第102話「二つの道」
塔の中に入った。
広い通路。灰色の石の壁。照明は——壁に埋め込まれた水晶が、淡い緑色の光を放ってる。
外の霧と違って、中は澄んだ空気だ。乾いてて、温度も安定してる。
レグナが蒼炎をちろちろさせた。
「中は乾いてるな。蒼炎の出力、九割以上出る」
ガウルが匂いを嗅いだ。
「ガウ。石の匂い。それと——微かに人の匂いがする。古い。何年か前の」
〝何年か前?〟
「うん。最近じゃないけど、八百年前でもない。五年くらい前の匂い」
五年前に、誰かがここに来てる。
『大賢者の遺産を調査した者がいたのかもしれない。マリウス派か、それ以前の調査隊か』
マリウスは前から第六の塔に目をつけてたのか。
通路を進む。五十メートルほど歩くと——
分岐。
通路がY字に分かれてる。左と右。
分岐点の壁に、文字が刻まれてる。
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第一の選択
左の道:力を得る。
代償として、知識を失う。
右の道:知識を得る。
代償として、力を失う。
一つを選べば、もう一つは
永遠に閉じる。
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力か、知識か。
ガルドが唸った。
「力を得るか、知識を得るか。で、もう片方は失う」
〝失うって、具体的にどういうことだ〟
『おそらく、実際にスキルや能力を失うわけではない。塔の試練として、〝何を優先するか〟を示す選択だ。選んだ側の試練を受けて、選ばなかった側の試練は永遠に受けられなくなる』
つまり——試練の種類を選ぶってことか。
力の試練か、知識の試練か。
「タカラ、どっちだ」
〝…………〟
今までの経験を思い出す。
戦の王の塔では武の試練を受けた。あれは「力」の試練だった。
知の王の塔では知の試練を受けた。あれは「知識」の試練だった。
両方やったことがある。
でも——この塔の試練は、両方は選べない。
チョンが口を開いた。
「タカラ。俺、知識の方が得意だよ。知の王の塔で二問当てたし」
〝確かに〟
「でも、ガルドとレグナは力の方が得意でしょ?」
ガルドが頷いた。
「俺は殴る方が好きだ」
「我も、蒼炎の方が得意だ」
メンバーの強みで考えると——
力:ガルド、レグナ、ガウル
知識:チョン、博士、俺
半々だ。
〝博士、どっちを選ぶべきだ〟
『直接の答えは教えられない。だが一つだけ。大賢者の遺産は、この塔の最深部にある。最深部に至るには、全ての選択を正しく通過する必要がある。〝正しい〟とは——おまえ自身にとって正しい、という意味だ』
自分にとって正しい選択。
俺にとって——力と知識、どっちが大事か。
……いや、そうじゃない。
俺は宝箱だ。
宝箱に力はない。走れない。殴れない。蹴れない。
でも——中身がある。収納がある。スキルがある。博士がいる。
俺の強みは「中身」だ。
中身=知識。
〝右だ 知識の道〟
「マジか。力の方が安全じゃないか?」
〝安全じゃなくていい 俺は宝箱だ 中身で勝負する〟
ガルドが——ニッと笑った。
「おまえがそう言うなら、右だ。ついてくぜ」
全員が右の道に入った。
左の道が——ゴゴゴ、と音を立てて閉じた。石の壁が降りてきて、完全に塞がった。
もう戻れない。
◇
右の道を進む。
通路が広くなって——部屋に出た。
部屋の中央に、石のテーブル。テーブルの上に、一枚の石板。
石板に文字が刻まれてる。
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第二の選択
この石板には、
大賢者が最後に残した言葉が
刻まれている。
読む者には、真実が与えられる。
ただし、真実は時に重い。
読むか、読まないか。
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大賢者が最後に残した言葉。
「読む一択だろ」
ガルドが即答した。
〝待て 「真実は時に重い」って書いてある〟
「重くても読むだろ。情報は武器だ」
博士が言った。
『ガルドの判断は正しい。知識の道を選んだ以上、知識を拒むのは矛盾する。読むべきだ』
俺は石板に蓋を近づけた。
文字が——浮かび上がってきた。蓋文字に変換される。チョンが触れた時の石碑と同じ反応。
大賢者の言葉。
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この言葉を読む者へ。
私は大賢者と呼ばれた者だ。
七つの塔を建て、七人の魔王を
封じた者だ。
だが——私が封じたのは、
魔王だけではない。
七つの塔の下に、もう一つの
封印がある。
八番目の封印。
七人の魔王の上に立つ者——
魔王の王の封印。
魔王の王は、実在する。
私はこの者を封じるために、
七つの塔を建てた。
七人の魔王は——魔王の王の
封印を維持するための、
〝鍵〟に過ぎない。
七つの鍵が全て外れたとき、
魔王の王の封印が解ける。
この事実を知った者よ。
全ての塔を解放する前に、
大賢者の遺産を手に入れよ。
遺産があれば、魔王の王の
封印を制御できる。
遺産がなければ——
七つの鍵が外れた瞬間、
魔王の王が目覚める。
その時、世界は終わる。
大賢者 記す
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…………。
全員が黙った。
七人の魔王は——魔王の王の封印を維持するための「鍵」。
俺が今まで解放してきた五人の魔王は——鍵を外してきたのと同じ。
あと二つ外したら——魔王の王が目覚める。
「タカラ……」
ガルドの声が硬い。
「俺たち、今まで——魔王を救ってきたと思ってた。でも実は——もっとやばいものの蓋を開けてたのか」
〝…………〟
魔王を救うことが、世界を終わらせることに繋がってた。
大賢者が七人の魔王を封じたのは——魔王たちを罰するためじゃなかった。魔王の王を封じるための手段だった。
対話の王も、戦の王も、知の王も、灰守も、潮音も——全員、鍵だった。
俺が蓋を開けるたびに——魔王の王の封印が弱まってた。
「タカラ、どうする」
ガルドが俺を見てる。全員が俺を見てる。
〝…………〟
パカッ。
〝大賢者の遺産を手に入れる〟
〝遺産があれば、魔王の王の封印を制御できる 解放しても、暴走させない方法がある〟
〝あと二基の塔を解放することをやめるつもりはない〟
〝魔王たちは、鍵として封じられてた でも、あの人たちは鍵じゃない 一人一人が、生きた存在だ〟
〝俺は——全部の蓋を開ける 魔王の王の問題は、遺産で解決する〟
ガルドが——拳を握った。
「おう。おまえがそう言うなら、ついていく」
「ガウ。賛成」
「我もだ」
「私も」
「ぷるん」
「うん!」
全員が頷いた。
パカッ。
〝先に進むぞ〟
◇
石板の部屋を出て、次の通路に入った。
——その時。
背後から、音が聞こえた。
遠い。でも確実に聞こえる。
足音。
複数の足音。二十人分くらい。
ガウルが耳を立てた。
「ガウ。来た。マリウスの匂い。部隊が塔に入ってきた」
マリウスの部隊。予想より早い。
〝一日のリードがあったはずだ〟
「ガウ。でも足音が速い。走ってる。塔の入り口に着いたら、すぐに走り出したんだ」
マリウスの部隊が、走って追いかけてきてる。
そして——足音が、左の道から来てる。
俺たちは右の道を選んだ。マリウスの部隊は——左の道を選んだ。
力の道。
「あいつら、力の道に入ったのか」
ガルドが呟いた。
「タカラ、二つの道はどこかで合流するのか?」
『Y字の塔は、最深部で合流する。左右の道はそれぞれ異なる試練を経由するが、最終的に同じ場所に至る』
最深部で合流。
つまり——俺たちとマリウスの部隊が、最深部で鉢合わせる。
「合流した時に——大賢者の遺産を、どっちが先に手に入れるか」
ガルドが歯を見せた。
「競争だな」
〝競争だ〟
パカッ。
パカパカパカパカ。
急ぐぞ。
ズズズズズ——!
◇
【次回】知識の道を進む。選択の試練が連続する。チョンが活躍する場面。そして——塔の奥に、第六の魔王の声が聞こえ始める。




