第41話「五枚の蓋、全開」
パカラ村の人口が増え続けてる。
いや、人口って言っていいのか。
魔物口? モンスター数?
まあ……いいや。
進化して居場所を失った魔物たちが、毎日のように村に来る。
「パカラ村ってここか? 入れてくれ」
「噂聞いた。ここなら安全なんだろ?」
「飯食えるか?」
難民だ。魔物の難民。
三日で三十匹増えた。
ホブゴブリンが十二匹。ウォーウルフが六匹。鏡鱗竜が四匹。よくわからん虫が八匹。
パカラ村の総人——総戦力が二百匹を超えた。
「タカラ、もう場所がないぞ」
ガルドが困った顔で来た。
知ってる。
グラドルに頼んで、森を少し広げてもらった。グラドルが根を動かすと木が移動して、空き地ができる。生きた造成工事。便利すぎる。
「我の森を勝手に改造するでないぞ」
「すまんグラドル、あとちょっとだけ」
「……ちょっとだけだぞ」
大樹海が不動産屋になってる。
Sランクの宝箱がやってることは、引っ越しと新入りの受付。
なんか、思ってたのと違うんだけど。
◇
そんなある日の昼。
ガウルが走ってきた。こいつが走ってくるときは、だいたい面倒なことが起きてる。
「ガウッ! ベイルの街の方角から煙が上がってる! あと……でかい魔力の匂い! 一匹だけど、やばい! 今まで嗅いだことないやつ!」
一匹で「やばい」レベル。
ドルトンの部下が——また来た。今度は馬で。馬から落ちそうになりながら。
「パカラ村の! 代表殿! 大変です! 街の東にとんでもないのが現れました!」
「とんでもないの、って何だ」
ガルドが聞いた。
「わかりません! 見たことない魔物です! でかくて、翼があって、火を吐いて——冒険者が十人で挑んで、全員吹っ飛ばされました! Aランクの冒険者でも歯が立ちません!」
でかい、翼……火を吐く、Aランクでも無理。
それは——
「たぶんワイバーンだ」
レグナが言った。
「翼竜の一種だ。封印されていた頃は小型のトカゲ程度だったはずだが……封印が解けて本来の姿に戻ったのだろう。完全体のワイバーンはAランク上位。気性が荒く、縄張りに入ったものを全て焼く」
Aランク上位が街の近くで暴れてるのか。
あの街の冒険者じゃ無理。ドルトンにも無理。ベイルの街に聖騎士団はいない。
止められるのは——
〝行く〟
パカッ。
今度こそ——パンドラボックスの本番だ。
◇
全力ズズズでベイルの街に向かう。
ガルドが「俺も行く」って言ったけど止めた。
〝一匹なら俺一人でいい〟
「また戦わずに話して解決するんじゃないだろうな」
〝ワイバーンと話は通じない〟
「よかった。やっとあんたの力が見れる」
よくねえよ。
ガウルだけ連れていく。索敵要員だ。
ズズズズズズッ!
十分でベイルの街が見えてきた。
東の空に——いた。
でかい。
翼を広げたら十メートルくらいある。赤い鱗、長い首、尾が鞭みたいにしなってる。
空を旋回しながら——口から火を吐いた。
ゴォッ!
地面の木が燃えた。街の東門の近くの森が焼けてる。さっきの煙はこいつの仕業か。
街の壁の上に弓兵がいるけど、矢を撃っても鱗に弾かれてる。
冒険者が何人か地面に転がってる。気絶してるのか動かない。
「ガウ……。あいつ、怒ってる。でも凶暴化じゃない。ただの縄張り意識だ」
縄張りか。封印が解けて目覚めたら、自分の棲み処の近くに人間の街があった——みたいな状況か。
ワイバーンからしたら「誰だおまえら、俺の庭に何建ててんだ」って話だろう。
気持ちはわかるけど——街を焼かれたら困る。
話が通じない相手には、力で示すしかない。
力で——制圧する。殺さない。追い払うか、おとなしくさせる。
ズズズッ!
街の東門の前に滑り込んだ。
弓兵たちが俺を見た。
「な、なんだあの宝箱——」
「パカラ村のやつだ! 前に街を助けてくれた——」
覚えてくれてたか。ありがたい。
ワイバーンが俺に気づいた。
旋回して——降下してくる。
口が開いた。火が見えた。
来る。
ブレスだ。
ゴォォォォッッ!
炎の奔流が俺に向かって飛んでくる。幅三メートルくらいの火柱。
正面から受けたらさすがにまずい——
いや。
受けてみるか。
正面の蓋を全開にした。
〝空間収納〟。
蓋の前に——空間の歪みが生じた。
ブレスが蓋に到達した瞬間、炎が——吸い込まれた。
ずるずるずるっ。
三メートル幅の火柱が、蓋の中に消えていく。
蓋裏に表示が走る。
〝収納〟:竜炎ブレス(魔法生成物)── 格納完了
飲み込んだ。ワイバーンのブレスを丸ごと。
空間収納、すげえな。
弓兵たちが固まってる。
「火を……飲んだ……?」
飲んだよ。
ワイバーンが驚いてる。自分のブレスが消えたのが理解できないらしい。首をかしげてる。
もう一回ブレスを吐いた。
ゴォォォッ!
今度は左の蓋を開けて吸い込んだ。
ずるっ。格納完了。
三回目。右からブレスが来た。
右の蓋で吸い込んだ。
格納完了。
ワイバーンが混乱してる。
「ギャオオオッ!?」
なんで効かないんだ、って顔してる。
そりゃ効かないよ。全部飲み込んでるんだから。
さて——吸い込んだブレスは俺の中にある。
これ、返せるんだよな。
万蓋、起動。
五枚の蓋を全部開けた。
上面二枚、左、右、背面。全方位展開。
ワイバーンが真上にいる。
上面の蓋から——竜炎ブレスを射出。
パカンッッ!!
ゴォォォォッッッ!!
ワイバーンのブレスが、ワイバーンに向かって飛んでいった。
自分の火を自分で食らう。
「ギャアアッ!?」
直撃。翼に当たった。
ワイバーンがバランスを崩して、高度が下がった。
でも落ちない。翼が焼けたけど、自分の炎だから致命傷にはならないのか。鱗が自分の火に耐性があるんだろう。
じゃあ——自分の火じゃないやつでいこう。
左の蓋から——〝フロストエッジ〟!
氷の刃が飛んだ。ワイバーンの左翼に直撃。
バキッ!
翼の膜が凍った。動かなくなった。
右の蓋から——蔦射出!
トレント戦で覚えた蔦操作。魔力で強化した蔦がワイバーンの右翼に絡みついた。
引っ張る。
ワイバーンが——落ちてきた。
左翼が凍って、右翼が蔦で拘束されて、飛べなくなった。
地面に激突——する前に。
背面の蓋から——〝ファイアランス〟!
火の槍がワイバーンの尾を貫いた。
「ギャアアアッ!」
尾が使えなくなった。バランスを取る器官がなくなった。
ワイバーンが地面に叩きつけられた。
ドォォンッ!
砂煙が舞う。
倒れたワイバーンが起き上がろうとしてる。
上面の蓋から——白い光弾。全力。
パカンッッ!!
ワイバーンの頭上の地面に着弾。威嚇射撃。殺す気はない。
ドォンッ!
頭のすぐ横で地面が爆発した。
ワイバーンが——びくっと止まった。
俺がズズズで目の前まで行った。
五枚の蓋が全部開いてる。全方位に向いてる。
どの蓋からでも撃てる。どの蓋からでも飲み込める。
逃げ場がない。
ワイバーンの目と、俺の蓋が向き合ってる。
ワイバーンが——首を下げた。
降参だ。
「……ギュウ」
小さく鳴いた。
怖かったんだろうな。
目覚めたら知らない場所で、知らないやつらがいっぱいいて、パニックになって火を吐いてただけだ。
ゴブリンが進化してパニックになったのと、同じだ。規模が違うだけで。
蓋文字を出す。ワイバーンは字が読めないだろうけど。
〝もう暴れるな〟
「……ギュ」
なんか通じてるっぽい。
収納からでかい肉を出した。ウォーウルフが昨日狩った鹿の残り。
ワイバーンの前に置いた。
ワイバーンが——肉を見て——ぱくっと食べた。
もう一個出した。ぱくっ。
もう一個。ぱくぱく。
……めちゃくちゃ食うな。
でもおとなしくなった。食ってる間は暴れない。生き物の基本だ。
「ガウ。……あいつ、もう怒ってない。お腹すいてただけだったんじゃないか」
ガウルが横で見てる。
お腹すいてただけ。
Aランク上位の翼竜が、お腹すいてただけ。
……世の中の問題の半分くらいは、飯で解決するのかもしれない。
◇
ワイバーンはダンジョンの近くの山に誘導した。あっちなら獲物もいるし、人間の街からも離れてる。
肉で釣りながら。
パカラ村への帰り道、ガウルが言った。
「ガウ。タカラ。今回は戦ったな」
戦った。
五枚の蓋全部使った。ブレスを飲み込んで返した。フロストエッジで翼を凍らせた。蔦で拘束した。ファイアランスで尾を撃った。白い光弾で威嚇した。
全スキル連携。パンドラボックスの全力。
「……でも結局、肉で解決したよな」
うるせえ。
◇
村に帰ったら、ドルトンの部下がまた来てた。
「パカラ村代表殿! あの翼竜を一匹で……! ベイルの街は救われました……! ドルトン支部長が、改めてお礼を申し上げたいと……あとこれ、王都から書状が届いています。セルディス団長名義で」
書状?
受け取った。ガルドに開けてもらった。
短い文面だった。
『タカラへ
約束通り、パカラ村を正式に認める準備を始める。
ただし条件がある。
王都に来い。直接話す。
セルディス』
王都。
王都に行けと。
宝箱が。
「タカラ、王都って何だ」
ガルドが聞いてきた。
〝人間の国の一番でかい街だ〟
「おまえ、行くのか?」
〝行くしかないだろ〟
「宝箱で?」
〝擬態で人間に化けていく 蓋も消せるようになったし〟
「……まあ、おまえなら大丈夫か」
大丈夫かな。
バレたら大騒ぎだな。
……バレないようにしよう。パカパカ禁止だ。
パカパカ禁止はつらい。
パカッ。
今のうちにパカパカしておこう。
パカパカパカパカッ。
◇
【次回】王都に向かう。擬態で完璧な人間に化けた。蓋も消えた。普通の冒険者にしか見えない——はず。ところが王都で待ってたのは、条件の提示だけじゃなかった。




