第59話「武で、語ろう」
螺旋階段を上りきった。
最終階層——七階。
扉の前に立つ。これまでの階の扉と違って、紋様が複雑だ。古代の文字が刻まれてる。
俺の蓋裏が反応した。
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第二の塔・最終階層
* この扉を開けば
戦の王と相対します
* 戦の王は対話だけでは
心を開きません
* 武で示す必要があります
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武で示す。
パカッ。
〝行くぞ〟
扉に蓋を押し当てた。紋様が反応する。ゴゴゴゴ……。
扉が開いた。
◇
中は——広い円形のホールだった。
他の階よりずっと広い。直径五十メートルくらい。天井が高い。塔の頂点だから、天井に窓があって、空が見える。砂漠の青い空が。
ホールの中央に——一人、立っていた。
大きい。三メートルくらいか。砂鬼将より少し背が低い。でも、骨格が違う。鬼じゃない。人間に近い体型——でも筋肉がでかい。
全身に赤い鎧。どこか古代の戦士みたいな造形。
頭は——兜じゃなくて、剥き出し。短く刈り上げた赤い髪。日焼けした褐色の肌。鋭い目つき。年齢は、四十代くらいに見える。
両手に——剣。
左手に長剣、右手に短剣。二刀流。
戦の王。
……封じられて八百年経つ魔王が、こんな現役感のある姿で立ってる。
目を、合わせた。
戦の王が——わずかに口角を上げた。
「来たか、蓋を開ける者」
重さのある声だ。怒鳴ってるわけじゃないのに、ホール全体に響く。
「我の塔を、この階まで上ってきたか。配下の試練を全て突破して」
〝そうだ〟
俺の蓋文字を、戦の王が見た。
「ふむ……宝箱が、文字を出すか。面白い」
戦の王が剣を構えた——わけじゃない。剣を持ったまま、両手をだらりと下ろしてる。
「だが——何の用で来た?」
〝おまえを浄化しに来た〟
ガルドが横で拳を握った。レグナが蒼い炎を灯した。ガウルが唸った。ナギが下半身の蛇を巻いた。リーリアが後ろで深呼吸した。
戦の王の目が——細くなった。
「浄化、か。……この我を消すか?」
〝消すんじゃない 送り出す〟
「言葉遊びだな。結果は同じ——我は、もう存在しなくなる」
〝そうだ〟
戦の王が——目を伏せた。
「……望むところだ」
え?
「我は、もう疲れた。八百年の眠りの中で、ずっと考えていた。もういい、と」
戦の王が剣を下ろした。
「だが——」
目を上げた。
「ただ消えるのは、武人としての作法に反する」
戦の王が、両手の剣を構え直した。
「我は、強き者と語り合いたかった。それが我の願いだった。八百年前、それを誰も理解しなかった——いや、最後に一人だけ、理解した者がいた」
〝大賢者か〟
「大賢者は、我の願いを理解した。だが——同時に、我の戦いを止めるべきだとも判断した。だから、封じた。我の願いを尊重しつつ、我を止めるために」
大賢者は知ってたんだな。戦の王が「戦をやめたい」と思ってたことを。
「我は、八百年眠った。誰とも語らずに。だから——最後に、一度だけ」
戦の王が、剣を構えた。本気の構え。
「武で、語ろう。我と」
「強き者と語り合いたかった、我の願いを。最後に叶えてくれ」
◇
……これが、戦の王の願いだったのか。
戦って、勝つことが目的じゃない。
武で語ることが、彼なりの対話だった。
砂鬼将が言ってた。「あの方を、力で負かしてやれ」。
亡霊公が言ってた。「我らは十分に戦った。もう眠っていい」。
配下たちは——王の願いを知ってたんだ。だから「武で語る」ことを、俺たちに託した。
パカッ。
俺は、蓋文字を出した。
〝武で語ろう〟
〝俺たちが、おまえと〟
戦の王の目が光った。
「よかろう」
でも、俺は付け加えた。
〝言っておくけど〟
〝俺には、奥の手がある〟
〝固有スキル〟
〝禁忌の宝箱〟
〝相手を空間ごと飲み込む技だ〟
戦の王が眉を上げた。
「そのような技があるか」
〝でも、おまえには使わない〟
〝おまえとは、武で語る〟
〝おまえの願いを、踏みにじりたくない〟
戦の王が——一瞬、呆けた顔をした。
それから笑った。
大声で。豪快に。
「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
ホール全体に笑い声が響く。
「面白い! これは面白い宝箱だ!」
戦の王が——剣を握り直した。
「奥の手を持ちながら、それを使わぬと宣言する。武人の流儀だな。それも、最高の流儀だ」
戦の王が地面を蹴った。
「ならば——応えよう」
戦の王の体から、赤い闘気が立ち昇った。
ガルドの覇拳の闘気とは比べ物にならない量。比べ物にならない密度。
ホール全体の空気が——重くなった。
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〝戦の王のスキル:無双闘気〟
闘気を全身に纏う。
周囲の弱者は気圧されて
動けなくなる。
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ガルドが——足を踏ん張った。
「ぐっ……重ぇ……」
ガウルが床に伏せかけた。
「ガウ……体が……!」
ナギが下半身の蛇を強く巻いた。
「これが……魔王の闘気か……!」
Aランク以下が、闘気だけで動けなくなる。
でも——
レグナが前に出た。
「〝蒼き炎の鎧〟」
蒼い炎がレグナの全身を包む。鎧になる。
蒼い炎の鎧が——赤い闘気を弾いた。レグナの周囲だけ、闘気の影響が薄い。
レグナが他の仲間たちを、蒼い炎で包んだ。
「我の鎧の領域に、皆を入れる」
ガルドが体を起こせるようになった。
「お……動ける」
ガウルもナギも、立ち上がった。
戦の王が——感心した顔をした。
「蒼の炎を纏う骸骨か。我が知っておる炎ではないな……対話の王の側にいた、四将軍の一人か」
レグナが頭を下げた。
「死霊将軍レグナ。お初にお目にかかる、戦の王よ」
「そうか。対話の王の将軍が、蓋を開ける者の側にいるのか。世は変わったな」
戦の王が両手の剣を構えた。
「では——始めよう」
◇
最初に動いたのは——ガルドだった。
「いっくぜぇ!」
ガルドが正面から突進。〝覇拳〟で殴りかかる。
戦の王が——左手の長剣で、ガルドの拳を受けた。
ガキィッ!
拳と剣がぶつかる音。普通なら拳が斬られる——でも、ガルドの拳は闘気に包まれてる。剣で斬れない。
戦の王が片手で受け止めて、笑った。
「拳に闘気か。我の流儀に近いな」
戦の王が右手の短剣を下から振り上げた。ガルドが咄嗟に飛び退く。短剣が頬を掠めて、血が一筋流れた。
ガルドが舌打ちした。
「速えな……一撃で持っていかれかけた」
戦の王が二刀流のまま、ゆったりと構えた。
「これは小手調べだ。本気の一撃を受けてみよ」
戦の王が地面を蹴った——
いや、消えた。
ガルドの正面から、戦の王が消えた。
ガルドが反応する前に——背後に現れていた。
「な——」
長剣がガルドの背中に振り下ろされる。
ガルドが間に合わない——
〝ガルド!〟
俺が万蓋から〝空間収納〟を発動。戦の王の長剣を、蓋で吸い込もうとした。
でも——剣は吸い込まれなかった。
戦の王が剣を引いた。一瞬で。
「ほう……空間収納か。これも面白い」
戦の王が俺を見た。
「だがその技、我に向けて使ったな?」
〝おまえじゃなく、おまえの剣だけ吸い込もうとした〟
「同じことだ。武人の武器を奪うのは、武人本人を倒すのと同じだ」
戦の王が舌打ちした。
「これは——もう少し、我の流儀を理解してから挑むべきだったな」
戦の王が両手の剣を、地面に置いた。
「武器を取り上げられるのなら——我から放棄しよう」
戦の王が素手で構え直した。
「素手でも、おまえたちには負けん。受けてみよ」
……戦の王、武器を捨てた。
武器を持たない武人。
でも——構えが、さっきまでより危険だ。剣を持ってるときより、隙がない。
戦の王の素手の方が、二刀流より強い気がする。
ガルドが息を呑んだ。
「……とんでもねえな、こいつ」
〝同感だ〟
でも——戦うしかない。
武で語る。それが、戦の王の願いだ。
パカッ。
〝全員、行くぞ〟
ガルドが拳を構え直した。
レグナが蒼炎剣を握り直した。
ガウルが体勢を低くした。
ナギが砂——いや、ホールの岩を砂に変え始めた。
リーリアが後方で巫女の祈りを準備した。
六対一。
戦の王が、笑った。
「来い」
◇
【次回】戦の王との武の語らい。タカラの全スキルが試される。




