第53話「四つの戦場」
夜明け前。
戦王軍が眠ってる。戦士たちでも、寝るときは寝る。
俺たちは——静かに、陣地を出た。
砂蛇族三十人が先行して、砂の中に潜伏してる。合図があったら一斉に砂から飛び出して攻撃する手はずだ。
聖騎士団二十人が左右から挟み撃ちの構えを取ってる。
砂帝蠍とガウルが東側から接近中。本隊の注意を引きつける囮役。
ガルドとドレイクが、砂鬼将のいる本陣に向かってる。
レグナとナギが、蠍道士の天幕に向かってる。
そして俺は——亡霊公の天幕に向かってる。
四つの戦線が、同時に動く。
作戦開始まで——あと三分。
◇
俺の位置から、味方の動きは見えない。でも〝査定〟の索敵は有効なままだ。味方と敵の位置がぼんやり把握できる。
東側で——地面が揺れ始めた。
砂帝蠍が動き出した。でかい足音が砂漠に響く。
戦王軍の見張りが気づいた。
「敵襲ぅぅぅっ! 東から巨大サソリが来たぞぉぉぉっ!」
始まった。
本隊が東に向かって動き出す。俺の〝査定〟で見ても、二百以上の反応が東に集まっていく。
囮作戦、成功。本陣の注意が砂帝蠍に向いてる。
ガウルも東側で〝銀牙疾走〟を発動してる。銀色の残像が戦王軍の前線を掻き回してる。遊撃。
その隙に——ガルドとドレイクが本陣に突っ込んだ。
◇
《ガルド&ドレイク vs 砂鬼将》
「おっし、行くぞ聖騎士」
「ああ。足を引っ張るなよ、ホブゴブリン」
二人が同時に駆ける。本陣の天幕。中央に、でかい天幕がある。
天幕を——ガルドが拳で吹き飛ばした。
「〝覇拳〟ッ!」
布が闘気の衝撃で飛んだ。
中にいたのは——三メートルの鬼人族。
褐色の肌、突き出た二本の角、分厚い筋肉。両手で握った大剣がでかい。剣身だけで二メートルある。
砂鬼将。
朝の支度中だったらしい。鎧を着てる途中だ。上半身だけ裸だ。
でかい。筋肉の塊だ。
砂鬼将がこっちを見た。鋭い目。
「……ほう」
笑った。牙が見えた。
「こちらから出向く手間が省けたわ。聖騎士と——ホブゴブリンか。面白い組み合わせだな」
ガルドが拳を構えた。ドレイクが剣を抜いた。
砂鬼将が大剣を構えた。片手で。両手剣を片手で振るって軽そうに見える。
「俺が名乗るより先に——かかってこい」
ガルドが走った。正面から。ドレイクが左に回り込んだ。
砂鬼将の大剣が——横薙ぎ。
速い。三メートルの巨体とは思えない速さ。
ガルドが〝覇拳〟の闘気で大剣を受けた。
ガィィィィンッ!
金属音が砂漠に響いた。
ガルドの体が数メートル後ろに弾かれた。
「くっ——! 重ぇ……!」
砂鬼将の力。Aランク上位の力は、ガルドでも一撃では受けきれない。
でも——その隙にドレイクが回り込んでた。
左側面から、斬り上げ。
「スキル〝聖剣閃〟!」
ドレイクの剣が光った。高速の連撃。一秒間に三発。
砂鬼将の腕、肩、胸——三箇所に切り傷が入った。
「……ほう。速いな、聖騎士」
砂鬼将が振り返った。切り傷は浅い。Aランク上位の鱗……いや、皮膚が硬すぎる。表面を切っただけ。
大剣が——下から上へ。
ドレイクが紙一重で躱した。剣の風圧で髪が揺れた。
「命がいくつあっても足りない……本当に倒せるんだろうな」
ドレイクが呟いた。
ガルドは拳を握り直した。
「大丈夫だ、心配するな。俺が引きつける。おまえは切り込む役だ」
「……承知している。ちょっと弱気になったが問題無い――行くぞ」
役割分担ができてる。
ガルドが大振りの拳で砂鬼将の注意を引く。砂鬼将がガルドを相手にしてる間、ドレイクが高速で側面を斬る。
ガルドの硬さと、ドレイクの速さ。噛み合ってる。
砂鬼将が笑った。
「聖騎士と魔物――憎み合う者同士が組むとは、面白い。我も武人だ。敬意を払おう」
大剣が両手に戻った。本気の構えだ。
「スキル——〝崩山剣〟」
砂鬼将のスキルが発動した。
大剣が光った。赤い闘気が剣全体を包んでる。
振り下ろされる大剣。
地面を叩いた。
砂漠が——割れた。
横に十メートル。衝撃波で砂が盛り上がって、その先にいたドレイクが吹き飛ばされた。
「ぐっ——!」
ドレイクが砂に叩きつけられた。白い鎧に砂がつく。
ガルドが砂鬼将の懐に飛び込んだ。
今——大剣を振り下ろした直後。次の一撃まで一瞬の隙がある。
「〝覇拳〟——連撃!」
ガルドが——拳を六連発した。
砂鬼将の腹に、胸に、顎に、頬に、もう一発腹に、最後に顎。
ドゴ、ドゴ、ドゴ、ドゴ、ドゴ、ドゴッ!
一発一発に闘気を込めた拳。Sランクの外殻を砕いた拳。
でも——砂鬼将は倒れなかった。
よろめいた。血も出てる。でも立ってる。
「ふふっ……やるな、ホブゴブリン」
Aランク上位の頑丈さ。覇拳の連打六発を食らって立ってるって、どれだけだよ。
ガルドが距離を取った。ドレイクが立ち上がった。
ガルドが息を切らしてる。〝覇拳〟連打は魔力——いや、闘気消費が大きいらしい。
「……長期戦はまずいな」
ドレイクが剣を構え直した。
「もう一度やる。今度は俺が前、おまえが後だ」
「は?」
「おまえの連打を見た。次は俺が受ける。おまえは決めに入れ」
ガルドが目を丸くした。
「おまえが……受けるのか?」
「そうだ。聖騎士団の盾技を教えよう」
ドレイクが剣を逆手に持ち替えた。盾の構え方だ。
……こいつ、状況に応じて戦い方を変えられるのか。
ガルドもにやっと笑った。
「いいぜ。やろう、聖騎士」
◇
《レグナ&ナギ vs 蠍道士》
別の天幕。
レグナとナギがすべり込んだ——すべり込む前に、天幕の中から魔法が飛んできた。
「スキル〝砂竜槍〟!」
砂で作られた巨大な槍が、レグナに向かって飛んできた。でかい。人間の胴体くらい太い砂の槍。
レグナが〝蒼き炎の剣〟で斬った。
砂の槍が真っ二つになって、地面に落ちて崩れた。
「……気配で察知されたか」
レグナが低く言った。
天幕が破れて——中から蠍道士が出てきた。
上半身が人間の男。美しい顔立ちをしてる。長い黒髪。赤い瞳。魔道士のローブ。
下半身が——砂色の蠍。ナギの上位互換みたいな感じだ。でも蛇じゃなくて、蠍。
「ほう……骸骨と、蛇か。退屈しのぎに相手をしてやろう」
蠍道士が杖を掲げた。
「スキル〝砂嵐招来〟!」
周囲の砂が——渦を巻き始めた。
小さな砂嵐が発生して、レグナとナギを包んでいく。視界が悪くなる。
「砂嵐……!」
ナギが舌打ちした。
「この程度の砂嵐、俺が制御できる——〝砂塵舞踏〟!」
ナギが腕を広げた。砂が踊るように動いて——砂嵐が止まった。
蠍道士が眉をひそめた。
「……砂蛇族の進化体か。よく封印から覚醒したな」
「解いてもらったんだよ、蓋を開ける者にな!」
「蓋を開ける者……。宝箱か。名前は聞いている」
蠍道士が杖を構え直した。
「ならば——戦王軍の敵だな。歓迎しよう」
蠍道士の杖から——黒い煙が出てきた。闇属性の魔法だ。
「スキル〝蠍毒の霧〟!」
黒い霧がレグナとナギを包もうとした。
レグナが蒼い炎を広げた。
「〝蒼き炎の壁〟」
蒼い炎の壁が黒い霧を遮った。炎で毒霧を焼き払う。
その隙にナギが砂に潜った。
「俺、蠍道士の背後を取る!」
レグナが頷いた。
「我が注意を引く」
レグナが蒼い炎の剣を構えて、蠍道士に突進した。
蠍道士が後退しながら杖で魔法を放つ。砂の弾。闇の矢。砂のドリル。
全部——レグナの蒼い炎が焼き払った。
「チィ……骸骨のくせに速いな!」
レグナが蒼い炎の剣を振り下ろした。蠍道士が杖で受けた。
「幸運だな。我の魂が完全なら——おまえは真っ二つだった」
「……っ!」
その時、ナギが蠍道士の後ろに現れた。
下半身の蠍の尾を——蔦で絡めた。
砂蛇族の砂塵舞踏で、砂を蔦みたいに編んで絡める技術。
「もう動けないはずだぜ、蠍さん」
蠍道士が振り返ろうとして——尾を蔦で拘束されてるのに気づいた。
「しまっ——」
動きが止まった一瞬。
レグナの蒼い炎の剣が——蠍道士の杖を切り裂いた。
ガキィンッ!
杖が折れた。魔道士の命である杖が。
「な——!」
蠍道士が呆然とした。
レグナが剣の切っ先を蠍道士の首に当てた。
「降伏か、死か。選べ」
蠍道士が——長い沈黙の後、手を上げた。
「……降伏する」
蠍人族の魔道士、降伏。
ナギがにやっと笑った。
「連携、完璧じゃん」
レグナが蒼い炎をちろちろさせた。
「……我と組むには、おまえは軽口が過ぎるな」
「はは、嫌いか?」
「嫌いではない」
意外と相性いいな、この二人。
◇
《砂帝蠍&ガウル vs 本隊》
東側では——十五メートルのサソリが大暴れしていた。
砂帝蠍のハサミが振り下ろされるたびに、雑魚ゴブリンが十匹くらい吹き飛ぶ。
尻尾の〝尾撃砲〟が砂を抉る。
そしてガウルが——銀色の残像になって、その周りを駆け回ってる。
「スキル〝銀牙疾走〟——最高速!」
ガウルの体から銀色の牙型の衝撃波が飛ぶ。雑魚たちの足元が爆発する。
二百体以上の戦王軍本隊を、二匹で翻弄してる。
完全に圧倒してる——わけじゃない。
ガウルが砂に足を取られた。瞬間、砂ワイバーンが空から急降下してきた。
「ガウッ——!」
間に合わない。
そのとき——砂蛇族三十人が、砂から一斉に飛び出した。
「「「〝砂塵舞踏〟!」」」
三十人の砂操作が同時に発動。
砂ワイバーンの翼に砂が絡みついた。飛べなくなる。地面に墜落する。
「すまねえ、助かった!」
ガウルが走り出す。
砂蛇族が雑魚の砂ゴブリンを相手にする。三十対百。数では負けてるけど、砂塵舞踏で砂を武器にして戦える彼らは、砂ゴブリンより圧倒的に強い。
各戦線で——優勢。
◇
そして俺は——亡霊公の天幕の前にいた。
静かな天幕。黒い布。他の天幕と色が違う。
戦闘の音が遠くで鳴ってる。でもこの天幕の周辺だけ、風が止まってる。砂も舞ってない。
異質な場所だ。
中に——いる。
〝査定〟で確認。
──────────────────
〝査定〟
対象:亡霊公
総合戦力:Aランク上位
状態:既に死亡・死霊術で維持
* 通常の攻撃では停止しません
* 術式を断つか、核を破壊する
必要があります
──────────────────
通常の攻撃では停止しない。
禁忌の宝箱で閉じ込めるしかない。
パカッ。
蓋を開けた。
〝入るぞ〟
天幕の中に——ズズズで入った。
◇
中は——暗かった。
外は砂漠の日差しが眩しいのに、中は薄暗い。黒い布が光を遮ってるだけじゃない。空気そのものが暗い。
中央に——ローブ姿の人影が座ってた。
全身を覆う黒いローブ。フードを深く被ってて、顔が見えない。
影が——立ち上がった。
ゆっくりと。
「……蓋を開ける者か」
声が——地鳴りみたいに低い。生きてる人間の声じゃない。
「予期していた。いつか来ると」
俺は蓋文字を出した。
〝おまえを止めに来た 戦の王の復活を〟
「止めに? 無理だ」
影がフードの奥で笑った気配がした。
「我は既に死んでいる。死者を止めるには——どうすればいい?」
試すような声。
「殺すこともできぬ。痛みも恐怖も感じぬ。剣も、炎も、我には届かぬ」
届かないって言ってるな。
でも、俺には——届かせる方法がある。
◇
【次回】俺と亡霊公の一対一。死霊相手に宝箱が挑む。戦場の決着も近い。




