第36話「もう一度、あの塔に」
残響を浄化した翌日。
レイスが来た。
今日は走ってない、ゆっくり歩いて来た。
彼の顔が、穏やかだった。
「昨日のこと、リーリアから聞いたぞ。【残響】を……浄化したそうだな」
パカッ(ああ)。
「大賢者の方法が——本当に使えたのか」
〝使えた。収納の中で話して、許して、送り出した〟
レイスは、ふっと息を吐いた。
「……そうか。ならば、本体にも通じるかもしれないな」
本体。塔の中にいる、魔王の魂そのもの。
【残響】は欠片にすぎない。本体はもっと大きくて、もっと複雑で、もっと危険だろう。
でも——やり方は同じだ。
「隠し文書をさらに解読した。リーリアとサガの力を借りて。それで一つ、わかったことがある」
レイスが革鞄から羊皮紙を取り出した。
「塔の最深部——台座のさらに下に、もう一つの部屋がある。大賢者の手記には〝封じの間〟と書いてある。魔王の魂が、直接封じられている場所だ」
台座の、さらに下。
前に俺たちが地下通路を通って台座に到達したとき、そこが最深部だと思ってた。その下にまだ部屋があったのか。
「封じの間に入るには、二つの条件がある」
レイスが指を二本立てた。
「一つ、塔守の紋章。これは俺が持っている。塔守が〝開ける〟と判断しなければ、封じの間の扉は開かない」
レイスが塔守であることが必要。
「もう一つ、巫女の魔力。封じの間の扉は、巫女の魔力で封印されている。リーリアと同じ質の魔力でなければ、鍵が反応しない」
リーリアが必要。
「つまり——俺とリーリアが、一緒に塔に行く必要がある」
リーリアが横で聞いてた。
「……リーリア」
レイスがリーリアを見た。
「おまえに、もう一度塔に入ってもらわなければならない」
リーリアの手が、ぎゅっと握られた。
あの塔……十年間閉じ込められてた場所。逃げてきた場所。
もう一度、戻るんだ。平気なわけがない。
でも、リーリアは顔を上げた。
「うん……行く」
早いな。
「前に逃げたのは、怖かったから、何もできなかったから。でも……今は違うよね」
リーリアが俺を見た。
「タカラがいる。みんながいる。今度は——私の意志で行く」
…………。
パカッ。
〝一緒に行く〟
「うん!」
◇
作戦会議。
メンバーは俺、ガルド、ガウル、レグナ、サガ、リーリア、レイス。
グラドルは丘の横から枝を伸ばして聞いてる。
レイスが作戦を説明した。
「塔に入るルートは二つ。前回タカラたちが使った地下通路と、正面の扉」
〝地下通路はまだ使えるか?〟
「使えるが——問題がある。台座の封印を前にタカラが吸い取ったせいで、台座周辺の術式が不安定になっている。地下通路を通ると、崩落する危険がある」
じゃあ、使えないじゃないか。
「正面から行く」
レイスが言った。
「俺が正面の扉を開ける。塔守の権限で、中の兵士は俺が説得する……いや、命令する。塔守の命令には従う義務がある」
レイスが、塔守の権限を使ってくれるのか。
「ただし——王都に知られれば、俺は塔守の職を失う。いや、反逆罪に問われるかもしれない」
反逆罪……そりゃそうだ。
魔物と裏切り者を、無許可で塔に入れるんだ。本当は、正当な手続きを経てやるべきだろう。
でも、いまは時間がない。魔王の残響が漏れ出ているいま――少しでも、浄化を早くしたいはず。
「それでも、やるべきことだと思っている。大賢者自身が、封印を正しく解く者のために鍵を残した……それに従うのが——本当の塔守の仕事だと、俺は思う」
ガルドが腕を組んだ。
「おまえ、すげえな。自分の立場を、全部捨てるのか」
「捨てるんじゃない。本来の役目を果たすだけだ」
こいつ——本当にいい奴だな。
レグナが口を開いた。
「封じの間に入れるのは、塔守と巫女だけか」
「扉を開けるのはそうだ。だが中に入る人数に制限はない……はずだ。手記にはそう書いてある」
「ならば、我も行く」
レグナが立ち上がった。
「王に会いたい。最後に——もう一度だけ」
蒼い炎がまっすぐ燃えてる。
ガルドが拳を鳴らした。
「俺も行くぞ」
ガウルが尻尾を振った。
「ガウ。俺も」
全員が行きたがってる。
でも——全員は連れていけない。
俺たちには、守るべき村もあるんだ
〝塔に行くのは少数精鋭だ〟
〝俺、リーリア、レイス、レグナ、ガルド、ガウル〟
〝残りは村を守れ〟
チョンが「えー!」って言いそうだったけど、グリンが肩を押さえた。
「俺たちが村を守る。タカラ、任せろ」
グリンがいい顔してる。あの怪我を治したときの、びくびくしたゴブリンの面影はもうない。
サガが杖をついて頷いた。
「ワシも残ろう。村には、長老が必要じゃ」
グラドルが枝を揺らした。
「我もここにいる。この森ごと、村を守る」
三十メートルの歩く森が守ってくれるなら、これ以上の防衛力はないよな。
〝出発は明日の朝〟
〝塔の兵士がいる昼間に行く レイスの命令が通るのは勤務時間中だけだろ〟
レイスがちょっと笑った。
「勤務時間とか、そこまで考えるのか」
〝だって、冒険者と違って、お前たちはお役所仕事だろ?〟
「まあ……雇用形態で言えば、確かにそんな感じだが……」
〝他に余計なやつが出張ってこられても困る。だから、レイスが勤務中に行く方が確実だ〟
「ははっ……勤務中だの、お役所仕事だの、さすがは元冒険者だ」
〝いいや、ただの宝箱だぞ。宝箱には、色んな知識が詰まってる。こんなアイデアも出せるくらいにはな!〟
レイスが屈託のない笑顔を見せた。
ふっふっふ……元冒険者の知識は、こういうときに役に立つ。
◇
夜。
リーリアが中に入った。
いつもならすぐ眠るのに、今夜は起きてる。
「ねえ、タカラ」
〝なんだ?〟
「明日、塔に行ったら……魔王の魂は、どんな姿をしてるのかな」
〝わからない。残響は黒い影だったけど、本体は違うかもしれない〟
「残響は怒ってたけど、最後は疲れてた。本体は……もっと疲れてるのかな。何百年も、ずっと一人で」
たぶんな。
「助けてあげたいな。ちゃんと」
〝ああ 助ける〟
「…………ねえ、タカラ」
〝なんだ〟
「私ね、塔から逃げたとき、もう二度と戻りたくないって思った。あの白い壁、あの冷たい空気、あの孤独……全部、嫌だったの」
うん。
「でも今は……戻りたいって思ってる。自分でもね、びっくりしてるの」
〝怖くないのか?〟
「怖い。でも……前に怖かったのは、一人だったから。今は一人じゃないから……やるべきことも、残ってるからね」
……本当に強くなったな、この子。
今は、自分の意志で塔に戻ろうとしてるのか。
〝まあ、今日のところは寝ろ。明日は、長い一日になるからな〟
「……うん! おやすみ、タカラ」
アイがぷるん(おやすみ)。
パタン。
明日。
塔へ行く。
魔王の魂と向き合う。
残響の練習は終わった。本番だ。
できるか?
わからない。
でも、やるんだよ。
俺は宝箱だ……蓋を開けるのが俺の役目だ。
世界で一番でかい蓋を——開けに行く。
パタン。
◇
【次回】塔の正面に立った。白い壁。でかい扉。レイスが扉に手を当てた。「塔守レイス。この扉を開ける」。扉が——開いた。十年ぶりに、リーリアが塔に入る。今度は——自分の足で。




