第110話「最後の蓋の前に」
マリウスが連行されて、三日が経った。
三日間、俺たちはダンジョンの調査をしてた。
パカラ村の地下。俺が最初にミミックとして目覚めた場所。
ダンジョンの入り口は、村の東の丘の中腹にある洞窟。ゴブリンたちが昔から使ってた場所。
中に入る。
ガウルが先頭。匂いで安全を確認しながら進む。
「ガウ。匂いは——ダンジョンの匂い。古い。石と湿気と、微かに魔力の匂い」
ダンジョンは五層構造。
一層目から三層目は、パカラ村の住人が日常的に使ってる。食料の貯蔵や、鍛錬場として。魔物はもういない。
四層目から先は——未探索。
俺がミミックとして目覚めたのは、三層目だった。もっと深い場所にいたはずだけど、記憶が——
……記憶がない。人間だった頃の記憶を差し出したから。冒険者としてこのダンジョンに来た時の記憶も、たぶんそこに含まれてた。
四層目に入った。
暗い。壁にランプがない。レグナの蒼炎で照らす。完全体の蒼炎は、広い範囲を明るく照らせる。
「四層目か。ここから先は、大賢者の時代の構造物がある可能性がある」
博士が言った。
『蓋裏辞典で確認——四層目には、大賢者時代の魔法装置の痕跡がある。五層目が最深部。第七の塔はそこにある』
〝五層目まで、あとどれくらいだ〟
『四層目の広さによるが、通常のダンジョンなら——二、三時間の探索で五層目に到達できるだろう』
二、三時間。
今日は調査だけ。本番は——全員が揃ってから。
◇
四層目を一通り調査して、戻ってきた。
五層目への階段を確認した。降りられる。罠はない。
「明日——入るか?」
ガルドが聞いた。
〝まだだ セルディスを待つ 王の条件だ〟
「セルディスって、いつ来るんだ」
〝レイスの手紙だと、マリウスを王都に送り届けてから来る あと二日くらい〟
「二日か。じゃあ、その間に準備だな」
準備。装備の確認。食料と水の補充。魔石の備蓄。
そして——仲間への連絡。
スミに手紙を書いてもらった。各地の拠点に。
〝第七の塔に入る〟。〝魔王の王の封印を解く〟。〝最後の戦いになるかもしれない〟。
ナギから返事が来た。
『タカラ、行けよ。全部の蓋を開けてこい。砂漠の仲間は、おまえを応援してる。——ナギ』
メブキから。
『タカラさん。芽吹の里から、翠兎を十匹送ります。何かの役に立つかもしれません。——メブキ』
翠兎を送ってくれるのか。何に使うんだ。……まあ、ありがたい。
潮音から。
『タカラ。海から歌を送る。あなたの旅に、私の歌が届くように。チョンにも伝えて。——潮音』
歌を送る。海から。潮音の歌が、ここまで届くのか。
知の王から。
『大賢者の遺産の緊急封印機能について、追加で解析した情報がある。博士に転送した。使う機会がないことを祈る。——知の王』
緊急封印の追加情報。使わないに越したことはないけど、保険として持っておく。
灰港の長老から。
『蓋を開ける者殿。武運をお祈りしております。——灰港長老』
全員が——応援してくれてる。
◇
夜。
丘の上。いつもの場所。
チョンが来た。
「タカラ。手紙、書いた」
〝五通目か〟
「うん」
チョンが紙を差し出した。
〝タカラへ
さいごのたびだ
ダンジョンにいく
こわいけどこわくない
みんながいるから
タカラがいるから
ぜったいだいじょうぶ
ぜんぶのふたをあけよう
チョンより〟
五通目。
一通目「帰ってきてね」。二通目「もっと強くなる」。三通目「頑張る」。四通目「もっとうまく歌えるようになる」。五通目「全部の蓋を開けよう」。
待つ子供から、一緒に開ける子供へ。
チョンの成長が、手紙に全部詰まってる。
〝ありがとう〟
収納に入れた。五枚目。
五枚の手紙。五つの旅の記録。
〝チョン〟
「なに?」
〝明後日、ダンジョンに入る 最後の塔だ〟
「うん」
〝怖くないか〟
「怖い。でも——タカラが言ったでしょ。知らないことを知ろうとするのが旅だって。最後の蓋の向こうに何があるか、知りたい」
〝……そうだな〟
パカッ。
チョンが俺に寄りかかった。
「タカラ、あったかい」
〝いつもだ〟
「うん。いつもあったかい」
チョンがすぐに眠った。俺の蓋に寄りかかったまま。
収納には入れない。今夜は、外で一緒に星を見てる。
最後の夜になるかもしれない——って考えたくないけど。
でも、大丈夫。
仲間がいる。
パタン。
◇
二日後。
セルディスが到着した。
聖騎士団の精鋭五人を連れて。白い鎧。銀髪。
「来たぞ」
〝待ってた〟
「マリウスは王都の牢に入っている。正式な裁判にかける準備を進めている」
〝牢か にこにこしてるかな〟
「していない。初めて見たよ、あの男の無表情を」
マリウスの無表情。にこにこの仮面が完全に剥がれた男の素顔。
「蓋を開ける者。準備はいいか」
〝いい〟
「では——行こう。最後の塔へ」
◇
メンバーを確認する。
俺。ガルド。レグナ(完全体)。ガウル。リーリア。アイ。チョン。
博士(収納内)。スミ(収納内)。シロ(蓋の上)。
セルディス。聖騎士団精鋭五人。
合計十三人と一箱と二匹のスライムと一羽の兎。
パカラ村のダンジョン、最深部へ。
最後の蓋を開けに。
パカッ。
◇
第七部「天蓋の渓谷編」——完。
◇
【次回・第八部】ダンジョンの最深部。第七の塔。魔王の王。そして——全ての蓋が開く日。




