第114話「最後の、にこにこ」
ダンジョンの上層が崩れてる。
爆発音が連続してる。マリウスが力ずくでダンジョンに入ってきてる。
セルディスが走った。
「上に行く。マリウスを止める。聖騎士団、ついてこい!」
聖騎士団五人がセルディスと共に上層に向かった。
ガルドが俺を見た。
「タカラ、どうする。俺たちも行くか」
〝待て 始蓋と芽がここにいる 守らないと〟
「守る——マリウスの狙いは」
〝遺産か、始蓋か、芽か どれかを狙ってくるはず〟
遺産は俺の収納にある。始蓋と芽は五層目にいる。
マリウスが来るなら——ここに来る。
爆発音が近づいてきた。四層目。三層目。マリウスが下に降りてきてる。
「セルディスが止められなかったのか?」
〝セルディスは上層の崩落を止めてるんだ ダンジョンが完全に崩れたら、パカラ村まで巻き込まれる〟
マリウスは——ダンジョンを壊しながら降りてきてる。止めに行ったら、崩落を止められない。崩落を止めたら、マリウスを止められない。
二択を強いてくる。最後まで嫌な策を使う男だ。
五層目の入り口が——砕けた。
紫の光。爆発の煙。
煙の中から——マリウスが降りてきた。
紫のローブ。ボロボロだ。牢を破って、護衛を倒して、ダンジョンを壊しながら来たんだろう。
にこにこ——してない。
怒りの顔。執念の顔。
「蓋を開ける者」
マリウスの声が低い。
「遺産を——返せ」
〝返さない〟
「なら——力ずくで奪う」
マリウスが——両手を掲げた。
紫の光が爆発的に膨れ上がった。Sランクの魔力。全開。
「俺の二十年を——おまえ如きに、壊されてたまるか!」
マリウスが——紫の光弾を十発同時に放った。
俺に向かって。
◇
ガルドが前に出た。
「〝覇受〟!」
両腕で三発受けた。衝撃で後ろにずれた。
レグナが動いた。
「〝蒼き炎の壁〟!」
蒼炎の壁で四発を防いだ。完全体の蒼炎。Sランクの光弾を受け止めた。
残り三発——
俺が〝武装擬態〟の盾で二発。〝闘気纏〟で外殻を硬化して一発。
全弾防いだ。
「ちっ——」
マリウスが舌打ちした。
レグナが前に出た。
「マリウス。おまえの相手は——我だ」
レグナの蒼い炎が——今までと違う。密度が全然違う。
「完全体の蒼烈将軍。おまえが恐れていた存在だ」
「蒼烈将軍、か。八百年前の亡霊が——」
「亡霊だが——おまえより強い」
レグナが——右手に蒼い炎を集めた。
圧縮。圧縮。圧縮。
小さな太陽みたいに輝いた。
完全体で思い出した、新しいスキル。
「〝|蒼き炎の核《ロア・フレイムコア》〟」
蒼い炎の塊が——マリウスに向かって飛んだ。
マリウスが紫の障壁を張った。
蒼い炎の核が障壁に当たった。
——貫通した。
紫の障壁が、蒼炎の核で焼き抜かれた。
「なっ——!?」
蒼炎の核がマリウスの右肩を掠めた。ローブが燃えた。皮膚が焼けた。
「ぐあっ!」
マリウスが後退した。右肩を押さえてる。
「蒼烈将軍……。完全体は……ここまで……」
レグナが——歩いた。ゆっくり。マリウスに向かって。
「マリウス。おまえは強い。Sランクの魔導士だ。だが——おまえは一人だ」
レグナの横に、ガルドが立った。
「俺もいるぞ」
ガウルが横に並んだ。
「ガウ。三対一だ」
俺が前に出た。
〝四対一だ〟
マリウスが——四人を見た。
右肩が焼けてる。魔力を消耗してる。ダンジョンを壊しながら来たから、全力じゃない。
そして——
マリウスの後ろから、もう一人。
白い服。
カシス。
マリウスについてきたのか。脱走を手伝ったのか。
「カシス。やれ」
マリウスが命じた。
カシスが——立ち止まった。
「…………」
「カシス。命令だ」
カシスが——マリウスを見た。
にこにこ——してない。
「マリウス様」
「何だ。早くしろ」
「……いい村でした」
「何?」
「パカラ村。査察の時に見ました。良い村でした。あそこの子供が、お茶を出してくれました」
「カシス、何を——」
「マリウス様。あの村を壊すのは——間違っています」
マリウスの目が——見開かれた。
「カシス……おまえ——」
「私は——マリウス様の弟子です。十年間、仕えてきました。でも——」
カシスが、一歩下がった。
「子供の笑顔を壊す師匠には——ついていけません」
カシスが——マリウスに背を向けた。
にこにこが——完全に消えた。
素の顔。二十代前半の、迷いながらも決断した青年の顔。
「マリウス様。降伏してください」
「…………」
マリウスが——笑った。
にこにこじゃない。苦笑。
「カシス。おまえまで——か」
「はい」
「……そうか」
マリウスが——両手を下ろした。
紫の魔力が消えた。
戦意が——消えた。
「……負けた、か」
マリウスが——膝をついた。
ダンジョンの五層目の床に。
紫のローブが汚れてる。右肩が焼けてる。
「二十年かけた計画が——宝箱に壊された。ふふ……」
マリウスが最後に、にこにこした。
本物のにこにこ。自嘲の笑い。
「参った。降伏する」
パカッ。
◇
マリウスを拘束した。ガルドがロープで縛った。
セルディスが上層から降りてきた。ダンジョンの崩落を止めてくれたらしい。
「マリウスは」
〝降伏した〟
「そうか」
セルディスがマリウスを見下ろした。
「長い戦いだったな」
「セルディス……。おまえの勝ちだ」
「俺の勝ちではない。タカラの勝ちだ」
マリウスが俺を見た。
「宝箱よ。おまえの——勝ちだ」
〝勝ちとか負けとか、どうでもいい〟
「どうでもいい、か」
〝俺は蓋を開けただけだ おまえの蓋を、開けただけだ〟
マリウスが目を閉じた。
「……ああ。開いたな。俺の中の——醜い部分が。全部、見えてしまった」
にこにこの仮面が剥がれて。権力欲が露わになって。最後は弟子にも見放された。
マリウスの中身が——全部、外に出た。
蓋を開けた結果だ。
パカッ。
◇
始蓋が、静かにパカパカした。
芽がチョンの手を握ったまま、にこにこしてる。
「ちょん、おわった?」
「うん、終わったよ」
「めめめ」
「何その笑い方」
「めめめ」
子供の魔王が笑ってる。
チョンも笑ってる。
全部——終わった。
七つの蓋が全部開いた。
魔王の王は暴走しなかった。
マリウスは降伏した。
パカラ村は無事だ。
パカッ。
パカパカパカパカパカパカ。
全力パカパカ。
俺の旅が——終わった。
◇
【次回】全ての蓋が開いた世界。パカラ村に帰る。仲間たちに報告する。そして——チョンの最後の手紙。




