第50話「砂のない場所で」
味方が全員離れた。
半径二十メートル以内に、俺と砂帝蠍だけ。
砂帝蠍がこっちを見てる。赤い目が八つ。
さっきの戦闘で脚を二本折られて、顔の装甲を砕かれて、ちょっとよろけてる。でも——まだ、戦意がある。むしろ怒りが増してる。【残響】のせいだろう。
尻尾を高く上げた。〝尾撃砲〟の体勢だ。
撃たせない。
五枚の蓋——全開放。
固有スキル——〝禁忌の宝箱〟!!
五枚の蓋が裏返った。
金色の光が、俺を中心に球形に広がっていく。
五メートル。十メートル。十五メートル——
砂帝蠍の巨体を、光が飲み込んだ。
◇
砂漠が消えた。赤い砂が消えた。太陽が消えた。風が消えた。
白い空間。
俺の収納の中。
砂帝蠍が混乱してる。
八つの脚が砂を掻こうとしてる。でも砂がない。白い床だけ。
ハサミを振り回してる。何かを掴もうとしてる。でも何もない。
「ギシャッ……! ギシャアッ……!」
叫んでる。パニックだ。
それはそうだろうな。砂漠の王が、砂のない場所に放り込まれたんだ。
〝砂獄牢〟——使えない。操る砂がないから。
〝尾撃砲〟——砂を凝縮して撃つスキルだから、これも使えない。
砂漠の王のスキルは、全部「砂」が前提なんだ。
砂を取り上げたら——ただのでかいサソリだ。
……ちょっと、かわいそうになってきたな。
砂帝蠍が暴れてる。ハサミで白い床を叩いてる。尻尾を振り回してる。
でも——この空間は俺の「中」だ。
壊れない。どれだけ叩いても。
宝箱の中で暴れても、外には何も影響しない。中にいる限り、俺が全てを支配してる。
さて……こいつを倒すのが目的じゃない。
【残響】を浄化するのが目的だ。
〝査定〟を使う。パンドラの中なら、相手の情報が全部見える。
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〝査定〟
対象:砂帝蠍
総合戦力:Sランク
筋力:S 敏捷:B 耐久:S
魔力:A 知力:C 砂術:S
状態異常:残響侵食(重度)
残響の核:胸部装甲の内側に存在
特記:本来は穏やかな知性を持つ
残響がなければ戦闘行動を取らない
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本来は穏やかな知性を持つ。残響がなければ戦闘行動を取らない。
やっぱりな。こいつは悪いやつじゃない。操られてるだけだ。
【残響】の核は——胸部装甲の内側にある。
外から壊すのは難しかったけど、パンドラの中なら別だ。
俺が「いらない」と思ったものは消える。
胸部の装甲——いらない。
ぱきっ。
砂帝蠍の胸の装甲が——剥がれた。収納された。
「ギシャッ!?」
びっくりしてる。いきなり胸の鎧がなくなったんだもんな。
むき出しになった胸の中に——赤黒い光が脈打ってる。
あった。【残響の核】だ。
第一の塔のときより小さい。こぶし大くらい。でも、赤黒い光は同じだ。怒りの色。
核に向かって——収納を発動する。
核だけを。サソリの体には触れずに、核だけを吸い出す。
ずるっ。
赤黒い光が——引き剥がされていく。
「ギシャアアアッ……!」
砂帝蠍が悲鳴を上げた。痛いんだろうな。体の中から異物を引っこ抜かれてるんだから。
ずるずるずるっ——
核が、抜けた。
赤黒い光の塊が、宙に浮いてる。
砂帝蠍の目から——赤い光が消えた。
八つの目が、全部、普通の黒い目に戻ってる。
暴れるのが止まった。
ぴたっと。
「…………」
静かになった。
砂帝蠍が——ゆっくりと、俺を見た。
赤い目じゃない。黒い、穏やかな目で。
「……ギュ」
小さく鳴いた。
……おまえ、正気に戻ったのか。
「ギュ」
ハサミを下ろした。尻尾も下ろした。全身の力が抜けてる。
十五メートルの巨体が、白い空間の中で、しょんぼり座ってる。
……でかいのにかわいいな、おまえ。
◇
後は、この引き抜いた【残響の核】を完全に浄化する。
やり方は、前にやったのと同じだ。
核に意識を向ける。
赤黒い光の中に——声がある。
怒りの声。
でもこいつは魔王本人じゃない。残響の「欠片」だ。第一の塔のときと同じ。
前回は対話で浄化した。「怒りの理由を聞いて、許して、送り出す」。
今回もそうするか——
核に触れた。
声が聞こえてきた。
『……戦え……もっと戦え。強者は、どこだ』
戦の王の残響だ。対話の王の残響は「怒り」だったけど、こいつは「渇望」だ。戦いへの渇望。
〝もう十分だ ここには戦う相手はいない〟
『嘘だ……まだ戦える……俺は、まだ……』
〝おまえのせいで、砂漠の守護者が暴れてた。穏やかなやつを暴走させて、楽しいか?〟
『…………』
〝おまえの本体は塔の中にいる そっちに行くから待ってろ〟
『……本体……? 我は……欠片、か……』
〝そうだ。おまえは残り香だ。もう消えていい〟
『……消えて、いいのか……。もう……戦わなくて、いいのか……』
〝いいよ〟
赤黒い光が——薄くなっていく。
金色に変わる。
『ありがとう……もう……疲れた……』
光が散った。消えた。
残響、浄化完了。
二回目だ。もう慣れてきた……って言ったら不謹慎かもしれないけど、手順がわかってるぶん、前よりスムーズにできた。
◇
パンドラを解除した。
金色の光が収まって、砂漠に戻る。
太陽。赤い砂。風。
砂帝蠍が——砂漠の上に座ってる。おとなしく。
赤い目はもうない。黒い穏やかな目で、きょろきょろ周囲を見回してる。
……目が覚めたら知らない場所にいた、みたいな顔してるな。いや、場所は同じなんだけど。
ガルドたちが駆け寄ってきた。
「終わったのか!?」
パカッ(終わった)。
「あいつ……おとなしくなってるな」
おとなしいどころじゃないぞ。
砂帝蠍が、こっちを見てる。
ゆっくりと、ハサミを持ち上げて——
地面に置いた。
そっと。
頭を下げてるみたいだ。サソリが頭を下げるとか、そういう習性があるのか知らないけど——少なくとも俺にはそう見えた。
「……ギュウ」
小さく鳴いた。さっきと同じ声。
ナギが近づいてきた。
「こいつ……正気に戻ってるな。目が全然違う。昔の砂帝蠍の目だ。俺がガキの頃に遠くから見たことがある。あのときも、こういう穏やかな目をしてた」
ナギが砂帝蠍の前に立った。
「……おかえり、砂漠の王様」
「ギュウ」
砂帝蠍のハサミが、ナギの頭の上に来た。
ナギがびくっとした。
……乗せただけだ。ぽんって。ハサミで頭をぽんってした。
「……なんだよ。びっくりさせるなよ」
ナギが笑った。
砂帝蠍もハサミをかちかち鳴らしてる。笑ってるのかもしれない。サソリの笑い方がわからないから、なんとも言えないけど。
◇
さて。
砂帝蠍が味方になった。
Sランクの巨大サソリが味方。
……戦力的にはとんでもないことになってるな。
蓋裏を確認する。
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魔力残量:14%
〝禁忌の宝箱〟の使用記録:
展開時間:48秒
消費魔力:78%
* 魔力の回復を推奨します
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魔力が14%しかない。パンドラは、やっぱり燃費が悪い。
でも——48秒で終わらせた。制限時間60秒以内。ギリギリだったけど、間に合った。
リーリアが走ってきた。
「タカラ! 大丈夫!? 魔力、すごく減ってるでしょ……!」
バレてるのか。巫女の感覚で魔力残量がわかるのか。
「回復するね。じっとしてて!」
リーリアが蓋に手を置いた。あったかい魔力が流れ込んでくる。
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外部魔力供給を検出
供給源:人間(巫女)
親和性:極めて高い
魔力残量:14% → 31% → 47%……
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回復していく。リーリアの魔力供給。何度もお世話になってるな。
「……はい、これくらいで。私も全部は出せないから」
50%くらいまで戻った。十分だ。
「無茶しないでね、タカラ。パンドラ使うたびにこうなるの、心配なんだから」
〝ああ 気をつける〟
パカッ。
アイがぷるんとリーリアの足元にくっついて、リーリアの消耗した魔力を回復してる。回復役の回復をスライムがやる。いい循環だな。
◇
砂帝蠍は——ついてきた。
俺たちが第二の塔に向かって歩き出したら、後ろからずしんずしんとついてきた。
でかい。十五メートルのサソリが後ろを歩いてると、ちょっとした軍隊だ。
ガルドが振り返って苦笑いしてる。
「おい……あいつ、ついてくるぞ。こっち見てるぞ」
「ギュウ」
見てるな。
「……懐かれたのか?」
〝残響を取り除いてやったからな。恩を感じてるんだろう〟
「宝箱に恩を感じるサソリか……。パカラ村にオークが肉でなついたのと同じ感じだな」
同じ感じだな。
でもこいつの場合、肉じゃなくて「痛みを取り除いた」から感謝してるんだろう。残響に操られてたのは、こいつにとっても苦しかったはずだ。
レグナが折れた脚を見てる。ガルドとガウルが折った二本だ。
「……すまんな。脚を折ってしまった」
「ギュウ」
砂帝蠍が脚を持ち上げてみせた。折れた関節が——もう再生し始めてる。サソリって、脱皮で再生するのか。
「ガウ。あいつの脚、もう治りかけてるぞ。頑丈だな」
Sランクの再生力。まあ、そうじゃないと砂漠の王はやれないだろうな。
ナギが砂帝蠍の横を滑りながら言った。
「こいつがいれば、塔の周りにいる野良の魔物は手が出せないぞ。砂漠の王だからな。格が違う」
護衛としても最強クラスだ。
さて——砂帝蠍を味方につけて、残響も浄化して、障害は消えた。
前方に——白いものが見えてきた。
砂漠の赤い地平線に、細くて高い白い影。
第二の塔だ。
レグナの蒼い炎が揺れた。
「……見えてきたか」
小さな声だった。
「あの中に……〝戦の王〟がいる」
〝知ってるのか、あの魔王のこと〟
「七人の魔王は全員を知っておる。ただ——親しかったわけではない。我が王は対話を好んだが、戦の王は……戦いしか興味がなかった。我が王とは正反対の方だ」
正反対。
「だが……敬意は持っておった。互いに。やり方は違えど、魔物の未来を思う気持ちは同じだったはずだ」
レグナの蒼い炎が——まっすぐ前を向いてる。
塔が近づいてくる。
いよいよだ。
パカッ。
〝行くぞ〟
◇
【次回】第二の塔の前に到着した。そこに待っていたのは——聖騎士団の駐留部隊。指揮官ドレイク。白い鎧の男がガルドを見て、表情が変わった。「おまえか……。また会ったな、ホブゴブリン」。




