25話 内見
「そうかい。助かるよ。
じゃあ、1週間後に。」
時守は立ち上がり、衣類を少し整え、足先がドアの方へ向く。
「もうお帰りなるんですか?
コーヒー用意したのに。」
由美子が来客用のティーカップ片手に時守へ言葉をかける。
「では、頂いて帰ろうかな。」
ティーカップを手に取り、コーヒーを一気に飲み干す。
もう少しゆっくり飲めばいいのにと思わなくもないが、こちらとしても早く出ていって欲しい。何も言うまい。
「物件の調査が済み次第連絡を入れればいいな。」
「由美子さんご馳走様。
そうだね。あとこれを君たちに渡しておこう。」
時守はティーカップを由美子に渡すと、コートの中から小さいケースを二つ取り出し、弧を描くように修二の手元へ投げつけた。
修二は咄嗟に二つのケースを手に取った。よく見てみると名刺入れのようだったが、こんなものを急に渡されて理解ができない。
「なんで急にこんなものを。」
「まぁいろいろ便利だろうからね。好きに使うといいさ。
では、僕は先に調査してるから終わったら連絡してくれ。」
時守はそう言って部屋を後にした。
足音が遠ざかっていくのを聞き、手元の名刺入れからカードを取り出し確認する。
『時守探偵事務所助手
修二』と記載があった。
「あいつ勝手にこんなもの作りやがって。」
こういうのは本人の許可を得て作るのが普通だろう。ムカつくが使えるものは使わせてもらおう。
二つ目の名刺入れは多分由美子さんのものだろう。名刺入れを開けると案の定『由美子』と記載があった。
「こっちは由美子さんの分みたいです。」
修二は名刺入れを由美子へと渡した。中身を確認すると少し首を傾げ、なぜ自分の分があるのか理解できていない様子だった。
「修二くん、なんで私の分もあるんだろう。」
その疑問も当然だ。調査を円滑にするためだけなら、修二の分だけで十分なはずだ。
それとも2人で分かれて調査しろということなのだろうか。
だとすれば、時守は焦っている?それともほかに理由があるのか?
「あいつがなにを考えているのかわからないですけど、二手に分かれて調査した方が早そうです。」
「そうだね。そうしよっか。」
「では、調査する物件を決めましょうか。
由美子さんも座ってください。」
「なら、コーヒー入れるね。さっきの残りがあるの。修二くんは先に座ってて。」
由美子はコーヒーを注ぎに台所へ向かう。
「わかりました。」
修二はソファに腰を下ろし、時守が持ってきた資料に目を通す。
その資料には部屋の間取りの他に管理会社やその住所まで抑えられていた。この資料を見る限りあいつは本当に優秀な探偵らしい。
思わず大きなため息が漏れる。何故か負けた気がした。
「あーもう!」
修二は少し右手で頭をかき、再び資料へ目を通す。
「急にどうしたの?修二くん。」
コーヒーの入ったコップを両手に持ち、テーブル、ソファを挟み由美子が立っていた。
「いや、なんでもないです。
由美子さんも座ってください。」
「うん、コーヒーどうぞ。」
由美子はコーヒーをテーブルへ置き、ソファへ腰を下ろした。
「ありがとうございます。」
修二はコーヒーを受け取り、資料を仕分け始める。
本当によくまとめられている。ただ量が多い。1人では時間がかかるのも納得だ。けどそれだけなのか?これだけ短時間で資料をまとめられるなら俺を頼る理由はなんだ?
修二は人差し指を唇に当て、考え込んでいると由美子からの声に前を向く。
「修二くん、私は何件見ればいいの?」
「そうですね。この四件をお願いします。
うちの三件は管理会社が一緒なので調べやすいと思います。」
修二は由美子が調査する物件資料を由美子へ手渡す。
由美子は手に取った資料をしばらく読んだ後修二の方へ向いた。
「わかった。もう夕方だから明日からだね。
私は授業ないから朝から行くけど修二くんは?」
「俺は一限目だけあるので、それに出てからいきます。」
ーー不動産
あれから1日経ち、修二は授業後に不動産を訪れていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような物件をお探しですか?」
不動産の男性職員が笑顔で修二へ声をかける。ピチッとしたスーツに黒髪マッシュ、完全に営業スマイルだが、悪い印象はなかった。
「すみません、事故物件を何件か見に来ました。」
そう言った瞬間、職員の顔が少し曇る。完全に冷やかしだと思われただろうか。俺だってこんなことはあまりしたくないが、あいつの目的を探るためにも必要なことと割り切ろう。
「あのー安い物件をお望みでしたら、事故物件でなくても良いものはありますよ。」
こちらを諭すように修二に言う。少し困った客として見られたか?そう思った瞬間、時守から渡された名刺を思い出しズボンのポケットを弄る。
「すみません、俺……いや、私はこういうものでして、協力をお願いしたいんです。」
修二は名刺入れの中から名刺を一つ取り出し、職員へ手渡す。
「これはどうも、自己紹介が遅れました。私近藤不動産の田中と申します。」
お互いに名刺を交換し、田中は受け取った名刺に目を落とした。
「今回は事故物件調査のために部屋を見せて欲しいんです。」
すると、しばらく田中は静かに名刺を見つめる。なにか引っ掛かるところがあったのだろうか。作法を間違えたか?そう考えていると田中がゆっくりと口を開く。
「もしかして3日前にご連絡を頂いた時守さんの事務所の方ですか?」
「は、はい。」
3日前?どれだけあいつは用意周到なんだ。こちらとしては助かるが、これだけのことを1週間で出来るのなら俺を頼る理由が尚更わからない。
「時守さんにはお世話になっています。別室にて対応させていただきますので、こちらへどうぞ。」
修二は案内されるがまま、田中について行き、別室へと通された。やけに対応が良いことに違和感を覚えつつ別室のソファへ腰を下ろした。
「あのすみません、お世話になっているとはどういった……」
修二は少し気まずそうに田中へ声をかける。
「聞いていませんか?時守さんには事故物件に短期間実際に住んでもらって、問題がないか調べてもらっているんです。」
田中さんが言うには、事故物件は、一度入居者が決まれば告知義務が軽くなる場合もあるそうだ。
変なことが起きなければ、そのまま安めの物件として売りに出せるし、あいつとしてもついでに調査が出来れば儲け物くらいの感覚なのだろう。
「なるほど、そういうことですか。申し訳ないのですが、今回は内見だけお願いしたくて。」
「はい、それで構いません。
どのような場所に行かれるのですか?」
「こちらですね。この三件を見たくて。」
修二は鞄から渡された資料のうち、間取りが描いてあるものを田中へ差し出す。
「こちらですね。すぐに見つかると思いますので、少々お待ちください。」
修二から受け取った間取りに目を通し、田中は部屋を後にした。
「はい、お願いします。」
しばらく部屋には沈黙が流れる。あいつが何故ここまで影について詳しいのかがわかった気がした。
待つだけではここまで情報は集まらない。俺も自分から動くべきだ。
コン!コン!
そう考えていると田中がドアをノックし、戻ってきた。
「お待たせしました。合鍵も一緒にご用意しましたので確認お願いします。」
田中はソファへ腰を下ろし、机に間取りごとに鍵を分けておいた。
「こちら三件の鍵です。
時守さんの助手ですので、無くしたりとかはないと思いますが、お気をつけください。」
「わかりました。ありがとうございます。」
修二は合鍵を受け取り鞄はしまう。
「あといつでも構いませんので、部屋の状況の報告をお願いします。」
「わかりました。調査が終わり次第返却に来ますのでよろしくお願いします。」
修二は不動産をあとにし、その足で一件目の調査へと向かった。
ーー1件目
「やっと着いたか。」
思わず口からこぼれる。ここまでの道中道は入り組み、日差しも悪い。散々迷ってやっと到着した。
「手早く済ませよう。」
修二は鞄から合鍵を取り出し、ドアを開ける。部屋は自然光はほぼなく、電気をつけないと真っ暗で、それに妙に湿気を帯びていた。
「電気はつかないのか。そりゃそうか。」
誰も住んでいないのだから、ブレーカーが落ちているのだろうか。修二は鞄からライトを取り出し、ライトの光を追うように部屋を散策する。間取り図では和室と洋室が一部屋ずつと書いてあるが両方ともフローリングだった。
何かあったのだろうが深くは考えないことにした。それに清掃も入っているのか部屋は比較的綺麗になっている。
「早く次に行こう。」
修二は少し胸を撫で下ろし、部屋を後にする。
ーー二件目
異変らしいものは何一つなかった。ただ、人が住まなくなった部屋特有の静けさだけが残っていた。事故物件はどこも似たり寄ったりな感じになるんだろうかと思いながら、三件目に足を運んだ。
ーー三件目
「最初からこっちに来ればよかった。」
思わず呟く。最初の二件とは違いここは立地もよく、迷わずに着くことができた。
まぁどちらにせよ三件見ないといけないのには変わりないのだが、気持ち的に楽な方を選びたかった。
そんなことを思いながら修二は鞄から合鍵を取り出し、ドアを開ける。
部屋を開けた瞬間に、澱んだ空気がドアを開けたこちらへと流れてくるのを感じた。
「はぁ、これはもしかして……」
修二は嫌な予感を胸に部屋へと足を踏み入れる。
廊下の先にはリビングがあり、さらに二部屋が続いている間取り。それに埃臭い匂いに混じって、どこか甘い匂いがする。香水だろうか。どちらせよ長期間放置されている様子がする部屋にしてはおかしい気がする。
修二は手探りで照明のスイッチを入れる。
「良かった。電気は付くみたいだ。」
明るくなった室内は少し古めの部屋で、女性の一人暮らしのようだったが、洗い物はシンクに溜まり、少しカビも生えていた。
ここがいつからこんな状態なんだ?確認するものがあれば良いけど……辺りを見渡すと部屋の中央にある小さなテーブルには小さいカレンダーが置かれていた。
「大体一年前か。なら、なんで清掃も入っていないんだ?」
修二は少し息を呑んだ。当然の疑問だ。個人所有のものではなく、管理会社が管理しているはずだ。そんな場所が一年もこの惨状を放置するだろうか。田中の感じを見るにしっかりしていそうな印象を受けたこともあってかその違和感と嫌な予感が拭えない。
部屋を再び見渡すと、時守が言っていたことを思い出す。左上のエアコン、黄緑色のカーテン。この特徴に一致するが、聞いていた話と違う、そう思った。澱んだ空気に耐えきれずに思わず呟く。
「早く終わらせよう。」
修二はリビングの調査を切り上げ、残りの部屋を見ることにした。
玄関から見て奥の襖を開ける。埃が少し舞うが、部屋は完全に物置となっていた。この部屋の広さだ。1人の女性が暮らすには手持ち無沙汰だったのかもしれない。
修二は隣の部屋を見るために、襖を開けた。
「っ!?」
思わず出そうな声を右手で咄嗟に塞ぐ。その光景に心臓が早鐘のように脈を打ち始める。部屋の中央には、黒く佇む人影があった。
足元には椅子があり、何かに項垂れるように、そこで固まっていた。まるで首を吊っているようなそんな印象を受けた。
時守の狙いはこれだったのか。疑問は尽きないがひとまず部屋を出ることにした。
修二は静かに襖を閉め、そのまま足早に部屋を出る。気がつくと外は夕暮れとなっていた。
上がる息を少し整え、ポケットに入れていたスマホから時守へ連絡をする。
「もしもし、修二くん調子はどうだい?」
時守は電話に出るといつもの飄々とした口調で話しかける。
「どうしたもこうしたもあるか!なぜ影がいると教えなかった?
それにお前ワンルームと言っていたが、三部屋あったぞ。」
修二は怒鳴りつけるように時守へ言う。半ば八つ当たりに近かったが、そんなことは今の修二にはどうでもいいことだった。
「いやーすまないね。
依頼人から情報の信憑性があまりなかったものだから念のため複数部屋あるものも入れておいたんだよ。
それに資料にも書いてあったはずだが?」
「っ……」
その指摘に言葉を詰まらせる。確かにあの時、あまり冷静になれていなかったのも事実としてあるのかもしれない。けど、影がいるかもしれないなら言って欲しかった。
それがわかっていたなら由美子さんを一人で行かせてはいない。
「だけど、お前が言ってくれていたら、二人で調査していた。」
「あれ?二人で行かなかったのかい?
話の内容的に君なら二人で行くものだとばかり思っていたが。」
「とりあえず、依頼は終わりだ。
俺は帰るぞ。」
修二は話を切り上げ電話を切ろうとした瞬間、時守は続ける。
「待ってくれ。せっかくだ。
一緒に調査してみないか?」




