第116話「蓋の向こうに」
全てが終わって、一週間が経った。
パカラ村は——平和だ。
いつもの朝。グラドルの葉っぱの隙間から、朝日が差し込んでる。
広場の噴水がきらきらしてる。
ホブゴブリンたちが畑に向かってる。ウォーウルフが見回りをしてる。コボルトが新しい建物の設計をしてる。スライムが水路の浄化をしてる。
始蓋が噴水の横でパカパカしてる。日向ぼっこ。白い宝箱に朝日が当たって、銀色に光ってる。
芽がチョンと走り回ってる。
「ちょん、はやい!」
「芽、もっと速く走れるよ!」
「むりー!」
子供たちの声が、広場に響いてる。
シロ(仮)が俺の蓋の上で耳をぱたぱたさせてる。朝の風に揺れてる。
アイが俺の横でぷるんとしてる。スミが蓋裏で待機してる。
博士が収納の中で——何をしてるんだろう。
〝博士、何してる〟
『知の王の本体から送られてきた六百九十七巻目の要約を読んでいる。興味深い内容だ。大賢者の若い頃の旅の記録で——』
〝聞いてない〟
『失礼。解説する癖が』
変わらないな、博士。
◇
カシスが、村の手伝いをしてる。
魔法で畑の水やりをしてる。水属性の魔法で、ちょうどいい量の水を撒く。
「カシスさん、もうちょっと左の畝にも!」
「了解です」
にこにこしてる。仮面じゃないにこにこ。
ガルドが横を通りかかった。
「カシス、馴染んだな」
「ええ。いい村ですから」
「あの〝にこにこ〟、前と違うな」
「……ようやく、本物の笑い方を思い出しました」
カシス。マリウスの弟子だった男が、パカラ村で畑に水を撒いてる。
人は変われる。蓋を開ければ、中身が変わることもある。
◇
レグナが丘の上で座禅してる。完全体の蒼い炎が、静かに燃えてる。
「タカラ」
〝なんだ〟
「我は——この村にいていいのか」
〝何を言ってるんだ〟
「我は対話の王の側近だった。主は消えた。我の使命は——終わったのではないか」
〝使命が終わっても、仲間は終わらない〟
「……」
〝おまえはレグナだ 俺の仲間だ 使命があろうがなかろうが、ここにいろ〟
レグナが——蒼い炎をちろちろさせた。
「……ああ。ここにいる」
パカッ。
◇
ガウルが丘の上から遠吠えしてる。
「アオーーーーン!」
〝何の遠吠えだ〟
「ガウ。朝の挨拶。東西南北の仲間に、〝元気か〟って」
〝聞こえるのか、そんな遠くまで〟
「聞こえないけど、気持ちの問題だ」
犬の気持ち。まあ、いいか。
◇
リーリアが集会所で巫女の祈りを唱えてる。村の住人の健康管理。
「アイ、この子の熱を測って」
「ぷるん」
アイがホブゴブリンの子供に張り付いて体温を測ってる。
「三十七度。平熱ですね。大丈夫」
「ぷるん」(よかった)
リーリアとアイ。パカラ村の医療班。
◇
サガが集会所の前で茶を飲んでる。
「タカラ。おまえ、旅が終わったら何をするか、決めたかの」
〝……〟
まだ決めてない。
「旅が終わっても、やることはいくらでもある。村の運営、各地の拠点との連絡、交易の管理、新入りの受け入れ——」
〝管理職か〟
「管理職じゃ」
〝ガルドに言われた〟
「ガルドは正しい。おまえは——この村の、この連合の、中心だ」
〝中心って〟
「宝箱の中心は、蓋だ。蓋を開ける者が、全部の中心にいる。おまえが蓋を開けてきたから——今の世界がある」
〝大げさだ〟
「大げさではないぞ。おまえがダンジョンで目覚めた日から、どれだけのことが変わったか。数えてみろ」
……数えたら、確かに多い。
ゴブリンを助けた。パカラ村を作った。ナギと出会った。戦の王を浄化した。知の王と語った。灰守に名前をつけた。潮音に歌を返した。大賢者の遺産を守った。始蓋を解放した。芽に名前をもらった——チョンが。
全部、蓋を開けた結果。
〝……まあ、管理職でもいいか〟
「いい管理職になるぞ、おまえは」
サガが笑った。
パカッ。
◇
夜。
丘の上。いつもの場所。
チョンが来た。
「タカラ」
〝来たか〟
「手紙、書いた」
〝六通目か〟
「うん。最後の手紙」
〝最後?〟
「だって、旅が終わったから。もう旅の手紙は書けない」
〝……〟
「でも——最後だから、ちゃんと書いた」
チョンが紙を差し出した。
いつものぐにゃぐにゃの蓋文字。でも——前より上手くなってる。知の王に文字を教わったおかげか。
〝タカラへ
ぜんぶのふたが、あいた
たびがおわった
いっぱいのばしょにいった
さばくと、ゆきやまと、やけたちと、うみと、やまと
いっぱいのひとにあった
ナギと、メブキと、しおねさんと、バルトさんと
ちのおうのせんせいと、はいもりさんと
めと、しがいと
いっぱいなかまがふえた
タカラがふたをあけるたびに
なかのひとがわらってくれた
なくひともいた
でもさいごはみんなわらった
おれもわらった
いっぱいわらった
タカラ
おれ、おおきくなったら
タカラみたいになりたい
ふたをあけるひとになりたい
まだむりだけど
いつか、ぜったい
タカラ、ありがとう
いっしょにたびしてくれて
ありがとう
チョンより〟
…………。
六通目。最後の手紙。
一通目「帰ってきてね」。
二通目「もっと強くなる」。
三通目「頑張る」。
四通目「もっとうまく歌えるようになる」。
五通目「全部の蓋を開けよう」。
六通目「タカラみたいになりたい」。
待つ子供から、目指す子供へ。
チョンが俺を見てる。
「タカラ……泣いてる?」
〝泣いてない 宝箱に涙腺はないからな〟
「でも、パカパカ、ゆっくりだよ」
パカッ……パカッ……。
ゆっくりのパカパカ。始蓋の言葉で言えば——感動。
〝……ありがとう、チョン〟
「えへへ」
〝収納に入れるぞ〟
「うん」
六枚目の手紙を、収納に入れた。
六枚の手紙。六つの旅。六つの成長。
俺の収納の中で、一番大切なもの。
◇
チョンが帰った後、俺は丘の上にいた。
星が見える。グラドルの葉っぱの隙間から。
始蓋がズズズで横に来た。
パカッ。
俺もパカッ。
二つの宝箱が、丘の上で並んでる。
シロ(仮)が俺の蓋の上で丸くなってる。
夜風が吹いてる。
遠くから、海の歌が聞こえる気がする。潮音の歌。
砂漠の風が吹いてくる気がする。ナギの笑い声。
焦土帯から、緑の匂いがする気がする。メブキの根。
氷山の上で、本を読む声がする気がする。知の王の声。
全部繋がってる。
俺の蓋が開けた場所が、全部。
パカッ。
パタン。
蓋を閉じた。
中身を、大事にしまった。
明日も——蓋を開ける。
新しい一日の蓋を。
新しい出会いの蓋を。
新しい物語の蓋を。
俺は——蓋を開ける者。
宝箱の中に、世界が入ってる。
◇
「勇者は宝箱の中にいる」——完。




