第107話「にこにこが、戻ってきた」
ベイルの街に向かう道中、各地から返事が届いた。
ナギから。
『タカラへ
第六の塔解放おめでとう。六基目って、あと一基だな。
でかいサソリに乗ってこっちを通過したって聞いた。寄ってけよ!
井戸掘り成功した。水が出た。砂漠に水、感動して砂鬼将が泣いた。
あの武人、泣くんだぜ。面白いだろ。
ナギ』
砂鬼将が泣いた。武人が井戸で泣く。ナギの報告、いちいち面白いな。
メブキから。
『タカラさんへ
焦土帯の緑化、順調です。
東端まで草が到達しました。
翠鹿が子供を産みました。
名前をつけてほしいです。
でもタカラさんの命名センス、
心配です。シロとか。
メブキ』
……命名センスを心配されてる。確かにシロは安直だけど。
潮音から。貝殻の手紙。
『タカラへ
海は穏やかです。歌が響いています。
潮見のミナトさんと交易が軌道に乗りました。
チョンに会いたいです。また歌いたい。
マリウスの船は、最近見かけません。
海は、今は安全です。
潮音』
マリウスの船が見えない。海方面からは撤退したか。渓谷での失敗で、海の作戦は諦めたのかもしれない。
知の王から。博士経由。
『六百七十三巻目読了。大賢者の遺産の追加情報を発見した。魔王の王に関する記述だ。〝魔王の王は、意志を持つ。だが、言葉を持たない。声がない〟。タカラと同じだな。次に来訪した際に詳しく話す。——知の王』
魔王の王は——声がない。
俺と同じだ。
『声がない者同士で、対話する方法を考えなければならない。蓋文字が通じるかどうかは——分からない』
博士が補足した。
声がない魔王の王と、声がない宝箱。
言葉なしで、どう対話するのか。
……それは、第七の塔で考えよう。
◇
ベイルの街に着いた。
ドルトンが、書類を山積みにして待ってた。
「おう、帰ったか。報告は後でいい。先に——」
ドルトンの顔が、いつもより険しい。
「マリウスが動いてる」
〝何をした〟
「パカラ村への〝査察〟を、王に上奏した。『パカラ村が大賢者の遺産を不正に所持している。国家の安全を脅かす可能性がある。査察を行い、遺産の返還を求めるべきだ』——という内容だ」
……来たか。
遺産を取り返しに来る。直接じゃなく、王の権力を使って。
「王は認めたのか」
「認めた。マリウスが筆頭に復帰した直後に上奏した。王も——六基の塔が解放されたことで、魔王の王の伝承を知り始めてる。不安になってるんだろう」
王が不安になってる。マリウスが不安を煽ってる。
「査察団は、三日後にパカラ村に到着する。マリウス直属じゃなく、宮廷の中立官僚が査察を行う。だが——」
〝マリウスの息がかかってる可能性がある〟
「その通りだ。中立と言いつつ、マリウスが裏で手を回してる可能性が高い」
パカッ。
〝了解 パカラ村に急ぐ〟
「ああ。査察の前に帰っておけ。おまえがいないと、村の代表が不在になる」
◇
ベイルからパカラ村まで半日。急いだ。
パカラ村の門が見えた。グラドルの巨体。
グリンが見張り台から——
「タカラ! 大変だ! 宮廷の使者が来てる!」
〝もう来てるのか!?〟
「昨日着いた! 三日後って聞いてたのに!」
予定より二日早い。マリウスが急がせたのか。
門をくぐった。
村の広場に——見慣れない人間たちが立ってた。
宮廷の正装。三人の官僚。書記官が一人。護衛の兵士が四人。
そして——
官僚たちの後ろに、もう一人。
白い服。
にこにこ。
「やあ、蓋を開ける者殿。お帰りなさい」
カシス。
にこにこが——戻ってる。
渓谷ではにこにこが消えてた。「迷っている」と言ってた。でも——戻ってる。
〝カシス おまえ——〟
「査察の案内役として、同行しています。マリウス様のご命令で」
にこにこ。
でも——目が違う。渓谷の時と同じ、迷ってる目。にこにこの仮面をかぶり直してるけど、目の奥が揺れてる。
〝……そうか〟
「はい。では——査察を始めてもよろしいですか?」
パカッ。
〝いいよ 見たいものは全部見せてやる〟
◇
査察が始まった。
官僚三人が、村の中を視察してる。建物、畑、水路、噴水、住民の暮らし。
カシスが横についてる。にこにこしながらメモを取ってる。
俺は擬態せずに、宝箱の姿で案内してる。隠すものはない。
〝ここが畑だ ホブゴブリンが耕作してる〟
「なるほど。自給自足ですか」
〝ここが水路 コボルトの大工が設計した〟
「よくできていますね」
〝ここが集会所 村の会議をする場所だ〟
官僚たちが真面目にメモを取ってる。カシスがにこにこしながら横で見てる。
サガが杖をついて出てきた。
「査察の方々、お茶でもいかがかの」
官僚の一人が目を瞬いた。
「お茶? ホブゴブリンの村で?」
「ホブゴブリンでも茶は飲むぞ。何なら菓子もあるぞ。メブキの里から届いた翠兎の焼き菓子じゃ」
翠兎の焼き菓子。メブキの里の名産品。
官僚たちが顔を見合わせた。
「いただきます」
サガが茶を出した。チョンがお盆を持ってきた。
「どうぞ!」
チョンがにこにこしてる。こっちのにこにこは本物だ。
官僚たちが茶を飲んだ。
「……うまい」
「この菓子、翠兎の……何ですか、これは」
「焦土帯の自治集落の名産品じゃ。交易で届いたものじゃ」
サガが得意げに説明してる。
カシスが——茶を飲みながら、チョンを見てた。
にこにこのまま。でも目が——柔らかくなってる気がする。
◇
査察は丸一日かかった。
村の隅々まで見て回って、住民に聞き取りをして、施設を確認して。
夕方。広場で査察結果の報告会。
官僚のリーダーが書類をまとめた。
「結論を述べます」
全員が注目した。
「パカラ村は——健全な自治集落です。住民の生活水準は高く、人間との交易も正常に機能しています。大賢者の遺産については——」
官僚が俺を見た。
「蓋を開ける者殿が適切に管理していると判断します。遺産の返還は、現時点では不要です」
……通った。
ガルドが小さくガッツポーズした。
サガが杖をとんと突いた。
チョンがにかっと笑った。
マリウスの査察——不発に終わった。
官僚たちは中立だった。マリウスの息がかかってるかと思ったけど、実際に村を見たら、「問題なし」と判断した。
現実を見れば、パカラ村は「脅威」じゃない。ただの——みんなが平和に暮らしてる村だ。
カシスが官僚たちの後ろで、にこにこしてた。
でも——メモを取ってない。
さっきまでびっしりメモを取ってたのに、査察結果が出た瞬間から——メモを取るのをやめてる。
……報告しないつもりか?
官僚たちが帰り支度を始めた。
カシスが、俺の前を通り過ぎた。
小さな声で——にこにこのまま。
「……いい村ですね」
それだけ言って、去っていった。
パカッ。
◇
【次回】マリウスの次の手。ダンジョン封鎖を画策。セルディスが阻止に動く。




