20話 明るい森の中で
「真鍋警部補急にどうされたんですか?」
「先日、雲母さんが刺殺されました。
直近で雲母さんが訪れた場所へ聞き取り調査をしております。協力できますね?」
「は?」
殴られたような衝撃だった。
(止められるはずだった。
藁人形に写真が貼られていた。
あのとき、すぐに警察に伝えていれば
影に憑かれている人の危険性も、知っていたのに。)
「おい!聞いてんのかガキ!」
「あ、はい
すみません。とりあえず話を聞きたいので、席に座ってください。」
修二は動揺を押し殺しながら、二人を席へ案内した。
「お前にも人間らしいところがあるじゃないか
もっとドライな人間だと思ってたぞ。」
真鍋は椅子に腰を下ろしながら、遠慮のない言葉を投げる。
「ちょっとおじさん!」
修二の背後から、由美子が鋭く睨みつける。
「すまんな、由美子
俺にもこいつに色々言ってやりたいことがあるんだよ。」
バツが悪そうに、視線を逸らす。
「…私と悠真くんは出て行った方がいい?」
玄関を指差しながら、静かに尋ねる。
「ああ、そうだな
話を聞きたいのは、修二くんだけだからな」
わずか眉を細めて言った。
「待ってください。
悠真も一緒に話を」
もし昨日の件と関係があるなら、悠真も危険だ。
警察と一緒にいた方が安全なはずだ。俺も、悠真も。
「え?おれ?…ああわかった。」
目を瞬かせ、少し戸惑ったように頷いた。
「そういうことなら、私は近くで時間潰してるから、終わったら連絡ちょうだい。」
由美子は軽く手を振り部屋を出ていく。
足音が遠ざかっていく。
「話をお願いします。」
修二は両肘を膝の上に置き、前のめりになる。
「お前大丈夫か?手、震えてるぞ。」
真鍋は修二の手に視線を落とし、こちらの様子を伺う。
「え?」
自分の手へ目をやる。
-震えている。
自分でも気づかないくらい動揺していた。
「修二、少し落ち着いてから話そう。
俺がお茶でも淹れてやるからさ」
後ろでそのやりとりを見ていた悠真が奥の台所へと向かい、お茶を入れる。
「ありがとうな、悠真。」
差し出された湯呑みを受け取り、お茶を口に運ぶと、心の揺れが少し落ち着いた気がした。
「んー…由美子さんが入れた茶と比べたらまあまあだな。」
「なんだと!
この俺が丹精込めて入れた茶になんてことを言うんだ!」
「ごめん、ごめん、
…というか作ったの由美子さんだろ」
修二は軽く目を閉じ、手を合わせて謝る。
けど、悠真のおかげで少しだけ落ち着くことができた。
「まぁそうだけどな。」
胸を張り自信満々で悠真が言った。
(なぜこいつは自分が入れていないお茶一つでここまで自信ありげなんだ?)
そんなどうでもいい疑問を抱いた。
「…なぁ本題に入っていいか?」
二人のやりとりを見ていた真鍋が少し呆れたように肩を落とし、言った。
「すみません真鍋さん、どうぞ。」
「じゃあ概要を説明する。」
「ちょっと、真鍋さん事件の詳細を話すのは…」
後ろに立っていた佐野が静止しようとする。
「安心しろ佐野、こいつらとはこの前からの腐れ縁だからな。」
真鍋は軽く手で制し、言葉を続けた。
「じゃあ話すぞ。
深夜ニ時頃、外出中に右胸を中心に複数回にわたって、それも執拗に刺されていた。
近くの監視カメラには、逃げる黒の服に身を包んだ野郎が記録されている。
彼氏の誠くんは激しく動揺していてな、今は話せる状況じゃない。
だが、捜査を進めると、お前の事務所に顔を出してたことがわかった。」
真鍋の目つきが少し鋭くなり、修二へ話しかける。
「お前のことだ、どうせ余計に首突っ込んでるんだろ?」
「んー…」
修二は言い淀み、全て話すべきか迷う。
だが、これからこのような事件に関わっていく可能性もある。
ここで真鍋さんたち、警察と敵対するのは避けたいな…
「まぁ、はい
真鍋警部、雲母さんは俺に調査を依頼してきたんです。
俺は悠真と調査に向かい、襲われそうなところをギリギリで逃げてきました。
その後俺は雲母さんに、連絡を取り今日の出来事を伝えるために待っていたんです。」
「そうか、ならその場所を教えろ。
捜査に向かう。佐野、準備しろ。」
その話を聞き、真鍋はすぐに動き出すため、佐野に声をかける。
「はい」
その言葉を聞き佐野は部屋を後にしようとする。
「待ってください。
その捜査、俺もついていきます。」
そんな二人を静止し、修二は声をかける。
「何言ってんだお前
警察が民間人を捜査に巻き込むわけないだろう。
調子に乗るのもいい加減に、」
真鍋の目つきがより鋭いものへと変わり、こちらを怒鳴りつけるように言った。
修二は遮るようにポケットからスマホを取り出した。
「雲母さんから提供された映像があります。
そして、なぜ襲われたかも俺は知っています。
一緒に連れていただければ、全て教えます。」
修二は真鍋にまっすぐな視線を向ける。
「お前警察と交渉する気か?いい度胸してんな…」
怒気の滲む声で真鍋は修二に言う。
「そうだぞ、修二
大人しく全部任せればいいだろう。」
悠真は修二の肩を抑え、修二を静止する。
「あぁ、悠真の言うとおりだ。
だけど、俺も知らないといけないことがあるんだ。」
修二の目は鋭く、覚悟が決まった目で真鍋を見つめる。
「そうですよ、修二くん
全部私たちに任せてください。」
悠真に同調するように佐野が修二を宥める。
「……」
沈黙が流れる中、修二は真鍋の目を見つめる。
「はあ…わかった。」
と後頭部を右手で掻きながら、承諾する。
「佐野、責任は俺が全部持つ
こいつを捜査に同行させる。」
「でも、真鍋さん!」
佐野がそんな真鍋を静止するために強く言った。
「あぁ、わかってる!
だがな、こいつは言っても聞かねぇよ。
お前は悠真の警護でもしておけ。」
「まったく…
一度言い出したら聞かないんですから。」
佐野は眉を顰め、ため息をつくように言った。
「……ども。」
悠真と佐野は目を合わせ、気まずそうに会釈した。
--車内
真鍋は修二を覆面のクラウンの助手席に乗せ、山道の入り口へ向かった。
「おい、お前の言う“全部”ってのは、
心霊研究家を続けてる理由も含むのか?」
真鍋は修二へ目配せをし、反応を見る。
「はい、全部とはいきませんが、大体のこと話すと約束します。」
「そうか…」
「あ、ココです」
修二が言った瞬間、車のブレーキが踏み込まれ、体が前に強く押し出される。
「お前、もう少し早く言えよ。」
「すみません、あそこを見てください。」
修二が指差す先には昨日に比べ、昼間なのもあってか、見やすかった。
カビが生えて、文字の消えかかった木の看板、その横には雑草の生い茂る道でギリギリ階段があるのが見える程度だった。
「お前、本当にここなのか?」
真鍋は運転席から、目を細め修二の指差す先を見つめる。
「まぁ、行ってみればわかりますよ。」
ドアを開けて、修二達は山道へ向かった。
ーー山道
「ま、待て
少し、休ませろ。」
真鍋は肩で大きく息を吸い、項垂れる。
「もう少しで着きますよ。」
修二は軽い足取りで山道を進んでいく。
「こっちはスーツなんだぞ…」
真鍋は息を切らしながら、重い足取りで修二の後ろをついて行く。
「着きました。たぶんこの辺りです」
修二は足を止めた。
昨日は音を頼りに暗闇の森の中を突き進んだが、
山道のはずれには、何度も人が通ったであろうへこみがあり、雑草が踏み固められていた跡があった。
「そうか、俺が先に行く。
お前は後ろからついてこい」
真鍋は息を整え、周囲に警戒を配りながら慎重に進んでいく。
修二は黙って、真鍋の後をついて行く。
暗闇の中、音だけを頼りに進んでいた道が、木々から差し込む日の光と前にいる真鍋の背中に安心感を覚えた。
しばらく歩いていると、真鍋は足を止め、目の前の光景に唖然とした。
「なんだこれ?」
明るい森だった。
木々から差し込む陽光にどこか安心感を覚えてしまうほどだ。
だが、その安心は偽物であると突きつけられるように、目の前の光景はそれを否定した。
陽光に照らされた藁人形は夜の時よりも鮮明にその異様さを物語っていた。
目や胸を執拗なまでに釘が打ち付けられたもの。
カッターで元の人物がわからないほど、切り裂かれたもの。
そして、原型がわからないほどに大量の釘を打ち付けられたもの。
異様ーーその一言に尽きる不気味な光景だった。
「これがお前の見せたい景色か。」
真鍋は目の前の光景を受け入れないのか、修二を見ようともせず、前の光景に見入っている。
「はい、そしてこの中に雲母さんの襲われる原因となったものがあると思います。」
修二は真鍋に視線をやり、真鍋と同じ方向を見ながら言った。
「そうか、案内しろ。」
真鍋は少しの間目を閉じ、自分を落ち着かせて、修二に指示をする。
「すみません、僕もあの時は偶然見つけたので、二人で探しましょう。」
「はぁ?まぁいい、俺から離れるなよ。」
真鍋は頭に手を当て、後頭部を少しかきながら言った。
二人は大量の藁人形の中から雲母の写真が貼ってある藁人形を探す。
足元の落ち葉などは既に踏み固められており、歩くのには困らなかった。
修二は雲母の藁人形を探す中で、ふとした疑問に足が止まり、目の前にある藁人形に目がいった。
「これは…作られてる。
この量を一人で?」
修二は藁人形を右手で触り、指で触れた藁は荒く、人が作ったものだとすぐにわかった。辺りの藁人形を見渡す。
到底一人で作れる量じゃない。
昨晩の追いかけてきた男の異常性を改めて感じ、咄嗟に生唾を飲み込んだ。
「おい、見つけだぞ!」
少し離れたところから大声で修二を呼びかける。
「はい、ありがとうございます!」
修二は急いで真鍋の元へ向かう。
「俺から離れるなって言っただろうが!
話聞いてたのか?」
真鍋は鋭い目つきで修二を睨みつける。
「すみません、藁人形を見てました。」
「そうか、これを見ろ。
ナイフが刺さってる。」
雲母の写真が打ち付けてある藁人形の中央にデザートナイフで木に突き刺さるほどの強い力で刺されていた。
「本当ですね、なんでこんなこと…」
「知るかよ、こんなイかれた奴の考えなんてな。
普通のやつがこんな量作るわけない。
それに、見ろ。」
真鍋は顎で修二に木の方を指した。
「え、これって」
修二は目の前の光景に思わず息を止め、背中に冷たい何がよぎるのを感じた。
そこには自分と悠真の写真が藁人形に打ち付けられていた。
(なんでだ。顔を見られたのはバイクで逃げる時だけのはずだ。
それだけで顔写真まで入手できるなんて、どんな手段を使えば…
それに、このまま俺も悠真も。)
「おい!しっかりしろ!」
真鍋は修二の肩を掴み、言葉を続けた。
「理由はあとにしろ、今は落ち着け
ゆっくり呼吸しろ。」
その言葉を聞き修二は目を瞑り、肩で大きく息を吸った。
「ありがとうございます、少し落ち着きました。」
「おう、それならいい
とりあえず戻るぞ。」
修二と真鍋は山を下り、車の前へと戻った。
「修二、少し待ってろ。」
修二から離れたところで真鍋は電話をかけた。
電話中、真鍋の目つきが鋭くなった。
修二を一瞬見つめ、電話を切った。
しばらく真鍋は黙り込み、沈黙が落ちた。
修二はその空気に耐えかね、真鍋へ尋ねる。
「もしかして、佐野さんですか?」
「ああ、落ち着いて聞け。」
悠真が刺された。




