第42話「宝箱、王都に行く」
王都に行くことになった。
メンバーは俺とガルドとレイス。
ガルドは……擬態できない。ホブゴブリンのまま王都に入ったら暴動が起きる。
「じゃあどうすんだ」
〝収納に入ってろ〟
「……箱の中に入って王都に行くのか、俺」
そうだよ。文句あるか。
「ある。めちゃくちゃある。でも他に方法がないから従う」
すぽん。ガルドが中に入った。
レイスは人間だからそのまま行ける。塔守の白い外套を脱いで、普通の旅装に着替えてきた。
「準備はいいか」
パカッ。
俺は——擬態する。
人間の姿。カイルの顔。革鎧。ブーツ。
背中を確認——蓋がない。完璧だ。
「……本当に人間にしか見えないな」
レイスが感心してる。
「声は出せるのか」
「ああ、出せる」
久しぶりのカイルの声だ。
「じゃあ行こう。王都まで、馬で二日だ」
馬?
「街道沿いに馬を借りられる宿場がある」
馬か……。乗ったことあるけど、いまの俺宝箱なんだよな。
馬がびっくりしないといいけど。
◇
びっくりした。
馬が。
俺が近づいた瞬間、馬が「ヒヒーンッ!」って暴れ出した。
人間の見た目でも、匂いが宝箱なんだろう。動物は誤魔化せないのか。
仕方ないから歩くことにした。
レイスが馬に乗って、俺は横を歩く。
普通の速度で。ズズズじゃなくて、足で。
遅い……人間の足、遅すぎる。
ズズズなら十五分の距離を、歩いたら何時間かかるんだ。
「タカラ、そのペースだと三日かかるぞ」
三日!?
「もう少し速く歩けないのか」
速く歩く——走る?
走ってみた。
普通の人間の走り方。
……遅い。ズズズのほうが全然速い。
でも人間の姿で超高速移動したら目立つ。
我慢だ。
パカパカしたい。
パカパカできない。蓋がないから。
人間の姿のデメリットがこんなところにあるなんてな。
◇
二日後。
王都が見えてきた。
でかい。
ベイルの街の十倍はある。白い城壁が地平線まで続いてる。
城壁の向こうに、尖塔がいくつも突き出てる。一番でかいのが——王城か。
人がうじゃうじゃいる。門の前に行列ができてる。商人、旅人、冒険者、兵士。
こんなに人間を見たのは、冒険者だった頃以来だ。
「緊張してるか?」
レイスが聞いてきた。
「してない」
嘘だ。めちゃくちゃしてる。
パカパカで発散したい。できない。つらい。
門の衛兵に止められた。
「名前と用件は」
レイスが答えた。
「聖騎士団所属、塔守レイス。セルディス団長に呼ばれている。こちらは同行者だ」
衛兵がレイスの身分証を確認して——俺を見た。
「同行者の名前は」
「カイル。冒険者だ」
カイルの名前を使った。死んだ俺の名前。
衛兵が俺をじろじろ見てる。
怪しいか? 蓋はないぞ? パカパカもしてないぞ?
「……通っていいぞ」
通れた。
ふう。
心臓に悪い。心臓ないけど。
◇
王都の中を歩く。
すごいな。活気がある。
店がびっしり並んでる。食べ物の匂いがする。人がごちゃごちゃ歩いてる。
冒険者だった頃は何度か来たことがある。懐かしい。
でも前は冒険者として来た。今は——宝箱が人間のフリをして来てる。
バレたらどうなるんだろうな。
「パカラ村の宝箱が王都に潜入してた」なんてバレたら、国際問題だ。
バレないぞ。絶対バレない。
パカパカしないぞ。
……したい。
「この道をまっすぐ行けば聖騎士団の本部だ。セルディス団長が待ってる」
レイスが案内してくれる。
大通りを歩いてると——すれ違う人たちの会話が聞こえてくる。
「聞いた? 東のほうで魔物が急に強くなったって」
「なんか封印が解けたとかなんとか」
「パカラ村っていう魔物の村ができたらしいぞ。宝箱がリーダーなんだと」
「嘘だろ、宝箱って」
「まじまじ。火を吐く竜を一匹で倒したらしい」
「それ話盛ってんだろ」
噂が広まってる。しかもだいぶ盛られてる。
一匹で倒した——まあ、だいたい合ってるけど。火を吐く竜を——まあ、ワイバーンだけど。
「あの宝箱って、本当にいるのかな」
いるよ。今おまえの横を歩いてるよ。
言えないけど。
◇
聖騎士団本部。
白い建物。でかい。ベイルの街のギルド支部とはスケールが違う。
門番の騎士にレイスが名乗ると、すぐに通された。
中は——きれいだった。白い石の廊下。磨かれた床。壁に紋章が飾ってある。
案内されたのは、三階の応接室。
扉を開けると——セルディスがいた。
窓際に立って、外を見てた。銀髪。白い軍服。
振り返った。
「来たか」
俺を見て——少しだけ目を細めた。
「……人間の姿か。よくできている」
バレてるじゃん。
「気配でわかる。人間の気配ではない」
Sランクの騎士の感知能力、やべえな。
まあいい。この部屋には俺とレイスとセルディスだけだ。
擬態を——解くか。
ぐにゃり。
人間の体が縮んで、黒と金の宝箱に戻った。
応接室の椅子の上に、パンドラボックスが鎮座してる。
セルディスが——ほんの一瞬、口の端が動いた。笑ったのか?
「椅子に座る宝箱は初めて見た」
俺もだよ。
パカッ。蓋文字を出す。
〝条件の話をしよう〟
セルディスが向かいの椅子に座った。
「いいだろう。単刀直入に言う」
この人はいつも単刀直入だ。助かる。
「条件は三つ」
一つ目。
「パカラ村を王国の保護下にある自治集落として正式に認める。代わりに、王国の法に従え。人間を襲わない。街を荒らさない。それだけでいい」
自治集落……国じゃなくて村か。でも、王国が公式に認めるんだ。
〝今までやってきたことと変わらない 問題ない〟
二つ目。
「封印が解けた地域の治安維持に協力しろ。進化した魔物の暴走に、パカラ村が対処する。ベイルの街との連携も公式に認める」
これももうやってることだ。
〝もうやってる 追認してくれるだけでいい〟
「知っている。ワイバーンの件は報告を受けた。見事だったそうだな」
褒められた。Sランクの騎士団長に。
嬉しいけど顔に出ない。宝箱だから。
三つ目。
「他の塔の問題に関与しろ」
来た。本題。
「東の砂漠に第2の塔がある。最近、あの地域でも異変が起き始めている。封印が弱まっているのか、魔物が凶暴化しているという報告が上がっている」
第2の塔。
「王国の兵を送ったが、手に負えない。塔の封印に関与できるのは——おまえだけだ」
〝解封は俺にしかできないんだろ、知ってるぜ〟
「ならば行ってくれ。第2の塔を、第1の塔と同じように——正しく解け」
正しく解く。
〝もともと行くつもりだった〟
セルディスが目を細めた。
「そうか。ならば話は早い。——王国として、おまえたちの旅を支援する。街道の通行許可、宿場の利用権、情報の提供。必要なものは出す」
支援してくれるのか。
「利害が一致している。おまえたちが塔を正しく解くのは、王国にとっても利益だ」
打算。ドルトンと同じだ。利害の一致。
でも——打算で動く人間のほうが信用できる。感情で動く奴は裏切るけど、利害で動く奴は利害が一致してる間は裏切らない。
冒険者時代に学んだことだ。
〝条件は全部飲む〟
パカッ。
蓋の縁を差し出した。
セルディスが少しだけ間を置いて——蓋の縁を握った。
四回目の蓋握手。
「一つ忠告しておく」
〝なんだ〟
「第2の塔の周辺には、聖騎士団の別の部隊が駐留している。指揮官は——俺の考えに賛同していない」
賛同してない。
「おまえたちを敵と見なす可能性がある。気をつけろ」
…………。
味方だけじゃない。人間の中にも、敵がいる。
〝了解した〟
「それと——」
セルディスが立ち上がった。
「マリウスが、おまえに会いたがっている。この後、研究室に来いと伝言を預かっている」
マリウス。あの眼鏡の。
〝会ったほうがいいか?〟
「情報は持っている男だ。第2の塔についても、何か知っているかもしれん」
情報は欲しい。
でもマリウスの裏の顔も気になる。
まあ——会うだけ会ってみるか。
パカッ。
擬態して人間に戻る。応接室から出ないと。
廊下で宝箱がズズズしてたら大騒ぎだからな。
人間の足で歩く。遅い。パカパカできない。
早く宝箱に戻りたい。
……こんなこと思う日が来るとは。
前世のカイルが聞いたら笑うだろうな。「おまえ、人間に戻りたくないのかよ」って。
戻りたくない。
俺は宝箱だ。パカラ村の宝箱。
今はそれでいい。
◇
【次回】マリウスの研究室に行った。本と資料がぎっしりの部屋で、眼鏡の魔導士がにこにこしながら待ってた。「お待ちしてましたよ、タカラさん。第2の塔について、面白い話があるんです」。面白い話ね。この人の〝面白い〟は、だいたいこっちにとって〝面倒くさい〟なんだけど。




