23話 親子
ーー病室
昼間の日差しが差し込む明るい個室の中に修二と由美子、そして入院中の悠真がいた。
「それでさぁ
おばちゃんナースの安心感ときたらもう!
なんで注射する時のナースはおばちゃんの方が安心するんだろうな。」
「やっぱり経験者って感じがするからじゃないか。」
「だろうなぁ
若いナースさんの注射は少し力んじゃうんだよなぁ」
悠真はこの一日採血や麻酔などで、注射針の抜き差しが多かったらしく、ベテランナースと若手ナースの気持ち的な安心感について熱く語っていた。
「ねぇ修二くん、おじさんに呼ばれたんでしょ?
犯人ちゃんと捕まったの?」
「はい、地元の公務員だったらしくて、それで個人情報保護はどうなっているのかと結構問題になっているらしくて、しばらくその対応に追われるだろうって真鍋警部補が。」
犯人が死んだことは言わなかった。
(きっと2人はそれを聞いた俺を心配するだろうし、真鍋警部補からもあまり口外するなと釘を刺されているからだ。)
「そう、事務所が少し寂しくなっちゃうね。
悠真くんもしばらく入院だろうし。」
「そんなに寂しいのなら、今すぐにでも病院から。
い!?」
悠真は足元のシーツを剥ぐ瞬間痛みが走ったのか電撃を受けたかのように一瞬硬直し、刺された傷口を両手で抑え、その場でへたり込む。
「何やってんだよ。
お前早く治せよな。」
「ああ、そうするよ…」
そう言い悠真は震えながら親指を立てた。
「もう、気をつけないと傷口開いちゃうよ。
あ、修二くん少しいいかな?」
由美子は少し困った顔で悠真を見つめ、ふと思い出したように修二に顔を向ける。
「はい、わかりました。
俺も話したいことがあったのでちょうどよかったです。」
そんな2人に間に割って入るように、悠真が修二に声をかけた。
「なになに?俺に隠れて話か?」
悠真の言葉を聞き、修二は悠真の元へ近づき耳打ちをする。
「俺まだ姉さんのこと話してなくて、今から話すつもりなんだよ。
だから、2人にしてくれ。」
「え?お前あんなに一緒にいて、言ってなかったのかよ!?
まぁそういうことなら行ってこい!」
悠真は小さな声で修二へエールを送り2人を見送った。
ーー病室前
修二は由美子を連れて、悠真とは別の病室、姉が眠っている病室の前に由美子を案内した。
「由美子さん、これから見せるのは少しショッキングかもしれませんが、覚悟してください。」
「う、うん
私も修二くんが話したいことを知りたいし。」
「そうですか。」
由美子の返事を聞くと修二は病室のドアを開けた。
病室は修二がしばらく来られていない間にものが散らかっていたり、替えの服が切れているかもと心配したが、母がしっかりと持ってきて、掃除もしているようだった。
「由美子さん、これが僕の家族の姉さんです
昔、廃墟で昏倒事件がありまして、それ以降ずっと眠っています。」
影のことについては話さなかった。
でも、由美子さんになら姉のことを話しても良いんじゃないかとそう思った。
「そう、修二くんのお姉さんは何年前から眠っているの?」
「大体7年くらい前です。」
「君はそれからずっと幽霊について調べてきたんだね。」
「はい。」
「修二くん、お姉さんの手触っても良いかな?」
「どうぞ、痩せているかもしれませんが。」
修二からは姉が今どんな状態なのか詳しくわからなかった。
まだ影が姉を覆ってしまっていて、今では姉の顔すらすんなりと思い出せない。
「確かに、痩せているけど、
体はすごく綺麗、昔からキレイな人だったんだね。
優しそうな人…」
その手は長い間食事を摂っていないせいで骨が浮き出ているが、肌は清潔に保たれており、体温を感じた。
「修二くん、お姉さんの名前は?」
「陽菜って言うんだ…」
「そう、初めまして陽菜さん
今修二くんの事務所で助手をやっている由美子です
よろしくお願いします。」
(この部屋に入ってきた時から修二くんの大事な部分に手を突っ込んでいるような感覚がする。)
由美子はその感覚を強く意識しながら、修二との会話を続ける。
「修二くん、心霊研究所をしてるのってお姉さんと関係あるの?」
「…はい。」
「そうなんだ。
ねぇ私もたまに来ていいかな?」
「え?はい。
俺と一緒ならいつでも。」
「ありがとう。」
そんなやり取りをしていると、病室のドアが開いた。
「すみません、誰かいますか?
あれ?修二来てたのね。いるならいるって連絡してくれたらよかったのに。」
「別にいいだろ。」
「それにその子は誰?
もしかして!?」
「あ、いえ!
私修二くんの事務所で助手をやっている由美子と言います!」
「あら、そうなの
私てっきりごめんなさいね早とちりして。」
「いえ、大丈夫です。
私はこれで失礼します。悠真くんの病室に行ってるからね。」
そう言い由美子は早々と部屋を後にした。
そんな由美子を見て、修二は自分の額に手を当て、
この状況を理解し、同時に由美子を連れてきたことに少しだけ後悔した。
(あとで由美子さんに謝らないと…)
「それで、今日はなんのようだよ。」
「ようなんて、着替えとか諸々持ってきたのよ。」
「あ、そうか。ごめん。」
しばらく母が持ってきた荷物整理を行っていると、病室のドアが開いた。
そこには看護師姿の父がいた。
「おまえ、なんでここに。」
いつもなら仕事をしていて、いない時間帯を見計らって来ていた。
なのに、なぜか今回は目の前にいる。その状況に理解が出来なかった。
「修二、来ていたのか、ちょうどいい
おまえに話したいことがある。
そこに座りなさい。」
「…わかったよ。」
2人はそれぞれ椅子に腰をかけ、向かい合った。
「修二お前、事件に友達を巻き込んだそうじゃないか。
あとで謝りに行くからお前も一緒に来なさい。」
「…」
修二は父から目を逸らしながら黙って話を聞いていた。
目の前の父から今すぐ離れたかった。
だが、いつも真面目で、仏頂面の父からは感じたことのない雰囲気を感じた。
「あと陽菜のことだが、病院を田舎の方に転院することになった。」
「おい、待てよ。
なんでそんなことする必要がある?」
修二は父の方を向き詰めるように父の顔を見る。
「別に俺と母さんがお見舞いにも来てるのに、わざわざそんなところに行く理由がどこにあるんだよ。」
「そんなこと言われても、これ以上はこの病院じゃ受け入れられないんだ。
これまでも本来の退院期間をだいぶ無理言って伸ばして貰っていた。
それも限界ということだ。お前ももう大学生なら理解しなさい。」
修二は椅子から飛ぶ勢いで立ち上がり、父に言った。
「そんなことはわかってんだよ!
なんで、俺に説明も無しに決めるんだよ!
家族なら…家族なら相談の一つくらいなんでしないんだ!?」
「今お前が俺の話をしっかり聞くのか?
それにお前はまだ学生だ。陽菜のことは気にせず、勉学に励めば良い。
そのために家賃も学費も俺たちが見てやる。」
「…」
言い返すことが出来なかった。父の言うことは正しくて、自分が間違っているように感じた。
けれども、そんなことを受け入れられるならもうとっくに諦めていただろう。
「先に悠真のところに行ってる。」
そう言って、修二は姉の病室を後にした。
修二は悠真の病室のドアを静かに開けた。
「お?修二帰って来たか。」
「修二くん、おかえり」
「…」
修二は出迎える2人を無視して、黙って椅子に座り込んだ。
「なぁ、由美子さん
修二と何かあったのか?」
悠真がそっと由美子に耳打ちをする。
「いや、お母さんが病室に来て、私はしばらくして戻ったんだけど、そこからは知らないの。」
「あーそういうことかぁ」
悠真は天井を見上げ、両手で目を覆う。
「どうしたの?」
その質問に対して、こっそり耳打ちするように由美子に伝えた。
「あいつ、親父さんと仲めっちゃ悪いんだよ。
たぶん、それであーなってるんだと思う。」
「え?そうなの!?」
そんな話をしていると、病室のドアからノック音がした。
「失礼するよ。」
ドアが開くと、父がフルーツバケットを持って、悠真の病室へ来た。
「どうも、久しぶりだね。悠真くん」
「はい、修二の父さん久しぶりです。」
「この度はうちの息子が大変なことをしてしまった。
人様の子を巻き込んで、申し訳ない。」
「いや、そんな俺生きてるし。
それに元はと言えば、俺が勝手についていったことが原因で。」
「何そこに座っているんだ。
修二早く立ちなさい。」
父の言葉でゆっくり修二が立ち上がり、悠真の前に立つ。
「この度は大変申し訳ありませんでした。」
父は修二の頭を抑えて、一緒に頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください!
俺は本当に大丈夫なんで!」
「そうですか、ではまた様子を見に来ますので失礼します。」
父は修二へ視線を送り、部屋を後にした。
歩く音が遠のいていくのを確認すると、悠真が口を開いた。
「あーしんど、
別に気にしてないのになぁ」
気まずい空気を口消すかのように悠真の明るい声色が部屋に響く。
「まぁいいや
何が来たんだろうな。」
悠真はバケットを物色していく。
「悠真…」
「なに黙ってんだよ。
お前も選べよ。貰えるもんは貰っとこうぜ。お?マンゴーあんじゃんこれ食おう。
由美子さん、マンゴー切って来てくれませんか?」
「はいはい、わかりました。
少し待っててね。」
由美子は少し笑い、部屋を後にした。
「なぁ修二、悪いのはお前だけじゃないからな。
だからそう落ち込むな。顔は上向いとけ。
じゃないと見えるもんも見えないぞ。」
悠真はオレンジを片手に項垂れる修二をまっすぐ見つめる。
「まぁ完全に受け売りだけどな。
修二もさっさと選べよ。どれを食う?」
その言葉を聞き、修二は顔を上げると、そこには次の食べるフルーツの品定めをするいつも通りの笑顔でこちらに話しかけてくる悠真の姿があった。
「ああ、そうだな。
俺はオレンジ食いたいから切ってくるよ。」
「そうか、じゃあマンゴーと一緒に持って来てくれ。」
「はいはい、少し待ってろよ。」
「りょーかい!」
そう言って右手で敬礼をして、修二を見送った。
病棟の給湯室へ向かうと由美子が包丁を右手に持ち、左手に持ったマンゴーを見つめている。
「あ、修二くんスマホ持ってる?
マンゴーの切り方よく分からなくてさ、切り方調べてくれない。病室に置いてきちゃって。」
「良いですよ。その間にオレンジを切ってくれませんか?」
「これなら私でもできるよ。任せて!」
修二はオレンジを切る由美子の横で、スマホのブラウザで調べた『花咲カットの方法!』とある説明に沿って切り込みを入れていく。
修二は3枚下ろしのようにタネの部分を残して切り落とし、切り落としたマンゴーに格子状の切り込みを入れていく。そして皮を押し上げるように果肉を反り返らせた。
「お、できた。」
「すごいよ修二くん、お店で出てくるみたい。
悠真くんも喜ぶよ。」
「そんなことないですよ。
それよりも悠真が、夕飯の前にみんなで食べましょう。」
用意していた皿の上に切ったマンゴーとオレンジを乗せ、悠真のいる病室へと向かった。
ーー病室に向かう途中、修二は思った。
姉が転院することという、自分ではどうしようもない事実に改めて無力感が増してきた。
病室へ向かう足が重く、その感覚を振り切るために足に少しだけ力を入れて、床を踏み込む。
無意識に悠真のいる病室への歩調が早くなる。
「修二くん?ねぇ…」
由美子の声は聞こえなかった。いや、聞こえた上で気づかなかったんだ。頭の中は姉の陽菜のことでいっぱいで周りが見えていなかったんだ。
「修二くん!」
突然、左腕が強く引っ張られた。
修二の歩みは無理矢理止められた。
由美子だった。彼女の声に今初めて意識が向いて、また1人で考えようと、どうにかしようとしていた。
でも、姉のことを話せたこの人ならなんでも話せるとそう思える。
「修二くん、何かあれば言って
頼りないかもしれないけど、悠真くんや美羽ちゃんもいるからね。」
「はい、実は…姉さんのことで言いたいことが…」
修二が口を開こうとした次の瞬間、病室の扉越しに悠真の声が聞こえた。
「おーい!何2人で話してるんだ?早く入ってこいよ。」
「……ってもう悠真の部屋に着きましたね。あとでまた話します。」
気づくと悠真の部屋の前に着いていた。このことは由美子や悠真に話しても良いのかもしれない。
2人になら姉のことを相談しよう。2人ならきっと大丈夫だ。きっと…
「待たせたな悠真。お望みのマンゴーだ。」
「おーすげぇ。店みたいじゃないか!
これ由美子さんが?」
悠真は目を輝かせ、由美子へ視線を向ける。
「私はよくわからなくて、修二くんがやってくれたの。」
「お?まじか。結構手先器用なのな。」
「そんなことないよ。スマホで切り方見ると結構簡単だったし。」
「へぇ。でもこの切り方は良いよな。なんというか華やかでさ」
「そうだな。
なぁ話が…あってさ。」
「待った!先に食わせろ。
お前が前置きをするくらいだ。美味いフルーツが喉を通らなくなる前に食いたい。」
「そうかよ。
なら、食い終わったら言ってくれ。」
悠真はマンゴーやオレンジを堪能しつつも、食べるペースを上げていく。遠慮しないように気を遣ってくれたようだ。
昔から気がつくと輪の中心にいて、周りに少し気を遣ってるようなやつだった。それは今でも変わらないらしい。
そんなことを考えていると、悠真は食べ終え、修二へ声をかける。
「待たせたな。食ったぞ。」
「ああ、話すぞ。
由美子さん、悠真聞いて欲しいことがあるんだ。
姉さんが田舎の病院に転院することになってさ、どうすれば良いかわからなくてさ…」
「あーそういうことね。
面会謝絶とかじゃないんだろ?」
「そうだな。」
「ならさ、転院したらみんなで面会に行こう。」
「え?」
思ってもない返答に思わず声が出た。軽く相談するだけのつもりだった。
でも困惑と同時どこか嬉しくもあった。
「えっとなんだ。1人でそんなところに行くならみんなで行ったほうが楽しいし。
お前が1人でトボトボ見舞いに行くよりもみんなでお見舞い行ったほうがいいかなと思ってさ。由美子さんはどう思う。」
「私もそれがいいかな。
田舎の病院ってことはここからだと距離があるだろうし、ならみんなで行ったほうが道中退屈せずに行けると思うの。」
「そう…ですね。」
修二は少し俯き、また心の突っ掛かりが一つ取れたような気がした。
最初からこうしていれば、良かったのかな。そう1人胸の中で静かに思う。
「ねぇ修二くん。どうかな?」
「はい、お願いします。」
「よっしゃ!ならそれでいこう。
まぁ俺はこの傷治してからだけどな。」
「そうだな。あまり無茶はするなよ。」
「しないよ。お前じゃないんだから。」
「いや、俺はしていないぞ。」
「修二お前、結構無茶してるからな。」
「うん、私もそう思う。」
「…」
病室にしばらく沈黙が流れる。
コンコン
っと沈黙を遮るように、ノック音が部屋に響く。
「あのー面会時間過ぎてるんですけど、退出してくださいね。」
看護師が2人に声をかけて、部屋から出ていく。
「修二くん。そろそろ帰ろうか。」
「そうですね。
悠真、長居して悪かったな。また来る。」
「おう、またな。」
修二と由美子は病院を後にした。
いつもなら足取りはどこか重く、沈んだ気持ちを研究することで無理矢理起き上がらせていたが、今回は違った。
足取りは軽かった。きっと2人のおかげだろう。
2人で事務所の前まで戻ると、扉のそばに寄りかかっていたのは、茶色いコートに、ボサボサの頭の顔色の悪い男ーー時守だった。
「やぁ修二くん、ちょっといいかな?」




