第51話「また会ったな、ホブゴブリン」
第二の塔が見えてきた。
赤い砂漠の真ん中に、白い塔が立ってる。第一の塔より細くて高い。尖塔みたいな形だ。
そしてその周囲に——陣地があった。
白い天幕がいくつも張ってある。旗が立ってる。王国の紋章。
聖騎士団の駐留部隊だ。
ナギが眉をひそめた。
「あれ……前に来たときはあんなのなかったぞ。いつの間に、あんな基地ができたんだ」
セルディスが言ってたな。第二の塔には聖騎士団の別の部隊が駐留してるって。
問題は——指揮官がドレイクだってことだ。ガルドに負けた聖騎士。
ガルドが横で鼻を鳴らした。
「……来たな」
楽しそうだなおまえ。
◇
陣地に近づくと、見張りの騎士が叫んだ。
「止まれ! 何者だ!」
見張りの目が——俺たちを見て引きつった。
そりゃそうだ。
ホブゴブリン、ウォーウルフ、二メートルの蒼い骸骨、蛇の亜人、フードの女の子、そして——黒と金の宝箱。
しかも後ろに、十五メートルの巨大サソリがずしんずしんとついてきてる。
「ま、ま、魔物の群れだ! 魔物の群れが来たぞ!」
群れって言うな。ちゃんとした旅のパーティだ。
陣地がざわつく。騎士たちが武器を構えて飛び出してきた。二十人くらい。
蓋文字を出す。でかく。
〝敵じゃない セルディス団長の書状がある〟
「し、書状……? 宝箱が……文字を……?」
見張りが混乱してる。
天幕の奥から——ひとり、出てきた。
白い鎧。若い男。整った顔立ち。でも目つきが鋭い。
ドレイク。Aランク聖騎士。
セルディスの視察のとき、ガルドと戦って負けたやつだ。
ドレイクが——俺たちを見た。
まず宝箱を見た。それからガルドを見た。
表情が変わった。
「おまえか……。また会ったな、ホブゴブリン」
ガルドがにやっと笑った。
「ああ。また会ったな、聖騎士」
空気がぴりっとした。二人の間に火花が散ってるように見える。
ドレイクがセルディスの書状を受け取った。レイスに預けてた正式な書類だ。
読んでる。
「……パカラ村を自治集落として認める。第二の塔の問題に関与する権限を与える。セルディス団長の署名……」
ドレイクが書状を畳んだ。
「……書状は本物だ。通行は認める」
通してくれるのか。意外と素直だな——
「だが」
来た。
「団長の書状があろうと、俺はおまえたちを信用していない」
まあ、そうだろうな。
「ここは俺の管轄だ。この塔を守るのは俺の任務だ。おまえたちが勝手に動くのは許さん」
セルディスが言ってた通りだ。「俺の考えに賛同していない」。
ガルドが一歩前に出た。
「勝手にも何も、俺たちはセルディス団長の——」
「団長の命令は理解している。だが現場の判断は現場の指揮官がする。それが軍の規律だ」
正論だ。面倒な正論。
ドレイクが腕を組んだ。
「状況を説明する。天幕に来い。おまえたち——全員」
全員って……サソリも?
ドレイクが砂帝蠍を見上げた。十五メートルのサソリを見上げてる。
「……あれは外に置いておけ」
ですよね。
◇
ドレイクの天幕に入った。
地図が広げてある。砂漠の地図だ。第二の塔を中心に、周辺の地形が描いてある。
ドレイクが地図を指差した。
「まず現状を伝える。第二の塔の封印は弱まっている。だが——問題は封印だけじゃない」
問題?
「塔の周辺に——魔物の勢力がいる。組織化された勢力だ。ただの野良じゃない」
組織化された魔物。
「こいつらは自分たちを〝戦王軍〟と名乗っている」
戦王軍。
レグナの蒼い炎がゆらっと揺れた。
「……戦王軍。まさか……」
「知ってるのか、骸骨」
ドレイクがレグナを見た。
「戦の王にも将軍がいた。我が王に四将軍がいたように。その残党が……まだ生きているのか」
残党。戦の王の部下たちの生き残り。
ドレイクが頷いた。
「そうだ。封印が弱まったことで、塔の周辺に封じられていた魔物が覚醒し始めている。その中に——戦の王の元部下がいる。そいつらが周辺の魔物をまとめて、軍を作った」
軍。ちゃんとした軍だ。
「首領は〝砂鬼将〟と呼ばれている。砂漠の鬼人族の戦士だ。推定Aランク以上。部下が二百体以上」
Aランク以上の首領に、二百体の軍。
「こいつらが塔の周辺を支配している。俺の駐留部隊では手が出せない。うちは二十人だ。相手は二百。数が違いすぎる」
二十人対二百体。そりゃ無理だ。
「さらに悪いことに——戦王軍は塔を『解放』しようとしている。封印を壊して、戦の王を蘇らせるつもりだ」
封印を壊す。
それはまずい。俺みたいに「正しく解く」んじゃなくて、力ずくで壊すのは——
レグナが言った。
「封印を力で壊せば、魔王の魂が暴走する。八百年前と同じことが起きる。この砂漠だけでなく……大陸全体が危険にさらされる」
八百年前の再現。森が焼けて砂漠になったのが、今度は大陸規模で起きる。
ドレイクの顔が険しい。
「だから俺はここにいる。戦王軍が塔に近づくのを阻止するのが任務だ。だが——もう限界だ。二十人じゃ、二百体の侵攻を止められない」
なるほど……。
状況が見えてきた。
戦王軍は塔を「壊して」戦の王を蘇らせたい。
俺は塔を「正しく解いて」戦の王を浄化したい。
目的は正反対だけど——戦王軍を止めないと塔にたどり着けないのは同じだ。
〝ドレイク 一つ提案がある〟
蓋文字を出した。
「宝箱が提案とか……まあいい。聞こう」
〝俺たちが戦王軍を何とかする〟
〝そのかわり 塔に入る許可をくれ〟
ドレイクが黙った。
考えてる。
「……戦王軍を何とかするだと。二百体を、おまえたちだけで?」
〝砂蛇族が三十人いる 砂帝蠍もいる〟
〝それに俺はSランクだ〟
「…………」
ドレイクがガルドを見た。
「おまえはどう思う。ホブゴブリン」
ガルドが腕を組んだ。
「俺たちはパカラ村で暗殺者六十人を無傷で制圧した。二百体なら……ちょっと多いけど、やれる」
「ちょっと多い、ね」
ドレイクが鼻で笑った。でも——馬鹿にしてる笑いじゃない。
「……いいだろう。ただし条件がある」
〝聞こう〟
「俺の部隊も一緒に動く。おまえたちだけで勝手にやるのは許さん。連携を取れ」
連携。聖騎士団と、パカラ村の魔物たちが。
「それと——」
ドレイクがガルドをまっすぐ見た。
「この戦いが終わったら、おまえと決着をつけさせろ。前の借りを返す」
ガルドがにやっと笑った。
「待ってたんだよ、その言葉」
二人が睨み合ってる。火花が見える。
……仲が悪いんだか良いんだかわからない関係だな、こいつら。
◇
天幕を出た。
ナギが待ってた。
「どうだった?」
〝面倒なことになってる〟
「面倒?」
〝戦の王の元部下が軍を作ってる 二百体以上〟
ナギの顔色が変わった。
「戦王軍か……。噂は聞いたことがある。最近、砂漠の東側で魔物が統率されて動いてるって。あれがそうだったのか」
〝知ってたのか〟
「噂だけだ。でも……二百体はやべえな」
やべえな。
レグナが言った。
「戦の王の将軍は……我が知る限り三人いた」
三人。
「〝砂鬼将〟がその一人なら……あと二人、どこかにいるかもしれぬ」
あと二人。
三人の将軍と二百体の軍。
第一の塔のときは、残響を浄化して塔に入って終わりだった。
今回は——そう簡単にはいかない。
塔の前に、軍がいる。
力で壊そうとしてる連中がいる。
聖騎士団がいる。
砂蛇族がいる。
砂帝蠍がいる。
色んな勢力が、この砂漠で動いてる。
その中で俺たちは——何をするべきか。
パカッ。
やることは変わらない。蓋を開ける。全部の蓋を。
でも今回は——蓋を開ける前に、まず道を切り開かないといけないらしい。
◇
夜。
ドレイクの陣地の端っこで野営してる。聖騎士たちが遠巻きにこっちを見てる。
そりゃ見るだろうな。ホブゴブリンと骸骨と蛇と宝箱が焚き火を囲んでるんだから。
しかも陣地の外に十五メートルのサソリがずしんと座ってる。
「……ドレイク指揮官、あのサソリは本当に味方なんですか」
「知らん。宝箱がそう言ってる」
「宝箱が……」
聖騎士たちの信頼度、ゼロだろうな今。
まあいい。結果で示す。いつもそうしてきた。
ガルドが焚き火の向こうで拳を握ったり開いたりしてる。〝覇拳〟の練習だ。
「ドレイクのやつ……強くなってるな。目つきが前と違う」
〝おまえもだろ〟
「……まあな」
ガウルが丸くなって寝てる。砂漠では鼻が使えないから、夜の見張りはナギに任せてる。
ナギが焚き火の番をしながら、小さな声で歌ってる。砂蛇族の歌だろうか。砂漠の風に溶けていく静かな旋律。
レグナが星を見てる。
「……明日から、忙しくなるな」
忙しくなるだろうな。
戦王軍。二百体以上の軍。三人の将軍。
聖騎士団二十人との連携。
そしてその先に——第二の塔。戦の王。
第一の塔のときは……ほとんど一本道だった。行って、入って、浄化して、帰ってきた。
今回は違う。もっと複雑で、もっとでかい。
でも——仲間もでかくなってる。
パカラ村の仲間。砂蛇族。砂帝蠍。そしてたぶん——ドレイクも。
リーリアが中に入った。
「おやすみ、タカラ」
アイがぷるん。
パタン。
明日から——砂漠の戦争が始まる。
◇
【次回】戦王軍の偵察に出る。ガウルとナギのコンビで敵陣の配置を探る。そこで見たのは——統率された魔物の軍団と、その中央に立つ巨大な鬼の戦士。〝砂鬼将〟。そいつが——笑った。「蓋を開ける者が来たか。歓迎しよう。我が王の蓋を開けに来た者を——叩き潰す」。




