第40話「封印解いたの、俺だった」
パンドラボックスに進化して、浮かれてた。
Sランク相当だぜ? 五枚の蓋だぜ? ウォーウルフと同速のズズズだぜ?
浮かれるだろ、そりゃ。
でも……やべ、浮かれてる場合じゃなかった。
◇
進化の翌朝。
ガウルが飛んできた。
「ガウッ! タカラ、やばい! 森中の匂いが変わってる! 魔物が——どいつもこいつも強くなってる!」
あー。
そういえば。
第1の塔の封印を完全に解除したんだった。
この地域の全魔物が、本来の力を取り戻す。
つまり——ダンジョンの中にいた雑魚ゴブリンがホブゴブリンになってる。
野良コボルトがウォーウルフになってる。その辺の大蟲が鋼蟲になってる。
全部だ。パカラ村の仲間だけじゃなくて、この地域に棲む魔物が全員、進化してる。
……封印解いたの、俺だった。
副作用のこと、全然考えてなかった。
パカッ(……やべえな)。
「やべえなじゃねえよ! 森の東側で進化したオークが三匹暴れてるぞ! ホブゴブリンの野良群れが縄張り争い始めてるし、でかくなったトレントが道を塞いでるし!」
めちゃくちゃだ。
凶暴化してるわけじゃない。【残響】はもう浄化した。
でも——急に力が手に入ったら、使いたくなるのが生き物ってもんだ。
冒険者だって宝くじ当たったら散財するだろ。それと同じだ。魔物版の宝くじ当選パニック。
しかも今まで弱くて隠れてた連中が、急に強くなったもんだから気が大きくなってる。
「俺たち強くね?」「いけるんじゃね?」みたいなノリで、暴れてるやつがいる。
……気持ちはわかる。俺も進化したとき浮かれたし。
でも、困る。
◇
そこにもう一つ、悪い知らせが来た。
ドルトンの部下が息を切らして村に駆け込んできた。
「パカラ村の代表殿! 緊急です! ベイルの街に——進化した魔物が押し寄せてます!」
来たか。
「ダンジョンから出てきた魔物が街の周辺に集まってて……冒険者が対応してるんですが、相手が進化してて今までの装備じゃ太刀打ちできなくて……」
そりゃそうだ。Eランクの雑魚だと思って出動したら、Cランクの上位種になってましたなんて、冒険者からしたら詐欺みたいなもんだ。
「支部長が……ドルトン支部長が、パカラ村に援軍を要請したいと……」
援軍。
人間の街が、魔物の村に援軍を要請してる。
この前だったら、ありえない状況だ。
でも今は——ありえる。
〝行く〟
即答した。
ガルドが横で聞いてた。
「行くのか」
〝俺が蒔いた種だ 俺が片付ける〟
「……おまえ、そういうとこ好きだぞ」
褒めてくれてるのか。ありがたいけど今は急ぐ。
「メンバーは?」
〝俺とガルドとガウル あとウォーウルフ五匹〟
「少なくないか?」
〝パンドラボックスだぞ? Sランクだぞ?〟
「……そうだった。おまえ、今Sランクなんだったな」
そうだよ。使いたくてうずうずしてるんだ、俺も。
◇
ベイルの街まで全力ズズズ。
前は人間の足で一時間かかった距離を、十五分で着いた。
ガウルと並走。ガルドは少し遅れてるけど、ホブゴブリンの脚力でなんとかついてきてる。ウォーウルフ五匹が後ろに続く。
街が見えてきた。
門の前に——魔物がうろうろしてる。
進化したオークが二匹。ホブゴブリンの野良が五匹。でかくなったスライムが何匹か。
暴れてる——っていうほどじゃないな。うろうろしてるだけ。
でも街の人間からしたら、門の前にホブゴブリンとオークがうろうろしてたら怖いに決まってる。
門の上に弓兵が並んでて、矢を構えてる。でも撃ってない。撃ったら怒らせるって、わかってるんだろう。
膠着状態だ。
〝ガウル あいつら、凶暴化してるか?〟
「ガウ。してない。ただ……戸惑ってる匂いだ。急に強くなって、何していいかわからない感じ」
ふむふむ……暴れたいわけじゃなくて、混乱してるだけだか。
じゃあ——力で追い払うんじゃなくて、まず話してみよう。
ズズズッ!
門の前に滑り込んだ。
俺はオークとホブゴブリンの群れの前に出た。
全員が、俺を見た。
門の上の弓兵たちも俺を見た。
「な、なんだあの宝箱……でかい……黒い……」
門の弓兵に怖がられてる……俺、味方なのに……。
まあいい。
蓋文字を出す。でかく。魔物たちに見えるように。
〝おまえら、こんなところで何がしたいんだ〟
オークが一匹、首をかしげた。
「……わかんねえ。朝起きたらでかくなってた。力が溢れてる。何かしたいけど、何していいかわかんねえ……」
〝暴れたいのか〟
「暴れたいっつーか……なんか、走りたい。叫びたい。力を使いたい」
発散したいだけか。
〝じゃあ暴れていい場所を教えてやる〟
オークが目を丸くした。
「いいのか?」
〝ダンジョンの下層に行け 岩がいっぱいある 好きなだけ殴れ〟
「おお……! そういうのでいいのか!」
いいよ。岩なら誰も困らない。
「行こうぜ! 下層、行こうぜ!」
オーク二匹が走っていった。ダンジョンのほうに。
……あっさりだな。
ホブゴブリンの野良五匹がまだ残ってる。
こっちは——ちょっと様子が違う。
リーダーっぽいやつが前に出てきた。
「おまえ……パカラ村の宝箱か。噂は聞いてる」
噂?
「封印を解いたやつだろ。俺たちが強くなったのは、おまえのおかげだって」
もう噂が広まってるのか。魔物のネットワークは速いな。
「俺たちも……パカラ村に入れてくれないか」
え。
「行くとこがねえんだ。ダンジョンにいたけど、進化したらあそこ狭くて。外に出てきたはいいけど、人間の街には近づけねえし」
……なるほど。
進化して居場所がなくなった魔物。
封印が解けた副作用は、暴走だけじゃなかった。居場所の問題もあるのか。
〝パカラ村に来い 場所はある〟
「マジか! やった!」
五匹が嬉しそうについてきた。
仲間が増えた。副作用の処理をしてたら仲間が増えた。
いや……このエリアを管理するのは俺なんだから……。
もしかしたら、もっともっと、増えていくことになる――のかも?
◇
でかくなったスライムたちは、アイが対応してくれた。
アイがぷるんぷるんと近づいて、何かスライム語で会話してる。
ぷるん。ぷるぷるん。ぷるん。
俺には全然わからないけど、アイが「こっちおいで」的なことを言ったらしく、スライムたちがぞろぞろアイについていった。
アイ、外交力あるな。前にも、岩トカゲと仲良くなってたし。
門の前が——片付いた。
魔物がいなくなった。
門の上の弓兵たちが呆然としてる。
「……終わった? 終わったのか?」
終わったよ。
門が開いて、ドルトンが出てきた。
「タカラ……助かった。おかげで血を流さずに済んだよ」
〝暴れたかったわけじゃない 行き場がなかっただけだ〟
ドルトンが少し考えて——頷いた。
「そうか。進化して、居場所を失った者たちか。……人間にもいるな、そういう奴は」
いい理解者だな、この人。
「今後もこういうことが続くだろう。パカラ村と連携して対処したい。ギルドとして正式に」
〝ああ 任せてくれ〟
蓋の縁を差し出した。
ドルトンが握った。何回目だよ、この握手。
でも——毎回、ちょっとずつ関係が進んでる。
最初は「敵じゃないですよ」の握手。
次は「協定しましょう」の握手。
今回は「一緒にやりましょう」の握手。
うん、悪くないな。
◇
街から帰る途中。
ガルドが聞いてきた。
「おい、タカラ。今日、一回も戦ってないぞ」
パカッ(……そういえば)。
パンドラボックスの初実戦のはずだったのに、一発も撃ってない。
話して、場所を教えて、仲間にして、終わった。
「おまえの力、いつ見れるんだ」
〝次はきっと〟
「前もそう言ってたぞ」
……まあ、戦わずに済むならそのほうがいいだろ。
宝箱は中身で勝負するんだ。
「でも正直、ちょっと見たかったな。五枚の蓋で全方位射出するやつ」
〝練習はした 岩を粉にした〟
「人じゃなくて岩かよ」
岩でいいだろ。岩なら怒らない。
ズズズ。
パカラ村に帰る。
仲間が五匹増えた。スライムも何匹か増えた。
パカラ村、どんどんでかくなっていく。
……そろそろ村の面積が足りなくなりそうだな。
グラドルに頼んで森をちょっと広げてもらうか。
パカッ。
Sランクの宝箱の仕事が、まさか「引っ越し先の相談」になるとは思わなかったけど。
まあ、こういうのも悪くない。
◇
夜。
リーリアが中に入った。
「今日は戦わなかったね」
〝ああ〟
「でもすごいと思った。話しただけで解決しちゃうの、タカラらしくて」
らしいか?
「うん。パカパカで世界を変える宝箱でしょ」
それ、魔王が言ったやつだ。
「いい言葉だと思って。借りた」
……ふふっ。
パカパカで笑った。
パタン。
おやすみ。
◇
【次回】パカラ村に仲間が増え続けてる。野良の魔物がどんどん来る。村が街になりそうだ。そんなとき——セルディスから書状が届いた。〝約束通り、パカラ村を正式に認める。ただし条件がある。王都に来い〟。王都? 宝箱が王都に?




