第61話「蓋が剣になる日」
戦の王の闘気が、倍になった。
今まで部屋全体を重くしてた闘気が——倍。
空気が、ねっとりと重い。リーリアの方を見ると、後ろで膝をついてる。アイがリーリアにくっついてるけど、リーリアの息が浅い。Cランク以下の人間には、戦の王の闘気は呼吸さえ難しいレベルなんだろう。
ガルドがやっと立ち上がった。
「ぐっ……腹に響くなあ、あの掌底」
〝動けるか〟
「動ける。けど、次にあれを食らったら、たぶんあらゆる骨が持ってかれる」
頼もしいんだか頼りないんだか。
でもガルドの目は——死んでない。むしろ、楽しんでる。
「タカラ。今のおまえの戦い方、見てたぞ」
〝噛みついて、撃って、収納したやつか〟
「あれは、〝武の連携〟だ。戦の王が言った通りだ」
戦の王が頷いた。
「分かっておるな、ホブゴブリン。武とは技を一つずつ振るうものではない。技と技を繋いだ流れこそが、武だ」
戦の王が一歩、踏み出した。
その一歩で、空気が震えた。
「ならば、見せよ。おまえたちの〝流れ〟を」
◇
戦の王が、こっちに歩いてくる。ゆっくりと。でも、足音が重い。一歩ごとにホールの床が、わずかに沈んでる気がする。
ガルドが俺の前に出た。
「タカラ、俺が時間を稼ぐ」
〝何する気だ〟
「闘気を全部、肉体に回す。素手で受け止める。〝覇拳〟じゃなく、〝覇受〟だ」
〝今思いついた名前だろそれ〟
「いま思いついた」
ガルドが拳じゃなくて、両腕を構えた。受け止めの構え。闘気を腕全体に展開する。
戦の王が——目を細めた。
「攻撃ではなく、受けに闘気を回すか。新たな試みだな」
戦の王が——速くなった。
一歩で、ガルドの目の前。
戦の王の右の拳が、ガルドの腹に。
ガルドが両腕で受け止めた。腹の前で、X字にクロスした両腕。
ドゴォンッ!
衝撃で、ガルドの両腕が震えた。でも——飛ばなかった。〝覇受〟が成立してる。
「踏みとどまるか、ホブゴブリン。良い」
戦の王が左の拳を続けた。連打。
ガルドが両腕で受け流す。完全に防ぐんじゃなく、軌道をずらす。攻撃を逃がす技術。
ドレイクと組んだとき、ドレイクの「盾技」を見て覚えたんだろう。受け流しの技術。
……ガルドの戦闘センスは、本当に伸びるな。さすが百五十匹のホブゴブリンを率いてた指揮官だ。
戦の王の左拳、右拳、左拳、右拳——連続でガルドを叩く。
ガルドが受け流す。一発、二発、三発、四発——
五発目で、ガルドの両腕に亀裂が入った。
「ぐっ……」
〝覇受〟も限界だ。十発も受け切れない。
◇
でも、その間に——
レグナが動いた。
「〝蒼き炎の薙〟ッ!」
戦の王の側面から、蒼い炎の斬撃が飛ぶ。
戦の王がガルドを殴る手を、止めた。
左手で——蒼い炎の斬撃を、掴んだ。
いや、掴んだんじゃない。受け止めた。掌で。
「ふむ」
戦の王が掌を握り潰した。蒼い炎が握り潰されて、消えた。
……素手で炎を握り潰すなよ。
でも、レグナが斬撃を放った瞬間に——ガウルが動いていた。
「〝銀牙疾走〟!」
戦の王の真後ろから、ガウルが銀の牙を打ち込む。
戦の王が——背中を反らせた。
ガウルの牙が、戦の王の背中を掠めた。掠めただけ。鎧に薄く一筋の傷がついた。
戦の王が振り向きざまに——右脚で、ガウルを蹴り飛ばした。
ガウルが空中で回転して、壁に激突した。
「ガウッ……!」
でも、そのガウルの動きの間に——ナギが動いていた。
「〝砂塵舞踏〟!」
戦の王の足元に、砂の渦。今度は弾かれない量——ホール全体の岩を全部砂に変えて、戦の王の足元に集中させた。
戦の王の足が、膝まで砂に沈んだ。
「ほう」
戦の王が——足を抜こうとして、抜けない。砂が固まって、足を拘束してる。
その瞬間に、レグナが二発目の蒼い炎を放った。
「〝蒼き炎の薙〟ッ!」
戦の王が、両手を交差して受けた。
ジュウウッ!
蒼い炎が戦の王の腕に直撃。鎧が——焼け焦げた。
「……ふむ。痛みはあるぞ、少しだが」
戦の王が初めて、軽くダメージを受けた。
ガルドが、レグナが、ガウルが、ナギが——四人の連携で、ようやく戦の王に一撃を入れた。
でも——たった一撃だ。
戦の王が両手を広げて、闘気を解放した。
ドンッ!
闘気の波が、放射状に広がった。
砂の拘束が——吹き飛んだ。
「面白い連携だった。だが、まだ届かぬ」
戦の王が——両足を地面に揃えて、立った。
「我の本気を、もう少し見せよう」
戦の王の闘気が、また増えた。
──────────────────
戦の王・状態:戦闘モード
出力:本気の七割
* 出力が上がりました
──────────────────
……七割。
俺たちの全員が連携して、ようやく戦の王を「五割の状態で」かすらせた。
七割の戦の王に——勝てるのか?
◇
ガルドが俺の横に並んだ。両腕に亀裂が入ったまま、それでも拳を握ってる。
「タカラ。俺たちはあいつの『五割』を、四人がかりでようやく追い詰めた」
〝そうだな〟
「七割になったら、もう四人じゃ無理だ」
〝……だな〟
「だから——おまえの全力を借りたい」
ガルドが俺を見た。
「おまえの蓋は、五枚ある。連続で、変則で、戦の王を翻弄できる戦い方をしてくれ」
〝もうやってる〟
「もっとだ。……おまえ、まだ何か隠してるだろ?」
……隠してる、ね。
パンドラは封印した。これは戦の王の流儀に反するから、使わない。
でも、もう一つ——使ってない技がある。
いや、技じゃない。
可能性。
俺は——ミミックだ。
ミミックの本領は、収納でも万蓋でも、解封でも査定でもない。
「擬態」だ。
ミミックは、本来「化ける」のが仕事だ。宝箱に見せかけて、開けた者を食う。「化ける」ことが、ミミックの存在意義そのもの。
俺は今まで、擬態を「人間に化ける」「石に化ける」のにしか使ってこなかった。
でも——擬態の応用範囲は、もっと広いはずだ。
無機物に化けられるなら——武器に化けられるんじゃないか?
パカッ。
ガルド、おまえは天才かもしれない。「もっとだ」の一言で、俺が新しい使い方を思いついた。
◇
戦の王が、再び動き出す前に。
俺は、自分の蓋の一枚に意識を集中した。
上面の外蓋。これを——剣の刃に変える。
擬態の感覚を呼び起こす。人間に化けるときと同じ。形を変える。素材を変える。
ぐにゃり。
蓋の表面が、揺らいだ。
そして——伸びた。
蓋の縁から、剣の刃が、生えるように現れた。
長さ一メートル。鋭い金属の刃。蓋に、剣がついてる。
いや——蓋そのものが、剣に変わった。
ガルドが目を見開いた。
「タカラ、おまえ、何してんの!?」
〝擬態だ 武器に化けてみた〟
「武器!? 化けるって、武器にも化けられるのかおまえ!?」
〝今、初めて知った〟
「初めてかよ!?」
ナギが砂の操作の合間に振り向いた。
「宝箱の蓋が剣……ミミックが武器使いって、新ジャンルすぎねえか!?」
ジャンルとか言うなよ。新スキルなんだよ。
俺は他の四枚の蓋にも、擬態を施した。
上面の内蓋——盾の形に。
左の蓋——槍の形に。
右の蓋——斧の形に。
背面の蓋——鎖鎌の形に。
五枚の蓋が、五つの武器になった。
黒と金の宝箱から、五本の武器が生えてる絵面。……うん、見た目はだいぶ怪しい宝箱になった。
蓋裏に新スキルが表示された。
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新規スキル発現:
〝武装擬態〟
蓋を任意の武器に変形させる。
五枚それぞれを別の武器に
変えることが可能。
* ミミック本来の擬態能力を
戦闘に応用した派生技です。
おめでとうございます。
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またおめでとう来た。蓋裏、お祝いするのが好きだな。
戦の王が、目を見張った。
「これは……」
戦の王の声に、初めて驚きが混じった。
「擬態か。ミミックの基本能力を、武装に応用しおったか」
〝武で語るんだろ〟
〝俺は宝箱だから、武器を持って戦えない〟
〝なら、自分が武器になればいい〟
戦の王が——声を上げて笑った。
「ハハハハハハハハハハハハハハッ!」
今までで一番、嬉しそうな笑い方だった。
「面白い、面白いぞ宝箱! 武器を持てぬなら、武器に化けるか! その発想は——我にもなかった!」
戦の王が拳を握った。
「来い、蓋を開ける者。今度こそ、武で語ろう」
◇
俺はズズズで、戦の王に突っ込んだ。
外蓋の剣を、戦の王の腹に振り下ろす。
戦の王が、右手の闘気で受けた。
ガキィッ!
剣と闘気がぶつかる。剣の刃に亀裂が入った——けど、すぐに修復された。擬態だから、形を維持し続ければ蓋から再生する。
戦の王が、左手で槍の刃の部分を掴んだ。
俺は左の蓋ごと、戦の王の方に押した。槍の柄を引かれる感覚。
でも俺は、内蓋の盾を、戦の王の頭に向けて振り上げた。
戦の王が首を反らせて避けた。
その反らせた瞬間に——背面の蓋から、鎖鎌の鎖を、戦の王の右脚に投げた。
ジャラランッ!
鎖が戦の王の右脚に絡まった。
戦の王が左手で槍を引きながら、右脚を引こうとした——
鎖が——ガッチリ絡んでる。
〝右脚は鎖、左手は槍、右手は剣〟
〝残るは——〟
俺の右の蓋(斧)を、戦の王の——
左肩に。
戦の王が、空いてる左肩で受けた。
いや、受けようとした瞬間、戦の王が——空中に飛んだ。
鎖を引きずったまま、戦の王が垂直跳び。三メートルくらい。
俺の斧が空振った。
戦の王が、空中で——
「ふっ」
息を吐いた。
闘気の塊が、放射状に広がった。
空気の波。
俺の鎖が——千切れた。蓋から伸びてた鎖が、闘気で吹き飛ばされた。
戦の王が着地した。素手で、鎖から自由になって。
「うむ。……今のはギリギリだったぞ、宝箱」
戦の王が、汗をかいてた。
初めて、汗を。
「我に汗をかかせるか。八百年ぶりだ」
〝……まだまだ、これから〟
パカッ。
俺の蓋——五枚すべて、変形を維持。
まだ、戦える。
◇
戦の王が構え直した。
今度は、両足を肩幅に開いて。両手を、自然に下げて。
「武人の構えだ。我の正式な構えを見せる」
戦の王の体から、闘気が——変わった。
量じゃない。質が。
今まではだだ漏れに広がってた闘気が、戦の王の体に、ぴったり張り付いた。
ガルドが息を呑んだ。
「あれが……戦の王の本来の構え……」
ナギが下半身の蛇を巻いた。
「圧が……減ったように見えるけど、これ、実は逆にやばいやつだろ……」
ガウルが耳を伏せた。
「ガウ……。匂いはないけど、気配が——刃みたいに鋭くなった」
戦の王が、静かに告げた。
「我の本気は——あと三段ある」
……あと三段。
今が七割。あと三段ってことは、九割十割と——もう一段、上があるってことか。
戦の王が、口角を上げた。
「だが、おまえたちはここまで来た。我の三割を超え、五割を超え、七割の構えを見させた。これは——八百年の眠りの中で、初めての体験だ」
戦の王が、わずかに頭を下げた。
「敬意を払う。蓋を開ける者。そして——その仲間たちよ」
…………。
戦の王が、敬意を払う。
武人としての敬意を。
パカッ。
俺は蓋を、頭を下げる代わりに、軽く動かした。武器を構え直す動き。応える、武人の仕草だ。
戦の王が頷いた。
「では——」
戦の王の闘気が、また増した。
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戦の王・状態:戦闘モード
出力:本気の九割
* 出力が上がりました
──────────────────
九割。
最後の段階に近づいてる。
戦の王が、両手の指を軽く動かした。
「最後まで、語り合おうではないか」
◇
俺は——蓋の武装を、握り直した。
ガルドが横で、両腕の闘気を再構築した。
レグナが蒼い炎を、いつもより激しく燃やした。
ガウルが体勢を低く構えた。
ナギが砂を、両手に展開した。
全員が、戦の王と向かい合う。
六対一。
でも——なぜか、互角に見える。
武人としての敬意の上で、互角に見えるんだ。
戦の王が、初めて、姿勢を戦闘姿勢に変えた。
全身に殺気が宿る。でも、汚い殺気じゃない。澄んだ殺気だ。武人の殺気。
〝行くぞ〟
ガルドが頷いた。
「ああ!」
六人が、戦の王に向かって同時に駆け出した。
◇
【次回】戦の王、本気の九割。最後の語り合いが始まる。タカラの〝武装擬態〟と仲間の連携で、戦の王を押し込めるか。




