第109話「王の目」
王がパカラ村に入った。
歴史上初めてだろう。王が魔物の村を訪れるのは。
王は——馬車から降りた。護衛のセルディスが横に立った。
マリウスが後ろにいる。にこにこ。
村の住人が広場に集まってる。五百八十二人の魔物。ホブゴブリン、ウォーウルフ、コボルト、スライム、その他いろいろ。
王が——村を見回した。
「……ほう」
それだけ。
でも、その「ほう」は、良い意味の「ほう」に聞こえた。
噴水が光ってる。花が飾られてる。道が綺麗。チョンが磨いた俺がピカピカ。
王が俺の前に来た。
「蓋を開ける者」
〝陛下〟
「前に会った時は、王城の広間だった。今日は——おまえの家か」
〝家というか、村ですが〟
「良い村だ」
王が短く言った。
「案内してもらおうか」
◇
村を案内した。
畑。水路。集会所。コボルトの工房。ウォーウルフの見回り小屋。スライムの浄水施設。
王が一つ一つ見てる。マリウスも横について見てる。にこにこ。
サガが茶を出した。前回の査察の時と同じ。翠兎の焼き菓子付き。
「陛下、よろしければ」
王が茶を飲んだ。
「……うまいな」
「芽吹の里から届いた品でございます」
「芽吹の里。焦土帯の自治集落か」
「はい。タカラが第四の塔を解放した後に生まれた集落です」
王が茶碗を置いた。
「蓋を開ける者。おまえが解放した塔の周辺は——全て、こうした集落ができているのか」
〝砂漠にナギの集落 焦土帯に芽吹の里 海に潮音の海 それぞれリーダーがいて、自治で運営してます〟
「ふむ。王国の統治から独立した自治集落、か」
マリウスが口を開いた。
「陛下。これが——問題なのです。王国の統治から独立した勢力が、大陸各地に広がっている。これは、将来的に——」
「マリウス」
王が手を上げた。マリウスが口を閉じた。
「おまえの意見は後で聞く。まず——見せてもらう」
◇
グラドルを見せた。
三十五メートルの大樹海。王が見上げた。
「……でかいな」
「グラドルです。パカラ村の守護者です」
グラドルが枝を揺らした。
「ようこそ、人間の王よ」
王が——少し驚いた顔をした。木が喋った。
「我は大樹海。この村を守っている。宝箱が我を解封してくれた」
「解封?」
〝封印されてた魔物を解放すると、本来の姿に戻ります グラドルも元は小さな木でした〟
「小さな木が、ここまで育ったのか」
〝封印が解けて、成長しました〟
王がしばらくグラドルを見上げてた。
「見事だ」
◇
最後に——ダンジョンの入り口を見せた。
パカラ村の地下に続く洞窟。
「ここが——問題のダンジョンか」
〝はい この最深部に、第七の塔があります〟
「そして、そこに——魔王の王の封印がある」
〝あります 大賢者の遺産で制御しながら、安全に解放するつもりです〟
マリウスが——ここで口を開いた。
「陛下。申し上げます」
にこにこ。でも声に力がこもってる。
「蓋を開ける者は〝安全に解放する〟と言いますが、安全の保証はどこにもありません。魔王の王が目覚めて暴走したら——大陸が滅びます。大賢者すら対話に失敗した存在です」
〝大賢者には力が足りなかった 俺には仲間がいる〟
「仲間? ホブゴブリンとウォーウルフと骸骨ですか? 失礼ですが——」
「マリウス」
セルディスが一歩前に出た。
「蓋を開ける者の仲間は、六基の塔を解放してきた実績がある。おまえの弟子は——何をした? 子供を攫い、魔王の意識を引き抜き、鎖で海の王を縛った」
マリウスのにこにこが——薄くなった。
「セルディス団長、それは弟子が独断で——」
「弟子の管理責任は、師匠にある。おまえの言葉だ、マリウス」
マリウスが——口を閉じた。
王が、二人を見てた。
「マリウス」
「はい、陛下」
「渓谷で——おまえは何をした」
「…………」
「蓋を開ける者が遺産を確保した際、おまえは——〝遺産は私がいただく〟と言ったそうだな」
マリウスの目が——動いた。
「誰が——」
「博士」
俺の蓋裏から、博士の声が響いた。
『私は知の王の断片です。渓谷のホールでの出来事を、すべて記録しています。マリウスが〝遺産は私がいただく〟と宣言し、部隊に攻撃を命じ、蓋を開ける者たちと戦闘になりました。第六の魔王が介入し、遺産を蓋を開ける者に託しました。以上が事実です』
博士の証言。知の王の断片による、客観的な記録。
マリウスのにこにこが——
消えた。
完全に。
冷たい顔。怒りの顔。渓谷で見たのと同じ。
「……陛下。私は——王国のために——」
「マリウス」
王の声が、静かだけど重い。
「余は、おまえを信じてきた。宮廷魔導士の筆頭として、二十年近く仕えてきた。だが——」
王がマリウスを見た。
「おまえの目的は、王国のためではなかったようだな」
「……」
「宮廷魔導士筆頭の職を——停止する。今度は、一時ではない」
マリウスの目が見開かれた。
「陛下——」
「セルディス。マリウスを連行しろ。王都に戻し、正式な調査を行う」
セルディスが頷いた。聖騎士団の護衛がマリウスを囲んだ。
マリウスが俺を見た。
にこにこは消えてる。仮面が剥がれた、素の顔。
「……蓋を開ける者」
〝……〟
「これで終わりだと思うな。私にはまだ——」
「連行しろ」
セルディスが命じた。聖騎士団がマリウスの両腕を掴んだ。
マリウスが引きずられていく。
紫のローブが——広場の石畳の上を引きずられていく。
にこにこが、もう戻らない。
パカラ村の広場から、マリウスが消えた。
◇
王が俺を見た。
「蓋を開ける者」
〝はい〟
「ダンジョンの封鎖は行わない。おまえに任せる」
〝ありがとうございます〟
「ただし——条件がある」
〝何でしょう〟
「魔王の王と対話する際、セルディスを立ち会わせろ。王国の安全保障の責任者として」
〝了解しました〟
セルディスが口元を引き締めた。微かに笑ってる。
「余は——おまえを信じる。六基の塔を解放し、平和に共存する道を作ったおまえを」
王がパカラ村を見回した。
「良い村だ。余の治める国の中に、こういう場所があることを——誇りに思う」
パカッ。
パカパカパカパカ。
王の前で全力パカパカ。二回目。
チョンが横で笑った。ガルドが苦笑した。グラドルが枝を揺らした。
王が笑った。
「その蓋の音は——前も聞いたな。喜びの音か」
〝喜びの音です〟
「ふふ。面白い英雄だ」
王が——馬車に戻った。
セルディスが敬礼して、マリウスを連行した聖騎士団と共に去った。
行列が丘を下りていく。
パカラ村に——静けさが戻った。
ガルドが大きく息を吐いた。
「終わった……。マリウス、終わったか?」
〝筆頭は停止された でも——〟
「でも?」
〝あいつの最後の言葉 「まだ」って言ってた〟
「……」
〝油断はできない でも——今は、先に進める〟
パカッ。
ダンジョン封鎖は撤回。王の承認を得た。セルディスが立ち会ってくれる。
第七の塔への道が——開いた。
◇
【次回】第七の塔の準備。ダンジョンの調査。チョンの手紙、五通目。




