第56話「速さと、炎と」
三階に上がった。
また円形のホールが広がる。赤い岩の闘技場。
でも——今回は何もいない。敵が見えない。
空中に文字が浮かんだ。
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第三階層の試練
影は壁より速く動く。
影を捕えた者のみ、上へ進むがよい。
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影。
全員が壁を見た。何もいない。ただの赤い岩の壁。
ガルドが首を傾げた。
「影って……?」
瞬間——壁の表面を、黒いものがすっと横切った。
速い。
ガウルの耳が立った。
「ガウ! 今、何か通った!」
壁の別の箇所を、また黒いものが走った。
影だ。壁に映る影。でも、影を作る物体がない。影だけが壁を走ってる。
一匹じゃない。二つ、三つ、五つ——十以上の影が、ホールの壁を自在に走ってる。
〝査定〟で視てみる。
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対象:影魔
総合戦力:C〜B(個体差)
体:実体なし(影のみ)
速度:極限(光より少し遅い程度)
弱点:光に当たると一瞬固まる
* 物理攻撃は無効
* 光魔法または速度で捕獲せよ
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実体なし。物理攻撃無効。速度は光より少し遅いくらい。
……なんじゃこれ。
ガルドが舌打ちした。
「俺の拳じゃ届かねえってことか」
〝届かないな 実体がないから〟
レグナが蒼い炎を灯した。
「光は……我の炎は光属性に似ておる。効くかもしれぬ」
レグナが炎を放つ——その前に、影の一つがレグナの足元を走り抜けた。
レグナが反応する前に、既に通り過ぎてる。
「……速い」
レグナの反応速度でも追いつけない。
そして——影の一つが、レグナの足元から体を駆け上がった。
レグナの脚、胴体、肩——影が体にぴったりくっついて走ってる。
レグナの動きが——止まった。
「……!? 体が……重い」
影が体に取り憑いてる。影で動きを封じられてる。
ガルドにも別の影が取り憑いた。ガルドも動けなくなった。
「な、なんだこれ……体が岩みたいに重い……!」
俺にも来た。影の一つが蓋の上を這ってる。
……でもパンドラボックスの外殻は魔力で構成されてる。影は魔力体——これ、効かないはずだ。
試しに〝万蓋〟を展開。
五枚の蓋から——白い光弾を射出。全方位。
光だ。ただの魔力砲撃だけど、光属性に近い。
パカンッ、パカンッ、パカンッ!
影たちが——ホールの中で、一瞬固まった。光弾の光を浴びて、影の動きが止まってる。
査定の通りだ。光に当たると一瞬固まる。
でも——ほんの一瞬だ。すぐまた動き始める。
〝ガウル! ナギ!〟
動けない連中に代わって、速度組を呼んだ。
ガウルは——影に取り憑かれてなかった。既に〝銀牙疾走〟で動き続けてたから、影が追いつけなかったんだ。
「ガウ! わかった!」
銀色の光を纏ったガウルが、走る。ホールの中を高速で。
ナギは——砂がないから砂塵舞踏が使いにくい。でも、体の動きは別だ。砂蛇族は本来、速い。
ナギが下半身の蛇の部分で壁を這い登った。
「砂蛇族は、もともと壁を走れる!」
ナギが壁の表面を高速で滑走する。金色の鱗が壁を掴む。普通の地面より速いくらいだ。
「ガウル! 下から追い込め! 俺が上から挟む!」
「ガウ! 任せろ!」
連携。ガウルが床側から、ナギが壁側から。影を挟み込む。
俺は万蓋で光弾をばら撒き続ける。影が固まる瞬間を作る。
「〝銀牙疾走〟——最高速!」
ガウルの体から、銀色の牙型の衝撃波。
光で固まった影の一つに——牙が突き刺さった。
実体のない影に、実体のない魔力の牙。
キュゥゥゥン——!
影が霧散した。魔力体同士なら傷つけられる。
「おっし! 行ける!」
ナギが壁を這いながら、砂——じゃなくて、壁の岩を削って砂に変える。それをロープ状に編んで、影に投げた。
影が壁を走ってる軌跡に沿って、ナギの砂のロープが追う。
俺の光弾で固まったタイミングで、ナギの砂ロープが影を掴んだ。
「捕まえた!」
掴んだ影を、ナギが壁から引き剥がした。
そして——レグナに投げた。
動けないはずのレグナが——蒼い炎を一気に燃え上がらせた。影に取り憑かれたまま、炎を全開。
「〝蒼き炎の剣〟!」
体の中から蒼い炎が爆発するように広がった。取り憑いてた影が吹き飛ばされる。
そして——ナギが投げた影に、蒼い炎が直撃。
影が燃えた。
キュゥゥゥン!
消えた。
◇
連携がうまくいった。
ガウルが床側で影を追い詰める。ナギが壁側で捕獲する。俺が光弾で固める。レグナが蒼い炎で焼き尽くす。
ガルドは——動けないまま、待機。
「くそっ、俺の出番がねえぞ!」
〝おまえは次の階層で頑張れ〟
「……了解」
五体、六体、七体——影が次々に消されていく。
最後の一体。
壁を猛スピードで走ってる。十体目を倒した俺たちの攻撃を警戒してる。距離を取ってる。
ナギが壁から一度下りた。
「こいつ、賢いな。追い詰めるには別の手が要る」
〝俺に任せろ〟
五枚の蓋、全開。
そして——〝禁忌の宝箱〟を——使わない。魔力の無駄遣いだ。雑魚一匹に切り札は使わない。
代わりに——〝五連星〟。
五種類の攻撃を、影の進行方向五箇所に同時射出。
ファイアランス、フロストエッジ、光弾、蔦、尾撃砲。
それぞれが、影が「次に走りそうな場所」に着弾する。
影は速いけど、進路を読まれたら避けられない。
どの進路を選んでも、五発のうちどれかに当たる。
影が——ファイアランスに突っ込んだ。
ボォッ!
炎が影を焼き尽くした。
消えた。
全滅。
◇
ガルドとレグナの体から、影の呪縛が解けた。
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第三階層の試練——達成
速き者たちよ、よくぞ捕えた。
次の階層へ進むがよい。
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ガルドが体をほぐした。
「あー……動ける。くそ、俺の出番が全然ねえ階だった」
ナギが笑った。
「俺と狼の階だな、今のは」
「ガウ。……おまえと連携、悪くなかったぞ、ナギ」
「おう、俺もだ」
犬と蛇が友情を深めてる。意外な組み合わせだ。
◇
四階に上がった。
また円形のホール。
でも——今度は違う。
床に魔法陣が刻まれてる。赤い光の魔法陣。巨大だ。ホール全体を覆う規模。
空中の文字。
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第四階層の試練
この階の守護者は〝炎心蛇〟。
魔力で以って、魔力に抗え。
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魔力の試練。今度はレグナか。
魔法陣の中央から——赤いものが湧き上がった。
蛇だ。炎でできた蛇。
でかい。体長十メートルくらい。全身が炎。目が赤く光ってる。
炎心蛇。
ナギが眉をひそめた。
「蛇の形だけど、俺の族じゃないな。魔力でできた蛇だ」
レグナが——蒼い炎を燃え上がらせた。
「……我の相手だな」
蒼い炎の剣を生成する。
炎心蛇が——口を開けた。
炎を吐き出した。幅五メートルの炎の奔流。
レグナが剣を——振った。
「〝蒼き炎の薙〟」
蒼い炎の斬撃が、赤い炎の奔流とぶつかった。
二つの炎が空中で激突して、打ち消し合う。
でも——相手の炎の方が大きい。レグナの斬撃は押し返されて、周囲の壁を焦がす。
炎心蛇が蛇の体で絡みついてきた。
レグナが飛び退く——炎の蛇が床をスライドして追ってくる。速い。
ガルドが拳を構えた。
「レグナ! 手伝うぜ!」
「下がっていろ、ガルド。これは我の領域だ」
レグナの蒼い炎が——燃え方を変えた。
普段のちろちろとした炎じゃない。激しく、荒々しく、燃え上がってる。
「新しいスキルを試す」
新しい?
レグナが蒼い炎の剣を地面に突き立てた。そして——両腕を広げた。
蒼い炎が——レグナの全身を包んだ。
鎧みたいに。
頭からつま先まで、蒼い炎の鎧が現れた。レグナの骨の体の上に、蒼い炎でできた鎧がまとわりついてる。
「〝蒼き炎の鎧〟」
レグナの新スキルだ。
炎心蛇が炎を吐きかけた。
レグナの鎧が——赤い炎を吸収した。
吸収?
鎧が赤い炎を取り込んで、より強く燃え上がった。赤じゃなくて蒼の色のまま、でも密度が増した。
「我の蒼炎は、他の炎を糧にする」
レグナが——走った。
炎の鎧を纏ったまま、炎心蛇に突っ込む。
炎心蛇が絡みつこうとした——鎧に触れた瞬間、逆に炎心蛇の体が削れ始めた。
鎧に触れた炎が、鎧の一部になっていく。炎心蛇がどんどん小さくなっていく。
「我の魂は蒼い。おまえの赤い魂よりも、古く、深い」
レグナの声が、静かだ。
蒼い炎の剣を、炎心蛇の中心に突き刺した。
炎心蛇が——悲鳴を上げた。人間みたいな声で。
そして——崩れた。赤い炎が散っていく。粒子になって消えていく。
残ったのは、レグナ一人。蒼い炎の鎧を纏ったまま。
レグナが鎧を解除した。炎が収まって、普段の骸骨に戻る。
でも——さっきより、骨の輪郭がくっきりしてる気がする。
◇
レグナが自分の手を見た。
「……魂の一部が、戻ってきた」
〝え?〟
「この塔の中に、我の魂の一部が封じられていた。先ほどの炎心蛇は——我の魂の欠片でもあった」
炎心蛇がレグナの魂?
「大賢者は、魔王の将軍の魂を分割して封じた。一部はダンジョンに、一部は各塔に。今の炎心蛇は、我の魂の欠片が魔力体として形を取っていたものだ」
レグナの蒼い炎がいつもより大きい。魂の欠片を取り戻した。
「……三十パーセントから、四十パーセントくらいに戻った感覚だ。まだ半分もないが」
〝少しでも戻ればいい〟
「ああ」
空中に文字が浮かんだ。
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第四階層の試練——達成
魂の強き者よ、よく燃え続けた。
次の階層へ進むがよい。
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達成。四階クリア。
上を見上げる。螺旋階段が続いてる。
あといくつあるんだろう、この塔。
◇
五階に登る前に、少し休憩を取った。
全員、それなりに消耗してる。魔力も体力も半分くらい。
リーリアがアイと回復してくれてる。俺の魔力も少し戻してくれた。
ガルドが椅子……はない。赤い岩の床に座った。
「なあタカラ」
〝なんだ〟
「この塔、なんで階層ごとに違う試練なんだ? 戦の王は武人なんだろ? なら全部力勝負でもいいはずだ」
〝武にも色々あるってレグナが言ってたろ〟
「それはわかる。でも——そこまで細かく分けるか?」
レグナが静かに言った。
「戦の王は……おそらく、挑む者に〝考える〟ことを求めているのだ」
〝考える?〟
「武は力だけではない。数、速度、魔力、知略、全てが武だ。どれか一つに秀でているだけでは、我には勝てぬ——そう伝えているのだろう」
戦の王のメッセージ。
「各階層で、挑む者は自分の不得意な領域も乗り越えねばならぬ。総合的な武を試される。それが戦の王の流儀だ」
厳しい王様だな。
でも——そう考えると、各階層の試練が単なる「障害」じゃなくて「教え」に見えてくる。
戦の王は死んでる。八百年前に封印された。でも——この塔を通じて、今も挑戦者に何かを教え続けてる。
武の多様性を。
……死んでもなお教え続ける王か。
悪くない生き方——いや、死に方だ。
パカッ。
五階に登る。
次は——どんな試練が来る?
◇
【次回】第五階層。知略の試練。ここにいるのは岩でも影でも蛇でもない。扉が閉じられて、謎が降ってくる。宝箱が、頭脳戦に挑む。




