第54話「届かないものを、届かせる」
《タカラ vs 亡霊公》
「剣も、炎も、我には届かぬ」
亡霊公の声が、薄暗い天幕の中に響く。
ローブの奥から、黒い手が伸びてきた。骨だ。レグナの骨とは違う。色が違う。黒い骨。
「我を止めるには、まず——我を理解せねばならぬ」
黒い骨の手が——俺に向かってゆっくり振られた。
空気が歪んだ。
何かが飛んできた。目に見えない何か。
蓋を閉じた。反射的に。
カン、カン、カン、と何かが蓋に当たった音がした。
見えない攻撃。
〝査定〟で視る。
──────────────────
〝亡霊公のスキル:冥鎖〟
魂に直接届く黒い鎖
肉体には効かないが
魂を持つ者を拘束する
──────────────────
魂に届く鎖。
俺には魂がある。元人間の魂が。効くやつだ。
でも——蓋に弾かれてる。肉体のない鎖なら、肉体のない蓋で弾けるのか。いや、そうじゃない。パンドラボックスの外殻は、魔力で構成されてる。魂の攻撃も魔力の一種——魔力を弾く構造ならなんとかなる。
「ほう……防ぐか。パンドラボックスの外殻は、魂にも効くのか」
亡霊公が感心してる。
「だが、いつまで弾ける?」
黒い鎖が——数を増やしてきた。
十本、二十本、五十本。四方から俺を囲むように。
全部防ぎきれるか?
長引かせたら——魔力が先に尽きる。
短期決戦だ。
〝スキル——禁忌の宝箱〟!!
五枚の蓋が全開放。
金色の光が俺を中心に球形に広がっていく。半径十五メートル。天幕の中がまるごと光に包まれる。
亡霊公が——光の中に取り込まれた。
天幕が消えた。外の戦場の音も消えた。
白い空間。
俺と亡霊公だけの、宝箱の中。
◇
亡霊公がゆっくり周囲を見回した。
「……これは」
感心したような声。
「異空間か。我を閉じ込めたのか」
〝ここは俺の中だ 外との繋がりは断たれる〟
黒い骨の手がローブから完全に出てきた。見た目はスケルトンだ。でもレグナと違って——体の輪郭が薄い。ぼんやりしてる。揺らいでる。
「外との繋がり——なるほど。我は死霊術で維持されている。外の術者との繋がりが切れれば、体を保てぬ」
気づかれた。狙いがバレてる。
「だが、術者は我ではない。戦の王が八百年前に張った術式だ。あの方の魂が塔の中で維持している。〝中〟では繋がりが切れる、か……」
亡霊公の輪郭が——さらに薄くなり始めた。
白い空間の中で、体が少しずつ透けていく。
「消えるな、我も。この空間の中では」
淡々と言った。怖がってない。
〝消えていいのか〟
「構わぬ。我は既に八百年前に死んでいる。維持されていたのは、戦の王の意志だ。あの方が〝復活させる〟と決めた時まで、動き続けるように」
戦の王の意志で動いてる、八百年前の部下。
「だが……あの方が復活する必要があるのか、今となってはわからぬ」
え。
「蓋を開ける者よ。おまえは魔王の魂を浄化すると聞いた」
〝そうだ〟
「第一の塔の王——〝対話の王〟は、どうなった」
〝浄化した 許して送り出した〟
亡霊公が——黙った。
ローブの奥の闇が、こちらを見つめてる気配がする。
「……あの方が、救われたのか」
〝ああ〟
「八百年の封印から……解放されたのか」
〝最後は笑ってた〟
亡霊公の体がまた一段、薄くなった。
「……そうか」
声の調子が変わった。低いけど、さっきまでの虚無的な響きが抜けてる。
「我は——戦王軍の将軍として、戦の王の復活を目指していた。あの方の夢を、再び現世に」
〝戦の王の夢は復活じゃないかもしれない〟
「……何?」
〝対話の王も八百年後悔してた 力で全てを変えようとした結果、大陸が焼けた〟
〝戦の王も……本当は同じかもしれない〟
亡霊公が長い沈黙。
「……我にはわからぬ。戦の王は戦いしか語らなかった。だが——」
黒いローブの中の闇が、揺らいだ。
「あの方が笑って終われるのなら……我もそれでいい」
亡霊公の体が、急速に薄れ始めた。
「蓋を開ける者よ。あの方に、伝えてくれ」
〝なんだ〟
「〝我らは十分に戦った。もう眠っていい〟と。八百年前、我らが死んだときに伝えたかった言葉だ」
〝伝える〟
「……」
亡霊公の体が、光の粒になって消えていく。対話の王の残響の消え方と似てる。でも、もっと静かな消え方だ。
最後に——ローブが一瞬だけはっきり見えた。
その下に、普通の人間の骸骨。黒じゃない白い骸骨に戻ってた。
亡霊公じゃなくて、ただの骨。
八百年の呪縛が解けた。
光が消えた。
◇
禁忌の宝箱を解除した。
天幕の中に戻る。
床に——白い骨だけが残ってた。ローブが重なって、その上に骨が積まれてる。
亡霊公は、もう動かない。
戦闘ゼロ。対話だけで終わった。
……戦わずに済んで、よかった。
この骨は埋葬してやろう。パカラ村の仲間に頼んで。八百年も戦わされ続けた人だ。ようやく休める。
◇
《ガルド&ドレイク vs 砂鬼将》
天幕を出ると——戦場の音がまだ鳴ってた。
ガルドとドレイクの戦闘が続いてる。砂鬼将は手強い。
〝査定〟で確認。ガルドの闘気が残り三十パーセント。ドレイクの魔力が五十パーセント。砂鬼将はまだ八十パーセントの体力を保ってる。
形勢不利。
俺が援護に行こうとした——そのとき。
ガルドが叫んだ。
「ドレイク! 今だ!」
ドレイクが剣を両手に戻した。
「——〝聖剣閃〟!」
高速の連撃が砂鬼将の大剣を叩く。
本命じゃない。牽制だ。砂鬼将の注意を引いてる。
その隙に——ガルドが地面を蹴った。
低い姿勢から。砂鬼将の懐に突っ込んだ。
「全力ーーーッ!」
ガルドが——闘気を全て拳に集めた。残り三十パーセントの闘気を、一撃に全部。
〝覇拳〟の強化版。名前はまだない。でも威力は今までで最大。
砂鬼将の腹に——拳が刺さった。
ドゴォォォンッッッ!!!
衝撃で砂鬼将の体が持ち上がった。三メートルの巨体が、ふわっと宙に浮いて——そして地面に落ちた。
どさっ。
砂鬼将が動かなくなった。気絶してる。死んでない。
ドレイクが汗を拭った。
「……倒したのか?」
「倒した。いや——気絶させた」
ガルドが息を荒げてる。闘気を使い切った反動だ。
「殺してはいない。こいつは武人だ。殺すのは——違う気がした」
ドレイクが砂鬼将を見下ろした。
「……おまえ、変わったな。ホブゴブリン」
「変わってねえよ。俺は最初から、殺す戦いはしねえ主義だ」
ドレイクが——少しだけ笑った。
「そうか。……覚えておこう」
二人が並んで砂鬼将を見下ろしてる。嫌いあってたはずの二人が、今は勝利を分かち合ってる。
……まあ、俺は見てただけだけど。
◇
《本隊の決着》
東側では——戦王軍本隊が瓦解していた。
砂帝蠍と砂蛇族とガウルと聖騎士団の連携で、雑魚ゴブリン、砂トロール、砂ワイバーンを片っ端から無力化してる。
殺さない。武器を破壊して、ケガを負わせて、戦闘不能にする。砂鬼将を倒したっていう情報が伝わると、雑魚たちの士気が一気に落ちた。
指揮系統が崩壊した戦王軍は——逃げ始めた。
砂漠に散っていく。
ドレイクが追撃の指示を出しかけて——やめた。
「……逃げる者は追わなくていい。指揮官を失った部隊は、もう軍じゃない。ただの個体だ」
セルディスが言いそうな判断だ。
戦闘終了。
◇
戦場の後。
全員が合流した。
砂鬼将は縛られて聖騎士団の管理下に。
蠍道士もレグナとナギに連れられて戻ってきた。降伏した魔道士。
亡霊公の骨は——俺が収納に入れた。砂漠のどこかに、静かな場所を見つけて埋葬する。八百年の戦いは、終わらせてやりたい。
負傷者はリーリアとアイが手当てしてる。パカラ村側の怪我人が数人。聖騎士団に重傷者が二人。砂蛇族に軽傷が多数。
死者——ゼロ。
味方側に死者ゼロ。戦王軍側にも死者を出さなかった。捕虜は砂鬼将と蠍道士の二人。雑魚は逃がした。
これがパカラ村のやり方だ。
ドレイクが俺の前に来た。
「……見事だった」
〝俺は何もしてない 亡霊公は対話で消えた〟
「対話? 死霊と対話したのか」
〝戦の王のことを教えたら、自分で消えた〟
ドレイクが眉をひそめた。
「……わけがわからん戦い方だな」
そりゃそうだ。殴るより話した方が早い相手、ってのもいる。
「だが結果は出した。塔への道は開いた」
ドレイクが深く息を吐いた。
「蓋を開ける者——タカラ。改めて言う。セルディス団長の判断を疑っていた俺が間違っていた。おまえたちは……信頼に値する」
〝何度も言うけど 俺は蓋を開けてるだけだ〟
「それが、誰にでもできることじゃないんだ」
ドレイクが片膝をついた。聖騎士の礼だ。
「聖騎士団第三駐留部隊指揮官、ドレイク。以後、おまえたちに協力する。塔への進入を許可する。そして——戦の王の浄化が成功するよう、祈る」
……いいのか、それで。
「俺にできることはここまでだ。塔の中での戦いは、おまえたちの仕事だ。俺は塔の外を守る」
ドレイクの分担。任務に忠実な男だ。
〝ありがとう〟
ガルドが横から肩を組んだ。
「よろしくな、聖騎士」
ドレイクが振り払った。
「馴れ馴れしくするな。俺はおまえの味方じゃなく、任務の遂行者だ」
「はいはい、任務任務。堅いなおまえ」
「……まあ、以前よりは気楽に話してもいいかもしれんが」
ガルドが笑った。ドレイクが少し口元を緩めた。
この二人——決着はまた今度になりそうだな。共通の敵を倒した戦友、みたいな関係になってる。
◇
夜。
砂漠の陣地で焚き火を囲んでる。
砂鬼将が目を覚ました。縛られたまま。
「……我は、負けたか」
ガルドが向かいに座った。
「ああ。おまえの負けだ」
「ホブゴブリンに……負けたか」
「進化したホブゴブリンだけどな」
砂鬼将が——少し笑った。
「武人に敗れるのは恥ではない。おまえと、あの聖騎士。二人の連携は見事だった」
砂鬼将が俺を見た。
「宝箱よ。貴様が蓋を開ける者か」
〝そうだ〟
「貴様は我が王——戦の王を浄化するつもりらしいな」
〝そうだ〟
「止めはしない。既に我らの軍は壊滅した。だが——一つだけ聞きたい」
〝なんだ〟
「戦の王は……救われるのか。八百年前のまま、眠り続けるよりは」
亡霊公と同じ問いだ。
〝救う〟
〝許して送り出す——かもしれない〟
〝でも戦の王は対話だけじゃ心を開かないかもしれない〟
〝だから——戦って、認めさせてから浄化する〟
砂鬼将が目を見開いた。
「……戦って、認めさせる?」
〝戦の王は戦いでしか心を開かない武人だろ だったら戦うしかない〟
砂鬼将が——大声で笑った。
「ハハハハハッ! なるほど、宝箱よ! おまえは戦の王のことをよく理解しておる!」
笑いすぎだろ。
「我の主君は、戦でしか語らぬ方だった。対話の王のような穏やかさは持たぬ。だが——力で認めた者には、骨の髄まで誠実だった」
砂鬼将の目が——少し潤んで見えた。
「あの方を、力で負かしてやれ。そして浄化してやってくれ。それが……あの方への最大の贈り物だ」
八百年前に死んだ主君への、最後の願い。
〝やってみる〟
パカッ。
砂鬼将が深く頭を下げた。縛られたまま。
「頼む、蓋を開ける者よ」
◇
戦場が終わった。
でも——本番はこれからだ。
明日、塔に入る。
戦の王。武に優れた七人の魔王の一人。戦いでしか心を開かない存在。
パカッ。
準備、しないとな。
◇
【次回】第二の塔に突入する。塔の中は第一の塔と構造が違う。赤い岩の闘技場。階層ごとに試練。そして最深部に——戦の王が待っている。




