第52話「砂漠の将軍」
翌朝。
偵察に出ることになった。
メンバーはガウルとナギ。索敵のプロと、砂漠のプロ。この二人の組み合わせが一番バレにくい。
俺とガルドとレグナは目立ちすぎる。黒と金のでかい宝箱と、百七十センチのホブゴブリンと、二メートルの蒼い骸骨。砂漠のど真ん中でこれが動いてたら、一キロ先からでも見える。
〝気をつけろ 無理するな〟
「ガウ。任せろ」
ガウルが銀色の毛を砂で汚して擬装してる。砂の色に紛れるように。
ナギが笑った。
「俺の鱗は金色だから擬装は無理だな。でも——」
ナギが砂に潜った。するっと。
「——砂に潜れば、見つかんねえよ」
砂蛇族の得意技。砂の中に全身を隠して移動する。砂の上から見ると、鱗の色なんて関係ない。
「二時間で戻る。何かあったら砂の振動で合図を送る」
二人が出発していった。
ドレイクが横に立ってた。
「いい連中だな、おまえの部下は」
〝部下じゃない 仲間だ〟
「……そうか。部下と仲間、違うんだな」
違うんだよ。この違いがわからないやつは指揮官をやっちゃいけない、って冒険者時代のリーダーが言ってた。
ドレイクは——ちょっと考え込んだ顔をしてた。
「俺の部下たちも、仲間として扱うべきなのかもしれんな」
こいつ、意外と素直に学ぶタイプだな。堅物に見えるけど。
◇
二時間後。
ガウルとナギが戻ってきた。二人とも息を切らしてる。
「ガウ……。やばい。予想以上にやばい」
〝何がやばい?〟
ナギが砂から這い出してきた。ぶるっと体を振って砂を落とす。
「ドレイクが言ってた数……二百体って話だったけど、あれ少なめに見積もってる。実数は三百を超えてる」
三百。百体増えてる。
「ここ数日で増えたんだろう。砂漠の各地から封印が解け始めた魔物が、戦王軍に合流してる」
ドレイクが歯を食いしばった。
「……くそ、思った以上に速いペースで膨れてるのか」
封印が弱まってる。覚醒した魔物が自発的に戦王軍に集まってる。放っておけばさらに増える。
「構成は——」
ガウルが砂の上に指——じゃない、爪で描き始めた。ざっくりした陣形図だ。
「前衛に砂ゴブリン百。これは雑魚。前に戦ったホブゴブリンより弱い、ただの先鋒だ」
雑魚でも百は多いな。
「中衛に砂トロール六十。でかい。力はAランク下位くらい。毛が砂の色」
「後衛に砂ワイバーン二十。ベイルの街を襲ったワイバーンと同種だが小型。ただし、群れで飛ぶから厄介だ」
雑魚百、中堅六十、空挺二十。
「そして中央に——将軍が三人」
ガウルが爪で砂に三つの点を描いた。
「一人目。〝砂鬼将〟。鬼人族の戦士。身長三メートル。でかい両手剣を持ってる。Aランク上位」
Aランク上位。ドレイクやレイスと同格か。
「二人目。〝蠍道士〟。蠍人族の魔道士。体は人間、下半身が蠍。遠距離魔法タイプ。Aランク中位」
蠍人族。ナギの上位種みたいな感じか。
「三人目——」
ガウルが言葉を詰まらせた。
「……こいつが、わからん」
〝わからない?〟
「全身を黒いローブで覆ってて、姿が見えない。でも匂いが……いや、雰囲気がやばい。近づくと、体が震える」
ナギが頷いた。
「俺も感じた。あいつ、人間でも魔物でもない。別の何かだ。近づけなかった」
別の何か。
レグナが低い声で言った。
「……黒いローブか。まさか」
〝心当たりがあるのか〟
「戦の王の三将軍の一人に……〝亡霊公〟と呼ばれた者がいた。既に死んでいた男だ」
既に死んでいた。
「死んでいる。死霊術で体を保っている、という意味だ。戦の王の時代から……つまり八百年以上、死んでいる。それでも戦っていた」
八百年前から死んでるのに戦い続けてる。
……それ、本当にもう死んでるのか?
「死んでおる。死霊としての意識はあるが、生者とは違う。痛みも恐怖も感じぬ。戦うことだけが生きる理由——いや、動く理由だ」
厄介な相手だ。痛みで屈服しないし、殺しても「既に死んでる」から止まらない。
◇
情報をまとめる。
敵:総勢三百以上。Aランク以上の将軍が三人。そのうち一人は既に死んでる。
味方:パカラ村組(俺、ガルド、ガウル、レグナ、リーリア、アイ)、砂蛇族三十、砂帝蠍一、聖騎士団二十。
数だけ見ると——五十七対三百以上。
……絶望的な差だな。
でも戦力の質で考えると——
俺がSランク一。砂帝蠍がSランク一。レグナがAランク上位。ガルドとガウルがAランク。ドレイクがAランク。砂蛇族三十人が平均Bランク。聖騎士団二十人が平均Cランク。
向こうは将軍三人がA以上、残り三百は雑魚〜B中位。
質では勝ってる。数では負けてる。
ガルドが地図を見ながら腕を組んだ。
「真正面からぶつかるのは愚策だな。数で潰される」
〝だな〟
「将軍を先に潰す。指揮官がいなくなれば雑魚は散る。軍ってそういうもんだ」
ガルド、冒険者時代の俺みたいなこと言うな。
いや、こいつの方がよっぽどちゃんとした指揮官だ。
ドレイクも頷いた。
「将軍三人をどう潰すかが鍵だな。しかも三百の軍に気づかれずに」
気づかれずに、ね。
それは——難しい。でもできなくはない。
〝ガルドとドレイクが将軍一人を引き受けろ〟
〝砂鬼将を〟
ガルドの目が輝いた。
「鬼人族の戦士か。面白そうだな」
ドレイクが眉をひそめた。
「ガルドと俺の連携? おまえ、気は確かか」
〝二人とも拳と剣で戦うタイプだ 連携が噛み合う〟
ガルドとドレイクが顔を見合わせた。
「……まあ、やってみるか」
「……しかたあるまい」
嫌々な感じだけど、やる気はあるんだな、二人とも。
〝レグナとナギで蠍道士を〟
蠍道士は蠍人族の魔道士。ナギの砂操作で魔法を防ぎつつ、レグナの蒼い炎で接近する。下半身が蠍なら砂漠の地形がホームのはず。対策が必要だ。
〝砂帝蠍とガウルが戦王軍の本隊を引きつける〟
〝巨大サソリが暴れてれば、三百の軍はそっちに注意が行く〟
「ガウ。囮役か」
〝囮だけど、本気でやれ 本隊をできるだけ削れ〟
「ガウ。任せろ」
そして——
〝亡霊公は俺がやる〟
全員が俺を見た。
「タカラ……。一人で?」
ガルドが聞いた。
〝禁忌の宝箱なら、死霊でも閉じ込められる〟
死霊術で動いてるなら、パンドラの中に入れてしまえば外界との魔力供給が切れる。死霊術は術者と対象の繋がりで維持されてる——それを「中」に閉じ込めれば断てるかもしれない。
理屈は通る。試してみる価値はある。
〝リーリアは陣地に残れ アイと一緒に負傷者の回復を〟
「うん。わかった」
リーリアが頷いた。
役割分担が決まった。
あとは——タイミングだ。
◇
その夜。
作戦会議の後、俺は陣地の端で星を見てた。
風が冷たい。砂漠の夜は冬みたいだ。
ドレイクが近づいてきた。
「宝箱」
〝なんだ〟
「さっきの提案——ガルドと俺の連携。本気で言ったのか」
〝本気だ〟
「……俺はあいつが嫌いだ」
〝知ってる〟
「だが嫌いなだけで任務を放棄するほど、俺は愚かじゃない」
ですよね。
「一つ聞いていいか」
〝なんだ〟
「おまえは——なぜ魔物の味方をする。おまえは元人間だろう。マリウスから聞いた」
マリウスが喋ったのか。まあ、隠すことでもないけど。
〝元冒険者の頃はゴブリンを狩ってた〟
〝でもミミックに食われて、自分がミミックになったとき〟
〝ゴブリンに助けてもらった〟
「ゴブリンに?」
〝俺が弱ってたとき、ガルドたちが俺の中に入ってくれた〟
〝俺が危ないときに、蓋を押さえてくれた〟
〝俺を〝仲間〟として扱ってくれた最初が、魔物だった〟
ドレイクが——黙った。
「……人間じゃなく、魔物が、か」
〝人間も悪くない レイスもセルディスも、おまえも〟
〝でも最初に受け入れてくれたのが魔物だったんだよ〟
ドレイクが星を見上げた。
「俺は……魔物は敵だと教わって育った。ずっとそう信じてきた。だから——ガルドに負けたとき、納得できなかった。自分より強い魔物がいるなんて、認められなかった」
ドレイクの声がちょっと低くなった。
「でも今は——少し違う。ガルドだけじゃなく、あの骸骨も、蛇も、狼も、みんな自分の意志で動いてる。ただの〝敵〟じゃない。そういう〝存在〟だ」
ドレイクが深呼吸した。
「……明日、ガルドと組んで砂鬼将を倒す。できる限り連携する。約束する」
〝助かる〟
「勘違いするな。おまえのためじゃない。任務のためだ」
はいはい。任務のためね。
でもこいつ——変わってきてる。
レイスが言ってた。「セルディス団長は違反者には容赦しないが、話は聞く人だ」。ドレイクも同じ系統なのかもな。固い。でも学ぶ。
夜空の下で、聖騎士と宝箱が並んで星を見てる。
……なんか、絵面が変だな。
◇
【次回】作戦決行。戦王軍に向けて出撃する。ガルドとドレイクの連携、レグナとナギのコンビ、砂帝蠍とガウルの囮、そして——俺が亡霊公に挑む。砂漠の戦争が始まる。




