎧で包み直してる。
「タカラ、これ正直に言うとな」
〝なんだ〟
「俺、たぶんあと一発か二発で限界だ」
〝俺もだよ〟
俺の魔力残量を確認した。
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魔力残量:38%
〝武装擬態〟維持中:消費 1%/秒
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武装擬態の維持に魔力を食ってる。五枚同時維持で1%/秒。三十八秒で尽きる。
でもパンドラはやらない。武で語る——その約束は守る。
戦の王は——本気の九割で、どれくらい持つんだろう。あいつ自身の闘気の蓄えはどれくらいなんだ。八百年も封じられてた魔王だ、もしかしてSランクが何十人束になってもダメなくらい無尽蔵かもしれない。
……そう考えるとちょっと泣きたくなる。
でも、戦うしかないんだよな。武人の語らいだから。
◇
戦の王が、構えた。
今度は半身。右手を前、左手を腰の高さ。剣術の構えに似てる。素手なのに。
「我の本気を、受けよ」
戦の王が——消えた。
いや、消えたわけじゃない。速くなった。
俺の〝査定〟でも追えない速度。
ガルドの真横に、戦の王が現れた。右の手刀を、ガルドの首に向けて。
〝ガルドッ!〟
間に合うか——
間に合った。
ガルドが両腕を交差して、首の前に出した。〝覇受〟。
ガキィッ!
戦の王の手刀と、ガルドの腕が交差する。
ガルドの腕に、亀裂が一気に走った。受けた瞬間に、ボロボロになってる。
でも——ガルドは、笑っていた。
「読めたぞ、その手刀」
ガルドが、戦の王の手刀を受けたまま、戦の王の懐に飛び込んだ。
〝覇拳〟——足で。
ガルドの右足が、戦の王の腹に蹴りを入れた。
ドゴッ!
戦の王が——わずかに後退した。
二歩。
ガルドの蹴りで、戦の王が後退した。九割の戦の王が。
ガルドが舌打ちした。
「くそっ……二歩しか下がらねえか……」
〝二歩下がっただけでもすごいぞ〟
「足りねえ……まだ、全然足りねえ」
戦の王が、にやっと笑った。
「ホブゴブリンよ。おまえの足蹴り——拳と同じ闘気量を込めたな。多彩な武だ」
ガルド、いつの間に拳以外にも闘気を込められるようになったんだ。
でも、次の瞬間。
戦の王が、ガルドを軽く払った。指先で。
ガルドがホールの端まで吹き飛んだ。
今度こそ立ち上がれない。〝覇受〟も〝覇拳〟も、闘気を使い切ってる。
ガルド、戦線離脱。
……強いな、九割の戦の王。
◇
でも——その時間、レグナとナギが連動してた。
レグナが蒼い炎の鎧をまとったまま、戦の王の左に。
ナギが砂を、戦の王の右後ろに、密集させて。
「〝蒼き炎の薙〟ッ!」
「〝砂塵舞踏〟——砂槍突!」
ナギの新技だ。砂を槍状に圧縮して、突き出す技。〝砂塵舞踏〟の応用。
左から蒼い炎、右後ろから砂の槍。
戦の王が、両側を同時に対応した。
左手で蒼い炎の斬撃を、闘気で受け止める。
右手で砂の槍を——掴む。掴んで、握り潰す。
砂が散った。
でも、その左右に手を取られた瞬間に——
ガウルが正面から突っ込んだ。
「〝銀牙疾走〟——最高速ッ!」
銀色の残像が、戦の王の正面から、銀の牙の衝撃波を放った。
戦の王が、頭を傾けた。
ただ傾けただけで、銀の牙が頬を掠めた。
戦の王の頬に、薄く、線が一本入った。
血じゃない。傷ですらない。表皮にかすかに線が引かれただけ。
でも、戦の王の表情が——変わった。
「……我に、傷を付けたか」
戦の王が、自分の頬に触れた。指に、少しだけ赤いものがついた。
血だ。
今度は、血。さっきは表皮の線だけだったけど、よく見たら血が出てた。微量だけど。
九割の戦の王に、ガウルが傷を付けた。
ガウルが疾走を解除して、振り返って、息を切らした。
「ガウ……はあ、はあ……。当たったか……?」
戦の王が——破顔した。
今までで一番、嬉しそうに。
「当たったぞ、ウォーウルフ。我に、初太刀を浴びせたのは——おまえだ」
ガウルが尻尾を振った。疲れてるのに、振った。
「ガウッ。やった……」
……ガウルがまた一段成長したな。
◇
戦の王の意識がガウルに向いた、その隙に。
俺は——ズズズで戦の王の足元に突っ込んだ。
戦の王の真下。
外蓋の剣を、戦の王の右脚に振り下ろす。
戦の王が、左手で剣を弾いた。素手で。
でも——剣は、囮。
俺の左の蓋(槍)が、戦の王の左脚に。
戦の王が、右手で槍を弾いた。
残るは——両手両足、戦の王の四肢のうち、両手が塞がってる。
その瞬間、俺は——内蓋の盾を、戦の王の体に。
体当たり。
盾で。
パンドラボックスの宝箱で、戦の王にタックルした。
ドゴンッ!
戦の王が、わずかに浮いた。
軽い体当たりだけど、両手が塞がってたから、戦の王の体勢が崩れた。
その隙に——背面の蓋(鎖鎌)の鎌部分を、戦の王の腰に。
ガキィッ!
鎌の刃が戦の王の腰の鎧に突き刺さった。深くは入ってない。表面だけ。でも、刺さった。
戦の王の鎧に、傷が入った。
二つ目のダメージ。
戦の王が——空中で体を捻って、両手両足を全部使って俺から離れた。
着地して、鎌の傷を確認した。
「……宝箱が、我に肉迫したか」
戦の王の声が、初めて、本気の驚きを含んでいた。
「五枚の蓋を全部別の武器に化けさせ、その全てを駆使して、我の四肢を一気に塞いだ。最後の盾の体当たりは——意外性の極みなり」
戦の王が、左手で口元を覆った。
肩が、震えてる。
……笑ってる。声を殺して笑ってる。
戦の王が、手を下ろした。涙さえ滲んでるみたいに、目が潤んでた。
「面白いっ……! 面白いぞ、宝箱! 武人として八百年生きてきて、宝箱に殴られたのは初めてだ!」
〝それは……たぶん俺が初だな〟
「初に決まっているだろう! 我は宝箱に殴られたことはない!」
戦の王が、また笑った。
ナギが横で目を丸くした。
「魔王が、腹抱えて笑ってる……」
ガウルが尻尾を振った。
「ガウ。……なんか可愛いな、戦の王」
失礼すぎるぞガウル。Sランクの魔王を可愛いって言うな。
でも、わかるよ。気持ちは。
戦の王、武人としてのプライドはあるけど、心は意外と素直なんだ。
戦の王が、ようやく笑いを治めた。
「うむ。……許せ、つい笑ってしまった。武人として未熟だ」
〝謝らないでくれ〟
〝楽しんでもらえたなら、こっちは嬉しい〟
「楽しいぞ、宝箱。八百年で一番、楽しい」
……戦の王、笑顔がいいやつだな。
でも、笑顔のまま戦の王は構え直した。
「だが——終わらせはしない。まだ、語り合いは続く」
◇
俺の魔力残量を確認。
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魔力残量:22%
〝武装擬態〟維持中
推定維持時間:約20秒
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二十秒。
戦の王の闘気は——〝査定〟で見ても、まだ六割は残ってる。出力は九割だけど、総量はまだ半分以上ある。
二十秒で、決着を付けないといけない。
ガルドは戦線離脱。両腕の闘気が枯渇してる。レグナは蒼い炎の鎧を維持してるけど、本人がだいぶ疲れてる。ガウルは最高速を一回打ったから、しばらく次の最高速は出せない。ナギは砂を使い続けて魔力が減ってる。
残るは——俺の武装擬態と、リーリアの巫女の祈り。
リーリア!
〝リーリア 来てくれ〟
リーリアが立ち上がった。アイに支えられて、戦の王の闘気の中を、よろめきながら近づいてきた。
「タカラ……」
〝魔力をくれ 全力で〟
「うん」
リーリアが俺の蓋に手を触れた。巫女の祈りの魔力が、流れ込む。
俺の魔力が、22%から60%まで一気に回復した。
「これが、私の限界です」
リーリアの顔が、青白い。今ので彼女の魔力をほとんど使い切った。
〝ありがとう 休んでてくれ〟
リーリアが頷いて、ガルドの方によろめき戻った。アイがついていく。
よし。これで二十秒が——四十秒に。
残り四十秒で——決める。
◇
戦の王が俺を見ていた。
「巫女の魔力か。良き仲間がおる、宝箱よ」
〝俺の自慢の仲間たちだ〟
「我にも昔、巫女がいた。我の闘気を整えてくれた女だった」
戦の王の声が、少し遠くなった。
「八百年前に、死んだがな」
……うん。それは、まあ、そうだろうな。
戦の王が、構え直した。
「最後、見せてやろう。我の最大攻撃を」
〝最大? 九割じゃないのか〟
「九割で、最大の攻撃を打つということだ。十割は、こちらが死を覚悟するときの状態。今はまだ、そこまでは行かぬ」
ふーん。
ということは、戦の王の十割は「死ぬとき」の状態か。出し惜しみじゃなく、出したら自分も終わる類の力なんだな。
戦の王が、両拳を握って、胸の前で構えた。
「これは——〝覇王拳〟。我が知る限り、最も重い一撃」
戦の王の周囲の闘気が、両拳に集中した。
ホールの床が、戦の王の周囲だけ、ひび割れた。圧で。
ヤバい。
あれが当たったら、武装擬態の盾どころか、パンドラボックスの外殻ごと砕かれるかもしれない。
〝全員、後ろに下がれ!〟
俺は仲間に蓋文字を出した。
ガルドが叫んだ。
「タカラ、おまえは!?」
〝俺は前に出る〟
「無茶だろ!」
〝無茶じゃない 武人の語らいだ〟
戦の王が、両拳を引いた。
「来い、宝箱。我の最大を受けてみよ」
……うん。
受けてみる。武人の語らい、それが約束だから。
でも——ただ受けるだけじゃない。
俺の蓋——五枚全部、変形を解除した。武装擬態をやめる。
代わりに——
五枚の蓋を、全部、戦の王に向けて、開いた。
万蓋——全開。
でも武器を撃たない。スキルも撃たない。
ただ、開いただけ。
戦の王が、片眉を上げた。
「何をする気だ?」
〝受け止める〟
〝おまえの最大を、五枚の蓋で〟
戦の王が、目を細めた。
「五枚の蓋——〝武装擬態〟を解除した蓋で、我の覇王拳を受けるか? 砕かれるぞ」
〝砕かれない〟
〝俺の蓋は、ミミックの本来の姿だ〟
〝武器に化けるより、本来の蓋として使う方が——一番、頑丈だ〟
戦の王が、再び笑った。
「ふっ……武装擬態を解除して、純粋な蓋として受ける、か。武人の流儀だな」
戦の王が、構えた。
「では、来い」
戦の王の両拳が、俺に向かって——
突き出された。
空気が、爆ぜた。
◇
戦の王の覇王拳が、俺の五枚の蓋に届いた。
ドォォォォォンッッッッッ!!!!
ホールの床が、衝撃波で割れた。
俺の体が——後ろに飛んだ。
でも蓋は、壊れなかった。
パンドラボックスの本来の蓋。Sランクの外殻。それが五枚同時に戦の王の覇王拳を受け止めた。
俺は十メートル後ろに飛ばされて、壁にぶつかった。
でも、壊れてない。
戦の王の最大攻撃を、宝箱の蓋で受けきった。
戦の王が——立ち尽くした。
「……受け切った、か」
戦の王の両拳が、わずかに震えてた。本人も自分の最大の一撃を打ったから、反動が来てる。
俺はズズズで起き上がった。
〝今のは、痛かった〟
〝でも、受けきった〟
〝武人として、おまえの最大を受け止めた〟
戦の王が、両拳を下ろした。
深く、息を吐いた。
ゆっくりと、笑った。
今までで一番、満足げな笑い方だった。
「……もう、十分だ」
戦の王が、両膝をついた。
ホールの中央に、座る形で。
「我の最大を、受け止める者が現れた。八百年前に、現れなかった存在が、ここに来た」
戦の王が、俺を見た。
「蓋を開ける者。おまえの——勝ちだ」
…………。
勝ちか。
パカッ。
〝俺は、まだ生きてる〟
〝なのに、いいのか?〟
戦の王が首を振った。
「我の最大を受け止めて、立ち上がった者が勝者だ。我の流儀ではな」
戦の王が、両手の指を組んで、軽く頭を下げた。
「武で、語ってくれた。礼を言う」
仲間たちが——一斉に息を吐いた。
ガルドが床に座り込んだ。
「お、終わったか……?」
ナギが砂をぱらぱら散らした。
「終わったみたいだな……」
ガウルが伏せた。
「ガウ……つかれた……」
レグナが蒼い炎の鎧を解除した。
「……無事に語り終えたか」
リーリアが膝をついたまま、ほっとした顔をした。
パカパカ。
パカパカパカパカッ。
俺は——全力でパカパカした。
ガルドが顔を上げた。
「タカラ、まだパカパカするのかおまえ」
〝武人の儀礼だ〟
「絶対違うだろ、それ!」
戦の王が、また笑った。
「ふふ……宝箱は、最後まで宝箱だな。これも武人の作法か?」
〝俺の作法だ〟
「うむ、良い作法だ」
戦の王、ノリがいい。
……まあ、八百年眠ってた魔王が、最後の戦いの後で笑ってくれてるのは。
悪くない。
悪くない、結末だ。
◇
【次回】戦の王と、語り合う。八百年前の真実。そして——浄化。




