第104話「にこにこの仮面が、剥がれ落ちる」
マリウスが立ってる。
紫のローブ。金の飾り紐。にこにこ。
後ろに——カシスと弟子たち。十五人ほど。力の道を突破してきた連中だ。何人か怪我してる。力の試練で消耗したらしい。
マリウスだけが無傷。涼しい顔。
「やあ。先に着いていたんですね。さすがです、蓋を開ける者殿」
〝来るな〟
「来るなと言われても、来てしまいました。大賢者の遺産——あれは王国の財産です。私が預かります」
〝預かるんじゃなく、利用する気だろ〟
「利用? とんでもない。安全に管理するだけです」
にこにこ。
この笑顔も、全部嘘だ。
大賢者の石板を読んだ。遺産を手に入れた者が、魔王の王の封印を制御できる。マリウスがそれを欲しがってる理由は——大陸を支配するためだ。
第六の魔王——老人が、マリウスを見た。
「おまえが……マリウスか」
「ええ。初めまして、第六の魔王殿」
「初めてではない。おまえの弟子が、五年前にここに来た。遺産を調べに」
マリウスの笑顔が——ほんの一瞬、固まった。
「……ほう。ご存知でしたか」
「五年前、銀環という魔導士が来た。我の目の前で遺産を調べ、構造を記録していった。我は止めなかった。封印されている我には、止める力がなかったからだ」
銀環が五年前にここに来てた。マリウスは五年前から遺産の情報を持ってた。
「だが——今日は違う」
老人が杖を地面に突いた。
「蓋を開ける者が来た。我の封印を解く者が。今なら——我にも、選ぶ力がある」
老人がマリウスを見据えた。
「遺産を誰に渡すか。それは——我が決める」
◇
マリウスの笑顔が消えた。
二秒くらい。
直ぐに戻した。
「なるほど。魔王殿が仲裁してくださるのですね。ありがたい」
「仲裁ではない、選択だ。遺産を託す相手を、我が選ぶ」
「その選択基準は?」
「大賢者の意志に最も近い者。大賢者は——魔王の王と対話することを望んでいた。力で支配することではなく」
マリウスの目が一瞬、冷たくなった。
にこにこの奥に、別の顔が見えた。
「対話、ですか。残念ですが——対話では世界は動きません」
マリウスの声から、柔らかさが消え始めた。
「私は十五年、宮廷で政治を見てきました。対話で問題が解決したことは、一度もない。力で、利益で、恐怖で——人は動く。魔王の王の力を手に入れれば、この大陸を正しく導ける」
「正しく導く?」
「ええ。無秩序な解放ではなく、秩序ある統治を。魔物も人間も、一つの権力の下で管理する。それが——最も効率的な平和です」
マリウスの「共存政策」の正体。
共存じゃない。支配だ。魔王の王の力で、魔物も人間も、一人の男の下に置く。
〝マリウス おまえの本音は——支配か〟
「支配という言葉は好みません。管理です。効率的な管理」
〝殺さないのか〟
「殺す必要がなければ殺しません。管理に従わない者は——別ですが」
にこにこが、薄くなった。
仮面が——剥がれかけてる。
ガルドが拳を握った。
「タカラ、もう話すことないだろ」
〝ああ〟
〝遺産は渡さない〟
「それは——困りますね」
マリウスが両手を掲げた。
「カシス。弟子たち。遺産を確保しなさい」
カシスと弟子十五人が——動いた。
◇
戦闘。
ホールの中。大賢者の遺産を挟んで、俺たちとマリウス派が向かい合う。
カシスが先頭に出た。
「蓋を開ける者殿、お久しぶりです」
にこにこ。
〝もう三回目だな〟
「三度目の正直、と言いますからね」
カシスが手を掲げた。弟子たちも魔法陣を展開。
「全員で——かかれ!」
十五人の魔導士が同時に魔法を放った。火、氷、風、雷——四属性の魔法が俺たちに向かって飛んでくる。
「〝覇受〟!」
ガルドが前に出た。両腕に闘気を纏って、魔法を受け止める。
ドドドドッ!
四属性の魔法がガルドの腕に当たる。闘気で防いだ。でも衝撃が重い。十五人分だ。
「ぐっ……多いな!」
レグナが動いた。
「〝蒼き炎の壁〟!」
蒼い炎の壁が、俺たちとマリウス派の間に立ちはだかった。
弟子たちの魔法が蒼炎の壁に当たって弾かれた。
レグナの蒼炎、九割五分。ほぼ完全体の炎は——十五人の魔導士の魔法を、壁一枚で止めた。
「な……蒼炎の壁で、全員の魔法を……!?」
カシスが驚いた顔をした。
レグナの蒼い炎が、壁から形を変えた。
「〝蒼き炎の剣〟——四本同時展開」
四本の蒼い炎の剣が、空中に浮かんだ。レグナが四本同時に制御してる。
ほぼ完全体の蒼烈将軍の力。
四本の剣が、弟子たちに向かって飛んだ。
「散れ!」
カシスが指示。弟子たちが散開した。
蒼炎の剣が弟子の一人に当たった。鎧が焼けた。倒れた。気絶。
もう一本が別の弟子に。倒れた。
二人撃破。残り十三人。
ガウルが走り出した。
「〝銀牙疾走〟!」
銀色の残像が弟子たちの間を駆け抜けた。残光が三人に触れて——痺れて動けなくなった。
三人無力化。残り十人。
俺は——〝武装擬態〟!
五枚の蓋を五つの武器に。
弟子の一人に剣で斬りかかった。
弟子が魔法障壁を張った。剣が弾かれた。
でも——槍が横から突いた。障壁の隙間。脇腹に当たって弟子が吹き飛んだ。
鎖鎌で別の弟子を拘束。斧でもう一人を叩いた。
三人撃破。残り七人。
リーリアが後方から支援。
「〝巫女の祈り〟——魔力回復!」
ガルドとレグナの魔力を回復させてる。アイもリーリアの魔力を補充してる。
チョンは俺の後ろに隠れてる。戦闘では前に出ない。約束だ。
残り七人の弟子のうち、四人がカシスの指示で防御に回った。三人が攻撃。
攻撃の三人を——ガルドが一人、レグナが一人、ガウルが一人。
六秒で三人倒した。
残り四人。カシスを入れて五人。
カシスが——にこにこを消した。
「やはり……正面からでは勝てませんか」
カシスが後ろを向いた。
「マリウス様。お力を」
マリウスが——前に出た。
初めて。マリウスが自分で戦闘に参加する。
「仕方ありませんね」
マリウスが——にこにこのまま、両手を掲げた。
魔力が膨れ上がった。
ホール全体が、紫色の光に包まれた。
〝査定〟。
──────────────────
〝査定〟
対象:マリウス
総合戦力:S
種族:人間(宮廷魔導士筆頭)
スキル:全属性魔法(最上級)
精神魔法(上級)
結界魔法(上級)
* 全力状態
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Sランク。
宮廷魔導士の筆頭は——Sランクだった。
Aランクだと思ってた。ドルトンもレイスもそう言ってた。
でも——Sランク。隠してたのか。
「驚きましたか? 私は——隠し事が得意なんです」
にこにこ。
マリウスの両手から——紫色の光弾が、十発同時に飛んだ。
速い。
レグナの蒼炎の壁が——
貫通された。
「な……!」
紫の光弾が蒼炎を突き破って、俺たちに向かってくる。
ガルドが覇受で二発受けた。腕が痺れた。
俺が盾で三発受けた。闘気纏で耐えた。でも衝撃がえぐい。
残り五発——
「〝蒼き炎の鎧〟!」
レグナが全員に蒼炎の鎧を展開。五発が鎧に当たって散った。
耐えた。
でも——レグナの顔が引きつってる。
「Sランクか……。蒼炎を貫通するとは」
マリウスが笑った。
「蒼烈将軍。八百年前は恐ろしい存在だったのでしょうね。ですが——今の私の方が強い」
…………。
マリウスがSランクで、レグナもSランク上位。でも——レグナは魂が98%。完全体じゃない。
完全体なら勝てるかもしれない。でも今は——
第六の魔王が——動いた。
「もう十分だ」
老人が杖を振った。
ホールの中に——金色の光が走った。
全員の動きが止まった。マリウスも、カシスも、弟子たちも、俺たちも。
光が——全員を拘束してる。体が動かない。
「この塔の中では、我がルールだ」
老人が杖を地面に突いた。
「戦いで遺産を決めるのではない。我が選ぶと言っただろう」
◇
老人が、マリウスを見た。
「マリウス。おまえは力で世界を管理すると言った」
「ええ」
「大賢者も——同じことを考えた時期があった。力で魔王を封じれば、世界は安全だと。だが——友人として、私は大賢者に言った。〝力で管理した平和は、力が消えた瞬間に崩れる〟と」
老人がタカラを見た。
「蓋を開ける者。おまえは対話を選んだ」
〝選んだ〟
「大賢者と同じ答えを出した。だが大賢者には力が足りなかった。おまえには——仲間がいる」
老人が——俺の仲間を見渡した。
ガルド。レグナ。ガウル。リーリア。アイ。チョン。博士。スミ。シロ。
「大賢者は一人だった。おまえは一人ではない。それが——おまえと大賢者の違いだ」
老人が杖を掲げた。
「遺産は——蓋を開ける者に託す」
大賢者の遺産が——光った。
金色の光が装置から溢れて、俺の方に飛んできた。
蓋の中に吸い込まれた。
収納に。
大賢者の遺産が、俺の収納に入った。
蓋裏に表示が出た。
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大賢者の遺産を収納しました
* 七つの封印の統括管理機能を取得
* 最後の封印(魔王の王)の
制御権を取得
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〝……入った〟
マリウスの顔が変わった。
にこにこが完全に消えた。
冷たい目。計算の目じゃない。怒りの目。
「……そうですか」
マリウスの声が、低い。
「魔王に選ばれた、と。……ふふ。そうですか」
「マリウス」
老人が言った。
「おまえは帰れ。ここはもう、おまえの居場所ではない」
マリウスが深く息を吐いた。
「……帰りますよ、今日は。ですが——」
マリウスの目が俺を射抜いた。にこにこじゃない、剥き出しの敵意。
「第七の塔で、また会いましょう。蓋を開ける者殿」
マリウスが背を向けた。
カシスと弟子たちを引き連れて、力の道の出口に向かった。
消えていく。
紫のローブが闇に消えた。
◇
拘束の光が解けた。全員が動けるようになった。
ガルドが肩を回した。
「マリウスのやつ……Sランクだったのかよ」
〝隠してた〟
「あの笑顔の下に、あれだけの力を隠してたのか。やべえ奴だ」
レグナが蒼炎を灯し直した。
「次にマリウスと戦う時は——我が完全体に戻ってから、だな」
〝レグナの魂の残り2%——〟
老人が言った。
「ここにある」
老人が手のひらを開いた。
蒼い光の欠片。
「大賢者が封じた、蒼炎の将軍の魂の最後の欠片だ。返そう」
蒼い欠片がレグナの方に飛んだ。
レグナの胸に吸い込まれた。
「……っ」
蒼い炎が——爆発的に燃え上がった。
ホール全体を照らすほどの蒼い炎。
今までとは——格が違う。
「……百パーセント。完全体だ」
レグナの声が——深くなった。重みが増した。
「我は——蒼烈将軍。完全体の、蒼炎の将軍」
蒼い炎が、静かに収まった。でも——密度が全然違う。空気が震えてる。
完全体のレグナ。Sランク以上——いや、マリウスと互角か、それ以上。
「次は——負けぬ」
レグナが、マリウスが消えた方向を見た。
パカッ。
◇
第六の魔王が、装置の前に立ってた。
「蓋を開ける者。遺産は託した。あとは——我の封印を解いてくれ」
〝名前〟
「何?」
〝おまえにも名前をつけたいけど、今のおまえは名前を持ってるのか〟
「持っている。だが——もう要らない。大賢者はもういない。我を名前で呼ぶ者は、もういない」
〝……〟
「ただの老いた魔王だ。大賢者の友人だった、それだけの者だ」
〝じゃあ——このまま消えるのか?〟
「消える。知の王のように残る必要もない。潮音のように海に帰る場所もない。我には——もう、居場所がない」
〝寂しくないか〟
「寂しい。だが——大賢者に会えるかもしれない。あの世で」
老人が微笑んだ。
「蓋を開けてくれ。最後の蓋を」
〝解封〟。
金色の光が老人を包んだ。
老人の体が、光の粒になって——昇っていく。
『ありがとう、蓋を開ける者。大賢者の意志を、継いでくれ』
〝継ぐよ〟
『それと——第七の塔は、おまえの故郷にある』
〝故郷?〟
『パカラ村の地下。ダンジョンの最深部だ。おまえが——最初にミミックとして目覚めた場所に、最後の塔がある』
…………。
パカラ村の地下。
俺が目覚めた場所に——最後の塔。
旅の始まりが、旅の終わり。
老人が——消えた。穏やかな笑顔のまま。
ホールが静かになった。
蓋裏に通知が来た。
──────────────────
第六の塔の封印——解除
第六の魔王、浄化完了
* レグナの魂、完全回復
* 第七の塔の位置情報:
パカラ村地下
ダンジョン最深部
──────────────────
六基目。
残り——一基。
パカラ村に帰ろう。
最後の蓋を開けに。
◇
【次回】渓谷を出る。パカラ村へ帰る道。マリウスが何を準備しているか。そして——最後の旅が始まる。




