第60話「宝箱、突っ込みます」
戦の王が、素手で構えた。
武器を地面に置いた魔王が、両手の指を軽く開いて、ゆったりと立ってる。
でも——隙がない。
Aランクが何人束になっても、たぶん勝てない。Sランクの俺でも、正直、勝てるかどうかわからない。
なんで戦の王は剣を捨てたんだ? その方が強そうなのに——
いや、違うな。
あいつは、剣を持ってる方が「制約があった」んだ。
二刀流ってのは、両手が剣で塞がってる。素手なら、両手が自由だ。掴むも、殴るも、投げるも、自由自在。
武器を捨てて、強くなった。
……困ったな。
◇
ガルドが横で唸った。
「タカラ、これマジでやばいぞ」
〝知ってる〟
「奥の手なしで、いけるのか?」
〝武で語るって決めただろ〟
「決めたけどさ……」
ガルドが拳を握り直した。
「ま、いいか。やるしかねえ」
ガルド、覚悟が早いな。さすがホブゴブリンの軍団長だ。
〝ガルドが先陣切れ〟
〝レグナがおまえの援護〟
〝ガウルとナギが側面〟
〝俺は——後方から〟
ガルドが頷いて、地面を蹴った。
「うおおッ!」
ガルドが正面から戦の王に突っ込む。〝覇拳〟の闘気を込めた拳が、戦の王に向かう。
戦の王が——避けない。
受け止める。
戦の王の左の手のひらが、ガルドの拳を受けた。
ガキィッ!
拳と手のひらがぶつかる音。普通なら、戦の王の手が砕ける——でも、戦の王は無傷。
戦の王の手のひらに、赤い闘気が薄く纏ってる。
ガルドの闘気を、戦の王の闘気が受け止めてる。
「……ガルドの拳が、止まった……!?」
ナギが目を見開いた。
今までガルドの〝覇拳〟を素手で受け止めたやつなんて、いなかった。Aランクのワイバーンも、Sランクの砂帝蠍も、砂鬼将ですら、ガルドの拳には何かしらダメージを受けた。
戦の王だけが——平然と受けてる。
戦の王が、ガルドの拳を受けたまま、にやっと笑った。
「拳に闘気を込めるのは良い。だが——闘気の量がまだまだ足りぬな」
戦の王が右手をすっと持ち上げた。
ガルドの腹に、軽く、添えた。
ぽんっ。
ただ手のひらを当てただけに見えた。
次の瞬間——ガルドが吹き飛んだ。
ホールの壁まで、十メートル飛んだ。背中から壁にぶつかって、ずるずると床に落ちた。
「ぐはっ……!」
〝ガルド!〟
ガルドが咳き込んでる。鎧の上から身体に響くような音が鳴った。
戦の王の右手——あれ、闘気を瞬間的に圧縮して放出したのか。「掌底」って格闘技の技だ。表面じゃなく、中を破壊する打撃。
Aランク上位のガルドの体が、軽い掌底で十メートル吹っ飛ぶ。
……格が違う。
◇
レグナが動いた。
「〝蒼き炎の剣〟!」
レグナが蒼い炎の剣を生成して、戦の王に斬りかかった。
戦の王が——左手を、剣の刃に当てた。
素手で。蒼い炎の剣を、素手で。
ジュッ——という音はしたけど、戦の王の手は焼けてない。
戦の王の手のひらに、赤い闘気が膜のように張ってる。蒼い炎を、闘気の膜が遮ってる。
「魔王軍の蒼炎か。八百年ぶりに見るな」
戦の王が剣を素手で受けたまま、ふっと笑った。
「対話の王の側に、こういう炎を出す者がおったな。確か——蒼烈将軍と呼ばれていたか」
レグナが目を見開いた。
「……それは、我の名だ」
「ほう。おまえが蒼烈将軍か。八百年ぶりに名を聞く相手だな」
戦の王が左手で剣を握った——掴んだまま、ぐっと押し戻した。
レグナの体が、剣ごと押し戻される。Sランク級のレグナが、片手で押し負けてる。
「だが——蒼烈将軍の本気はこんなものではなかった」
戦の王が剣を放した。
「魂が不完全か。哀れな」
レグナが——歯軋りした。骸骨だから歯軋りの音が乾いてるけど。
「……まだ、終わっておらぬ」
レグナが蒼い炎を全開に燃やした。〝蒼き炎の鎧〟を纏う。
でも——戦の王が、もう動いていた。
「遅い」
戦の王が、レグナの懐に飛び込んでた。一歩で。
戦の王の右の拳が、レグナの胸の鎧に向かう。
レグナの鎧が砕けるかもしれない——
〝レグナ!〟
俺が万蓋から蔦を射出した。戦の王の右腕に絡ませる——
絡みつく前に、戦の王の闘気が膨れ上がった。蔦が燃えた。蔦が触れる前に、闘気の熱で蒸発した。
戦の王の拳が、レグナの胸に届いた。
レグナが——飛んだ。後ろに。蒼い炎の鎧ごと。
壁にぶつかる前に、レグナが空中で体を捻って、なんとか着地した。
「ぐっ……鎧でなければ、肋骨が砕けていたな」
レグナの蒼い炎が、少し弱くなった。鎧で衝撃を吸収したけど、ダメージは入った。
戦の王が——俺を見た。
「次は、おまえか? 蓋を開ける者よ」
……うん、そうなるよな。
でも、その前に——
◇
ガウルが走り出した。
「〝銀牙疾走〟ッ!」
銀色の残像が、ホールの床を駆ける。床の表面が削れる速度。
戦の王の側面に回り込もうとして——
戦の王が、ぱっと振り返った。
ガウルの動きを、目で追ってる。
「ほう。蓋を開ける者の側に、ウォーウルフもいるか」
戦の王が動いた。一歩。
その一歩で、ガウルの進路上に立ってた。
ガウルが急停止——できない。〝銀牙疾走〟は止まれない。止まったらスキルが切れる。
戦の王が、走り抜けようとするガウルの首根っこを——掴んだ。
「ガウッ!?」
Aランクのウォーウルフを、戦の王が片手で吊り上げた。子犬みたいに。
「速いな、ウォーウルフ。だが、目で追える程度だ」
戦の王が、ガウルをぽいっと放った。
ガウルが空中でぐるぐる回って、なんとか着地した。
「ガウ……。手加減された……」
手加減か。
戦の王の目には、ガウルの〝銀牙疾走〟の最高速も、追える速度なのか。
ナギが砂を一気に展開した。
「〝砂塵舞踏〟!」
ホールの岩を全部砕いて砂に変えて、戦の王を包み込もうとした。砂の渦で動きを封じる戦法。
戦の王が——息を吐いた。
「ふっ」
ただの呼気。それだけで、戦の王の周囲の砂が——飛んだ。
ナギの砂の渦が、戦の王の闘気で全部弾かれた。
「……まじかよ」
ナギが愕然とした。
戦の王が、ナギを見た。
「砂蛇族の進化体か。かつて我の領土に住んでいた一族だな。よく封印から覚醒したな」
「……あんたの領土?」
「ああ。砂蛇族は、戦に巻き込まなかった。我は弱者を巻き込まぬ主義だった」
ナギが——複雑な顔をした。
「敵か味方かわかんねえな、あんた」
「ふふっ……武人なだけよ」
◇
戦の王が、俺の方に体を向けた。
「次は、おまえだな。蓋を開ける者よ」
……順番が回ってきた。
仲間たちは、全員ダメージを受けてる。ガルドは内臓を打たれて呼吸を整えてる。レグナは胸を打たれて鎧が薄くなってる。ガウルは戦の王に放り投げられた。ナギは砂を弾かれて動揺してる。
俺の番だ。
〝査定〟で戦の王を見る。
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〝査定〟
対象:戦の王
総合戦力:SS+
筋力:S+ 敏捷:S 耐久:S+
魔力:A+ 闘気:SS+
武術:SS+
状態:戦闘モード(本気の三割)
* まだ全力ではありません
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……三割。
俺たちは、戦の王の本気の三割と戦ってる。
全力の戦の王は、たぶんSランクが何人かかっても勝てない化け物だ。
じゃあ——あいつの全力を引き出すには、こっちが本気を出さないと。
遠距離からの攻撃は通用しない。蔦は燃やされる。砂は弾かれる。レグナの蒼炎すら受け止められる。
〝武で語る〟。
戦の王の流儀で——近づいて、ぶつかる。
俺が?
パンドラボックスの、七十センチの宝箱が?
三メートルの武人に、近距離で?
……ふつうに、ありえない。
ありえないけど。
パカッ。
〝行くぞ〟
戦の王が眉を上げた。
「ほう? 宝箱が、近づくか」
俺はズズズで戦の王に向かって移動を始めた。
超高速ズズズ。ウォーウルフ並みの速度。
戦の王が、面白そうに俺を見てる。
「来い、蓋を開ける者」
◇
俺の戦闘スタイルは——遠距離型だ。
収納で覚えたスキルを、蓋から射出する。万蓋で全方位から撃つ。それが俺の戦い方。
近接戦闘は——ミミックの本能だけだ。「噛みつき」。蓋を獲物に挟みつけるだけ。
でも今は、それを使う場面だ。
ズズズで戦の王の目の前まで突っ込んだ。
戦の王が、しゃがんで俺と向かい合った。
「目線を合わせよう。武人として」
目線、合わせてくれるんだ。優しいな。
戦の王が、俺の前で片膝をついた。それでも頭が俺より高い。三メートルだもんな。
俺は、蓋を開けた。
パカッ。
全開。最大限。
戦の王が——目を細めた。
「噛みつくか?」
〝そうだ〟
戦の王の右腕に向かって、俺は蓋で噛みついた。
ガパァンッ!
戦の王の腕が、蓋に挟まる——前に。
戦の王が腕を引いた。
寸前で、引いた。
俺の蓋は、空気を噛んだだけ。
戦の王が立ち上がった。
「速い噛みつきだな。ミミックらしい一撃だ。だが——遅い」
……遅いか。
でも、これだけじゃない。
俺の蓋は——五枚ある。
戦の王が右腕を引いた瞬間、俺は——左の蓋を、戦の王の左脚に向かって噛みついた。
ガパァンッ!
戦の王が——左脚も引いた。素早く。
でも、その動きで——戦の王の体勢が、わずかに崩れた。両手両足のうち、二つが防御に回ってる。
その隙を——
俺の右の蓋から——不意打ちの〝尾撃砲〟!
至近距離で、戦の王の腹に向かって砲撃。
戦の王が——左の手のひらで、砲撃を受けた。
ボォンッ!
砂の弾丸が、戦の王の手のひらで爆発した。
戦の王の手のひらは——無傷。
でも、砲撃の閃光と煙で、視界が一瞬遮られた。
その瞬間に——
俺の背面の蓋から、〝|空間収納〟!
戦の王の腰の後ろに、空間収納の口を開けた。
戦の王の腰のベルト——飾りで付いてる短剣を、収納で吸い込んだ。
ずるっ。
短剣が消えた。
戦の王の表情が変わった。
「ほう」
戦の王が、自分の腰に手を当てた。短剣がない。
「武器を、奪ったか」
〝奪ってない 収納しただけだ〟
「同じことだ」
戦の王が、笑った。今までで一番、楽しそうな笑い方。
「面白い、面白いぞ。蓋で噛みつき、闘気を装った砂弾で目を眩ませ、その隙に背後の収納で武器を奪う。……これは、武の連携だな」
戦の王が——両手を広げた。
「ようやく、興が乗ってきた」
戦の王の体から、闘気が——倍になった。
〝査定〟が更新された。
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戦の王・状態:戦闘モード
出力:本気の五割
* 出力が上がりました
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三割から五割。
戦の王が、本気を出し始めた。
ガルドが体を起こしながら言った。
「タカラ……戦の王、ノってきたぞ」
〝知ってる〟
〝でも、これが俺たちの仕事だ〟
戦の王の願いは「強き者と語り合うこと」。あいつの全力を引き出して、武で語り合う。
……次は、もう一段、深い戦いになる。
パカッ。
〝全員、続くぞ〟
◇
【次回】戦の王、本気の五割。タカラが新たな宝箱の戦術を編み出す。武で語る——その意味が、両者に通じ始める。




