第57話「宝箱は、頭でも勝負する」
五階に上がった。
ホールに入った瞬間——背後で扉が閉じた。ゴゴゴゴッ、と重い音を立てて。
全員が振り返った。
扉に紋様が浮かび上がる。閉じ込められた。
ホールの壁を見回す。
今までの階と違って、何もいない。岩人形も、岩の巨人も、影も、炎の蛇もいない。
ただの広い円形のホール。
空中に金色の文字が浮かんだ。
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第五階層の試練
戦は剣だけにあらず。
知も武の一つなり。
三つの問いに答えよ。
全てに正答すれば扉は開く。
一つでも誤れば、扉は永遠に閉ざされる。
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……知略の試練。
しかも一発勝負。
ガルドが頭を抱えた。
「うわ、これ俺、無理だ。俺の頭じゃ、無理だ!」
〝おまえは黙ってていいぞ〟
「お、おう……そうだな」
ガルドが静かになった。素直だな。
◇
最初の問いが、空中に浮かんだ。
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問い一
ある王が三人の戦士を試した。
一人目は剣で岩を割った。
二人目は弓で空の鳥を射た。
三人目は何もしなかった。
王は三人目の戦士を側近に選んだ。なぜか。
答えよ。
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…………。
なんかの謎かけだ。
ガウルが首を傾げた。
「ガウ。三人目、何もしなかったのに選ばれた? わかんない」
ガルドが腕を組んだ。
「無能だから選ばなかった——ってのは違うか。選んだって書いてある」
ナギが顎を撫でた。
「動かないことが正解? 罠だったとか」
みんな考えてる。でも——決め手がない。
俺は——冒険者時代を思い出してた。
冒険者ギルドで何度か、こういう問いかけをされたことがある。先輩冒険者からの試練だった。
『タカラ、ダンジョンで宝箱を見つけた。開けるか開けないか』
俺は「開ける」と答えた。
先輩は「不正解だ」と言った。「いいか、ミミックの可能性を考えろ。安易に開けるのは三流の動きだ。一流は——周囲を確認してから判断する」
今でこそ俺自身がミミックなんだから笑い話だけど、あの教訓は覚えてる。
「動く」より「動かない」を選ぶことに、価値がある場合がある。
〝動かないことを選んだ〟
俺が蓋文字を出した。
〝この戦士は動くべきタイミングがそこじゃないと判断した、動かないという判断をした〟
〝判断〟こそが武だ。剣で岩を割るのも、弓で鳥を射るのも、ただ「できる」だけ。三人目だけが「やらない」という積極的な決断をした。
空中の文字が、変わった。
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正答
動かぬという判断こそ、最も難しき武。
三人目は王の意図を察し、
自らの判断で動かぬことを選んだ。
戦士の本質は判断にあり。
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よかった、合ってた。
ガルドが感心した顔をしてる。
「タカラ、おまえ……頭いいな」
〝冒険者時代の先輩の教えだ〟
次の問いが浮かんだ。
◇
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問い二
一人の兵が、千の敵に囲まれた。
武器はなく、味方もなく、
退路も断たれている。
兵は何をすべきか。
答えよ。
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絶望的な状況だ。
ガルドが眉を寄せた。
「死ぬ覚悟で戦う、じゃダメだよな、こういう問題」
〝それじゃ凡庸な答えだ〟
ガウルが鼻を鳴らした。
「逃げるしかない、けど退路が断たれてる……」
ナギが手を挙げた。
「降伏する? 武器がないなら勝ち目もないし」
全員が考え込んでる。
俺も考えた。
武器なし、味方なし、退路なし。普通なら詰みだ。
でも——「武器」って何だ? 剣か? 拳か? 武器の定義は広い。
言葉も武器だ。声も武器だ。
千の敵に囲まれてる。一人で、普通は殺される——でも、千の敵には千の心がある。
千の心を動かせれば、勝てる。
〝言葉で交渉する〟
俺が蓋文字を出した。
〝武器がないなら言葉で武装する。千の敵全員を敵に回す必要はない、その中の一部を味方にする〟
〝千人いれば必ず迷ってる者がいる。その心に語りかければ、内側から崩せる〟
文字が変わった。
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正答
真の武とは、剣を振るうことのみに非ず。
言葉もまた、千の敵を崩す武なり。
兵は声を上げ、千の中の迷いを掴んだ。
戦の王は、これを最も尊んだ。
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戦の王は——力で全てを決めた魔王、ってイメージだったけど。
言葉も武として認めてたのか。
戦の王の像が、少しずつ変わっていく。単なる戦闘狂じゃない。
……案外、対話の王と話が合ったかもな、戦の王。やり方が違うだけで。
最後の問い。
◇
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問い三
戦の王は、なぜ封印されたか。
答えよ。
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…………。
これは——難しい。
戦の王の本人の動機を答えろってことだ。
ガルドが眉をひそめた。
「暴れたから……?」
ナギが首を振った。
「戦の王は対話の王みたいに大陸を焼いたわけじゃないって、長老が言ってた。砂蛇族みたいな弱い種族には手を出さなかったって」
じゃあ、なぜ?
レグナが静かに言った。
「我の知る限りでは……戦の王は、ある日突然〝戦をやめる〟と言ったらしい」
〝え〟
「戦の王は戦いを愛していた。だがある日、何かを悟って〝もう戦わぬ〟と宣言した。配下の将軍たちは混乱した。戦の王が戦をやめるなど、ありえぬことだったから」
戦の王が戦をやめる。
「だが大賢者たちは、それを信じなかった。あるいは——信じたかったが、戦の王が再び戦うことを恐れた。だから、戦をやめた状態の戦の王を、そのまま封じた」
戦をやめた瞬間に封印された。
……それは、悲しい話だな。
俺は文字を浮かべた。
〝戦の王は戦をやめた〟
〝でも周囲が信じなかった 大賢者たちは、戦の王が戦をやめると言ったまさにその時に封印した〟
〝戦の王は——戦をやめたから封印された〟
空中の文字が——震えた。
長い沈黙の後、新しい文字が現れた。
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正答
戦の王はある日、悟った。
戦は手段にすぎぬと。
真に望むのは、強き者と語り合う場であった。
だが、人と魔は王を理解しなかった。
戦をやめた王は、戦を続ける王より
危険だと判断された。
戦の王は——〝望み〟と共に封じられた。
これが真実なり。
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…………。
戦の王の真実。
戦をやめた瞬間に、戦をやめたいと願った瞬間に、封じられた王。
悟ったのに、それを誰も理解しなかった。
…………。
暗い真実だ。
ホールの扉が——重い音を立てて開いた。
次の階層への階段が現れる。
◇
ガルドが黙ってた。
いつもなら「やった、行こうぜ」って言うやつなのに、何も言わない。
「タカラ。……戦の王、ちょっと可哀想じゃないか」
〝ああ〟
「戦をやめたいって言ったのに、その瞬間に封じられたのか」
〝そういうことらしい〟
ガウルが耳を伏せた。
「ガウ……。それを聞いた後で、戦の王と戦うのか、俺たち」
〝戦う、そして浄化する〟
〝でも、今までと意味が変わってきた〟
戦の王は、戦いたかったわけじゃない。最後は——戦をやめたかった。なのに封印された。
戦王軍の砂鬼将が言ってた。「あの方を、力で負かしてやれ」。
亡霊公が言ってた。「我らは十分に戦った。もう眠っていい、と」。
戦の王の周りの者たちは、王が戦いをやめたかったのを知ってたのか。それとも——王が封じられて八百年経って、ようやくそう思うようになったのか。
わからない。
でも、戦の王自身は——もう戦いたくないんじゃないか。
なら、なぜ俺たちは戦って認めさせる必要がある?
……いや、必要だ。
力で示さないと、戦の王はこっちの言葉を信じない。
「戦をやめたい」と言ったのに、誰も信じなかった八百年前のように。
俺たちが「もう戦わなくていい」と言うために、まず戦って——「俺たちはおまえと対等だ」と示さないといけない。
パカッ。
〝行くぞ〟
全員が頷いた。
知略の試練を抜けて、次の階層へ。
◇
六階に上がった。
今度は、長い廊下だった。
赤い岩の廊下が、まっすぐ伸びてる。両側の壁に、無数の鎧が立てかけてある。空っぽの鎧。中身がない。
空中に文字が浮かんだ。
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第六階層の試練
ここに眠る戦士は千。
鎧を纏うのは戦の王の元戦士たち。
彼らの記憶を踏み越えよ。
一斉に動き出すぞ。
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…………。
千。
壁の鎧が——一斉に動き出した。
空っぽの鎧の中に、赤い光が灯る。それぞれが武器を持ち上げる。剣、槍、斧、弓、盾。各々の装備で。
千。本当に千いる。両側の壁に、ぎっしり。
鎧が一斉に廊下に踏み出した。
千対六。
ガルドが拳を構えた。
「……これは、力だけじゃ無理だな」
〝総力戦だ〟
全員のスキルを総動員する。今までの試練で得た連携を、全部使う。
ガルドの拳。レグナの蒼炎。ガウルの疾走。ナギの砂操作。リーリアの支援。アイの回復。
そして俺の万蓋。
千の戦士たちが、廊下を埋め尽くしながら——突進してきた。
◇
【次回】六階——千の戦士たちとの総力戦。塔の中での、最大規模の戦闘が始まる。




