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21話 人の輪の中で

「落ち着いて聞け、悠真が刺された。」


「……はい?」

突然のことで、言葉に詰まった。

それと同時に昨晩の出来事が走馬灯のように繰り返される。


(俺が、巻き込んだ…

そのせいで悠真は)

考えが甘かった。心のどこかで大丈夫だとそう思い込んでいた。

もはや自分でもどうしたら良いかわからない。思考が定まらなかった。


「修二!とりあえず話は後だ。

病院に行くぞ。」

真鍋は修二の両肩を強く掴み、言った。

その目は心配でもなく、ただ一人の人間をまっすぐ見つめる人の目だった。


「はい、わかりました。」

修二は心の整理がつかないまま車へ静かに乗り込んだ。


ーー数十分前


悠真達は修二と真鍋が捜査から戻るまでしばらく、事務所で待機していた。


「佐野さんすごいですね。

巡査って憧れるわ〜」


「いえいえ、僕なんてそんな…」

佐野は少し困り顔で、照れくさそうに左手を振った。


「手のひら、大丈夫ですか?」

悠真は佐野の手のひらを見て、咄嗟に聞いた。


悠真の言葉を聞き、由美子も佐野の手のひらに目を向けた。

「あ、ほんとだ、

大丈夫なんです?」


佐野の手のひらには、刃物で深く切ったような深い傷の跡があった。

「あ、これですか?

昔刃物で自殺しようとした人がいてね、咄嗟に僕が止めた時に出来た傷なんです。」

佐野は左手を見つめ、思い出を語る口調で言った。


「すごいかっこいいじゃないですか。

そんなことそうそう出来ることじゃねぇよ。」

悠真は目を輝かせて、佐野を見た。


「いや、そんなことは…

あ、由美子さんお茶もらえますか?」

佐野は恥ずかしさを誤魔化すように由美子へお願いした。


「はいはい、わかりました。」

そんな佐野を見て、由美子は少し微笑み

厨房へ向かい、棚を開く。


「あれ?茶葉がない…」


「ないなら、俺が行きましょうか?」

由美子の言葉を聞き、悠真は応接用のソファから立ち上がり、言った。


「じゃあ、お願い出来るかな?」


「ダメですよ!

今は危ないかもしれないんですよ。」

悠真を止めるため、佐野は立ち上がり大声で言った。


「けど、ストックがないと困るしなぁ

俺も修二のものをつまみ食い出来ん。」


「最近お茶とお菓子の減りが早いと思ったら、悠真くん…」

普段の口調だが、由美子の言葉には静かな怒りを感じた。


「えっと、その〜」

悠真は目を泳がせながら、佐野へ視線を送る。


「わかりました。

僕がついていきます。護衛を真鍋さんから任されてますしね。」

大きくため息を吐きながら言った。


ーー商店街


佐野と悠真は買い物を終え、袋に入った茶葉やお菓子を片手に持って帰っていた。


「良いんですか?いろいろと買ってもらっちゃって」

右手に持ったレジ袋を持ち上げて佐野に見せる。


「別に良いですよ、これくらい」

そう言って、佐野は優しく微笑んだ。


「やっぱ、大人って財力が違うなぁ」


「そんなことないよ、2000円ちょいだしね。」


「それでもありがたいですよ。」

そんな会話をしながら歩いていると、

信号機が赤になり、二人の足を止めた。


「ここの信号一度赤になると長いんですよねぇ」

少し首を傾げ、軽く息を吐いた。


「そうなんですね、僕は車移動が基本だから知りませんでした。」


あたりには信号待ちで少し人だかりが出来ていた。


「結構待ちますね。」

佐野は悠真へ顔を向けた。


「そうなんですよ、」


ーー悠真が言った瞬間


黒いパーカーの男が悠真にぶつかり、走り去っていった。


(変な人もいるなぁ…)

男が走り去るのを確認してもう一度悠真へ目を向けた。


悠真は左手で左脇腹を触り、その手に目をやる。

「佐野さん、救急車…」

悠真はその場に倒れ込み、うずくまる。

額には冷や汗が滲み、声にならない声をあげていた。


「悠真くん!しっかり!

すみません!救急車と警察を呼んでください。」

佐野は周りに呼びかけ、持っていたハンカチで悠真の刺された左脇腹を強く押さえつける。


油断していた。


白昼堂々と、人混みの中で襲われるなんて想像もつかなかったからだ。

せいぜい一人になったときや路地裏など、自分がついていれば大丈夫だと、

そう思っていたのだ…


「悠真くん、しっかりして!

動かず、ゆっくり息を吸うんだ!」


辺りはどよめき、何が起きたか把握出来ていないようだった。


「早く抜いてあげた方がいいんじゃ…」

群衆の中からおばあさんが悠真の刺された包丁へ手を伸ばした。


「ダメです!もっと出血します!

あなた!救急車!

そこの人は警察を呼んでください!早く!」

佐野は大きな声で制止し、辺りへ呼びかけた。


しばらくすると救急車が来ており、救急隊員が悠真を救急車へ乗せ、佐野はその付き添いとして乗り込んだ。


ーー現在


修二と真鍋は急ぎ、悠真の運ばれた病院まで車を飛ばした。


「ついたぞ。

友達の様子を見て来い。

俺は佐野から話を聞かないといけん。あとでお前の友達の方にも行くから大丈夫なようなら話を聞かせてくれ。」


「はい、ありがとうございます。」

修二は車から降りて、真鍋の方を見つめる。


「お前の話はあとだ、今は早く会いに行ってやれ。」


「はい、すみません」

そう言い、修二は病院へ入って行った。


「はぁ…

調子狂うな、こういうのは俺の役割じゃねぇんだよなぁ」

病院へ入る修二を見送り、真鍋は駐車場へ向かった。


「悠真はここか。

あの人は…」

病室の入り口には佐野が誰かを待つように立っていた。


「悠真くんは今麻酔が効いてて眠っているとは思いますが命に別状はありません。

中で由美子さんも待っていますので入ってください。」


「はい。真鍋さんももうすぐ来ると思います」


「わかりました。今回は申し訳ありません。」


そう言い頭を下げる佐野を背に病室のドアを開ける。

夕日が差し込む病室のベッドの横に由美子が座っていた。


「修二くん良かった。無事で」

由美子は椅子から立ち上がり、修二の姿を見てそっと胸を撫で下ろした。


「由美子さん、悠真は大丈夫なんですか?」


「うん、佐野さんの処置が良かったみたいで大事には至らなかったって」


「そうですか。

あとでお礼を言わないとですね。」

その一言を聞き、修二も胸を撫で下ろした。


その時、病室の奥からこちらに迫り来る激しい足音が聞こえて来た。


「なんの音だ?」


ダン!


「悠真!大丈夫かい!」

そこには髪や服装が乱れた中年の女性が立っていた。


「命に別状はないそうです。

なので安心してください。」


「そうかい、良かった…。」

その言葉を聞き気が抜けたのか、腰から崩れ落ちた。


「大丈夫ですか?悠真くんのお母様ですか?」

由美子はそんな女性に手を差し伸べる。


「ありがとうね、私は悠真の母の知子です

アナタたちは…」

知子は由美子の手を取り、立ち上がりながら答える。


「私は由美子と言います。

いつも悠真くんにはお世話になっています。」


「いやいや、息子がご迷惑をかけちゃって申し訳ないね。」


「…」

修二は下を向き、そんな二人から目を背けた。


「ところで修二くん?大きくなって!

悠真から話は聞いてるよ。

なんか研究してるんだってね。最近悠真が楽しそうに話すもんだから。」


「いえ、そんな、俺のせいなんです。

今回悠真が刺されたのは俺の…」

修二は絞り出すように知子へ言った。


そんな修二を見て、肩に手を置き優しく声をかける。

「修二くん、理由はどうあれ、こんなことしたやつが悪いの!修二くんが刺したのかい!」


「い、いえ」


「なら、あんたが気にする必要はないよ。

ほら、顔上げて!シャキッとしな!」


その言葉を聞き、修二は顔を上げる。


「それに今回は悠真が無理矢理ついてきたそうじゃない。

起きたらこのバカくらい言ってやんな!」

知子は後ろで寝ている悠真へ目を向け、笑顔で修二へ言った。


「…そうですね。」

修二は少し困ったような笑顔で知子に返した。


「よし!じゃあ私はこの子の服とか取りに帰るからしばらくお願いね。」

知子は修二と由美子にその場を任せ、病室を後にした。


「修二くん、お願いしたいことがあるの。」

知子を見送り、しばらくして由美子が口を開いた。


「ここ最近の付き合いで君は言っても止まらないことはわかってる。

けど、せめて相談して欲しいの。

一人だとどうしようもない時もみんなでならどうにかなるかもでしょ。」


「…」

(由美子さんの言うことも最もだ、最近俺一人ではどうしようもないことが増えて来た。

それに…)


「由美子さん、この事件が解決したら話したいことがあります。

時間とってもらえますか?」


「うん、わかったよ。」


コンコンコン


「なんだ?取り込み中だったか?」

ノック音が部屋に響くと真鍋がドアを開けた。


「いえ、聴取ですか?」


「そうだ。佐野が言ったことの整合性を取りたい。

修二、もう一度話を聞いて良いか?」

真鍋は親指で病室の外を指差し、修二を呼んだ。


「わかりました。

由美子さん、悠真のことをお願いします。」


「わかってるよ。

いってらっしゃい。」


由美子に送り出され、修二と真鍋、そして佐野の3人は人気の少ない廊下へ移動し、

修二は改めてこれまでのことを真鍋に話した。


「お前や佐野の話から犯人は同一人物と見ていいだろう。

あとは俺たちに任せて、お前は由美子とあいつが起きてるまでそばにいてやれ。」


「待ってください!俺も一緒に!」


「これ以上はダメだ。大人しくしてろ。

それにあんなことをしてたやつだ。

佐野をつけるから解決まで病室から出るんじゃない。」

真鍋は突き放すような物言いで修二を諭す。

これまでの経験からこれ以上巻き込むべきではないと判断したのだろう。

(だけど今狙われているのは俺と悠真だ。

なら、方法はあるはずなんだ…)


「佐野さん、真鍋さん、僕に考えがあります。」


ーー病院の駐車場


「やっと出てきた。

あいつだけなんだ、あとあいつだけ…」

男はそっと出てきた男性に近づき、次第に距離を詰めていく。そして胸元に隠し持っていた包丁を、目の前の男性の右腹部へ突き立てようとした瞬間。


「うっ」

視界が一転し、地面へ体が叩きつけられていた。

包丁を持つ腕は固定され、少し動かすだけでも激痛が走った。

「頼む!離してくれ!

い、痛い!」

佐野は男の抵抗を抑え込みながら、真鍋へ呼びかけた。


「真鍋さん、取り押さえました!

今のうちに手錠をお願いします。」


「おう、午後6時32分銃刀法違反及び殺人未遂の容疑で現行犯確保。

監視カメラにすら映っていなかったのにな、焦ったか?」

真鍋は男に手錠を掛けながら言い、ポケットからスマホを取り出し電話をかけた。


「おい、修二お前の作戦うまくいったぞ。」


「古典的でしたがうまくいって良かったです。」

修二は電話越しにどこか安心したように呟いていた。


ーー数分前


「囮だと?

そんなのやらせるわけないだろ。」


「い、いえ僕じゃありません。

お願いしたいのは…」

修二は佐野に目をやり、見つめる。


「え?僕ですか?」

佐野が少し目を丸くし、自分を人差し指で指差す。


「はい、どうやったのかはわからないですけど、犯人は悠真の居場所をすぐに特定して襲うところまで来てました。僕も特定されていると考えていい。

でも正確に把握はしてないと思うんです。そこで背格好が似ている佐野さんなら僕の代わりができると思うんです。」


「…」

佐野は黙って親指の爪を自分の唇に当て考える。


「わかりました。

その役目僕に任せてください。」


「お前が乗るなんて珍しいな。

まぁいい、ケツは持ってやる。」


ーー現在


「おい修二、お前はどうする?」

真鍋と佐野は取り押さえた犯人を護送するため警察署へ向かう際に修二へ尋ねた。


「俺は悠真が心配なんで、今日は病院にいます。

また何かあれば教えてください。

さっき教えてた電話番号にかけてもらえれば出ますから。」


「そうか、あまり気に病むなよ。

お前はよくやった。」


「はい、ありがとうございます。」

真鍋の言葉を聞き、修二は電話を切り悠真の病室へ向かった。


「お、修二

戻ったのか!見てくれよこのメロン超美味いぜ!」

病室のドアを開けるとそこには目を覚ました悠真がいつもの変わらない様子でベッドの上でメロンを食べていた。


「あ、修二くん

悠真くんさっき起きてね。私が切ったの

修二くんも食べる?」

由美子は切ったメロンを皿に乗せて、修二の方へ差し出す。


「はい、後で頂きます。

それより悠真もう大丈夫なのか?」

修二は悠真の元へかけ寄り、聞いた。


「おう、もう大丈夫だ!

ほら見ろよ完璧!ぎっ!」

悠真は体を少し捻り、修二へ塞がった傷口を見せようとしたが痛みが走ったのか奇声を上げた。


「何やってんだよバカだなぁ」

修二は悠真の様子を見て少し口角を上げた。

それと同時に鉛のように絡みついていた心が晴れ、体の力が抜け、膝から崩れ落ちた。


「おいおい、大丈夫か?

ほら、メロン食えよ」

そんな修二を見て、悠真はメロンを差し出した。

差し出されたメロンを受け取った瞬間ドアが開かれる。


「あれ?悠真起きてる?

良かったぁ

あ、それメロン?私にもちょうだい!」

悠真の無事を確認すると、知子はすぐに目の前のメロンを取り、口に運んだ。


「おい!母ちゃん!

なんで俺のメロン勝手に食ってんだ!」


「別に良いじゃない!

あんたも無事だったし祝いよ!祝い!」

そう言って、知子は更にメロンを口へ運んだ。


「あ!また食いやがった!」


「ふふ、ハハハ!」

由美子は吹き出すように笑顔で笑う。


「ご、ごめんなさい

なんかおかしくって。ねぇ修二くん」


「ああ、でも本当に良かったよ。

悠真が無事で…」


「ねぇ、修二くん、由美子さん…

二人とも悠真をよろしくね。」

知子は二人を優しい目で見つめる。


「はい、任せてください。」


ーー留置場


「おい!なんでこっちに来るんだよ!

く、来るな!あっちいけ!やめろー!!」

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