第115話「全部の蓋が、開いた」
ダンジョンの五層目から、地上に戻った。
パカラ村の空が——青い。
いつもの空だ。でも——なんか、違う。
「ガウ。空気が変わった。大陸全体の魔力の流れが、変わってる。今まで滞ってた魔力が、自然に流れてる」
七つの封印が全て解けたことで、大陸の魔力が元に戻った。八百年間、封印で歪められてた魔力の流れが、正常に戻った。
グラドルが枝を揺らした。
「宝箱。大地の魔力が増えた。我も——さらに成長できる」
グラドル、まだ大きくなるのか。三十五メートルからさらに。
「あと十年もすれば、五十メートルに届くかもしれぬ」
五十メートルの大樹。パカラ村がグラドルの森になるな。
村の住人たちが広場に集まってた。
グリンが飛んできた。
「タカラ! 無事だった!? ダンジョンが揺れて、めちゃくちゃ心配した!」
〝無事だ 全部終わった〟
「全部って——七つの塔、全部!?」
〝全部〟
「うおおおおお!」
グリンが叫んだ。住人たちが歓声を上げた。
ホブゴブリンが拳を振り上げてる。ウォーウルフが遠吠えしてる。コボルトが旗を振ってる。スライムがぷるぷるしてる。
五百八十二人の歓声。
パカッ。パカパカパカパカ。
俺もパカパカで応えた。
◇
始蓋と芽を、地上に連れてきた。
白い宝箱と、白い子供。
村の住人たちが——二人を見た。
「あれ……宝箱が二つ?」
「白い方が、魔王の王?」
「ちっちゃい子供は?」
芽がチョンの手を握ったまま、きょろきょろしてる。
「ちょん、ここどこ?」
「パカラ村だよ。俺たちの村」
「むら?」
「みんなが住んでる場所」
「みんな……いっぱいいる」
芽が住人たちを見てる。目が丸い。
サガが近づいてきた。
「この子が……第七の魔王かの」
「サガおばあちゃん、この子、芽っていうんだ。俺が名前つけたの」
「おまえが?」
「うん!」
チョンが胸を張った。
サガがしゃがんで、芽の顔を見た。
「芽。よろしくの」
「……よろしく、おばあちゃん」
サガが目を細めた。
「いい子だの」
◇
始蓋の処遇を考える。
白い宝箱は——パカパカしてる。村の中をゆっくり移動してる。ズズズ。俺と同じ移動方法。
住人たちが遠巻きに見てる。
「あの白い宝箱、動いてるぞ」
「タカラと同じだ。パカパカしてる」
「二箱になったのか、うちの村」
二箱。パカラ村に宝箱が二つ。
始蓋が——噴水の前で止まった。噴水の水を見てる。
パカッ。
嬉しそうなパカッ。水が珍しいのか。八百年間、地下にいたから。
〝始蓋 ここにいるか?〟
パカッ。一回。「うん」。
〝パカラ村に住むか〟
パカパカパカパカ。速い。嬉しいの最上級。
〝じゃあ決まりだ〟
始蓋がパカラ村の住人になった。
宝箱が二つ住んでる村。世界中探しても、ここだけだろう。
芽は——チョンがくっついてる。離れない。
「芽、一緒に遊ぼう」
「あそぶ?」
「走ったり、歌ったり、花摘んだり」
「はなつむ!」
二人で広場を走り回ってる。子供二人。ホブゴブリンと魔王。
平和だ。
◇
各地に手紙を送った。スミが六通書いた。
『全ての塔を解放しました。魔王の王は安全に解放されました。マリウスは降伏しました。世界は——平和です。——タカラ(スミ代筆)』
返事が続々と届いた。
ナギから。
『おめでとう! 全部開けたか! 砂漠で祝杯だ。飲めないけど! 砂鬼将が「蓋を開ける者に敬礼する」って、朝の素振りの方角をパカラ村の方に向けた。意味分からんけど、あいつなりの敬意らしい。——ナギ』
砂鬼将、素振りの方角で敬意。武人だな。
メブキから。
『タカラさん、おめでとうございます。焦土帯の緑化が加速しています。大陸の魔力が戻ったことで、翠兎たちの力が増しました。焦土帯の半分が草原になりました。いつか全部緑になります。——メブキ』
焦土帯が半分草原に。灰守が見たかった景色が、少しずつ実現してる。
潮音から。
『タカラ。海が、今までで一番きれいに歌ってる。大陸の魔力が戻ったから、海の響きが変わった。全ての海が歌ってる。チョンにも聞かせたい。また来てね。——潮音』
全ての海が歌ってる。きれいだろうな。
知の王から。
『祝辞。全塔解放を祝う。なお、六百九十七巻目を読了した。千二百巻の完読まで、あと五百三巻。チョンの訪問を待つ。——知の王』
知の王、まだ読んでるのか。
灰港の長老から。
『蓋を開ける者殿。南方交易路が完全に開通しました。焦土帯を通る商人が増えています。この街は、八百年ぶりに活気を取り戻しています。全ては、あなたのおかげです。——灰港長老』
交易路の開通。経済が回り始めてる。
潮見のミナトから。
『蓋を開ける者殿。海の交易が急成長しています。潮音さんの歌で海が安全になり、船が増えました。漁獲量も倍です。じいちゃんの夢が叶いました。——ミナト』
みんなの報告が——幸せだ。
パカッ。
全部の蓋を開けた結果が、こういう形で返ってくる。
嬉しいな。
◇
マリウスは、セルディスが王都に連行した。正式な裁判にかけられる。
去り際に、マリウスが俺を見た。
「宝箱よ。最後に一つだけ」
〝なんだ〟
「おまえの勝ちだ。認める。だが——」
〝だが?〟
「おまえの作った〝共存〟が、本当に続くかどうか。それは——俺の策より難しいぞ」
〝知ってる〟
「ふん。知ってるか」
〝蓋を開けるのは一瞬だ でも中身を守り続けるのは——ずっとだ〟
マリウスが——最後に、にこにこした。
本物の——にこにこ。自嘲でもなく、仮面でもなく。
「……いい答えだ」
マリウスが去った。
紫のローブが、丘を下りていった。
もう——にこにこは見えない。
カシスが残った。
「カシス、おまえはどうする」
「……分かりません。マリウスの弟子、という肩書きは——もう、意味がない」
〝パカラ村にいてもいいぞ〟
「え?」
〝宮廷魔導士の知識は、村の役に立つ Aランク以上の魔導士が一人いると、防衛力も上がる〟
カシスが——目を瞬いた。
「私を……受け入れるんですか。マリウスの弟子だった私を」
〝おまえはマリウスじゃない おまえはカシスだ〟
「…………」
〝それに、おまえが言ったんだろ 「いい村ですね」って〟
カシスの目が——潤んだ。
にこにこが——戻った。
でも今度のは、仮面じゃない。本物のにこにこ。
「……お言葉に甘えて。しばらく、お世話になります」
〝歓迎する〟
パカッ。
◇
【次回】最終話。チョンの最後の手紙。そして——パカラ村の朝。




